吐息と口づけ
翌日。小柄な魔王の吐息で目を覚ました私は窓一つないこの部屋でどこからか湧いた着替えを身につける。それは家族の待つ元いたあの醜い世界で着用していた訓練用ジャージ。部屋の大きな二枚扉を開き私は走れるスペースを探す。異世界だろうと変わらず体の管理を行う。軍人である者には当然の課題。倒れていたらしい庭へと足を踏み出し城の外周をひたすら走り始める。軍隊で支給されていた腕時計は太陽電池を装備しエネルギーの供給には困らずストップウォッチを起動させタイムを計る。距離的に外周1本が約1キロメートル。4四方に城を綺麗に囲い込み単純計算で4000メートル一周。もちろん駐屯地にいた頃はこれの数倍は走らされていた。私は同じ正門へ戻った瞬間腕のタイマーを制止させる。
「九分二十。変わらないな」
5000m走のタイムと照らし合わせ1000m単位の時間を算出し4000mのタイムを割り出す。駐屯地で訓練していた頃と同タイム。同速度。ただ違っていたのはそこが駐屯地のあった元の世界とは異なる世界。高々と太陽を遮る城を見つめると徐々に残してきた家族の無事が心に重くのしかかる。
「....ホームシックか。私も馬鹿馬鹿しい物に付きまとわれる」
プレートキャリーのポケットへ突っ込んでいた写真が妙に眺めたくなり私は足早にラミアのいるあの部屋へと向かう。やはり私にはこの世界の根底を覆す事が出来るのだろうか。あの一言の重量を今更私は背負っている。
脳裏の思考がそんな惨めな考えに埋め尽くされていると気づけば目の前にあの部屋の大きな扉が立ち尽くしていた。私はドアノブをひねり扉を静かに開く。看病されていたシングルベットへ目を向けるとそこへ静かに睡眠を取っているラミア。収納棚を開けるとそこに見えるプレートキャリー。胸の位置についたワッペン用マジックテープの後ろにポケットが備え付けられ私は手を突っ込んだ。
「確かここらへんに」
そんな声を上げながら探すと私は一枚の薄い紙を掴む。ゆっくり破れないよう引き上げると折り畳まれ小さくまとめられたそれが目に入り慌てた手取りで開く。写し出されていた金髪のブロード。風で靡く金髪へ目を泳がせる赤ん坊。その横で軍服を身につけ笑顔で写る私。まだ小さな息子ジョーンズを残し私はあの世を去った。罪深き私を彼女達は許してくれるだろうか。心の奥底で私は小さく呟く。ナターシャへ子育てを押し付け軍人としての使命をこんな早く果たしてしまった私を許してくれるだろうか。死んだことは悔しい。悔しい。しかしそれが運命ならば私は受け入れる。悔しさを紛らわせこの世界で私は懸命に生きようと決意する。
家族の写真に小さな液体の粒がかかる。私の目線が虚ろになっていく。次第に息遣いが荒れ始め静かに写真を腹元へと手繰り寄せ伏せる。罪悪感と屈辱感に私は晒された。先ほどの決意をまったくの虚偽にするかのように涙が溢れ出した。生きた罪の塊のような私の膝元に人間サイズの魔法陣が形成され私はプレートキャリーの放置したラミアのいる部屋から世界を託された魔王の部屋へと転移させられていた。
「お主もメソメソと泣くのじゃな」
涙を拭き取り虚ろの目線をクリアにする。そこには写真と似た金髪ロングヘアーの小さな魔王。妻の顔が自然と当てはまり私は思わず声を出す。
「ナターシャ?」
「お主もついに気が狂ったか。わらわはレラージェじゃ」
クリアな目線に映るその姿は妻に似た悪魔。漆黒の翼に族長の誇り高い性格。妻のような優しさは微塵も感じられない気高き魔王がそこには立っていた。
「....すまない。見苦しいところを見せた」
私は静かに写真をポケットへと突っ込み部屋を後退りする。しかしそれを止めるように彼女は私の背中へ飛びついた。
「待つがよい。そんなに元の世界が恋しいか?」
その質問に私はイエスともノーとも答えを出せなかった。少女サイズの魔王を背負ったまや無言で立ち尽くす私に彼女はこんな慰めを口にする。
「わらわを妻だと思ってもよいのだぞ」
口にした言葉は私がこれまで受けてきた屈辱を粉々に粉砕するものだった。こんな小さな少女にまで心配を掛けた情けなさで心が充満し私の屈辱と罪悪感を破壊した。
「....それはありがたいが戻った時、私の仲間や何よりナターシャに笑われる。それに私にはすでに子供もいる。私なんかよりずっといい男がこの世界にはいる。私なんかに縋らない方がいい。すまないな。心配掛けて」
背中を抱擁していたレラージェへそう言葉を呟くと彼女は静かに私の背中から離れた。
「....行ってよいぞ」
「すまないな」
私が二枚の大きな扉を開き部屋を後にしようとすると彼女の目に浮かんだ小さな粒が目に入った。一途に愛する人がいることは計り知れない残酷な罪だと初めて私は自覚した。誰もそれを裁けず何も出来ないその罪に私は晒された。
その足は静かに兵舎へ向かい私を戦いへと誘っていった。世界を背負った異世界兵器とその異質を操る私。一人では難しい。一人では何も出来ない。私はそんな無力な存在。だがこの城に人種に似た種族が存在するならば話はかなり違ってくる。私が武器の扱い、戦闘術を直接教授し異世界の異質を扱える異世界人同等の魔族へと変貌させなければならない。私は人種に近い男性を探す。兵舎の目の前へたどり着くとそこは人種サイズとは程遠いゴブリンの大群。私はどうしてここにきたのか半ば疑問になる。
「お前。何の用だ?」
そんな中に現れる甲高い声。男性の物とは程遠いその音色に私は反応し声がした方向へ顔を向ける。
「すまない。レラージェ直属の人種なんだが....今探し物をしていてな」
「お前があの。ここで会えるとは奇遇だな。陛下の直属ってのはなんだ?」
そこは私すらも知らない。昨日の突如勃発した戦闘で頭角を見せた私へ彼女は興味を露骨に示す。私は焦らす様に言葉を交わす。
「興味あるか?」
「ああ。もちろんな!」
「それが私にもわからない。自己紹介が遅れた。クライス・ウルフ少尉だ。この世界出身ではない」
「やっぱりか。陛下の部下はみんな魔族だからな!」
高々と笑い声を上げながら話す彼女。私も社交的な笑みを浮かべ彼女の笑顔に便乗する。
「申し遅れたな。私はケンプファー・ララーシェ」
手を差し出され私は自分の手をララーシュへと重ねる。握手を交わした瞬間彼女が私へ浴びせた言葉がなんとも品のない言葉だった。
「ちなみに処女だ!」
また高らかに笑うララーシェ。私はいったいどんな表情を見せればいいのだろうか。初対面で自分のプロフィールを明かしすぎだろう。私も一時期そういう時期があった。魔族にもそう言う思春期的な時期があるのだろうか。私の頭に残る疑問は計り知れない。
「もしかして童貞君だった? ごめんごめん。私はまだピンピンの処女だ」
連呼しないでくれお願いだ。私は心の中で静かに呟く。恥ずかしいのレベルを軽く通り越してもはや生き恥になりかけている。早くこの処女を黙らせたいと私は心底思う。
するとそこへその処女を止める救世主が参上する。その女性は彼女の頭を軽く叩くとこれまでに渡る失言を停止させ私へ穏やかな思考を回復させる。
「こらララーシェ。いきなりあった者に失礼だぞ。すまないな。うちの者が下手な下ネタをばら撒いて」
「軍で慣れていた。クライス・ウルフ少尉だ。よろしく」
一つ冗談を交えた会話を行う私。軍で慣れているなどまったくの嘘...というわけでもないが下ネタその物自体に耐性がない。海兵隊との演習時はそれに苦しめられたことを今でも忘れられない。忘れたい。私は個人的な記憶を過ぎらせながらもう一人の女兵士が自己紹介に応じるのを待った。
「自己紹介が遅れた。魔王騎士団所属フューリーだ。よろしく」
再び握手を交わし私は彼女の瞳をじっくりと見つめた。もちろんこれが初対面であることは私以外にも知っている。だがその目に彼女は何かを察したのか兵舎の奥へと案内を始める。
「少尉とはなんだ?」
フューリーが私に対しての質疑はこれが最初だった。階級という答えは恐らく通じない。誤解を招かず且つ端的に質疑を丸めこめる答えはあれしかなかった。
「称号....といえば正しい。なにせ私はこの世界の人間ではない」
「それはどういうことだ?」
「そのままだ。異世界...それも魔法など存在しない世界から私はここへ飛ばされた。なぜかはわからない。根本的に違うこの世界で私は何をすべきなのかまだわからない」
異世界転生という奇妙な事象に巻き込まれた私の境遇を淡々と話した。これを私は幸福とは思いすらしない。だが私がこの世界で何かをすべきことは明白だと自分自身の中で確信をする。レラージェの表情。笑顔一つなかった彼女の笑みを私が眺めるまでこの世界では死ねない。勝手な判断に身を委ねた哀れな私をどうか許してくれナターシャ。
心で元居た見苦しい世界の特別な住民に向けた懺悔を唱えているとフューリーが兵舎の中を案内する。そこへ踏み出した私はそこに求めていた屈強な男性が居ないことに初めて気づく。ゴブリンという言葉が魔族の男性を指す言葉だと知ったのがここだった。
「少尉はどうして兵舎へ?」
「ああ。それをまだ言っていなかったな。勇者に攻勢を掛ける。その為にメンバーを集めたい」
「それは陛下の申し出か?」
「そうだ。レラージェが私へ直接申し出た。戦争を終わらせろと」
「真か!?」
私は静かに頷く。その事実は私の評価を飛躍的に上昇させる。そして直属部隊の話は周辺で覗いていた女性魔族達に忽ち広まり次々に名乗りを上げ始める。
「二人はどうだ?」
「私は遠慮しておこう。今の騎士団で十分だ」
「なら私は行くぞウルフ!」
ララーシェが腕を高々に上げ私へと近づき腕へ絡めつく。人材を一人獲得。私は別のメンバーを探す。そこへ私へ強い口調で物を言う女性兵士が一人野次を砲弾のように飛ばした。
「馬鹿馬鹿しい! そんなの何が面白いのよ」
面白いも何もこれはあくまで戦闘団。面白くもない。それに加え危険も伴い正直な本音は女性を巻き込みたくない。私はその女性兵士へ話を掛ける。
「面白くない。むしろ逆だ。危険を伴う。本音のところ君たちみたいな女性を巻き込みたくはない」
「舐めてるの?」
その女性兵士が私の胸座を強く握り眉間へ堅いしわを見せる。表情を変えず私はその睨みを静かに受け止める。
「あんた。陛下から直接騎士団の結成を任されたからって調子に乗るんじゃないわよ」
「なら君もくるといい。私が口にする危険という意味をじっくりと理解できる」
「....面白いじゃない。名前だけは教えてあげるわ。クロッシェット。クライス・ウルフだったね? 明日つまらないもの見せたら殺す」
私はその言葉を何度も耳にしていた。正直タコが出来るほど上官に言われそうして私は育った。このくらいの暴言で怯む私でもない。唇を微妙に動作させその言葉を微笑みで受け取る。胸座から手が離れるとクロッシェトは兵舎を逃げるように去っていった。
「ごめんなー童貞君。クロッシェットああ見えてもいい奴なんだぜ」
「...見ればわかる。それと私を童貞と呼ぶのはやめてくれ。一応息子がいる」
ポケットに突っ込んだ写真を取り出しララーシェへと見せ付ける。鮮明な画像を目にした瞬間のララーシェは唖然とし、その写真を不思議そうに見つめていた。
「これなんだ? 鮮明な絵だな」
「そいつは写真っていうんだ。絵と違ってそこにあったものが鮮明に記録される。そこに写っているのが私の妻だ」
「まさか経験済みだったとはな! てっきり新品未使用かと思ってたぜ!」
「いい加減やめろ。こっちが恥ずかしくなってくる」
高らかに笑い声を上げるララーシェ。苦笑いを見せる私とその周囲。私の募集活動は口コミのように広がり希望者が多数出た。ひとまずその希望者を一同に集め適正な人数へと絞る。ひとまず希望者のプロフィールをレラージェへと求めるため兵舎を後にしようと足を進める。
「希望者は明日の早朝。太陽が昇り掛けた頃に城の門へと集合してくれ。希望するものはそれなりの覚悟を持ってきてくれ。選抜式になる。遅刻者、条件を満たさない者は容赦なく脱落させる」
そう捨て台詞を放ち私は兵舎を後にした。もちろんこの瞬間を待っていたのか漆黒の魔法陣が足元で開き私はいつも通りレラージェの部屋へと転移させられる。3回目にもなればその感覚に慣れ不定期で来るその瞬間をなんの驚きもなく感じられるようになってきた。
「お主。兵舎で何をしておったのじゃ?」
昨日言った話を忘れているのだろうか。戦闘団の結成のため私が直接兵舎でメンバーを招集すると告げたはず。私はレラージェへとその事実を告げる。
「昨日言った戦闘団結成のメンバー募集だ」
「そんなことはわかっておる!」
いきなり威勢の良い音量大の声を上げるレラージェ。なぜ激怒しているのか私にはこのとき理解が出来なかった。
「もしかしてダメだったか?」
「....ダメでない。そのことに激怒してるわけでもないのじゃ」
「ではなぜ」
私のセリフを塞ぐように彼女が私の唇へと静かに自分の唇を重ねる。甘い口付けと彼女の滴る唾液が流れ込み体を震わせる。彼女は目を瞑り火照っていることを必死に隠す彼女の表情に私はやっと彼女の激怒が理解できる。それは私が彼女の逆鱗に触れることを仕出かした訳でも私の言動に問題があったわけでもない。ただの嫉妬だと私は理解し静かにその唇を受け始める。
唇を外した瞬間、口内に充満していた唾液が小さく細い糸を引き離れることを拒む彼女の心と同期しているように私と繋がっていた。レラージェは私へ自分の素直な思いを告げた。
「わらわはお主がほしいのじゃ。喉から手がでるほど」
「どうしてそこまで私に....」
「わらわがもっと小さい頃....年前くらいかの。お主に似た少年と街で出会った。優しくて強くてわらわは想いを寄せていた。じゃが父上....元魔王の娘とただの少年。あまりにも不釣合いでわらわはその想いを告げることすら出来なかった。お主は似ているのじゃ。その少年に。庭で体液を流して倒れているときわらわは楽にしようと手を下そうとした。じゃがその顔が目に入った瞬間、お主を斬りつけられなくなっていた。お主はあの少年に似ているのじゃ。一致と言ってよいほど。優しく強い。わらわの城を守ったときもその姿を片時も目を離さず眺めていた。じゃからお主はわらわと一緒に居てくれるか?」
私はその素直な想いに心を揺さぶる。一途に想う妻がいる。私は今そこに居ない恋人への想いを忘れないように呟いていた。いくら迫られようと私にそんな他の女性に手を掛けるなどという選択肢はない。私はなぜそこまで想うのか。すでに死んだ私の存在など忘れナターシャは....そんなはずはない。まだ帰りを待っているはず。私は探りようのないナターシャの思いを探ろうとしている。勝手な想像で作り上げた虚構が崩れそうになっていた。私はすでに死んでいる。私の存在はすでに元居た世界ではいない。そうか私は死んだのか。静かに自覚した現実に私の目から透明で純粋な涙を流す。
「私は....もう死んだのか」
悔しさに再び身を晒しレラージェの胸元へすべてを投じた。私の思いを素直に受け止めるレラージェ。私は彼女へ返事を出す。一途に想う恋人がいることは非常に寂しく虚しい事実だと私の心がそう答えを出す。静かに動いた口が私の本音を物語っていた。
「私と一緒に居てくれ。私にまた帰る場所をくれレラージェ!」
胸元から顔を離し私はレラージェの目元を見つめながらそう声を張り上げた。その言葉に彼女の浮かない表情が一変し私へ満面の笑顔を咲かせる。
「わかった。わらわはお主の帰る場所を守る。だからお主は絶対にここへ帰って来い」
「私は。お前の元へ絶対に帰る。だからレラージェ。お前はここで私の帰りを待っていてくれ」
二人の言葉が交錯する。私の覚悟は決まり軍人としてではなく一人の男として戦場へと足を踏み入れることを決意する。私はすでに用意されていたプロフィールをレラージェの睡眠合図までチェックした。誰が適任なのか。私の戦闘団に誰が必要で誰が不要なのか。私は静かにページを捲る。希望者のデータを頭へインプットし続けレラージェの睡眠時間を疎外しない程度で行った。私が就寝したのが午前0時。腕時計が示すその表示で彼女が就寝の合図を見せ私は静かに彼女のベットへと入った。
翌朝5時。私は訓練用ジャージへと着替えいつものようにランニングの格好へと変わる。選抜の第一段階は持久力を試す。それが私からの最初の課題だ。私が正門の広場へと降りるとそこにいた数百人の魔族。やはり魔王直属というものは何か特別なものを感じるのか。私は集まった戦闘団入団希望者へランニングの指示を出す。
「まず君たちにテストだ。この回りを1周ランニングしてもらう。1分後私がスタートしそれに抜かれれば脱落だ。いいか?」
全員が頷き了承を得ると私はスタートの合図を切った。最後のランナーがスタートラインを切り私はそのタイマーがゼロへ刻々と進む中早くもゴールする魔族が存在した。
「私一番だぜ!」
一番最初に興味を見せていたララーシェが戻る。神速と言うべきなのか魔族の力は計り知れない。私のタイマーがゼロを指し走り始める。誰も同じコースを走る姿はない。しかし体力が乏しい魔族は第一コーナーを抜けた時点でごぼうのように抜く。ラストスパート私は容赦なく女性魔族達を一気にぶち抜く。その様子は遠目から見ていたララーシェに異様な有様を見せ付けた。
「ゴールだ。今から来る彼女らはこれが終わったらもう帰っていい。見ていたいならいいが」
「容赦ないな」
「一応本気でやっている」
私の最もな答えに頷きを見せるララーシェ。彼女の持久力とその速さに私が一番驚いている。もちろん本人には言わない。調子に乗らせればいずれサボりが出てくることを上司が口にしていたことを覚えている。
「次だ。残ったものはここで待機」
残ったメンバーを今居る現地で待機させ、次の項目へと進む。ごく一般的な私の朝トレーニングなのだが魔族にこれはかなり厳しいと聞く。ランニングに関しては魔法で飛行できる為飛行魔法をほとんど使用する。体力に関してはほとんどないと言っても等しい。半数が脱落し次の項目での脱落者が更に増えることが私の脳裏に過ぎる。腕立て伏せの体勢へ全員を寝かせ私の掛け声で一回ずつ行っていく。刻まれるカウントが進んでいく度体力の限界から脱落者が選出されていく。腕立て伏せ、腹筋、背筋とごく普通のトレーニングを重ねていく。朝トレーニングのメニューが一通り終了し私は選抜試験を終える。上官の命令も軍の基準もない。ここで必要なのは自分に似た存在を集めること。最後に残った6人はそんな私に似た魔族の存在だと確信を得る。
「最後に残ったのは6人か」
私の前へ堂々と面を構える6人の魔族。私はその全員の表情をしっかりと見つめる。ララーシェは終始笑みを浮かべていたが他のメンバーの決意は固まっているように私の目には映った。
「合格だ。明日から同じ時間にランニングを行う。今日はもう帰っていい」
「よっしゃー。これで私はお前の部下だウルフ!」
ララーシェの声と同時に私は手を差し伸べる。その手を強く握ったララーシェは笑顔で私の目を見つめ合格した事実を素直に受け入れ喜びを見せていた。その様子をじっと影から見つめる一人の女性。
「つまらない....殺す」
そう呟いた途端影から身を乗り出し私の方向へナイフを突き付け突撃する。その行動に気づいた瞬間反射的にナイフを素手で受け止めホルスターにしまっていたハンドガンを足へ向ける。手の平で受け取ったナイフの刃が食い込み左手を赤い血が染める。足へ向けたハンドガンの引き金へ指を掛け発射体勢を確立させる。
「殺す。昨日私はあなたへそう言った」
「そうかクロッシェット。お前にはつまらなかったか。だがすぐに人を殺めようとするその性格は関心しない」
言葉を放った瞬間私の引き金が自然と引かれ弾丸が炸薬の加速でライフリングをなぞる様に通過し銃口からマズルフラッシュと共に飛び出す。9ミリパラベラム弾がクロッシェトの足に張られた皮膚を貫き内部で進行が停止する。
激痛が走ったのか悲鳴を上げその場で倒れこむ。魔族の血も赤く染まっていた。
「どうして....硬化魔法を掛けていたのに」
「それがお前の実力なんじゃないか?」
「うるさい!」
私へ目掛け拳を入れようと試みるクロッシェト。しかしそのコースは単純且つ明白。顔面へ向かい変則性のない単純なストレート。私はコース上から頭を回避させ、クロッシェトの顔面へとナイフの刺さった左手で一撃を入れる。食い込む感触に痛みを感じるものの一度死を経験した私にとってそれは耐えられる程度の苦痛だった。
「お前は今のがつまらないといった。だがこれは私達にとって必要なことだ。それをたかがつまらないの一言で片付けることはここにいる6人への侮辱だ。今すぐ謝罪しろ」
「なぜよ」
「簡単だ」
私はクロッシェトの足に出来た傷口へポーチに収納していたピンセットを食い込ませ9
ミリ 弾を摘出する。回復魔法を使用したのか弾丸が入った後の傷口は一瞬にして塞がり血に染まったパラベラム弾頭を地面へと捨て去る。
クロッシェットは立ち上がり6人へ向け頭を下げる。謝罪の意味は十分伝わっていた。私は静かにその場を後にするクロッシェトの後姿を眺め左腕の血を見つめる。ここまで出血したことは久々だろうか。攻撃魔法の効果が薄い私にララーシェが回復魔法を使用する。しかし効果は期待できるほどなくナイフの刺さった傷口が秒で塞がった。ララーシュは魔族の中でもトップクラスの魔法術士。ここまで再生能力が低下することも珍しい。ララーシュはその様子をじっと見つめ私の体へ疑問を抱く。不思議そうに私の体を見つめるララーシェは股についたナニヘ興味を見せる。
「これって人種のあれか?」
「やめろ。私のに興味を持つな」
「持たずにはいられないんだよな! それが私だ!」
「意味がわからんやめろ」
私は股へ目を向けるララーシュを目線を避けさせる。私が戻ろうと足を進めるといつも通りなのか私は漆黒の魔法陣に吸い込まれいつもの部屋へと飛ばされる。
「よかったじゃのう。お主は」
「どういう意味だ?」
「なんでもないぞ。それより明日はどうするのじゃ?」
私の答えはすでに確定していた。明日から彼女達を招集してやることは一つ。
「もちろん訓練だ。7人で長距離戦闘から近接戦闘までの訓練を行う」
「そうか。頑張るのじゃよ」
私は静かに笑みを浮かべた。するとレラージェが自分の引き出しから一冊の本を取り出す。手渡しで私へ本のタイトルをチラつかせる。
「タイトルは魔法術士....か」
「読んでおくがよい。戦闘の参考になると思うからな」
受け取った私はさっそく本を開く。そこに書かれる魔法術士の種類と規模。イグラスが初日の戦闘で口にしていたテンペスト級の記載もあり初めてその規模の強大さについて知る。
「バーク級、ニューバーク級、フロント級、クリスタル級、テンペスト級....これが敵のクラス」
「そうじゃ。お主が最初に撃ち抜いた魔法術士はそのトップクラステンペスト級。敵にも数少ない魔力の持ち主じゃ」
私は自分が起した番狂わせに驚愕する。そんな強大な敵を一撃で仕留めた功績の大きさを知る。その戦闘に絶大な打撃を加えかつ撤退まで追い込んだ現代兵器の性能に私は感服する。
「そんな強大な魔法術士を私は....一撃で」
「お主のその拳銃と言ったか。その中から発射に使う弾薬を少しばかり拝借した」
ポケットから取り出すとその弾丸に魔法陣を打ち込むレラージェ。すると内部の炸薬が炸裂し弾頭を弾き飛ばすと部屋へ弾痕を刻む。
「これは衝撃系の魔法じゃ。恐らくこの後ろから力を加えて弾き飛ばしているのじゃろう。そして対策も講じることが出来た」
再び魔法陣を展開しもう一発の弾丸を空中へ投げ衝撃系魔法で自分へ方向へ弾き飛ばす。炸薬の激しい炸裂音が響きわたると光と共にレラージェの額で停止する。
「硬化系等の術式に弾丸の成分をインプットしたのじゃ。くれぐれも弾丸を回収されぬよう心掛けるのじゃな」
「本当に無傷か?」
「そうじゃ。わらわにとってテンペスト級であろうと小指で捻れる程度。所詮は人種の作りし幻じゃ」
強情な態度を見せるレラージェの言葉を私はしっかり耳で受け取り脳裏に焼き付ける。弾痕のついた部屋は一瞬にして再生され数分前の姿へと戻る。明け方だったこの世界も本を読んでいるだけで夕方へと進みやがて太陽が沈む。私は戦闘に必要なデータを一通りインプットしレラージェのベットへと入る。すでに彼女は目を瞑り吐息を静かに鳴らし就寝についていた。私はその横へ対面するようにベットへ入る。昨日の甘い口付け。あの一瞬が彼女の寝顔を目にするとフラッシュバックし欲求が生まれる。その欲望を静かに私は口にしていた。
「また....あの味がほしい」
私は寝ている彼女を静かに目線から消し去り就寝へと入っていった。翌日も早くトレーニングから射撃訓練まで日程がすし詰めにされているため彼女の吐息を浴びながら深い睡眠へと墜ちていった。甘い口付けを思う夜は静かに更けまた同じ朝を迎えていったのだった。