粛清の瞬間
地上部隊がスタンバイする待機室。武器庫の厳重な対爆防壁の横に設置されたそこで、弾薬を積めるクロネコ小隊。ライフルを分解し、ライフリングの刻まれるロングバレルを清掃する。チリ一つでも射撃精度に影響をきたす精密バレルと、消耗品の光学機器4倍固定の高度戦闘光学照準機エイコグ。予備のライフルスコープとホロサイトをプレートキャリーのバックパックへ詰込み、エイコグをライフルへと装着する。
集光式の光学機器は電源不要の大変重宝する品。私が長年こよなく愛するトリジコン社が製造する傑作。ライフルとの互換性においても、天下のアメリカ軍お墨付き光学機器として軍関係者から先進国でFPSに営む老若男女において知らない者はいない。レンズに映し出されるレティクルが、瞳の焦点と合致するよう位置を調節する。
「ウルフ。ちょっといい」
「なんだミーシャ」
背後から対物狙撃ライフルM82A3を抱え、私へ話を持ち掛けるミーシャ。体と調整中のライフルをミーシャへ向け、会話を交わす。
「狙撃。今回どこ?」
「ポジションは現地で決める。まだお楽しみだ」
「....そう」
不可解な表情を見せ、どこか作戦への不安を抱いている。私はそんな不安を「仕方がない」の一言で片付けるわけにはどうにもいかなかった。
「私も不安だ。だが逆に高ぶってくる。アドレナリンが溢れ出しそうだ。人間は争いってのを好む。ドッチボールでもサッカーでも。人殺しでも。だから負けたくない。不安なのもきっとそれだ。負けたくない。それがミーシャの心に不安を残すんだ」
同情という行動を選択し、ミーシャの心を落ち着かせる。サバイバルナイフを取り出しM82A3をミーシャから奪うようにして取る。
「どうするの?」
「簡単だ」
質問の答えになっていない言葉を残し、サバイバルナイフでライフル胴体に刻印を刻む。削れた金属片が床に散乱し、ライフルの胴体へ傷をつける。その傷がアルファベットで彼女の名前に彫られ、誰もがそのライフルの持ち主を特定できる品へ変貌する。
「これで不安がなくなる」
「....ありがとう。けど大丈夫?」
「問題ない。私が彫ったからな」
確証のない正常のサインを言葉で出し、彼女へ気休めを与える私。誰よりも一番私が恐怖を抱いていることは、自覚している。しかしそれが戦いへの恐怖なのかルーネへの裏切りを実行する背徳的恐怖なのか理解しがたい。体は震えないがこの恐怖をどこへぶつければいいのだろうか。私は形ない恐怖に狩られ、ライフルのグリップを強く握る。
「出撃は七時間後。それまで休んでいいぞ」
スリングベルトを肩に掛け、ライフルを背中へ回す。待機室から扉を返し、廊下へと足を踏み出す。
向かった先は射撃演習場。ホルスターから50口径拳銃デザートイーグルを引き抜くと、緑色のポインタが付けられたアイアンサイトを通し、ターゲットを視界に捉える。人差し指がセーフティーの呪縛を解かれた引き金を押し込むと、銃口から眩い閃光と火薬の爆音が乱れなく伸ばされた腕先から発せられると、音速を超越した弾丸が鋼鉄のターゲットに風穴を開ける。その間僅か零コンマ数秒。これが対物ハンドガンと名高い世界でも指折りに数えられる銃の性能。その反動はアイアンサイトは完全に目線から消え、跳ね上がった銃口と空薬莢の排出口から弾け飛んだ薬莢だけが、目線に映る。
「獣を狩るには獣と同等の力を必要とする。あいつが言っていた言葉だ」
連続して引き金を掛けた指で引き続ける。轟音と反動の強烈な圧力がそれを受け流すために取った腕の姿勢を真正面から崩す。
「狩人は自らの殺気を羽衣のように纏う。スナイパーは自らが備えた一撃で頭を撃ち抜く腕。アサルトは訓練でイカらた脳から発せられる奇想天外な戦術。パイロットはどんなに不利な状況でも冷静を保つ精神力。戦闘でこれらが揃えば、戦争にすら勝利できる」
背後に感じる人影に呟く私。デザートイーグルの銃声が途切れるごとに、その声は射撃演習場に響き渡る。
「銃の整備状況を敵からも視認できるよう常に磨いた。普通は磨かないはずのライフルを磨く。整備は射撃後、火薬の熱が篭っているうちにやれ。それくらいの熱じゃ人は死なない。シュバルカッツェって部隊は本当にイカれた精鋭部隊だよ」
本体のマガジンリリースを行うと、自重落下したマガジンが地表に激突し、金属音を放つ。
「まさかその隊長がCIAの工作員。もといアメリカの陸海空軍特殊部隊を網羅し、工作員としてドイツ陸軍にもぐりこんだスパイだったとは思わない。何が目的だったんだヴェクター」
顔元へデザートイーグルを引き寄せ、背後で腕を組み背中を城へ繋がる扉へ寄りかかっている。
「身辺調査....と言ってもお前は信じないだろう」
「CIAは警察か? アメリカ中央情報局がそんな迷子探しレベルの馬鹿事をしないことは昨今の日本人でもわかる」
「だろうな。簡単に説明する。私はお前と入籍を行ったナターシャ・クライスに興味があった」
「どういうことだ?」
軍とナターシャの関係性はほとんどない。彼女は基地に入ったことすらない凡人だ。私を戦地で殺した事実に関しては未だに謎が深まるばかりだが。
「お前が死んだあの任務の目的を覚えているか」
「忘れはしない。国際指名手配犯ノーコードの暗殺だ」
テロリストの掃討と暗殺。それがアメリカ海軍特殊部隊ネイビーシールズの十八番だと世界が知っていた。しかし国際貢献とドイツ軍特殊部隊の名声に欲を上げた政治家の作戦。シュバルカッツェ。空軍初の特殊部隊として強襲作戦を中心に空軍パイロットから選出された精鋭部隊。作戦は完璧だった。私の死が成功へ傾いたのか失敗に傾いたのか。それを知らぬまま私は死んだ。
「その作戦は成功した。シュバルカッツェ全員の犠牲があってな」
「どういうことだ?」
「ナターシャは偽名だ。ノーコードが組織していた私兵のナンバー2。お前が戦地で殺された理由はそれだ」
腕の力が解き放たれ、死んだ人間のように脱力する。しかしこんな裏切りも慣れた物。私は抜けきった力を入れなおし、言葉を放つ。
「もう慣れた。裏切り、策略、嫉妬。この世界も楽じゃない」
「私も同感だ。お前がこの戦争を終わらせると聞いてな。狙撃地点にいたお前さんは直後の出来事を知らない。ナターシャに撃たれ、悶えているその後をお前は知らない。爆薬とミサイルの燃料を巻き込んだ爆発で、シュバルカッツェとノーネームは吹き飛んだ。お前はそれだけを知っていればいい」
部隊全員の死を簡単に受け入れられてしまう私は、すでに自らの感性が狂っていた。死のうが生きようが知ったことではない。それが苦楽を共にした仲間であろうと、私にはこの世界しか残されたものがないからだ。
「そうか。ヴェクターはなぜここにいるんだ?」
「それは時間が教えてくれる。それも数時間後にな。それと一つ言っておく。死んだはずのお前さんの寝顔を見た時、私は安心した。生きていたんだってな。職業柄仲間は見捨てるなと教えられていた。軍に居た頃と何も変わりはしない」
ストックを折りたたんだクリスヴェクターを手に抱え、コードネームヴェクターと名づけられた女は言った。実名など教えられるはずもなく、未だに彼女は自分の任を全うしている。
「そうか。一ついいか?」
「なんだ?」
「私は裏切りを裏切りで返そうとしている。それに躊躇しようとする自分がいない。ヴェクターならどうする?」
私は50AE弾の雷鳴を耳に、考えていたことを晒した。ヴェクターは考える素振りを見せ、数秒後自分の思考回路から算出した答えを出す。
「その裏切りを払拭する行動を取る。期待を裏切るようなものだ。その行為に恥じぬ行動を後にすればいい」
心に抱いた迷がその姿を完全に消した。人が死に燃やされるように消えた。拳銃を握る手に力が入る。
「やはりヴェクターには敵わない。出される答えがいつも完璧だ。私のような不器用とは根本的に違う」
「何を言っている。行って来いウルフ。お前が知りたい答えはそこにある」
言葉の通り、デザートイーグルをホルスターへ押し込み城の内部へ戻っていく。彼女へ背中を見せることはほとんどなかった。隊長として先頭へ立ち、敵を一掃していた彼女へ、私は背中を堂々と見せつけ、去っていく。
「いい面になったな。クライス・ウルフ少尉」
去っていく背中にヴェクターはそう声を上げた。私は装備一式を取り出すため、待機室へと向かう。出撃まで残り4時間。最後にこの城へある言葉を告げることにした。
「今までありがとう。お前さんのおかげでレラージェといい時間を過ごせた。ありがとう」
廊下で一人言葉を呟き、私は待機室へと戻った。迷彩服にプレートキャリアを重ね着し、マガジンの入ったプラスチック製ホルダーとエクイップメントを一つ一つ確認する。不備がないことを確かめ、確証を得ると汎用型ライフルG3を背中で背負い、空いた腕でアサルトライフルSR-16URX4を抱える。一本のマガジンをホルダーから抜き、ライフル本体へ差し込む。チャージングハンドルを手前へ引き出し、マガジンから鉛の弾薬が送られ、金属の擦れる高い音響が鼓膜を刺激する。
「出撃しよう」
「了解だ」
ララーシェが親指を立て、私にサインを出す。4時間の休息を叩き潰し、メンバー全員へ出撃の命令を出した。
「イーグルチームは定時で出撃。私達は現地で待機する。燃料は満載。パイロットは常時待機」
「イーグル2りょーかーい」
「イーグル1了解しました」
無線機を取り、航空機パイロットへ直接指示を出す。庭に待機させたハンヴィーへ部隊員を乗り込ませ、エンジンを点火させる。ハンヴィーの調子も上々で今にも走り出しそうな勢いを見せ付ける。アクセルを踏み込み回転数を上昇させると、車輪が回転を始め城の敷地から離れていくと、その姿は浅い下り勾配と木々の生い茂る森へ消えていく。シュバルカッツェの灯火が城から姿を消したのだった。
名前、ヴァルキリー・ファラルド。元勇者のパイロット。ウルフ様が考案した作戦に向けて、出撃を控える兵士。LEDの明かりが私の体と目の前に居座る機械のドラゴンを照らし、人間と兵器という垣根を忘れさせる。
「おーいヴァル。おーい!」
武装パッケージの記載された書類に目を通していると、聞き覚えのある声が背後から響く。ファイルを手から離し、その声へ反応すると背後に立っていた整備士の長であるジュリア。
「ぼっとしてたらやられるぞ」
「すいません。えっと何でしょう」
膝を曲げ、態勢をジュリアの腰位置まで低くしファイルを再び手に取る。用件を尋ねるとジュリアは表情を明るく微笑み、私へある言葉を告げる。
「特に用件はないんだけど、頑張れよ」
「はい。頑張ります」
「ちょーっとー。これどうなってるのぉー?」
「待ってろフロスト今行く」
イーグルのコックピットで慌しく動くフロスト。機体のシステムでも見ているのだろうか。ジュリアがフロスト機のコックピットを備え付けられたハシゴから覗き込むように、指示を送る。
藍色に塗装されたストライクイーグル。資料で目にしたウルフ様が知っているイーグルとは少し異なっているこの機体。着艦フックが備え付けられた機体に妙な違和感を感じる。
ハシゴを垂直に上り、座席と最新式の計器や液晶画面が備わったコックピットへ足を踏み入れる。人が一人座って入れるスペースのここで、戦場の圧迫感と恐怖に飲まれることを想像すると体が震える。
ヘルメットに目を向けると、黒いバイザーが鏡になり今の表情を映す。その姿は満足に食事も与えられない弱った少女のように虚ろで、戦場へ出向くことを拒否している様子に目が向く。首を横に振り、長い髪揺らすとヘルメットを被りバイザーを下げた。それまで歪みなく澄んだ風景が黒を帯びすべてが薄汚れる。無線機のスピーカーが耳に接触すると、そこから絶え間なく地上部隊の交信状況が入る。ハンヴィーと呼ばれる軍用車両で移動しているウルフ様たちは、どこか私に愉快な雰囲気を伝える。
「航空部隊聞こえてるか」
一本の言葉に私は体を震わせ、慌てて返信を返す。
「はい。良好です」
「そろそろ準備してくれ。今から30分後に空へ上がって欲しい」
「了解しました」
コックピットから顔を出し、ジュリアへウルフ様の指示を端的に伝える。戦闘機のエンジンを始動する為、背後の整備士を退避させガスタービンの起動を開始する。
「こちらイーグル1エンジン始動。滑走路への誘導を御願いします」
「了解だ」
整備士長ジュリアが戦闘機誘導の際に使用する誘導パターンマーシャルを行う。エレベーターへ載ったF-15は上昇を開始し、直接滑走路へ送られる。エレベーターの床がそれまでLED照明の輝きを反射していた。しかしこれが薄い闇に包まれ始めた魔王城の滑走路に出ると、純白の床が黒く霞み輝きを失う。スロットルを微妙に前進させ、エレベーターから離れると、床は下降を始め格納庫へと戻る。数分後、同じようにフロストの搭乗するイーグルが滑走路へ上がり、互いに離陸指示を待つ。
「イーグル1。スタンバイ」
「イーグル2。おなじーく」
爆弾を腹に抱え、ジェットエンジンの響きを奏でるF-15ストライクイーグル。翼には空対空ミサイルAIM-9Xが下げられ、ドラゴンとは程遠い外見を私の目に映す。バイザーへ投射されたヘッドアップディスプレイが高度、速度、照準アイコンを眼球へ映し出す。
「ウルフだ。航空部隊の出撃を指示する」
「イーグルチーム了解。テイクオフ」
スロットルを押し倒し、エンジン出力を上昇させ爆発的な推力を排気口から放出する。地上に立っている重力の数倍。体が射出座席の背もたれに締め付けられ、加速するチタン合金のドラゴンに私は身を預ける。
「くるしぃー」
フロストの苦言が無線を通し、耳に入る。眉間に力が入り、その表情は誰がどう目にしても、愉快などの言葉は出さないだろう。
滑走路を走っていたイーグルは、正面から浴びる空気抵抗を浮力に利用する。機体が重力に逆らい浮き上がる感覚は、人間が憧れる空へ私を誘った。
「テイクオフ。ギアアップ。一気に上がるよ」
「りょーかーい」
スロットルを最大まで押し込み、アフターバーナーを点火させる。燃料を満載に積んだイーグルが天空へ誘う階段をただ昇っていく。高度30000フィートを50秒程度で昇りきるその姿は鉄の塊をした天使。
「イーグル1現在高度30000フィート。周囲に敵影なし」
「そのまま進路を維持してくれ。こちらは攻撃目標から32キロの位置だ。攻撃する敵は排除しろ。いいな?」
「了解」
無線を通じ地上部隊との交信を行う。だがその直後、レーダーが複数の航空目標を感知する。液晶ディスプレイの表示がイーグルとの、相対速度や距離を示し、私は戦闘機のセーフティーとも呼べるマスターアームスイッチを起動した。
「見えたよぉー。ドラゴンかなぁー?」
「あれは....人」
レーダーでは表示の難しい敵影を肉眼で捉える。その極小物を捉えた私とフロストは、ミサイルの照準を先頭の飛翔物へ向けた。
「ロック。撃ってきたら撃つ」
音速を超えた戦闘機から人間一人を捕捉する。ボタン一つで翼に下げられた空対空ミサイルが排気口から紅い炎を放ち、人を粉砕する。頭の片隅に残る罪悪感への恐怖が次第に薄れ、正面だけを私は見つめていた。
そして目線に魔法陣の蒼い閃光が灯った瞬間、人差し指に押し込まれた発射ボタンがミサイルのロケットモーターへ点火を知らせる。翼から切り離されたそれは、モーターの推力を利用し音速を優に超え、正面で魔法陣を展開する飛翔物へ向け発射される。
「イーグルチームエンゲージ!」
「もぉー私達のことが大好きなんだからー」
お互いにレーダーで捉えた影へミサイルを放ち、別々の方向へ散っていく。同時に放出したフレアが、朱色の輝きを放ち消滅する。
初弾のAIMー9Xが先頭の敵影を捉えると、瞬きすら許さない一瞬で捕食を終える。肉片となった敵影は深紅の血液を空中で散布すると、火薬の炸裂が起こりそれを更に途方へ吹き飛ばす。本能のまま赴く獅子。ミサイルに抱いた感情はその異名に尽きた。
「フロスト右に3機行った」
「はぁーい」
アフターバーナーの使用を中断し、巡航飛行での戦闘を開始する。速度で圧倒する私の機体を4つの影が追う。操縦桿を不規則に慌しく振り回す様は、背後についた影を追い払おうと必死に逃げるシマウマに類似していた。そして思考回路が導き出した最善策を腕に司令し、行動に移す。操縦桿を手前へ渾身の力で手繰り寄せ機首を不用意に上げる。空気を受け流していた機体が、チタン合金の装甲版で空気を受け止める。機体は失速し降下を始め、重力が天空へ舞い上がった私を引きずり降ろす。
「まだ....まだまだ!」
肉体が普段受ける重力の数倍を受け止め締め付けられる感覚の中、スロットルを押しアフターバーナーを始動させる。排気口から姿を見せた紅い炎。燃料と空気の合成物が燃焼し、生み出されたブーストは、この世界で未だ誰も体感し得ない重力を肉体に押し付ける。魔力とは正反対の科学が生み出す爆発的な推力は魔法を持つ者に、圧倒的な力の差を見せつける。
「さてそろそろ後ろを追わせてもらいますよ!」
機首が下がり、再び空気抵抗を受け流す嘴が先端に来ると、私は飛行術式を使う飛翔物を追い掛け回す。それまで劣勢を保ち追い回されるシマウマの立場から一転し、追い掛け回すトラの立場となり攻勢を掛ける。武装のセレクタスイッチを機銃位置へ変更し、ヘルメットに映る照準を合わせる。それが元の仲間だろうと知ったことではなかった。
「....溶けて」
その言葉と同時に、赤い警告色で彩られたトリガーを目一杯押し込む。右翼前縁に設置されたM61バルカン砲が銃身の回転を始め、轟音と共に20mmの弾丸を発射する。弾丸が人間を貫き、重力に引かれ落下する姿にこれが人間のする所業とは到底思えなかった。圧倒的な武力で粉砕し、生命を肉片へ変えたことは許されることではない。自身で理解していることなのだが、私はそれ以上の殺した快楽を得る。絶対に抜け出すことの出来ない快楽に私は浸り続けていた。
「4つ落とした」
「ちょっとー。私の後ろまだ来るんだけどぉー。殺しちゃっていいのかなぁー」
迷いを見せるフロストに私は直球で返す。もちろんそんな暇など彼女にはない。
「迷ってないで早くする。行かないとウルフ様に怒られる」
「そうよねぇー。じゃあ殺しちゃいますね」
フロストの機体がフレアを放出すると、速度を得ようと急降下を始める。突発したフレアの放出に目を奪われた影は、急降下する機体を見失い、旋回したイーグルの機銃が彼らを八つ裂きにする。レーダーに存在していた影は消え、私達は目標上空へ進んでいった。
ハンヴィーの好調な走りは目標地点まで残り数キロというところで止まる。背中に積んでいたガソリンタンクを持ち上げる私とララーシェは、夜明け前の野原でハンヴィーの食事を与えていた。クロッシェットの運転する車両もガソリンを切らし数百メートル後方で停車している。ホースを給油口へ挿入し、携帯給油機でガソリンをハンヴィーのタンクへと送り込む。
「ここで止まっていても仕方ないぞウルフ」
メイアが私を急かす。車内でくつろぐ彼女の言葉を少しばかり利用させていただくことにした。私は無線機を取り出し、ある指示を全員へ行う。
「確かにメイアの言うとおりだ。ルーネ街の偵察を行って欲しい」
「わかったよウルフ隊長」
クロッシェットの車からルーネが降りると、私達の横を通過し、攻撃目標へ向かっていく。その様子をじっと見つめながら給油作業を続行していく。その背中が隠れた瞬間、全員がハンヴィーから降車し、ライフルを握る。無線機の電源を落とし肉声の届く位置に部隊の全員が陣取る。
「無線周波数を変更。これより裏切り者に本当の裏切りを教えるんだが、異議はあるか?」
疑問形の言葉に誰も声を上げない。同意と見なし私は話を続けていく。
「ハンヴィーの運転は私とララーシェ。残りのメンバーは街を包囲するように展開、私とララーシェは5分後ここから動く。作戦開始だ」
ハンヴィーに差し込んでいた給油ホースを、後部の収納トランクへ片付けガソリンタンクをトランクカバーへ備え付ける。エンジンキーを差し込み調子の戻ったハンヴィーをその場で待機させ、メンバーの配置を待った。悟られず動くため一人一人が独自の行動で動く。
定められたタイムリミットが近づき、私はハンヴィーのサイドブレーキを外した。
「行くぞララーシェ」
「おう!」
アクセルを踏み込んだ私はハンヴィーを加速させ、正面の森を抜ける。加速を続けるハンヴィーは砂塵を巻き上げ、街の正門へ突入しようと暗く閉ざされた道を抜けた瞬間、魔法陣の展開を確認しブレーキを踏む。
「敵だ。総員交戦開始」
扉を蹴破り、ブレーキの間に合わなかったハンヴィーから脱出を図る。後方を走っていたハンヴィーは飛び出した私の体を容易く回避し、前進を図る。しかし彼女のハンヴィーも加速術式を後退方向に掛けられ、停止する。
「ったく呆れるぜ。ウルフ! こんなこと出来るのはほぼ一人しかいないな」
ハンヴィーから降車したララーシェが言葉を呟くと、それを言葉で返す。
「僕に出来ないことは心の傷を癒すことぐらいかな。だけどそんな機械止めるのに苦労はしないよ」
街を囲む防壁の上で佇む魔族。その横に見覚えある人間の顔が存在していた。
「まったくこっちが呆れますよウルフさん。私達を攻撃しようなんて。お茶を交わしたばかりではないですか」
「そうだな。今私はお前を殺したくて堪らないよ。モーメント!」
ライフルのセーフティーを外し照準をモーメントの頭へ向ける。しかしその動作と同時にルーネのライフルに閃光が灯る。足元に着弾した弾丸は土の制止を受け、回転を止める。
「射撃が下手になったなルーネ。情報戦のし過ぎじゃないか?」
「ねぇウルフ隊長。それにララーシェ。私に命、捧げて」
眉間に力が入り、左目の瞼を硬く閉ざす。ACOGの照準レティクルをルーネへ合わせトリガーを引き、ライフルへ光と轟音を灯す。SR-16から放たれる5.56mm弾は一直線にルーネの頬を掠め、赤い血液と傷を刻む。
「これが警告だ。どうする?」
「今更何を!」
防壁から飛び降りたルーネは、弾丸を放ちながら私へと向かう。すべて頭に入る弾道を描く弾丸を、彼女は見逃さなかった。金色の輝きが激突を起すと弾道は乱れ、すべての弾丸が土へ呑み込まれる。
「さすがだミーシャ。対物ライフルをここまで扱える奴は他にいないぞ」
「褒められるほどでもない」
後に来る銃声が鼓膜を刺激すると、私の足元は弾痕で溢れ返る。私に向かう弾丸をミーシャはすべて見切り、12.7mmの弾丸で迎撃を行う常人を懸け離れた偉業を成し遂げた。
「さてルーネ。お前は私を裏切った。そして私はお前を裏切った」
「そう。残念だよウルフ隊長。好きだったのに」
「懺悔は死ぬ前にしろ。始めようか。殺し合いを」
私はライフルの銃口をルーネへ再び突きつける。しかしそれに被せるようララーシェが腕を伸ばし妨害を起す。
「なぁルーネ。お前はウルフだけじゃない。私も裏切ったんだ。ウルフ。私にやらせて欲しい」
口元から耳に入る息がやけに激しいララーシェ。表情は見えなかったが、彼女の逆鱗にルーネは触れた。ライフルの銃口を下ろし私はララーシェの耳元で言葉を継げる。
「そうか。躊躇するなよ」
「わかってる。私はお前を殺す!」
サバイバルナイフを両手に力の限り握り、ララーシェはルーネの胸元目掛け、突撃した。私はその戦闘を余所に防壁から高みの見物をするモーメントへ言葉を発した。
「お前の相手は私だ」
「おやおや私を一人だと勘違いしているようですね。門を開け」
正面の巨大な扉が開き、無数の男達が待機している。勇者が駐留する中核都市というだけあり、その数は少数精鋭の部隊とは掛け離れた物量だった。
「ナナシ。戦闘態勢だ」
「はーいご主人!」
背中に魔法陣が展開され、それまで誰の目にも映ることのなかった漆黒の翼が生える。第二の手と私はこの魔力の塊を呼んでいる。ライフルを握る腕に加えられた翼は、私の戦闘能力を飛躍的に向上させた。
「....やるか」
吐息を深く吸い込み、肺へ酸素を充満させる。気合を入れなおした私は長い瞬きを一度行いACOGの照準を目の前に行列を成す勇者達へ向けた。裏切り裏切られ私の人生は荒波のように険しい人生だった。しかしこんな人生も悪くない。殺しを覚えた私が初めて人生に満足を見せた。裏切り者への粛清が私を予想以上に奮い立たせ、殺しの快楽を教授する行為だと、私の心に深い傷を残していった。弾丸の閃光と魔法陣の輝きが交錯した瞬間、そこは閑静な都市から戦場へと一変したのだった。