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魔術と転落の転生

 城の周囲を取り囲んだ白い雪。クロウの絶対的な魔力。私はそんな中城へ情報調達のため、探りを入れていたスパイを捕らえ拷問を開始する。ペンデが口にした「裏切り者」を洗うため、記憶透視の能力を持つ魔王レラージェと格闘技術のプロララーシェを監獄のスパイへ送り込み情報を待った。その間、私は....というと。

「あーそーぼ!」

「何して遊ぼうか?」

 クロウを胡座した膝へ乗せ、頭に手を置く私。父だったとはいえあまりに酷い仕打ちだと思うのは私だけか。もちろん幼い少女と触れ合うことに異議はない。だがあの二人だけ監獄で拷問するだけとは何事か。私へ一任された拷問中の任務は子育てである。迷惑番を押し付けられた私は、彼女の心を掴んだのか早速懐かれる。

「んーじゃあ魔法!」

「魔法で遊ぶのか?」

「うん!」

 笑顔で私に言葉を浴びせるクロウ。膨大な魔力を再び解放するのかと私は恐れたが、節度はしっかり持っていた。小規模魔法を連続させ、光を放つとそれをレラージェの部屋で爆発させる。エネルギーの放出はない。しかしそれがアメリカの独立記念日に上げられる花火とよく似ていた。

「本当にクロウは出来る子だな」

「えへへ」

 無邪気な笑みに私は頭を撫でる。素直な性格もまた愛らしい。その表情に両親と生き別れた悲哀や憂鬱は微塵もない。むしろこの環境を楽しんでいる。

「クロウはパパとママに会いたい?」

 火薬を満載した手榴弾のピンを引き抜く私。どう思考を転換しても地雷を踏んだ私の質問にクロウの笑顔が影を落とす。

「パパとママ。わかんない」

 今にでも輝いていた瞳から汚れのない涙がこぼれそうになる。しかし彼女の言葉から父と母の存在を未知に捉えている思考を私は理解する。

「わからない?」

「うん。パパとママって何?」

 言語自体の理解不能を示すクロウ。どういうことなのか。その真意が理解出来ない。

「パパとママの意味か?」

「うん。なにそれ」

 これ以上の言葉を私は躊躇った。深入りすれば私の身に危険が生じる可能性があると、直感がレーダーのように反応する。

「すまない。忘れてくれ」

「忘れる?」

「このお話はメッてことだ」

「うん」

 クロウへバッテン印を示し言い聞かせる。ひとまず危機は避けられたはず。私は何気なく一息つくとクロウが私の胸元へ飛び込む。床へ押し付けられた私の胸元で目をつむる。呼吸と心拍が次第に落ち着くと、クロウは深い眠りに入る。

 魔力の消費は体力の消費を意味し、魔力消費の程度だけ使用者に負荷を負わせる。その分魔力の備蓄量が大きく関係している。消費の少ない加速術式や飛行術式は人間でいう短距離走に近い。一瞬の負荷は大きいが短時間で回復し、同じ術式を展開できる。しかし消費の莫大な質量魔法やそれに属する魔力弾、生成魔法は一瞬の負荷は少ないものの時間と共にその負荷は増大し回復にも長時間を要する。なおかつ使用者に多大な負荷を与えるために使用が制限される。

 天候を変化させるだけの魔力に加え、魔法で遊び始めたクロウはその回復に長時間を要する。レラージェも同様に生成魔法を使用した日の寝つきとそうでない日の寝つきは雲泥の差が出る。クロウをレラージェの弾力の深いベットへ寝かしつけ、メイドへ部屋を託す。静寂な廊下へ踏み出した私は徐にラミアの部屋を訪れる。

「ラミアいるか?」

 扉のノック音に重なり私の声が廊下へ響く。内部から施用された鍵が開錠され、扉が開くとラミアの笑顔が目線に現れる。

「お久しぶりです。クライス様」

「ウルフでいい。久しぶりだな」

「上がってください。今お茶入れますね」

 私は近くの木製椅子へ腰を掛け、キッチンに向かうラミアの姿をじっと見つめ続ける。湯を沸かし茶葉をティーポッドへスプーン一杯投入する。英国式の紅茶をティーカップへ注ぐと私の目の前へ静かに置く。

「どうぞ」

「この世界に紅茶があったとはな」

 驚き半分とそれに慣れた自分がいる恐ろしさ半分。複雑な心境に私はどうも正常な思考が働かない。ティーカップを右手で取り、紅茶を一口に含みその味を確かめた。

「紅茶だ。イギリス軍が持っていたあれとそっくりの」

「お口にあってよかったです」

 瞼を閉じ満面の笑みで答えるラミアにティーカップを高らかに上げ会釈で感謝を表す。命の恩人とも言える彼女に、私は礼のひとつも返せていない。女性へ何かをするというときに限り口が拘束を開始し、まったく開かなくなるというのは男の情けないところなのだろう。私の口が完全に施錠され、話を振ろうにも恥じらいが存在を誇張し言葉が出ない。

「どうしたんですか? 遠く見つめて」

「なんでもない。作戦についての考え事だ」

 一度自分の身分を使い誤魔化す。兵士である以上に人としてあるはずの私が、こんなメイドに恩の礼も出来ないなどあってはならない。ここは恥じらいなど捨て、彼女へ言葉を振ってみようと私は覚悟を決める。

「今のは嘘だ....」

「では何を」

「君に....この命の礼をしたい」

 心臓に手を当てラミアへ言葉を放つ。何の不思議もないはずの言葉だが私の口が麻痺を開始する。麻酔を打たれ喉を噛み千切られたように声が途絶え、ラミアの返信をただ聞くことしかできなかった。

「お気持ちは嬉しいのですが....私は当然の責務を果たしたまでだと思います」

 当たり前の答えなのか。警察が人を取り締まるように救急隊員は人を救う。命を救うことが彼女の当たり前なのか。私には理解し難かった。

「そうか....」

「お気持ちだけ受け取っておきます。ありがとうございますクライス様」

 笑顔で跳ね返された私の恩返し。しかし彼女のそれが私にとって何にも変えられない物になった事は明白だった。

「ありがとう。それだけ聞けて私は満足だ」

 私は紅茶を飲み干し、ティーカップを置いた。その直後、微かに聞こえる叫び声。雄叫びのような低い男の声に反応する。

「すまない。様子を見てくる」

 扉を蹴破り部屋から駆け出した。方向、そして叫び声からして魔族ではない。私の思考がある推測を立てる。

「あの庭か....方向とあの声からしてそれしか考えられない」

 ライフルの弾丸を数発受け、私が倒れていたあの庭へ向かう。屋外へ出るとその周辺には人だかりならぬ魔族だかりが形成されていた。

「ぬぉぉぉぉぉ! 拙者はなぜこんなところに!」

 そこで叫んでいた着物に懐へ刀の鞘を差した男。私は魔族の合間を抜け、声を掛ける。

「どうしたんだ?」

 彼は首を傾げ言語を頭の中で処理する。英語圏の人間でないことは見た目から想像がつく。彼の放った拙者という独特の言語に聞き覚えがあった。

「ジャパニーズか。英語は通じないか」

 私の諦めが徐々に近づく。しかし男が次に放った言語が、私の諦めを途方へ吹き飛ばす。

「それはもしやエゲレス語か! イングリッシュなのか?」

 古風の日本人が持つ濁音のなまりとイングリッシュという単語に諦めを捨てる。

「理解出来るか?」

「拙者留学というやつの経験があってな。それでエゲレス語とやらを学んだのだが」

「そうか。私はクライス・ウルフ少尉だ。よろしく」

「拙者宮本武蔵と申す。武士宮本武蔵の三代目。御願い致す」

 軽い一礼で挨拶を交わし、城の内部へと誘導を開始する。

「どうしてここにいるかわかるか?」

「話すと長くなるがよいか?」

 私は小さく頷く。恐らくこの男宮本武蔵も死に直面し、ここへ飛ばされてきたはずと睨んでいた。

「拙者の先代、宮本武蔵には佐々木殿と呼ばれる宿敵が居り、拙者の代こそは関係が落ち着き、佐々木家の女子を妻へ迎える途中、崖から足を滑らせて海に落ちたのだ」

「宮本武蔵....どこかで聞いたことのある名前だ」

「巌流島で先代宮本武蔵と先代佐々木小次郎が決闘を致したことは存じているか?」

 脳内では話がどうにもまとまらない。誰かがそのような昔話を私へ自慢げに話していたことが脳内処理を邪魔する。

「すまない。話に聞き覚えはあるが思い出せない」

「そうか。ウルフ殿の身につけているその甲冑はどこの国の物に属するのだ?」

 私の迷彩服を指差し、宮本は質問を投げかける。もちろんこれが迷彩服と普通に答えればその答えに再び質問を問いかけることは目に見えていた。

「これは甲冑ではなく着物だ。迷彩服と言って木や森に隠れるための着物。忍者が持っている壁に似せた巻物を着物にした奴だと思ってくれればいい」

 私のその説明に宮本は満足げな表情で頷く。この説明で納得してくれる筋の通った男で私はほっと一息つく。

「それでウルフ殿。一つよいか?」

「なんだ?」

 宮本は私へ何かを告げようと言葉を発するが、その言葉の続きが交通渋滞のようにつまり始める。

「どうした?」

「拙者、女子には耐性があまりないのじゃが....」

「それがどうしたんだ?」

「いや。拙者にこの環境は辛いと申せばよいのか」

 詰まりに詰まる言葉の栓に私は突破口を開こうと、追撃を掛ける。

「早く言ってくれ。何が辛いんだ」

「この女子の数! 拙者幼い頃から女子という何を考えているのか分からぬ生物と接触することさえ憚られるのだ」

「いいか宮本。私も最初はそうだった。だが妻を貰って考えが変わる。女性ほど難しい生物はいないと」 

 彼の肩へ手を置き、出せる全力の笑顔を顔に出す。その言葉の瞬間、私と宮本の足元に漆黒の魔法陣が展開され、目の前の風景が一転する。それまで屋外に立っていたはずの宮本と私は先ほどまでクロウと私が共に過ごしていたレラージェの部屋へ飛ばされる。

「お主は馬鹿か。それにクロウの世話を任せておったじゃろう?」

「クロウが寝てしまったからな。それとお客さんだぞ」

 レラージェの眼差しと罵声を五感が捉えた瞬間、飛び出した言葉だった。クロウはそんな騒ぎを物ともせず熟睡している。

「ほう。またお主のように別世界から飛ばされてきた輩か」

「一見幼子のように見えるが、いくつなのだウルフ殿」

 おい宮本殺されたいのか。一応魔王ですよこの人。一番突いちゃいけないところ突いてきたよええ。私の心の囁きを感じ取っていたのかレラージェは私へ向け、脅迫を開始する。

「ウルフ。お主死にたいのか?」

「冗談だ。宮本は混乱してる」

「冗談じゃ。お主の心はすぐに読めるのう」

 冗談とはいえ魔王が直々に死という言葉を放つと私の身がゾッと鳥肌を立てる。冷や汗を引っ込め、焦りを消す。

「それで何かわかったことはあったか?」

 男へ行った拷問の件。私の質問に彼女は目線を窓へ向け、誤魔化しを掛けようと言葉を止める。

「誤魔化そうとしてる。レラージェらしくないな」

「口が過ぎるぞ。お主が思っていた以上に辞退は深刻なのだ。あとでじっくり話す」

「裏切りなら慣れている」

「そんなことはどうでもよい。宮本と申したな。我が名はレラージェ。この城の主じゃ。ようこそ腐ったこの世界へ。部屋は....隣が空いておるな。そこを使ってくれて構わんぞ。着替えはウルフの迷彩服を作る。それを着ておくれ。風呂も完備しておるぞ」

 レラージェは宮本へとりあえずの宿を提供する。しかしそれについていけていない宮本。どこまで女性に謙虚なのか。考えがわからないという点については同情する。

「かたじけないレラージェ殿。言葉に甘えて隣の部屋を使わせていただく」

「すまないな。急にこんなところへ連れてきてしまって」

「ウルフ殿が謝る必要はない。この世界へ来た事は何かの縁だ。これからよろしく御願い致すぞ」

 お互いに握手を交わす。その瞬間、レラージェが私の背中へ飛び込みしがみつくと、宮本の頭へ手を置く。半ば強引に触れた頭から記憶を抜き取ったのか満足げな表情で私の背中から降りる。

「な、ななななななんだ今のは!」

「気にしないでくれ。彼女なりの挨拶だ」

「それでは拙者は隣の部屋で休息しておるぞ!」

 扉を勢い良く開き隣の部屋へと篭ってしまう宮元。女性不審にそれをするのはマズかったとレラージェも反省の色を見せる。

「あそこまでじゃったとは」

「それで何か見えたのか?」

「お主の時代とは次元が違うのう。先ほど見た記憶はここへ来る間際の部分じゃった。佐々木小次郎の娘とは、また綺麗じゃったのう。それゆえに残念じゃろうな。あのような男の人生にとっては」

「そうか」

 私はただ返答することしか出来なかった。なんと彼の悲観にどんな言葉を掛けて良いのかわからない。ただ彼の傷を深く掘り下げないように努力するだけだった。

「それとじゃが、もう一つ嫌な現実がわかってしまってのう」

「わかっている。私も覚悟は出来ている」

「お主は一度裏切られておるな。その件はいい。今から話す事実を一言一句落とさず聞いてくれ」

 その口から放たれた言葉は、私の信頼を疑心に変えた。完全防音のこの部屋で私は二度目の裏切りに拳を作った。怒りと憎しみ。信頼が崩れ去ったときに生まれたそれは、愚かで欲に塗れた産物と化してしまった。その後、私は何も言葉が出せずまま、ただ部屋を後にしていった。

 射撃演習場でスナイパーライフルM24のボルトを引く。そんな私へ誰かが声を掛ける。しかしその音響を跳ね除けるかのように、ライフルの引き金を引いた私は耳の鼓膜を叩きつける銃声と鼻を刺す硝煙に包まれる。標的の頭へ命中し鉄の弾けた甲高い音響が遠くから小さく囁く。

「どうしたんだいウルフ隊長」

「ルーネか。なんでもない。少しショックだったことがあっただけだ」

 ボルトを再び引き、チャンバーへ弾薬を装填する。引き金に指を掛けた瞬間、ルーネが私の指へ自分の指を重ね、寝そべっていた私の体へ乗る。

「僕が慰めてあげようか?」

 慰めなど必要ない。だが今の私にその言葉を拒否する理由など見つからなかった。しかし重なった指を無視し、自らのタイミングで引き金を引いた私に、彼女はその必要性を疑った。

「僕の回復魔法は大抵なんでも治せるけど、ウルフ隊長の傷は直せないみたいかな」

「そんなことはない。ただ私の傷はルーネの思うように浅くない」

 ライフルの銃口から悲鳴のように上がった銃の声は一通り射撃演習場を取り囲む森を抜け消えてゆく。戦争で人が死ぬように一瞬で消える。

「ウルフ隊長は恋とかしたことあるの?」

「いきなりなんだ。言われればあった。昔連れ添っていた妻と」

 排莢口から飛び出した空薬莢を余所に、ルーネは私へ恋の話を持ちかける。したことないと言えば嘘になるが、実際結婚を迫られたのも妻で私は何もしていない。現にこの世界でもレラージェと繋がってなど居なければここで一人孤独に生きていた。

「そう....なんだ。僕は今、恋してるよ」

「そうか。私にはその気持ちがわからないな」

「ウルフ隊長も恋したことあるんでしょ?」

「私の場合は妻が強引だったと言えばいいのか。私はただ、妻に愛されていれば私が愛さない理由はないと思っていたからな。出会いも婚約もすべて図られたようなものだ」

 飛び出した空薬莢が草原の地べたへ着地し、転がりを始める。しかしそれも勢いの弱いボールと同じですぐに止まる。

「僕もそれでいいのかな?」

「相手がそれで押し切られればな。私の場合は今も昔も妻に負けたよ」

 笑顔で答える私にルーネは、目線を逸らし足を微妙に動かした。頬の配色が微妙に赤へ近づいていた為、私にトイレを悟られたくないのかと感じ、ライフルのマガジンを引き抜いた。

「すまないな時間を取らせて。私はこれで失礼する」

 その言葉にルーネの頬から赤みが消える。私が背中を向けると微かに聞こえる言葉にならない声が静かに射撃演習場へ響いていた。室内へ繋がる扉を開き、城の内部へ入り彼女の姿が見えなくなったと同時に、下唇を力強く噛み付ける。

「おーいウルフー!」

 負に落ちない心を休ませることなく次の難関が現れる。人の気も知らず飛び出した魔族。私へ声を掛けるやいなや私へ飛び掛る。手にはダミーナイフ。最近覚えさせた奇襲攻撃の影響だろう。私はそのナイフを左へ避け、手首を一捻りしダミーナイフを取り上げる。

「甘いなララーシェ。正面からは一番避けられやすい。それは人が密集している街でやる奇襲方法だ」

「だって背後に立ったって気配察知して防御してくるだろう?」

「それは私や特殊な訓練を受けた奴だ。筋としてはいいがな」

 不満そうな表情を見せるララーシェ。考えるようにはなってきている。これも訓練が施した成長の賜物だろうと私の脳が満足を与えた。

「あとは射撃だ。ララーシェの腕は入隊したての新兵より悪いからな」

「そりゃ酷いぞ! だが射撃も嫌だ。格闘戦でライフルに勝てる方法ないのかよー」

「ない」

 即答する私の足元へ縋るように両手で押さえるララーシェ。動体視力を極めれば弾丸を回避することなど容易いが、並みの人間にそんな超人的な努力は不可能だろう。すると足へしがみついていた私の懐目掛けララーシェが別のダミーナイフを取り出した。

「隙あり!」

 そのダミーナイフはコースを正確に描き、私の横腹へ刺さる。予想もしていなかった攻撃に完全な不意打ちを決められ、私は呆然と立ち尽くす。笑顔で私へ目線を向けるララーシェへ私も苦笑いを浮かべる。

「ウルフもまだまだ甘いぜ」

「だな。というか早く離れてくれ。さっきから影で見ているレラージェから拳が飛んできそうだ」

 曲がり角から目線をじっと送るレラージェ。その目線から伝わる獲物を捕捉した狂気のシーカーは私を離さない。しかしどうにも隠しきれていない翼と角に私は笑いを堪える。

「へ、陛下がそこにいたのか!」

「ララーシェ。昔からわらわの前でずっと邪魔してきていたじゃろう。一つ忠告しておく」

 影から堂々と歩き出しらララーシェの前へ寄ると顔を近づけ、彼女へ言葉を放った。

「ウルフはわらわのものじゃからな!」

「怒らなくてもいいじゃないか。ねレラちゃん」

「昔の名で呼ぶでない!」

 私には彼女達の関係が気になって仕方なかった。その思考を理解したのかレラージェは私へ不敵な笑みを見せながら、ララーシェの胸を揉み始める。

「大体こんな不粋な胸にウルフは引かれぬよまったくララちゃーんなんて遊ばれおって」

「しょうがないだろ成長しちゃったんだから!」

「ほーらまたこれよ。17で体の成長が止まっているわらわに対する宣戦布告か?」

 まったく話についていけない私。そこへどこからともなく現れたラミアが、彼女達の様子を止観し、私へ言葉を掛けた。

「また二人で言い争いをしているのですか?」

「またってのは?」

「陛下とララーシェ様は以前からお知り合いのようで。俗に言う幼馴染って奴ですか? 昔から陛下とお外へ行かれたり一緒に遊んだりしていましたから」

 話がようやくまとまる。この二人が争っているのは遥か昔のことでかつレラージェが無礼な言葉に反応しないのも昔からの縁ということなのか。私は何もかも理解し、その言い争いをようやく冗談だと理解する。

「ったくよくやるよ。この二人は」

「似たもの同士はなんとやらといいますか。クライス様にもそういう経験がお有りですか?」

「私にはないな。こんなに言い争う二人を見たのは軍にいたころ以来だ」

 親友という括りの友人は持たなかった為に、こんなことをしたことがない。しかし現代世界に居た頃、よくこんな言い争いを目にしていたと今になり懐かしくなる。

「陛下とララーシェ様。生まれたときから見てきていますが、やはり似たもの同士なのですかね」

「生まれたときってことは今いくつなんだ?」

 変な地雷を踏んでしまった感覚が思考に広がる。ラミアから告げられる事実が私の予想を上回っていることに言葉で気づく。

「今年で8253歳になります。前の陛下も知っていますよ」

 いつからメイドなのか私のデータベースにないが、八千年もメイドという職を続けられるその根気に何より驚く。私なら軍人を同じように八千年続けるなど絶対に無理だ。何千回も転職を繰り返す人生になるだろう。

「なんか驚きというか」

「基本魔族なんて1000歳越えてるものが大多数です。ウルフさんの団ではペンデさんが最年少でしょう」

「....いくつなんだ?」

「15歳です」

 むしろペンデの年齢に驚く。なぜこの少女を部隊に加入させたのか今更になり思う。現代の軍隊であれば軍法会議にお呼ばれすること間違いなしである。

「決まり的には問題ないのか?」

「はい。魔族の成人はちょうど15歳程度ですから」

 確かに17歳で成長が永久停止しているレラージェのことだ。大抵その程度だろう。しかしペンデの徴兵は問題視されるべきだと思う。武器を持たせ戦場へ送ることがどれだけ愚かなことか私が一番知っているためだった。

「成人していれば問題ないのだが彼女を戦場へ送り出す私はあまり気が進まない」

「彼女はまだひ弱で臆病だからですか?」

「いや。あんな若い純粋な子を戦場へ送り出すことが愚かだからさ。志願しているなら別だが」

「ペンデさんは後者のほうです。あの子は志願して兵士になっています。まだ若い魔族の今後を担う大切な子ですが」

 自分の根本を変えたいと彼女自身も思っているのだろうか。兵士になったところで変わるものなのか私には理解できないが、やりたいと思うことはやればいいと諦めがついた。

「そうか。なら彼女の思い通りにさせる」

 私はただその言葉を残し、二人の言い争いをじっと見つめていた。それにも飽きてきた頃レラージェへ背中を向けるとそれに気づいたのか私の横へつく。

「なんじゃ背中なんて見せおって」

「飽きただけだ。それよりもう遅いだろう?」

 時はすでに日没を終え、深い夜への一歩を踏み出していた。そんな最中、永遠言い争いを続けられても、睡眠を妨害されるだけと考えた結果である。私はとにかくこの争いに終止符を打たせ、レラージェと部屋へ戻ろうとしていた。

「それよりもう行くぞ。少しやりたいこともあるしな」

 私はレラージェを横に添え、部屋へと戻る。やりたいことの中身に期待しているのか

どこか彼女の表情が笑顔に近く見える。もちろんやりたいことの中身にレラージェのレの字も出てこないことを彼女はまだ知らない。

「何をしてくれるのじゃ?」

「レラージェに何かするわけじゃない。宮本を少しでもここに馴染ませるためにちょっとな」

 そう聞いた彼女の表情が一気に落ち込む。部屋への足取りが重くなった瞬間、不意にこんな言葉まで出てしまった。

「そんながっかりするな。レラージェに期待を掛けるわけじゃないが」

 公共の場でいう言葉でもないため、レラージェの耳元でゆっくり静かに囁く。

「寝不足になっても知らないぞ」

 私の伝えたい事実が伝わったのかレラージェの頬が紅く変色する。彼女も一人の女なんだと改めて私が実感する中、恥ずかしさからか途切れ途切れの言葉が返る。

「べ、別に期待しておらんぞまったく」

 見え透いた心の内部に私は笑顔を絶やさない。こんなに笑ったのはあの生活以来だろうか。そんなやりとりが続いていると目印でもある大きな扉が目の前に見える。

「それじゃあ私は宮本を呼び出す。それと大浴場は空いているか?」

「何を考えているかは知らんが空いて居るぞ。それではまた後でな」

 レラージェの微笑を最後に彼女は部屋へ入る。隣に居座るはずの宮本を呼び出すため扉を軽く叩くと、中から踏み出す音が響き扉を勢い良く開く。

「ウルフ殿か!」

「そうだ。風呂でもどうだ? 日本には昔から裸の付き合いというものがあるそうだが」

「構わんぞ」

「そうか。タオルと着替えは私が持っている。大浴場まで案内しよう」

 そう言葉を掛け、私は宮本と共に大浴場へ足を向けた。誰も居ない脱衣所と浴場。水滴の微かな落着音だけが響き、幻想的な風景が外には広がる。風呂というものには入っていたが他の男と入るのは実に数ヶ月ぶりの出来事である。レラージェとは何度もここを訪れ、二人なぜか共に入っていたことを思い出す。

「ここにも風呂というものがあったのか!」

「日本と同じらしい。私は欧州人だが風呂へ浸かるなんてことは滅多にない。この世界では魔族独特の文化らしいぞ」

 シャワーの栓を捻ると強烈な水圧の水流がシャワーヘッドから体へ降りかかる。その現象も宮本にとってはかなり新鮮なものと言える。

「そうか。この栓はこう使うのか」

 同じく宮本も栓を捻る。シャワーヘッドから同じ水圧の水流が流れ出し体へ降りかかる。苦痛を感じたのか宮本はシャワーヘッドの照準を体から離し、私へ救済を求める。

「この勢い強すぎるぞ」

「その栓で調整できる。こうするんだ」

 シャワーの栓を調整し微弱な水圧へ変更すると、体へお湯を掛け始め体の洗浄を開始する。シャンプーやボディーソープと言った宮本の知らない液体を説明し使用させ、一通り体を洗浄できたところで、浴槽へ浸かる。なぜかは知らないが魔王城の大浴場は露天風呂も完備し、温泉宿を彷彿とさせる雰囲気が漂う。

「ウルフ殿。一つよいか?」

「なんだ?」

 肩まで使っていた私へ声を掛ける宮本。何を思ったかこんな質問で私に語りかけた。

「なぜここまで拙者を助けるのだ? そんな義務ウルフ殿にはないと思うのだが」

 確かに宮本を助ける義務などない。しかし同じ境遇の私に義務がないなどで片付ける理由はなかった。

「私も死に直面してここに来た。宮本と同じ境遇だ。それで義務がないから助けないなんて理由にはならないだろう?」

「確かにそうなのだが」

「それに宮本も私もここで生きている。私はレラージェに助けられた。それも宮本みたく崖から落ちてなぜかここに飛ばされたわけじゃなく妻に裏切られ、アフガニスタンの戦場で殺された。傷も酷くなんとかある命だ。助けるのに理由なんていらない。だが義務がないなどと御託を並べ救える人を助けないのは間違っている。私は少なくともそれを選んだ」

 上空に広がる星を眺め、私の口が動いていた。御託を並べて救える人を見殺しにすることは本能的に許せなかったのだ。

「そうか。拙者ウルフ殿に仕えてみようと思う」

「仕えるなんて、そんなことはいい」

「何かウルフ殿の役に立ちたいのだ。拙者この恩を返さずに死には出来ないのだ。お願いだ」

 私は彼を戦いに巻き込むことだけは憚られた。しかしここまで言われれば私も折れる。その口から放たれた言葉は、彼を戦いに駆り立てた。

「そうか。なら私の部隊に加わって共に戦って欲しい」

 しっかり彼の目線を捉え、言葉を放った。宮本はその言葉に微笑で頷き、目の色を変わる。

「承知したでござる。拙者この身に変えてもウルフ殿を御守りし、共に戦う所存でいる」

「そうか。だが私なら大丈夫だ。その命は大切にしろよ」

 互いに言葉を交わし浴槽から出る。そして屋内の浴室へ入ろうと扉を開けた瞬間、そこに広がっていた光景は別世界だった。

「....えーっとそのー。皆さん何を」

「それはこっちのセリフだウルフ!」

「う、ウルフさんの....」

 ペンデが自らの裸体を晒され、私へ言葉を発そうとしている。それと同時に目の前で無数の裸体を目撃した宮本が言葉を叫んだ。

「お、おおおお女子の」

「う、ウルフさんの」

「裸だと!」

「ヘンターイ!」

 その叫び声は城全体に広がり、これを仕掛けた張本人は腹を抱え、笑いを見せていたのだった。


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