解放のクロネコ
今宵揺るぎない純白の月。静寂の城に広がる私の足音、向かう場所は一つ。ほぼ全滅の中を生き延びた女性勇者の元へ私は足を進めていた。
今にでも大粒の涙を流し泣き出しそうな空。白い雲を月光が貫き私の瞳へと映る。昼間の晴れ間が嘘のようなその空間で、勇者達の死体が血の海を形成し土へと返っていく。奇跡的に生き延びた女性勇者はこの光景に何を思うのか私には予想もつかなかった。ただこの光景にいい思いなどしないことは確かに理解していた。
大きな扉を開くとベットに眠る女性勇者の静かな寝顔と深い吐息があった。じっとその姿を見つめる私をどこか物珍しいそうに目線を向け止観するラミア。ベットのそばへ配置された丸椅子に腰を掛け、私はじっと女性寝顔を見つめていた。
「うぅ。ここは....どこ」
静かに目を開き私へと目線を向ける。安心感を得たのか笑みをこぼすと辺りを見渡し始め人種に類似するラミアを目にした瞬間、彼女の表情が青ざめベットの隅へと這いずる。
「や、やめて! 殺さないでください!」
「大丈夫だ。君の敵じゃない。少なくとも今は」
「嘘。そんなの嘘ですよ!あなたも魔族! 私たちの敵」
「違うそうじゃない!」
彼女の肩へ手を叩き顔を近づけ真剣な眼差しを送る。
「私達はもう敵じゃない。さっきまでは君の敵だったかも知れないが今は違う」
説得を試みる私へ恐怖の眼差しを次第に解いていく女性勇者。話のわかる似て異なる人種で私はほっと息をつく。力強く背中をつけていた壁から離れリラックスしたのかベットへ体を起し私へとここはどこなのか、なぜ魔族の元で治療を受けているのか尽きない疑問を送る。
「私はどうしてここにいるんですか?」
「先ほどの戦闘。君達がここへ攻め込んできた時、私の部隊がその迎撃に当たった。これはあまり言いたくないのだが君達へ撤退勧告を送ったのは私だ。怪我をした君達の仲間は見捨てられ城の城壁外で自ら命を絶ち歩ける者は撤退した。君はそれでも諦めず撤退しようとしていたところを私が運び治療した。覚えているか?」
私の説明に足の違和感を感じたのか履いていたズボンを捲る女性勇者。白いキャンパスに描かれる紅い血の模様。その斑に彼女は弾丸を摘出した時の映像を頭の中で思い浮かべる。
「あの時、何かもの凄い熱いものが入ってきた感じがして。でもそれが抜けると凄く楽になって。銀色の細い何かが金色の何かを抜いてたことは覚えてる」
「そうか。ならもう思い出さなくていい。私からも聞きたいことがある」
紅い斑模様が隠れたと同時に私の尋問が始まる。聞きたい真実は一つ。ここへ誰が攻撃指示をしているのか。無駄な攻防を終わらせる糸口になることを期待していた。
「ここへ攻撃指示を出しているのは誰だ?」
「....私達の元首様。人種を作った閣下です」
「....その元首って奴はどんな奴なんだ?」
私の素朴で簡単な質問に答えを出し渋る女性勇者。すぐに出る答えを出し渋っている様子に私は急かす様な言葉を掛ける。
「なにか脅迫を受けているならここで言うことはすべて黙認する。ここは魔王の城だ。その元首とやらの支配下ではない。安心しろ」
「....そうですか。元首様は偉大で何でもしてくれます....と私は教えられました。しかしそれは嘘。家族は人質に取られ常に監視されてます。魔力のある者は徴兵され魔族を殺すことを許され魔力を持たぬ者は勇者へ服従を強いられます。それを拒否すれば重罪で公開処刑。私は自分の存在に罪深ささえ感じました。こんなこと....絶対に許されません」
その見えなかった現実に私は瞳を力強く見開き怒りを覚える。独裁国家の単語が酷く似合う勇者達の国家とそれを束ねる独裁者。思想の自由など存在せず監視された獄中を連想させる生活。不平不満の起しようがない敵側の現状に、私の憎悪と怒りが最高潮に達する。戦いを強制された彼女達はこの戦争の最大の被害者だった。
「....そうか。話してくれて感謝する。君はそんな腐った故郷に戻るのか?」
正直な心境を探る私へ女性勇者は若干迷う表情を見せるが結果は明白だった。
「....ここにいていいのなら私はここであなたの為に何かしたい」
それはもちろんそんな監視される獄中へ戻りたい人間などいるはずもない。私は静かに頷くと彼女の表情が喜びに満ちるかと思ったが、次第に崩れた美しい顔が目線に入る。瞳から崩れるように落ちる透き通った涙。静かに抱きしめた彼女の涙が支配から解放された喜びを私へ伝える。
「自己紹介が遅れたな。クライス・ウルフだ」
「すいません。お見苦しいところを。ヴァルキリー・ファラルドです」
「短縮してヴァルでいいか?」
「はい。お好きなように」
自己紹介と同時に手のひらを差し出し握手をお互いに交わす私とヴァル。しかしその社交的場へ邪魔を入れるように漆黒の魔法陣が展開されいつものあの部屋へ飛ばされる。白く透き通った月夜。すでに時計の針が11を過ぎ転送されたそこに漆黒の美しいドレスを纏った魔族の族長。金髪のブロードに小さなティアラを身に着けたこの世界での妻レラージェ。
「お主はつくづく女癖の悪い奴じゃな」
「心配だっただけだ。それより今日はどうしたんだ?」
「もう遅い。じゃがお主に一つ告げればならないことがある」
それまで貫いていた無表情を崩し顔を若干俯かせ、何かを告げると申した口が止まる。私はそれを急かすような言葉を掛ける。
「告げることってなんだ?」
「....わらわは大罪を犯した」
「何かの冗談か?」
「違う! お主を....人から」
眠気で思考が狂い始めたのではないかと最初は心で笑っていた私だったがいつも見せぬ威勢の良い声量に大罪という単語が見合う事実を私は耳にしてしまう。
──お主を魔族にしてしまったのじゃ──
静かに響き渡るその言葉に私はしばらくすべての行動を止める。これが仮に元居た現代世界だとしたら変な冗談と流せるのだが、ここでその単語を耳にした限りだと私にそんな冷静な判断は下せない。それが有り得るこの世界なのだからと私は止まっていた思考を回転させ、次の言葉をひねり出そうとする。
「そ、それはどういう」
私の最初に出た言葉は最も人間らしくそして最も人種らしい最初の疑問だった。それまで声高々に笑っていた私の心が消沈し人種でなくなったことを重く受け止める。
「簡単じゃ。お主はわらわと直接接触した。体の外部ではなく内部にな。わらわ達魔族と接触を交わせばそこから魔力の種を植え付け魔族へ変える。このことが理解できるか?」
「ああ。なんとなくだが」
「お主はわらわとそれを交わした。あのときお主はただの人種から変わってしまった」
言葉通りの説明だと理解する私なのだが、魔族であれば翼やツノが生えるはず。その症状は愚か自覚すらない。ここで意外にも冷静なメンタルを保っている。
「そうか。それならそれでいい。翼とかツノとか生えてないからな」
「お主は稀じゃ。わらわと直接接触を交わして外見をそのまま保っておるからのう。じゃが次第に魔力が自分に芽生えたのも自覚しておるのではないか?」
自覚はないと思っていた私だったが確かにララーシェの回復魔法を直接受けていたことに今更気づく。物理操作を行う魔法の重みが増していたことにも私はたった今自覚する。知らぬ間に私をじわじわとレラージェのまいた種が私を汚染していっていた。
「つまりレラージェがまいた種が私に植われ花開いたってことか。それならそれでいい。そのほうが私の居心地も格段に変わる」
大罪としていたレラージェへ私はポジティブな言葉を掛ける。事実は事実。私の軽率な行動がレラージェを苦しませていたことに私は反省してもしきない。だが後悔は微塵もしていない。むしろありがたいぐらいだ。これで私は彼女と....繋がれる。
「わらわの大罪を許してくれるのか?」
「許すもなにもない。私はそれでいいと思った。今ここで言う。私と....繋がってくれ」
不器用な言葉の選択に彼女の俯いた哀しみに満ちた表情は太陽を見せ晴れた。笑顔で彼女が頷き返事を答えると私達は自然と二人用ベットへと体を寝かせていた。
それから約一ヶ月後。私の訓練は続き6人全員へそれぞれの特殊技能を習得させ部隊の正式な設立をレラージェへと申し出た。答えはもちろん承認の一言。彼女自身が望んだ戦闘団ともいうべき魔王軍初の攻撃部隊として結成が認められた。
この知らせは瞬く間に魔王軍全体へ拡散し結成式典には城を警備する魔王軍兵士からメイド、キッチンの料理人、そして将来を背負う魔族の子供達まで駆けつけ盛大に祝福された。
「これよりお主達はわらわ直属の魔王軍戦闘団となるが....覚悟はよいか?」
玉座に腰を掛け威厳を見せるレラージェへ私は膝を床へ付け右腕を左胸へと当てる。敬愛の意を示し私はレラージェから受け取った部隊の印を身に纏った軍服へと装着する。
「す、凄いですね」
「戦勝パーティーみたいだな!」
「私達はまだ勝利していない。これからだぞララーシェ」
ララーシェの背中を優しく叩くと彼女は目線を私へ向け満面の笑みを浮かべる。付けられた部隊を示すバッチが妙に重たく感じる。レラージェへ向けていた体を反転し、城の外へと足を踏み出すと玉座の間へ入りきれなかった魔族達が道を形成し私達へ花吹雪を散らせ、祝福が私達の体へ染み込む。
「君達は私の訓練をくぐり抜け晴れて小隊の一員へと正式に配属された。そこで早速だが....任務だ」
私の言葉でそれまで緩みきっていた部隊全員の目が引き締まる。その言葉が意味していた事がこの訓練で自然と体に染み込んでいた。
「撤退した敵の残党を狩る。ここから南西約30キロ地点だ。準備しよう」
「祝福の次は血生臭い戦場かい。面白い」
やる気が溢れ出すガイアと小隊メンバー。私達の足音が誰もいない武器庫へと続く廊下へ響き渡る。漆黒の鋼が武器庫の薄暗いオレンジ色の光を反射し、私は装備の一式を取り出す。プレートキャリー、ホルスター、マガジンポーチを装着し、プレートキャリーへ部隊を示すバッチを付ける。
「そういえば小隊名とかまだだったな」
「名前か?」
「そうだ。何か思いついた奴ないか?」
部隊名が名無しとは少しマズい。無線機でのコールサインも決められず武器庫でその小さな会議を始めた。
「あ、あの。この前ウルフさんが言ってたシュバルツェカッツェはどうでしょう?」
元の部隊名に私は戸惑いを見せる。不意に出た日本語の意味合いを私は口にしていた。
「黒猫....か」
「クロネコ! いいなそれ!」
活発的なララーシェの返事が届き私は無線機の電源へ指をかけた。
「それじゃ。クロネコ小隊。出るぞ」
武器庫を後にしライフルを携えたクロネコ小隊は攻勢を掛けていた勇者残党を標的に狩りへと出発する。
城の城壁を目の前に正門から私は城の外へと足を踏み出す。スリングベルトに固定されたライフルを肩に背負い食料、水を大量に積んだ遠征リュックで亀のようにゆっくりと進軍していく。
背中の方向へ顔を向けると祝福をしていた魔族達が私達へ手を振り見送る。この光景が最後になるかも知れないと自覚している私達は、その手に向かい力強く腕を振った。
「最後になるかもしれないからな。振っておけ」
死ぬ前提で話を進める私に小隊メンバーが一斉に私へと言葉を告げる。死亡フラグと言えば説明が早いだろう。彼女達は生きて帰る事を決意する。
「絶対に生きて帰るぞ! ウルフ!」
「....そうだな。帰ったらビールを奢ってやる。生きて帰れよ....ってこいつは死亡フラグか」
無線機の電源を入れそれまで喉だけを頼っていた私にマイクのアシストが入る。送信ボタンを二本の指でクリックし感度のチェックを行う。
「全員聞こえるか?」
「いつ聞いてもこの魔術には驚かされる。聞こえているよ」
「か、感度良好です」
「同じく良好だよ」
「のぜ」
「いつでも行ける」
「良好。オーバー」
6人の個性的な報告に私は無線機のクリックを止め声を遮断した。先の見えない徒歩での移動が開始され到着時刻の見えぬ進軍が続けられた。そして完全に無線の切り方をマスターしているミーシャ。
太陽が山肌へと墜落するように隠れ暗くなる頃には森へと足を踏み入れ、草陰にテントを張る。これ以上の進軍はメンバーの欠落が起こる可能性を考慮し中止を判断した。
「今夜はここでテントを張る。設営は各自で行ってくれ。見張りは交代制で6時間ずつ。現在時刻から12時間後に出発する。総員取りかかれ」
私を含めた7人が暗い草陰へテントの設営を始める。風景へ擬態し溶け込む為のウッドランド迷彩。中は照明等の設備は全く存在しないが睡眠を取る分には十分すぎるスペースに環境。戦場でテントを張れば自殺行為同然だがここは異世界。テントの存在など未知に近いここで草木に擬態したこれに気づく者などまずいない。
私はララーシェ、ミーシャ、ペンデと共にテントの外周を警戒する。テントの全方位が眺められる大木へと登り熱源を感知するタスクスキャナーで森の道を警戒した。
軍隊用携帯食料のパンを片手に各自警戒を怠らないよう口にし始める。もちろん無駄な言葉などは一切ない。敵陣のど真ん中で音を出せばその数だけ発見されるリスクが増大する。タスクスキャナーで見つめる先に動物の熱源。それを暗闇の中スキャナーを追うために動かしていた。
音のない静かな森で終始何も語らぬまま携帯用食料が完全になくなる頃には交代の時刻を指していた。
「交代だ。テントの奴らを起こすぞ」
テントへと戻った私は入り口の垂れ幕を上げ睡眠を取っていたメンバーを呼び出す。上げた直後暗闇の中何か白い肌と翼の姿が目に入った気が私にはしていた。
「交代だ....ぞ」
胸部の真ん中に桃色の島。無防備な魔族を目に私は言葉を失う。勿論意図してこの状況を招いた訳ではない。事故と片付けたいがそうさせないのが彼女達であった。
「み、みるなぁー!」
閑静な森林の中に響く叫び声。その瞬間に何事かと言わんばかりに飛び立つ野鳥。同時に感じた頬の刺激。瞬間にはその時の記憶は愚か目覚める過程までもが数秒の出来事だと錯覚を起こすが、経過した時間は計り知れない。目覚めと同時に時計を確認すると夜明けを迎え、太陽光が森の木々を縫うようにしてテントを照らしていた。
「....今どこだ?」
「テントだ。ウルフは勇気あるな!」
強制睡眠からの帰還をララーシェに出迎えられ私は体を起こす。機能的には何も問題はない。しかしあのとき出来た深い傷は既に完治し誰かの回復魔法が作用した事に気づく。
「魔法ってのは感知されるのか?」
「私には無理だ! 処女だかな!」
「真面目な話だ」
「だけどそういう魔法があることは確かだな!」
噂程度の話を耳にした私は無線機の送信ボタンをクリックし、メンバー全員へ移動の指示を出す。
「全員移動だ。なるべく急ぐぞ」
「了解」
設営したテントを元へ戻すため澄んだ空気の充満する外部へ足を踏み出すと他のテントは片付けられ、残っていたテントは私が睡眠を取っていた一つだけだった。
杭を引き抜き折りたたむと遠征用バックへ備え付け再び進軍を開始した。私達がそこへいた証拠を残さないため杭で空いた穴などは完全に塞ぎその場から立ち去っていった。
行軍すること数時間。城から約30kmの位置に存在する小さな集落。のどかな景観をぶち壊すように設置された勇者の待機施設は藁葺屋根の小民家とは別に異彩を放つ。小さな柵に囲われた集落で農業を営む人種の姿が数百メートル離れた森の出口からでも確認できる。
攻撃の実施が待ち遠しい小隊の魔族達。緊張の面持ちから見える闘争本能。牙をチラつかせるその姿に私は恐怖さえ感じる。しかし攻撃に対して重要な問題が生じる。関係のない一般市民を巻き込むこと。これこそが作戦での最難関かつ最重要目標となる。現代戦で大国が一般市民を大量に死傷させ結果的に潜入作戦などの偵察活動を不利にさせた事例が幾度となく報告されている。特に種族間対立、人種にここで憎悪を起させれば今後の展開に響くと私は判断し、少ない思考で最良な作戦の立案を試みる。
「まだなのか?」
ララーシェの急かす言葉が耳に入るが一切無視し私は作戦の立案を進める。そして導き出された結果は非常に察知されやすく隠密性の欠片もない作戦だった。
「誰か。広範囲で集落の住民だけを眠らせる魔法を使える奴はいないか?」
「私。やれる」
言葉を即答し手を高らかと挙げたミーシャ。スナイパーライフルDSRー1を設置し伏せた彼女はスコープを静かに覗いた。行きかう集落の住民全員をミーシャの思考データベースが把握し遠距離から睡眠魔法術式を発動する。
「長距離術式。エンハンス。現在位置から627メートル。発動」
言葉と同時に通常の半分サイズで魔法陣が展開される。探知を考慮したのだろうか。連続して同じ魔法を連続発動し集落の住人を全員眠らせると、彼女は私へ向けグットサインを送る。その合図と同時に私は全員へと攻撃指示を展開した。
「ペンデ、ミーシャはここから援護。他の4人は私と来い。攻撃開始だ」
草陰から身を乗り出し集落へと急接近する。見張りについていた勇者軍の兵士を同時に撃ち抜くと、銃声で異変に気づいた勇者達が駐屯施設から飛び出す。
「市民には撃つなよ。だが剣先を向けた奴に関しては例外だ。総員撃ちまくれ!」
照準の確定と引き金の動作がほぼ同時に作動しマガジンから送られていた鉛色の弾丸が激しい音響と共に飛び出す。黄色い閃光の中から放たれた光る凶器は勇者の頭を射抜くと、生命活動を唐突に停止させそれまで味わったことのない苦痛を与える。激しい戦闘を余所に睡眠系魔法で眠った住人は音響ですらも耳に届かず気持ちよさそうに夢を見ていた。
「ミーシャ裏から回る敵を一掃。増援兵士はペンデが対処」
「りょ、りょうかいです」
「了解」
「ガイア、メイア、ルーネは左翼の制圧を担当。私とララーシェは右翼を担当する」
ララーシェを後ろへ付け無線機の送信ボタンから手を外す。仮の兵舎前まで到着、と同時にララーシェへハンドサインを送る。
「カウントで行くからな」
「頼む」
プレートキャリーの胸部に装着された楕円形の物体。頭頂部のピンを引き抜いた瞬間、兵舎の扉を拳で押し出し同時に楕円形の物体を投射する。
「グレネードだぜ!」
その言葉を待ちわびていたかのようにハンドグレネードが炸裂し鉄の破片が扉へと刺さる。炸裂音の直後、押し戻された扉を私は蹴破り兵舎へ突入を開始した。
中に響き渡る銃声。魔法陣の展開が予想以上に遅延し頭を射抜かれた瞬間、展開中の魔法陣が戻り何事もないただの地面へと戻る。マズルフラッシュが消えたろうそく代わりの照明として機能し金色の弾丸が敵の頭を貫いていった。
「マガジンを交換する」
「カバーするぜ! って私もだ」
ホルスターからハンドガンを取り出し迫り来る勇者を貫いていく。
「ララーシェ。帰ったらドラムマガジンを進呈する。弾切れをよく起すからな」
「それは酷いぞ! 一応クイックリロードは得意な方なんだぞ!」
無駄口を叩きながら目にも留まらぬ速度で空のマガジンを交換する。正規軍でもここまで素早いリロードは目にしたことがなかった。
「カバーするから早く変えろよ!」
急かされながらM4に装着されていた空マガジンを抜き取り、プレートキャリーに装着されたマガジンポケットから新しいマガジンを取り出す。マガジン挿入部へ弾薬を満載にしたマガジンを入れストッパーの掛かったボルトをボタン一つで戻す。金属が擦れ合う音響が異世界の小さな集落に響き渡る。
「交換完了。前進する!」
入り組んだ兵舎を進んでいく私とララーシェ。訓練の動きを完璧にマスターした彼女は無駄のない動作を行い制圧範囲を広げていく。
「ミーシャ。敵が逃げてく」
「そうか。残っている残党を駆り次第戦闘終了。撤退した奴に関しては深追いするな」
幸いその無線の直後に駐屯施設の制圧は終了し、私達は施設を爆薬で爆破。昼間の汚い花火が安全圏まで離れた私達の目に映った。
集落の住民は次第に目を覚まし爆破された駐屯施設を目にした瞬間、口々に勇者は消えたと呟き喜びを露わにした。安全圏から集落へと戻った私達にまず掛けられた質問は予想以上に憎悪で溢れていた。
「あなた方があの勇者を蹴散らしたのですか?」
私達は一斉に頷く。すると彼らは私達へ駆け寄り喜びを爆発させた。よほど勇者が憎かったのか彼らはそれから集落全体で破壊された駐屯施設前で演説や様々な儀式を行った。
集落に住居がある子供達は私達へ即席の花束を手渡し祝福される。悪い気はまったくしない。しかし彼らの憎悪はなんだったのか。私は集落の人種へ直接尋ねた。
「すまない。勇者が憎かったのか?」
即答で頷く集落の男性。その口から出た言葉はあまりに非情で住人達の憎悪が理解できる真実だった。
「奴らは人の棚を漁り物品をすべて奪っていった。勇者は王の特権階級を持っていて盗みをしてもすべてが許される。魔王討伐の名をもってすればな」
私が長男から聞いた話とそっくりそのまま一致していた。勇者は棚や村人の住宅から物品を盗みそれを装備の金へ変換する。やっていることは国際指名手配のテロリストだがこれが合法的に許されるこの世界。私は憤りを感じた。ゲームの中ならそれは許されるかもしれない。しかしここはリセットの効かない現実。それが許されてはならないことだと私は深く心で説く。
そして私から出た言葉はそれまで勇者サイドの人種を魔族サイドへと引き込む。逆転の発想を私の頭が起してしまったのだった。
「勇者が魔王を蹴散らす為の盗みが合法だったら....人種が魔王に服従することも合法だ」
喜びを爆発していた住人達が一斉に静まり、その言葉に耳を傾けた。そして住人の男性が同情を見せ私の言葉に続き声を上げる。
「そうだ。俺達があいつらに協力する義務なんてない!」
「そうだそうだ。俺達は選択の自由がある! 誰があんな勇者に服従するか!」
その声は広がりやがて一体化し勇者打倒へ向け腕を高らかに上げる。私から再び出た言葉はそんな彼らを合法化する一言だった。
「勇者が魔王を蹴散らすが合法だったら魔王が勇者を蹴散らすも合法....か」
その言葉で住人達の興奮が最高潮に達する。集会は夕方まで続き祝福と勇者打倒の決意が小さな集落で固まった。
「さて、私達はそろそろ戻らないとな」
「そうか。気をつけていけよ。英雄さん達よ」
集落の入り口へと足を踏み入れると住人全員が私達クロネコ小隊を見送っていた。その声援を背に私達が城へと足を踏み出そうとした瞬間、目の前に漆黒の魔法陣が形成され私達の前へ城から出るはずのないあいつが突如として現れる。突然の出来事に小隊の6人が慌てて膝を付き頭を下げた。
「なにやら楽しそうじゃな。わらわも混ぜてくれんか?」
「城からまったくでないかと思えば今回は長距離移動を一瞬で行うかレラージェ」
城から微動だにしないレラージェが数年ぶりに外気との接触を果たした。どうやら私達の行動を常に監視していたらしい。人口衛星か何かと思えるほど彼女の能力は優れ、狙われる理由が少なからず理解していた。
「それでどうしたんだ?」
「なーに。この村人達がわらわに服従してくれると聞いてのう。飛んできたしだいじゃ」
転移魔法でも数時間は掛かったと後に語ってくれたが不粋な笑みが漏れていると私は言葉にしたかった。しかしその笑みでさえ彼らの圧政に支配された心は優しい笑みへと幻覚を見せていった。
「お主達はわらわに服従すると先ほど申しておったな?」
「ああ。俺達はあんな勇者達に服従なんかしたくない」
「そうか。なら崇め奉るがよい。わらわに対する言論の自由も保障する」
彼女は細い腕を集落の方向へと伸ばすと私が彼女へと服従を誓った時と同じ言葉を発した。漆黒の魔法陣と共に現れたその言葉は彼らの抱えていた問題をすべて解決した。
「ようこそ。我がテリトリーへ」
豊富な食料庫と畑。豊かな漁場と港。これまで苦しんでいた飢餓の問題を彼女はものの数秒で解決してしまった。狙われる理由がよくわかる。これは誰もが喉から手が出るほど手に入れたくてたまらない能力だと確信する。その光景を目の前にしていた彼らはそれまでしていた態度を改め彼女へ小隊メンバーと同じ膝を付いた敬愛の姿勢へと変わる。
「さてわらわ達も戻るぞ。特にウルフは体を流し終わったらわらわの部屋へ来い。褒美をやろう」
何かは大体見当がついていた。漆黒の魔法陣が私含め7人の足元に現れ城へとそれまで掛かっていた時間を嘲笑うかのように転移していく。行軍してきた道のりがワープの継続点から眺められ私は静かにそれを覗いていた。初めての戦闘で犠牲者ゼロ。それに対する結果は完璧と言葉にしても過言ではない出来。圧倒的戦力の前に彼らは何を思ったのだろうか。その新兵器と魔族の攻勢はすぐさま人種が定める首都の王族へ告げられ脅威が徐々に迫っていることを見せ付けた。中心地に位置する議事堂前には多数の勇者が結集されクロネコ小隊と名づけられた私達を討伐する部隊が編成される。しかしそれでさえも無意味だと知っていた生き残りの勇者達は首都から逃亡を開始し、王族の目が届かない山奥へと逃げ込んでいった。私達の攻勢が凄まじい影響力を及ぼし、敵へ恐怖を植え付け真っ先に討伐対象へと当てられより厳しい戦場が待ち受けていたのだった。