恐怖の的
今宵太陽の黄色い輝きが地平線から出現し始める頃。私はベットに寝ていた体を横でぐっすり寝ているレラージェを起さないように叩き起こす。止まっていた体内の活動が目覚め訓練用ジャージを着た私は引きつけられる様にランニングへと向かった。
私がランニングを開始する頃にはすでに先客が存在していた。昨日の試験を合格した魔族の中でも類を見ない魔法をほとんど使用しない実戦部隊へと配属された彼女達。私のランニングへ必死についていこうと努力するその姿は白く輝く百合の花のように美しかった。ただ一人を除いては。
「私いっちばーん!」
そう私達の横を超高速で通過し、目の前に位置していたゴールをいち早く切る女性魔族。高々と上がる声に私は他のメンバーと顔を見合わせた。
「ララーシェ。遅刻だぞ」
「入って早々説教だぜ」
「反省しろ。そういえばまだメンバー全員の自己紹介をまだしてなかったな」
「なら私から行くぜ」
「お前は大丈夫だ」
ランニングのゴールを全員切ったところで自己紹介へと入る。この選抜に勝ち抜いた魔族達だ。恐らく肝も据わっているだろう。勝手な第一印象で私は自己紹介を始めさせる。
「まずは私からだ。知ってると思うがクライス・ウルフ少尉。元ドイツ連邦軍空挺レンジャーシュバルツェカッツェ所属。今はなぜかレラージェの部屋で同棲している。以上だ」
何に反応したのか拍手と歓声が上がる。ざわつきの中には「あの陛下と」や「噂の人種」と言った声が混じり私の断片的な情報を口に出す。そのざわめきがひと段落した途端自己紹介は続いた。
「えっと私。あのー。インデペンデンスっていいます。みんなからはペンデちゃんって呼ばれてます」
小さく首を傾げるペンデ。私はなんと言葉を掛ければいいのか。気を取り直して次の自己紹介が入る。
「僕はルーネ。一応回復魔法が得意だけど...ウルフには効果ないみたいだね」
僕っ子魔族のルーネ。悪くない。ようやくまともそうな魔族が来たことに私の心がほっと一息つく。
「あたいはガイア。得意なのは攻撃魔法だ。よろしく」
ララーシェのような活発的な女性魔族ガイア。プロフィールに書かれたもので特に問題はない。ただ気になっていたのがその容姿。他の魔族は翼を携えているものの彼女だけにはない。飛行魔法の使用も記載はなかった。そんな考え事をしている合間に次の自己紹介が入る。
「私はメイア。魔力は乏しいが肉体だけは誰にも負けない。ララーシェを除いてはな」
メイア。翼を持つ魔族。魔力の備蓄量はほとんど無に等しいものの武器などの工夫で対魔法術士戦闘を乗り切ったスペシャリスト。私と同じく魔法の類が使用できない人種に似た存在。
「ロンドベル・ミーシャ。遠距離術士。近接戦闘は苦手」
一際小さな声で紹介をするミーシャ。クールな性格だが戦闘時には援護系統の魔法でサポートを行う。淡々と自己紹介が進みララーシェ含め6人の選抜者を私はようやく把握する。ランニングを終えた私達が次に向かった場所は先日レラージェが設営した武器庫。M4ライフルからM9拳銃、爆薬に至るまで私の記憶を元に再現されている。ガンラックに立てかけられたライフルを取り出し6人へ一人ずつ渡す。拳銃と防弾用のプレートキャリー。弾薬の入ったマガジンに手榴弾、胸に着けさせ触らせないよう厳しく言いつける。総重量20キログラムの装備が圧し掛かると彼女達は声を上げながら城の庭を改装した射撃演習場へと出向く。
「いいか。私達には時間がない。次いつ敵が来るかもわからない状況で私は君たちを一流のガンマンにしたい。その為には私の訓練に協力してくれ。いいかこれは魔法なんかでは到底説明できないこの世界には実在しなかったはずの武器だ。魔法を貫き敵を一撃で仕留める君たちの相棒だ。今渡したライフルは君たちへの手向けだ受け取ってほしい」
静かに頷く一同に私はまず拳銃の取り扱い方法から説明する。9ミリパラベラム弾が装填されたマガジンを本体へと差し込む。
「これはベレッタM9。9ミリ弾を使用弾丸とする拳銃だ。拳銃とは主に個人を防衛するために使うものだ。長距離の戦闘には一切向いていない。せいぜい飛んでも100mそこそこだろう。基本は両手ホールド。緊急時には片手でいい。銃口は絶対に他の奴に向けるなよ。この距離でも頭を射抜けば即死だ。今50m先に標的がある。スライドの上についたアイアンサイトで狙いをつける両目で見ろよ。マガジンを入れたらスライドを引いて狙いを定める。引き金を引けば弾丸が発射される。はじめ!」
細々とした銃声が屋外に響き渡る。マズルフラッシュは太陽の輝きでかき消され白い硝煙と耳を取り乱す銃声が広がる。反動で腕が押し上げられその振動に驚く者、楽しむ者と別れ、マガジン内の弾薬を切らすとM9拳銃のスライドへストッパーが掛かり薬室が露出する。中に残った弾薬がないことを確認させ、マガジンを自重落下させる。
標的の薄い鉄板で着弾位置を確認する。これは訓練において最重要項目と言っても過言ではない。実戦で使用されるのは弾薬、食料、そして自分の生き血と敵の生き血。的確に的を射抜かなければ実戦でいくら強力な武器もまるで通用しない。
「ミーシャはいい腕をしている。どこかで撃った事あるのか?」
「ない」
「そうか。それに比べララーシェ。少しは狙え。あとで狙い方教えてやる」
「えー結構撃ってたのにー」
「当たってなきゃ意味ない。次行くぞ」
ハンドガンを射撃場の机へと置きライフル本体へマガジンを差し込む。備え付けられたホロサイトの電源を入れると緑色の照準レティクルが浮かび上がる。ライフルの装填レバーを手前へ寄せると薬室が一瞬露出し弾薬が装填される。発射準備が完了すると彼女達はセレクターをセーフティからセミオートへ切り替え、目の前の標的へ向け引き金を引いた。
銃弾が着弾した瞬間鉄の板へ風穴を開き金属音と共に着弾を告げる。セミオートの射撃音が不協和音となり射撃場全体に響き渡る。M4ライフルの排莢口から空薬莢が弾き飛び堅い地面へと落着する。M4の黒い不気味な輝きと魔族の姿が妙に不釣合いだった。やはりライフルは人種にあった構造をしている。私はそれを改めて認識する。
マガジンの内部が空になるとM9拳銃同じく薬室が露出しすべての弾薬を撃ち切った事を知らせる。ライフルの空薬莢が床に散乱し鉛色の輝く野原が目を覆う。私は全員の的を順に見ていく。その中に異様さを放つそれが存在し私の脳内を弄る様に駆け巡った。
「これは誰のだ?」
「....私」
名乗りを上げたミーシャ。全弾中心を射抜き5.56ミリ弾の風穴が同じ場所を通過したことを示す。風さえも読み上げ標的の的を射抜く技術に私は感服した。
「ミーシャ。君には少し特殊なライフルを扱わせる。援護系魔法が得意だったよな?」
「そう。援護系統。特に単一目標に対する集中攻撃系」
「君にぴったりな銃がある」
肩を叩くと顔を仄かに紅くし照れた表情を見せる。そこへ邪魔をするようにララーシェがミーシャを退かし私へ声を掛けた。
「ミーシャだけずるいぞ! 私も何かくれ!」
「お前にはM9もう一丁と大量の弾薬だけだ。よく外すからな」
「それは酷いな! もう少しいいものはないのか?」
「ない」
私は断言する。戦場で真っ先に死ぬ奴は調子に乗り前線へ走り出した奴か、弾薬を撃ちつくした奴に限られる。私は武器庫から予備で持ってきていたM9拳銃を一丁ララーシェへ渡すと、彼女は片手ホールドで両方の引き金を的へ向け引く。
的へ刻まれる斑な着弾模様。マガジンを抜いたララーシェは喜んだ表情で私へ笑みを浮かべる。
「意外と悪くないだろ?」
「ああ。上々だ!」
一通りの射撃訓練を終え次にさせた訓練がCQB。街中や狭い密林を中心に比較的銃身の短いライフルを用いて、敵の拠点強襲や街中の戦闘で使用する戦闘術の総称である。特に屋内での戦闘ではライフルの取り回しと制圧速度が勝敗の鍵となるためこの訓練はまず互いの連携を鍛える訓練から始める。
「CQBでは互いの連携が不可欠だ。銃撃戦になった時互いの連携不足で死を招くこともある。私はそういう奴らを幾度となく見てきた。いいか。これは遊びじゃない。本気でやってくれ。スタート」
庭の真ん中に線を引きボールを一つ上空へ投げる。私は庭に造られたコートから離れ彼女達の動向を見守る。ドッチボールと呼ばれる球技らしい。日本へ旅行した際小学校の横を通った私が偶然見た球技。ルールは簡単ボールを相手に激突させコートから出す。銃撃戦のようにライフは一つのみ。相手を先に殲滅したチームが勝利する単純かつ戦争に似た球技だ。
「いくぞー」
ボールをキャッチしたメイアが腕全体で振りかぶる。手から放たれた砲弾もとい樹脂製の柔らかいボールが加速する。魔法陣の展開は確認されていない。しかしメイアの肉体が放った砲弾は、空気との摩擦で極めて酷い音響を放つ。耳に入らぬよう素手で両耳を押し塞ぐ私の目の前で起こっていた戦争は、人間が行うドッチボールを超越した戦争に発展していた。キャッチするララーシェの姿に私は只ならぬ恐怖感を感じ取った。
「まったくあぶねーなメイア」
「そうか? 私はララーシェが絶対に取れると確信して撃った。何か文句でも?」
「ないぜ。ただちょっとやりすぎな!」
再び放たれたボールは耐久ギリギリまで加速しオレンジ色に発光を始め摩擦熱を帯びた質量兵器と化した。魔法などいらない。高質量兵器と化したボールという名の砲弾がコートに飛び交う。
「ひぇぇぇぇ。助けてー」
「ペンデ。魔法でもなんでもいい。ボールを止めろ! びびってたら死ぬぞ」
「は、はい。わかりました」
控えめな返事の直後紅い魔法陣が展開され質量兵器が減速を開始する。しかし肉体から放たれた砲弾は抑制を無視し、ペンデの肩へと直撃する。質量系魔法を逆に展開し抑制を図ったものの間に合わずボールは宙へ高く舞い上がる。
「当たっちゃいました」
「....いやまだだ。メイアそのボールを取れ!」
「はいよっ!」
宙へ舞い上がったボールを力強くキャッチするメイア。ルール上はヒット判定を免れる。言わばメディックのようなものだ。
「セーフだ。続けてくれ」
「うっしゃ。いくぜ」
メイアの足元に同じような魔法陣が展開されボールへと何かの暗示を掛ける。
「我、永久の魔族。今ここに蹂躙する血気授けたり!」
握力だけで支えられたボールがその籠を離れ加速を始める。ボールは摩擦の圧力を物ともせず一直線に向かう。魔法陣と展開時の暗号から魔法展開を予測しララーシェは回避行動を取る。しかし加速の続くボールの速度に彼女の立ち回りは間に合わず彼女は目をつむった。その直後蒼い魔法陣から繰り出された重力制御魔法がボールを地面へと叩きつけめり込んだそれは回転を止め地面を掘り進めた。
「危ないところだった。ありがとなミーシャ」
「問題ない」
めり込んだボールを手に入れミーシャの目線がガイアへと向く。
「あたいとやろうって。面白い」
「荒野の戦場に我あり。神気受け入れし我は....荒野の魔族」
口ずさむ呪文が魔法陣を展開しボールへ硬化魔法と質量魔法を重ねる。手から離れた瞬間それは光と化し一直線で敵陣コートへと放たれる。減速魔法を展開するペンデだったがそんな制止は意味をなさず一直線にガイアへ突き刺さる。
その威力を腹部へ貰ったガイアは止める術などなく、直撃を受け止める。声の出ない喘ぎと反射し、途方へ弾けたボールはやがて城壁へと激突し停止する。
「そこまでだ」
私が試合を止めガイアの元へと駆け寄る。腹部へ受けた強烈な一撃で立ち上がる事さえままならなかった彼女を静かに背負う。その行動を見かねたのかルーネは魔法陣をガイアの元で展開し傷の治療を開始する。秒で即効性のある回復術式でガイアの外傷をすべて消し飛ばし内臓の破損を再生させる。これが回復系魔法の嫌らしい特性。外傷から内臓の欠損、消失まで再生するチート級術式。回復系魔法術士を優先的に排除する理由はそこにある。しかしそんな完全無欠と思われる術式にも、神が作った救済措置なのか欠点がある。回復魔法術士に対する回復魔法は意味を成さず、また一定時間経過した人体は回復魔法の効果を受けずそのまま死亡する。
ガイアが口から血を吐き出すと呼吸を戻しそれまでピクリとも動かなかった体が始動する。
「大丈夫か?」
「ああ。結構喰らったぜ。だがルーネの回復魔法で元通りだ。一度死んできたよ」
「そうか。それよりミーシャ。今のも援護型の攻撃魔法か?」
あのレーザー光線のような弾丸。ボールへ硬化術式を重ね掛けしたことは魔法初心者の私のも確認できた。しかし硬化魔法を使用しただけではあそこまでの加速は不可能。むしろ硬化魔法から生じる重量変化でミーシャの体では持つことですら出来ない。そんなボールを軽々と持ち上げレーザー程の速度へ加速させた要因はなんなのか。私はそんな意味をこめて疑問を投げかけた。
「エネルギー効率の偏向。私が持っていたボールの腕に生命活動に必要な魔力以外を集中させた。ボールに加速術式を掛けて腕から放った。それだけ」
淡々と言葉にしたミーシャ。エネルギー効率の偏向など現代技術は愚か現代でも方法さえ見つからない偉業を彼女は淡々とやってのけた。私の驚きは隠せない。訓練の続行が待ち遠しかったララーシェが私へ言葉を掛ける。
「ウルフー。早く訓練続けようぜ」
「....ああ。それじゃ移動するぞ」
私が足を踏み出した瞬間、何かの違和感を感じる。それは脳裏に焼きついたあの戦場が今ここに蘇ったのではないかと呼び起こす違和感だった。そう感じ取った瞬間、城壁へ魔法陣が展開され何かの衝撃を塞ぐ。地割れのような激しい揺れに体のバランスが崩れ掛け膝を地面へと下ろす。
「敵襲! 敵だー!」
警備兵の警告が耳を揺さぶった瞬間、私は部隊全員へ指示を出す。
「武器庫へ急げ。戦闘だ」
私の足が加速を開始し城の内部へと身を入れた瞬間、無風の空間が目の前を覆い付くし武器庫へと急がせる私の急かす心を煽る。武器庫と書かれた札の扉を蹴破り収納されていたライフルを取り出す。
「敵の戦力規模がわからない限り装備の選択は直感になる。覚えておけ」
「わ、わかりました」
「ミーシャはこいつ」
「撃った事ない」
ミーシャへと手渡した長距離狙撃用スナイパーライフルDSR-1が目に入った瞬間、彼女が言い放ったセリフ。わがままと受け取った私は半ば強引に彼女へスナイパーライフルを押し付ける。
「撃ち方は同じだ。ただそいつは撃つだびにボルトを引く。手動で薬室の中へ送るんだ。あとはスコープで狙い引き金を引く。できるか?」
「....やれる」
強引に押し付けたにも関わらず彼女は素直に質問へ答え受け取る。使用する.338ラプアマグナム弾をマガジンへ込め彼女へと渡す。
「ララーシェ、ガイア、ルーネ、メイアはM4だ。訓練で教えたようにやってくれ」
「わかったよウルフ」
「合点承知!」
追加のマガジンを手渡しするとペンデも同じものを求め始める。しかし彼女には別のライフルを渡す。
「ペンデはこいつだ」
「こ、これ。訓練で使ったやつと違う奴なんですけど」
「こいつはSCARーH。スコープを取り付けてミドルレンジに対応させた。君には四人の援護をしてほしい。できるか?」
「む、無理です! 私にそんな難しいこと」
その言葉に私は彼女の耳元へ顔を接近させこれも半ば強引にその任を任せる。
「もう一度聞く。やれるか?」
「ひゃっ。くすぐったいです」
吐息が耳を反射し髪の毛を揺らすと彼女は顔を真っ赤に染め普段口にしない声で答える。その効果なのかため息を一つ口にし言葉を発する。
「やります。もう隊長ってそういうところ。好きなんですね」
「....よく言ってくれた。総員準備は出来たか?」
「ばっちりだぞウルフ」
グットサインを差し出したララーシェへ私は頷き城の外へと向かい歩み始めた。
「行くぞ。攻めてきた馬鹿共に目に物見せてやるぞ」
歩みだした足が加速を始め私を再び戦場へと誘っていった。
同じ頃の戦況はお世辞にも良いとは言えなかった。数百人規模の勇者が魔王の居座るここへ攻め込み警備を担当していた巨大なゴブリンを蹂躙していた。
「傷を負ったものは一旦引け。回復術士は急ぎ治療をしろ!」
「人数が多すぎますイグラス様。いくらなんでも」
「陛下がここに居られるのだここを突破されれば全員皆殺しにされる。持ちこたえろ!」
「しかし」
回復系術士をイグラスは奮闘させようと激励を行う。しかし戦闘中にそんな精神的慰めはほぼ無意味に近かった。魔法陣が大量に展開されゴブリン達が一気に吹き飛ばされる。
「私が少しでも。陛下。これまでお世話になりました」
「イグラス様何を」
「イグラス・オーバーヘイト。陛下のご加護と共に参る!」
敵陣へ全力疾走で向かうイグラス。彼女は完全に追い詰められ冷静な思考を失っていた。前線で戦闘していた魔法術士が、その姿に目にした瞬間イグラスを止めようと声を上げる。
「イグラス様ダメです!」
魔法陣をイグラスが展開するとサーベルを構えた男性勇者と戦闘を開始する。その勇者も魔法陣を構え魔力を放出し攻撃を開始する。
「そんな偽造魔法。我の前に無意味」
紅い魔法陣から放たれた鎖が男性勇者の動きを封じ魔力で形成した杭状の針で心臓を貫く。深紅の血液が飛び散った瞬間イグラスの顔を血が覆う。
「貴様ら人種は愚かだ」
回復術式が展開されようとした瞬間、同じ針をその魔法陣へと差し込む。すると緑色に輝く魔法陣が次第に大きさを失いやがて消滅する。
「哀れだ。どうしてわからぬ。貴様らが利用されていることを」
呟く彼女の真上に蒼い魔法陣が展開され彼女を押しつぶそうと接近する。重力の重みで表情を歪めるものの、死を覚悟し切ったのか笑みが溢れ彼女の姿が消えようとしていた
しかしその中に魔法戦闘では聞きなれない爆発音が鳴り響く。フラッシュと共に飛び出した物体が重力魔法を仕掛けていた術者へ着弾すると、イグラスを押しつぶそうとしていた魔法陣が消え去り歪んでいた彼女の笑みがはっきりと映る。
「なんだ」
イグラスが城の方向へ目を向けるとスコープの反射が煌びやかに彼女の目へ合図を発し再び金色の閃光を発生させた。
「あれは....」
閃光と共に鳴り響いた爆発に似た声がイグラスの鼓膜を震えさせるとその存在にようやく気づく。ミーシャがこちらに迫る勇者を見慣れない武器で薙ぎ払っていた姿にイグラスは冷静さを取り戻した。
「全軍前進だ。奴が....クライス・ウルフが来たぞ!」
その言葉が私の元にまで届き若干赤面を見せるものの持っていたM4カービンライフルの照準を合わせる。
「ララーシェ、メイア。左舷から正面を支えろ。ガイア、ルーネは右舷。私はイグラスの援護に入る。ミーシャとペンデは後方の回復術者を狙撃。散開」
「承知したぞ!」
加速魔法の展開を始めるララーシェ。メイアを片腕に抱き左舷の部隊へ向け一気に前進する。ガイア、ルーネは静かに行動しつつ魔法陣の展開を常に予測し展開寸前の敵を撃ち抜いていく。
「え、えっと。照準を合わせて、引き金を」
戸惑いながらもペンデがSCARの引き金へ指を掛け敵勇者の頭へ照準を合わせ弾丸を解き放つ。スナイパーライフル同等の激しい反動に体を揺らし驚く表情を隠せないペンデ。私の手に握られたM4が敵勇者の剣へと向いていた。
「大丈夫か? イグラス」
「し、心配ない。貴様に助けられる義理などないぞ」
「....そうか。ならこれは借しだ」
勇者の剣に向けられた銃口が金色の炎を放ち鉛の弾丸を放つ。閃光に包まれる目線にこの世界では鳴りえない銃声。弾丸が勇者の硬く尖った凶器を真っ二つに折り曲げると、今度は魔法での攻撃を開始する。
「まったく。少しは諦めたらどうだ?」
「人種の形をした魔族。貴様らは皆殺しだ」
紫色の魔法陣が私の足元に形成されるものの異世界から舞い降りた魔力備蓄量皆無な私にそんな不粋な攻撃など通用するはずもなかった。
「どうして!?」
「知ったところでお前は死ぬ」
M4の上部に乗せられたホロサイトが中心に勇者の頭を映し出すと、銃口の閃光と弾丸が頭を貫き深紅の血液を飛び散らせた。現代兵器の無慈悲な洗礼が勇者達へ恐怖を植え付け黒き魔族の神器が彼らの目に留まる。
「死にたくなかったら今すぐ引け。さもなくば貴様ら全員をここで殺す」
その撤退勧告は勇者達の耳にしっかりと届く。しかしそれを受け入れれば魔族へ敗北を認めることとなる。それだけはならない彼らは私達へと剣を向けた。
「ダメか....総員聞こえるか?」
事前に渡した無線機の電源を入れ部隊の全員へ通達を掛ける。
「なんだ?」
最初に反応したララーシェ。私はあえて留めていた指示をここで発動した。
「殲滅戦に移行する。敵は撤退勧告を受け入れなかった。戦闘意志のある者はすべて殺せ。いいな?」
「了解した!」
威勢の良いララーシェの声が変えると部隊員がいる位置で魔法陣が大量に展開される。ミーシャがライフルの弾丸へ魔法陣を展開し加速と硬化魔法を連続して発動させる。
「ウルフ。下がって」
その言葉通りあえて後退する私の横をレーザー砲弾が通過する。DSRー1の.338ラプアマグナム弾をレーザーに変換し目の前の勇者を一掃する。後方の回復術士諸共吹き飛ばしたミーシャが狙撃位置から確認できる撃破数を淡々と述べる。
「三十四。殺した」
「よくやった。前進するぞ」
一歩も引かない勇者を私達は容赦なく追い詰める。数百居た敵の6割が土に返りようやく撤退を開始した。
「撤退だ。皆殺される」
武器をその場で捨て足早に城から離れる勇者達。足を負傷した勇者はその場で死を覚悟し自らが持っていた武器で自らの呼吸を絶った。
「戦闘終了。6人は戻ってくれ」
「ぬわぁー疲れたー」
「撤退する」
ミーシャとララーシェの生存報告が入り私は安心を得る。城壁の外へと足を踏み出し私は生存者を探した。足を負傷した勇者はほとんどが自らで呼吸を絶ち血を流し倒れている。込みあがる内容物を必死に押さえながら私は戦闘で負傷した敵の勇者を探した。
「誰かいないのか?」
その声には返事はなくただ城壁の外で死体の中叫ぶ変人のようにしか思えなかった。元の土に返った勇者達は動かずそのまま硬直を始めていった。そこに足を引きずり力を振り絞りこの場から去ろうとする一人の女性勇者を発見する。
「大丈夫か?」
私が駆け寄ろうとすると彼女の瞳が異質な物体を目にし恐怖に怯えた瞳へと変わる。必死にその場から逃走しようと試みるがその儚い行動は無意味に近かった。
「やめて! 殺さないで!」
私が駆け寄りその女性勇者の腕を掴む。そして肩へと彼女の腕を回し背負いながら城の内部へと運ぶ。
「ララーシェ。私の部屋から救急バックを持ってきてくれ」
「どんな奴だ?」
「赤い十字が書かれた奴だ。ラミアのいる部屋にある」
「わかった!」
無線で救急バックの要請を行い城の広場で開いた傷口の止血を行う。開いたそれは5.56ミリの弾丸が通過し貫通寸前で停止した稀に見る傷だった。プレートキャリーのポケットからピンセットを取り出し傷口へピンセットを挿入する。
「少し痛むが我慢してくれ」
傷口の中を弾丸が熱で焼き触れるだけで激痛が走る。女性勇者はその激痛に声を上げ激しくもがく。
「動かないでくれ。もう少しだ」
じっとピンセットを入れ込み弾丸の尻部分を掴む。それを挟み静かに取り出すと血に染まった弾丸が摘出され塞がれていた血管が開き出血を起す。その直後、ララーシェが救急バックを私へ向け投射し私の1m手前に着弾する。
「持ってきたぞ!」
「ありがとう。助かった」
救急バックのファスナーを開き止血剤と包帯を取り出す。傷口へ粉上の止血剤を投入し血管を塞ぐ為圧迫する。痛みは弾丸の摘出に比べ比にならない程軽くなり眠るようにその様子を眺めていた。最後に包帯を巻きつけ止血を完了させる。
「中へ運ぶ。そのまま静かにしていてくれればいい」
私は女性勇者を背負い城の内部へと入る。ラミアのいる部屋へ向かい走る。その心地よい揺れに女性勇者は呼吸を深くし眠りについてしまう。
「すまないラミア。こいつを少し頼む」
「え、ええ。この人敵じゃ」
「すまないな。敵であっても私は見捨てられない。頼んだ」
押しかけいきなり敵の世話を押し付けるのも申し訳なかったがベットへ寝かせラミアへ世話を任せた。私は全員の生存を確認するため部隊員が待機している兵舎へと向かった。
足早に向かう私の足元で漆黒の魔法陣が展開されいつも通りというべきなのか転送魔法で私はレラージェの部屋へと飛ばされた。
「....お主は本当に優しいのじゃな」
「すまない。敵を無断で助けたりして」
まず謝罪しておきたかったこの事実を口にする。しかし彼女の反応は意外にもそんな敵を快く受け入れる姿勢だった。
「いいんじゃ。わらわは殺すためにこの戦争を続けているのではない」
「そうか。ここへ呼んでもらったのは悪いんだがチームのところへ行ってもいいか?」
レラージェには非常に失礼なことだと承知していたが私はメンバーの無事が気になっていた。外傷がないか。報告は入っていなかったが私はそこだけが心配だった。すると彼女は笑顔で私へこう告げた。
「そうじゃな。わらわも行くとしよう」
言葉と同時に魔法陣が展開され私とレラージェは兵舎のメンバーが控える場所へと飛ばされた。到着直後にレラージェの姿を目にしたメンバーが一斉に膝を地面へと置き敬愛の意を示す。
「楽にしてよいぞ。それよりよくぞやってくれた。褒めて使わそう」
「あ、ありがたきお言葉です陛下」
ペンデが恥ずかしながらも口にする。レラージェがその直後に放った言葉は私にとって彼女の名声をすべてかき消すようなだらしのない言葉だった。
「ちなみにだが、この中でウルフを狙っているものは諦めるが良い。奴はわらわのものじゃ。色仕掛けでもなんでもするがよい。わらわはすでに熱い夜を過ごしたからのう」
唐突な発言に皆苦笑い。しかし一人だけその下ネタに過剰反応する奴がいた。自己紹介の際に自分のプロフィールを暴露しまくってたあいつだ。
「ってことは陛下はもう処女じゃないんですか?」
「ララーシェ。お前」
「そうじゃ。処女ではない」
「レラージェもなぁー」
この会話で私達の苦い空気がしばらく続いた。戦闘の終了と死体の山で内容物がこみ上げていた私だったがこの苦い空気がすべてを消し去った。結成初日の戦闘は凄まじい勝利を収め敵の恐怖を植え付ける打撃になり私達の存在が噂されるようになった。このときから私達は彼らから最重要目標のひとつとして狙われることとなってしまったのだった。