今宵、赤い月
今宵、紅い月。純白だったはずの月が深紅に染まり、体を起こすことすらままならない。私は共に倒れていた汎用型ライフルG3を横目で止観し、そこへ到達する自分の血液が背中を埋め尽くす瞬間を目にしていた。眼球を埋め尽くした血液が純白の月光を赤く染め私を照らす。
私はここで死ぬのか。無念さと国家に捧げた命を思う幸福感が入り乱れ私の心を揺する。家族は何を思うだろう? 私を失い残す家族の事を脳裏に浮かべる度私の幸福感が屈辱に変わる。自然と流した涙は視界を奪い、次第に薄れる意識に絶望と恐怖を覚える。まだ死にたくない。そんな叫びすら声に出せない無念無想に私は絶望した。アフガニスタンの土に死体を埋め死んでいくのは我慢ならず私は最後の力で自らの体を祖国、ドイツ連邦へ向け進み始める。しかしそんな最後の足掻きも虚しく私の意識は遠のいていった。
傷の痛みに悶え、私は瞼を解放し瞳を大きく見せる。目線に映った漆黒に包まれた一室。そこで横たわる私と物珍しそうにライフルを見つめるメイド姿の女性。私は机に置かれた9ミリセミオートマチック拳銃M9を片手にそのメイド姿の女性へ足を運び、服を押し込むように銃口を突きつけた。
「動くな。そこでじっと止まれ」
「ふぇっ!? な、なんですか!?」
「それ以上口を開けばお前を殺す。私をここへ連れてきたのは誰だ?」
「それじゃあ何も話せないじゃないですか!」
静止を促し、尋問を開始した私は現在位置、敵性勢力かを問う。幸い万国共通英語に似た言語が精通しており、彼女達の話していた言葉はこちらも理解できた。しかし独特の癖と時々話す謎の言語に私は戸惑いと関心を持ち、そのまま尋問を続ける。
「そうか。なら私の質問にだけ答えろ。ここへ私を運んだのは誰だ? そしてお前は誰だ?」
「ここへ運んだのは主様です。それと私はここに仕えるメイドです」
首元を鍛えられた腕で絞め呼吸を断ち切ろうと試みる。しかしその強い圧迫がメイドの本性を流出させ、私はそれまで敵として迎えることのなかった相手と対峙することとなる。閃光が視界を遮りフラッシュグレネードを浴びた感覚が脳へ伝達されると不意に腕を目元へ当てその閃光を遮り、M9の銃口を再び突きつけた。
「それ以上こちらへ来るな。じゃないとこいつが火を吹くぞ」
外見の変化がまったく見られなかったメイドへ私は警告を浴びせる。しかしメイドはその警告を聞く素振りすら見せなかった。私の指が引き金を引いた瞬間、銃口から放たれた黄色い閃光と9ミリパラベラム弾がメイドへと向け加速する。しかしそれを弾道をまるで自分が射主になったように見切り、音速を超えた弾丸を一瞬の動作で回避する。背後の外壁へとめり込まんだ弾丸と、その異変に気づいた別の警備兵が部屋へと押し入る。
「何事だ!?」
銃口を仕切りに切り替え私は背中側へ後ずさりしながら、壁へ後退する。しかし窓がない一室から脱出する手法など微塵も存在しない。私は渋々マガジンを抜き薬室の弾薬をスライドについた排莢口から抜き取る。ハンドガンを捨てた瞬間、メイドの狂気は消失し、自我を取り戻す。
「あれ。私なにしての」
「貴様どういうつもりだ!?」
メイドの背後で私の投降を止観していた警備兵の女兵士が胸座を鷲掴みで持ち上げ、反対に尋問を掛けられる。もちろん私に答える義理などない。
「どういう、とは?」
「どぼけるのもいい加減にしろ!」
何を惚けているのか。突如として意味不明なこの部屋へ連れてこられかつ手厚い看病を受けている事実に私自身が疑問だ。ハンドガンを足で蹴り飛ばし手の届かない位置へと移動させると、鉄の鎧が目をチラつかせる。しかし直後にその行動を制止させる声がこの一室へと響き渡る。
「やめるが良い。イグラス」
「へ、陛下! ですがこいつはラミアの暴走を引き起こそうと」
「もうよい。そやつは大切な客人だぞイグラス。お主はそやつを乱暴するというのなら話は別だが」
女兵士イグラスの背後から現れた一際風格の違う女性。陛下という単語。何かの王なのか私の疑問は尽きない。黒いドレスを身に纏い漆黒の翼が背中から露出する。頭に載ったティアラは黒く濁っていた。メイド姿の彼女がメイド服の裾を上げ、敬意を示す。私は中世のヨーロッパにでも飛ばされたのか...思考回路はショート寸前にまで追い詰められ、すべての事象を否定しきれない私がそこにいた。
「すまないな。我が城の者が無礼を働いて」
「いや問題ない。それでここはどこだ?」
「貴様! 陛下になんという口の聞き方を!」
「イグラス! お主は少し頭を冷やせ!」
威勢の篭った声が轟くと女兵士イグラスは再び私の胸座を掴もうと試みる。しかしその行為を陛下と呼ばれる女性は許さなかった。
「まずお主の名前を聞かせてもらおう」
「....ドイツ連邦軍シュバルツェカッツェ所属クライス・ウルフ少尉。あなたは?」
「ここの主....といえばよいのだろうか。魔族を束ねる女王と呼ばれておる。我が名はレラージェ」
魔族という言葉に聞き覚えはあった。日本のクエストゲームが好きだった息子から話はよく聞かされていたからだ。私は背中に携えた翼を目にしある言葉を放つ。
「それは自前の物か?」
「至ってそうじゃ。それよりお主。見慣れない格好をしているな。詳しく聞かせろ」
「....軍規に違反する。しかしここに私の祖国があるとは到底信じられない。何から話せばいい?」
私はここがすでに現実世界をかけ離れた異世界であることはすでに確認している。その証拠が私の目の前で言葉を掛け、会話していることに家族のいる祖国はないことを自覚する。
「さっきお主が蹴り飛ばした黒い武器。それとそこにある長い槍のような武器。あれはなんじゃ?」
「拳銃と小銃。私がついさきほどまでいた世界ではどこの軍も基本装備している武器だ。弾薬を中に込め発射する殺傷兵器。それ以外に何かあるか?」
「その弾薬というのはなんじゃ?」
レラージェの言葉で床に落ちていた銅で着飾った弾薬を手で持ち上げ渡す。それだけでは危険性の一文字もない為、ただの火薬入り小包同然だった。
「ほう。これが弾薬か。この中には何が入っているのじゃ?」
「弾頭を飛ばす炸薬と弾頭。その弾丸は9ミリ弾。有効射程50メートルそこそこの比較的弱い弾丸だ。弱いと言っても至近距離で人間に突き刺されば普通に死ぬ」
「ほう。魔族への耐性はわからないのか?」
「魔族という括りの敵とは戦ったことがない。私がいた世界は人間しか存在しなかった。同じ種族同士が争う」
「哀れじゃな...」
話をするたびにレラージェは表情を変える。そして私を発見した時の状況を詳しく物語った。
「お主は城の庭で赤い液体を流し倒れこんでいた。人種に近いラミアへ急ぎ運ばせ治療を行った。魔法の類が一切受け付けずお主の持っていた赤い十字の箱を開き赤い液体を止めるものを探した。その治療中ラミアが機転を利かしての。人種に近い奴はお主の体を熟知していた。中に入っていた丸い塊を取り赤い液体を止め透明な液体を数種類打ったらこのとおりよ」
傷ついた私を治療した魔族。魔法というにわかにも信じがたいお呪いを私は拒絶したらしい。幸い治療キットをラミアというメイドが私を治療するために駆使しここに存在できているらしい。先ほどの醜い仕打ちを私は謝罪を行った。
「先ほどの無礼。申し訳ない」
「い、いえ。私もあなたに少し興味がありましたので」
「それで陛下殿。私はあなたをなんと呼べばいい?」
「レラージェでよい。まだ傷が癒えてないようじゃな。騒がして悪かった」
レラージェがそう言葉を残すと私がいた一室を去ろうとする。それを邪魔するかのように私は声を発した。
「待ってくれ。何か礼がしたい。今必要なものはなんだ?」
その問いにレラージェは何も言わずただ黙って立ち尽くしていた。しかし彼女は私へ目を向けしっかりと言葉を放った。それは私の中の勝手な想像が彼女を欲深き魔王のから無欲な普通の少女へと変えるものだった。
「何もいらぬ」
静かに響いた言葉に私はどうも彼女の本心が理解しがたかった。
レラージェが部屋を去り私は渋々拳銃をホルスターへ収納する。ライフルの手入れを始めアサルトバックに入ったメンテナンスキットを取り出し銃の分解を始めるとその様子を世話係りのラミアがじっと興味深い表情で見つめる。ライフリングの刻みがバレルからしっかりと覗き込めどんな状況下でも射撃できる状態で保つ。本体のマガジン挿入部を静かに磨きH&Kの刻印を削り取らない様注意を怠らないよう磨く。上官がちょっとばかしキレ味の強い人柄で有名だった為、新兵時代銃をしっかりと磨き敵に整備状況を1000メートル先からわかるようにしろと教え込まれていた。特にこの磨きにはうるさかった。普通銃は磨かないがその人はとにかく磨いた。自分の相棒を洗っていると思えと教えられその日以来この作業を何気なく欠かさず行っていた。
脱がされたプレートキャリーを持ち上げ空のマガジンが入ったダンプポーチを探す。最後に使用した空マガジンを取り出し本体との結合具合を確認する。ホロサイトは電源を失い緑色のドットが姿を消し仕方なく狙撃用の6倍スコープを取り付ける。バッテリーの消失がかなり痛手だった。
銃本体を再び組み立てると私はスコープを覗く。弾薬は残り60発程度。G3の7. 62ミリ弾20発装填マガジンが3つ。貴重な弾薬と銃本体のパーツ。特にアサルトバックへ入れていたサプレッサーは余程の自体がない限り使用は出来ない。補給のない状況でどこまで戦えるか私はその心配だけをしていた。そして私はライフルとハンドガンを持ち部屋を後にしようと仕度を始める。
「ど、どうされたんですか?」
「状況から察するに私はここにいては邪魔な気がした。傷も痛みを引いてきた頃合に出させて貰う」
扉を開き半ば強引にこの城と呼ばれる建造物を後にしようと試みる。しかしその直後の出来事だった。城内の廊下に響き渡る警備兵の大音量の叫び。その音は確かに敵襲と言葉になっていた。
「ラミアって言ったな。敵襲らしいがここから正門へ抜けるにはどうすればいい?」
「えっと。今は危険なので教えられません」
敵襲という言葉に怯んでいたのか彼女の震えが最高潮に増す。私はそんな彼女の瞳から涙が溢れそうなことに気づき気休め程度に言葉を掛ける。
「震えている。落ち着いて。少し休むといい」
部屋へ再び戻りラミアをベットへと寝かせる。私は弾薬の入った黒く輝くマガジンをG3へと差し込みプレートキャリーを身にまとった。
「再び目を開けたとき私はここにいないかも知れない。だから先に言っておく。また会うときまで元気でな」
震えている彼女を布団へ強引に押し付け私は部屋を後にする。広い城の内部を全速力で駆け回り敵の襲撃方向を確認する。巨大な魔方陣が展開された瞬間そこで戦闘が行われていることに私は確信を得る。城のとある扉を蹴破り外へと進出するとそこでは大規模な地上戦が繰り広げられていた。
「....これは」
「貴様か。どうしてこんなところにいる」
イグラスの言葉に私は理由などないことに初めて気づく。
「理由は必要ない。戦っているのなら加勢する。治療の礼だ」
照準を城へ向かう蒼い服に鎧を被せた男へ向ける。紫色の魔方陣が重力を操作すると叩きつけられるように男が地面へと倒れる。そして城から展開された人とは言いがたい緑色の巨体が金棒を振り回す。
しかしその巨体でさえも軽々となぎ倒す男がそこには何人もいた。私はライフルの銃口をその男の一人へ向け一発弾丸を放った。魔方陣など存在しない。火薬が弾頭を音速へと加速させこの世界ではありえない速度で弾丸が突き刺さる。見慣れないその物体に横で指揮を行っていたイグラスが熱で黄色く発光した物体を見つめ言葉を放つ。
緑の魔方陣が展開されると前方で倒れこんでいた男の傷口を癒す。元通りに修復されたそこは何事もなく立ち上がる。しかしそんな男へ私は絶えず弾丸を浴びせた。金色のマズルフラッシュを横目に私の直上で魔方陣が現れる。
「避けろ! 質量魔法が来るぞ!」
私は魔方陣を展開する敵を探す。しかしそれは間に合わず完全に遅れを取り重力にも似たエネルギーが私の脳天から降り注ぐ。それは私の体を徐々に溶かすかと思いきや重力の錘が多少掛かったのみで私の体に変化はなく戦闘の続行を可能とさせた。
「貴様どうして!?」
「知らない。それより敵の主力は?」
「正面。奥に構える修復術を使っている魔法使いをやらなければこちらは圧倒的に不利だ。やれるか?」
「了解した。少し離れていろ。火薬の匂いが来るぞ」
スコープのゼロインを調整し6倍から可変させ14倍の倍率へと切り替える。それまで米粒台のサイズだった背後の修復魔法術士が細部まで細かく見えるサイズにまで変化する。もちろん狙うのは頭。一撃で仕留めるにはここしかない。魔法術士とは言え外見は人間そのもの。私は躊躇なく引き金を引き弾丸を放つ。緑色の魔法陣が同時展開されるものの弾丸は魔法など微塵も影響を受けず頭へと弾丸が入る。フードが外れたその魔法士は目を見開いたまま倒れこみ回復の魔法陣が真下で展開される。しかしその魔法ですらも無効化し弾丸は先の岸壁にめり込む。
「ワンダウン」
「貴様。魔法を無力化したのか?」
「そんなことできるわけがない。ただ頭を射抜いただけだ」
「テンペスト級の魔法術士をいとも容易く...何者だ」
私のしたごく普通の狙撃に言葉が出ないイグラス。そのまま背後の回復魔法術士を金色の弾丸でなぎ倒していく。指きりで引く引き金の軽快な金属音と炸薬の爆音。生成されたガスがピストンを押すセミオートマチック方式のH&KG3は銃口から目を覆う閃光を放ち弾丸を排出する。回復術士のほとんどを殺害した私はその死体を目の前に言葉が出なかった。それがすべて女性であることも重く圧し掛かる。
「撤退するぞ。撤退!」
侵攻してきた男たちの声が響き渡ると彼らは城から立ち去っていく。その姿に私はライフルの引き金から指を外した。
「よく女を殺せる」
「それが戦争だ。詳しく話を聞かせてほしい」
私は悲惨な現状をシャットアウトするかのように目線を外し城内へと再び戻っていった。この戦闘でこの世界の仕組みや性質を理解する。魔法という概念があるこの世界で銃という異世界兵器は魔法の籠を離れ魔法に干渉されないことをたった今確認した。凄腕魔法士を一撃で仕留めかつ敵を撤退へと追い込んだ私の力はこの世界のバランスを揺るぎかねないものだと悟った。
私が運ばれた一室へと戻りラミアへと声を掛ける。震えていた身体が完全に収まり私の受け答えにしっかりと答えられるほどにまで回復を見せていた。
「大丈夫か?」
「クライス様。ご無事で」
「ウルフでいい。それよりもう大丈夫か?」
「はい。おかげで収まりました。ごめんなさい」
意味不明な謝罪に私は突っかかる。しかしそれはメイドの仕事を放棄しモタモタ寝ていたことへの罪滅ぼしだと私は受け取った。
「もう少し休んでいていい。一つ頼みごとをいいか?」
「なんでしょう」
「レラージェの部屋を教えてくれないか?」
彼女とは一度話をつける必要がある。魔法の存在、敵勢力の正体。私の思考に浮かぶ疑問は無限に等しかった。私の問いに答えようとするラミアを邪魔するように声が入る。
「その必要はない。わらわが直接案内する」
「陛下。申し訳ありません」
ベットから起き上がりドレスの裾を再び上げお辞儀を見せるラミア。私は部屋の前でじっと目線を送り続けるレラージェへ言葉を発した。
「詳しく聞かせてもらう。ラミアは少し休んで」
「ありがとうございます」
「行くぞウルフ」
その言葉に従い私はレラージェの背中を追う。広い城の中を歩き回る私とレラージェ。jすれ違う城の警備兵、メイド、そしてレラージェへ従える家臣。皆彼女へと一礼し敬意を示す。これが大量の民を従える王の威厳なのか。私は自分自身が元居た世界とまったく別世界の秩序を目の前にしパニックのような状態へと陥る。しかし確かに確信していた事はここで私はすべきことがあること。その使命感に似た何かに突き動かされ先の戦闘へも参戦を見せた。結果として加勢し勝利を収められたことは非常に喜ばしい。しかしそんなことを差し置くように疑問が脳内を駆け巡った。
「お主はかなり驚いているようじゃな。無理もない」
「わかるのか?」
「表情を見ればわかる。質量魔法、修復術式。お主が見てきた世界にそんなものなど存在しない」
何もかもお見通しのレラージェへ私は素朴な疑問を投げかける。それは答えようのない不確定要素の塊を答えさせる愚問にすぎなかった。
「この世界はなんなんだ?」
「誰かが作った自身の妄想と言えばいいのかのう」
その質問に口を閉ざすレラージェ。世界の概念を問う私に質問した内容の答えにならない回答を見せる彼女。私は深く追求することなく受け流した。
「ついた。ここがわらわの部屋じゃ」
二枚の巨大な扉を開くとそこは一人用とは思えない広さのベットにソファー、テーブルにはスコーンが並び紅茶を注ぐポットまでも用意されていた。
「入ってくれ」
「邪魔する」
私は近くのソファーへと腰を掛けレラージェへ再び質問を大量に浴びせようとしていた。しかしその心を読んだのか彼女はこの世界の構造から会話を始める。
「さきの質問。この世界はなんだと申したな?」
「ああ」
受け答えをし紅茶を一口含む。その味は私が味わってきた中でも一二を争う高級品だと一口で感じる。だがそれは心の中で処理しレラージェの話をじっくりと聴き始める。
「この世界は10年前まで人種とわらわ達魔族が共存していた世界じゃった。人里でわらわ達魔族と人種が共に助け合い暮らしていた。じゃがそれはある日突如として崩れた」
「何があったんだ?」
「簡単じゃ。人種よりわらわ達魔族が優れていた。魔力の貯蓄量、能力共に人種より数倍優れていた。それを毛嫌いする人種が奴隷のように酷使していた魔族で人里を襲わせた。わらわ達は危険分子とみなされ人里離れたこの城とここ一帯を魔族のテリトリーとし暮らしていた。そんなことも知らず魔族を嫌う人種に利用されておる人種がわらわ達の城へと攻め込み大量の犠牲者を出していく。確か勇者と言ったな。彼らは魔王討伐という大儀名分を背負い村などの物品を盗むようにして浪費する。わらわ達にとってはただの駒としてしか思えない奴らが勇者などと呼ばれわらわ達へ戦争を吹っかけるのじゃ見苦しい」
その醜い争いの歴史に私は怒りを露わにする。しかしそれは行き場がなく誰にもぶつけられない怒り。それを重々承知していた。怒りの照準をどこに定めればいいのか。私の思考はショート寸前まで動作するがまったく持って答えなど見つからない。
「なぜ彼らはここ10年攻め込むんだ?」
「決まっておる。その毛嫌いする人種というのが彼ら人種の民をまとめる人種の王じゃからの。そしてそやつらが考えていることもすでに見当がつく」
その言葉を掛けると立ち上がりレラージェが私の額へ手の平を当てる。冷たく人肌に似た感触に額が包まれどことなく血脈が加速する。そしてその手が離れた瞬間、手の平の上で漆黒の魔法陣を展開し何かを生成し始める。
「わらわはこんな能力を持ってしまったせいでこの争いが起きたと思っておる。じゃがわらわの自由は奪わせない。絶対にの」
そう呟いた彼女の手に7.62ミリ弾とG3のスペアマガジンが突如として現れる。物質生成。レラージュが口にしていたこんな能力というものを私は自覚する。
「記憶から物が生成できる...それで毛嫌いされ狙われるっていうのがよくわかった」
私はそう言葉を発すると紅茶を再び口に含む。するとレラージェが私へ戦闘前の発言を再び言葉にする。
「何もいらないは撤回じゃ。一つ頼みごとがある」
「なんだ?」
撤回した発言に私はこの次の言葉が大体予想をつけていた。その要求はただの兵士だった私を魔族の命運をかけた男へと変えるものだった。
──この戦争を終わらせてほしいのじゃ──
予想通りの言葉に私はしばらく黙り込んだ。受け入れるか拒否をするか。私自身の選択によってはここで斬り殺されかねない。その状況を和らげるようにレラージェが言葉を付け加える。
「無理なら無理といってくれて構わないのじゃ。言っていることがめちゃくちゃなのも承知の上」
「いや」
口からそう発せられていたことは私自身も自覚していなかった。本能的に出たその言葉に私は別の言葉を加える。
「任せてくれ。私がこの戦いを終わらせる」
そう約束を交わした私は彼女と共に戦うことを決意した。異世界から舞い降りた一人の兵士が魔族の命運を掛け立ち上がった瞬間でもあった。私の言葉は静かにレラージェの部屋に反響し彼女の耳に轟いた。そして彼女が大規模な魔法陣を展開し城全体を覆った瞬間私の記憶を元に開いていた部分へと武器庫や訓練場を生成していく。彼女はその作業を一瞬にして終えると私へこんな言葉を掛けた。
「ようこそ。我がテリトリーへ」
私の耳へしっかり入ったその言葉に微笑を浮かべ私はレラージェへと忠誠を誓った。突如として生成された謎のオブジェクトに興味を引かれる魔族達。私は部屋を飛び出しれレラージェと共に武器庫へと向かった。私がそこへ最初に足を踏み入れたのはレラージェと会話を終えた数分後だった。7.62ミリ弾のボックスが有り余るほど積まれ以外のカービンライフルが大量に置かれた武器庫は私が以前まで見ていた駐屯地とまったく同じ構造をしていた。バッテリーの充電台から発電機に至るまでこの世界ではありえない魔法同格のエネルギーを手にした私はさっそくG3についていたバッテリーの充電を開始した。武器庫のライフルをひとつひとつチェックするとドイツ軍ではなかなかお目に掛かれなかったM4やM416などの近接戦闘用装備まで完備され彼女の生成能力がいかに凶悪かということを思い知らされる。
私はその光景に感情を隠しきれずレラージェへ興奮冷めぬまま笑顔で握手を交わす。これが記憶から生成する物質生成能力。恐ろしくも民を永久の幸福へいざない能力。欲しがらないほうが異様だ。脳内のすべてがその武器庫に惹かれているとレラージェが私へある事を一任する。
「さきの戦闘は拝見させてもらった。それでなんじゃが、お主に兵士の教育を任せたい」
「イグラスの仕事では?」
「やつの教育は確かに優秀じゃが魔法を無力化するお主の技術を兵士へと教授させたい。お主直属の戦闘団を結成しようと思っておる。やれるか?」
私の返事はもちろん決まっていた。それがいくら無茶な願いでも答えは一つしかなかった。
「わかった。それじゃ明日少し兵舎を覗かせてもらう」
「お主には期待しておる。わらわを裏切るでないぞ」
「了解した。だが今日はもう遅い。私は寝ることにする」
「そうか。いい夜をな。ウルフ」
挨拶を交わし私は最初に運ばれた部屋へと戻っていった。時間が過ぎるのはあからさまに高速だ。戦闘があった午後。それからレラージェとの会話。異世界での一日目で私はどれだけの情報を獲得したのだろう。広い城内を歩き回り両足から陣割と疲労が脳へと伝わり私は自室へと急いだ。
自室へと入った私はベットへと寝転がるため服を脱ぎ捨て倒れこむように横たわる。そこに現れる枕とは別の違和感。暖かく鼓動の波打つそれは極上の弾力性で私の首筋から顔を包み込んだ。その感覚に気づいた瞬間私は途方もなく脳裏にしまわれていたある事を思い出す。それはこのベットで誰かを寝かしつけていたこと。顔を上げその弾力の正体を見つける私。無表情でその先に見える顔へ目線を合わせると火照った表情でこちらを見つめる人種に似た白いメイド姿の女性が存在していた。
「クライス様。あの...その...」
戸惑いながらこちらへ声を掛ける彼女の姿に私はようやく今置かれている状況に気づかされる。確実に私は押し倒したと思われかねないシチュエーション。この場合の対処は心得ていない私はどうすればいいのかわからぬままじっとしていた。
「えーっとなんというか...」
「どうすればいいのかわからない。どうすればいい」
私は何を尋ねているのだ。自分から倒れこんでおい対応を求める男子は存在しない。私を除いては。するとラミアは思いもよらぬ言葉を口にした。
「このままでいてもらってもいいですか?」
「...ああ。わかった」
彼女は静かに腕を頭へ回し力強く抱きしめる。まるで自分の赤子を抱いているかのように強く抱きしめ私を抱き枕にして睡眠を開始する。心臓の鼓動と胸部の膨らんだ部位に安心を得た私も静かに睡眠を取ろうとしていたがそこへ入る一人の少女。私の姿を目にした瞬間魔法陣を展開しラミアから私を離した。
「お主にはつくづく呆れるのう。人種の人間は久々なのじゃ。我の横で今日は寝るのじゃ」
そう言葉を掛けられ彼女のベットへと転移させられ、今度は彼女が私の懐へと潜り込み静かに抱きつく。静かにふけて行く暗闇の夜はやがて月を下ろし朝へと私達を誘う。異世界での初日が終わると私達は静かに活動を開始した。レラージェ吐息を浴び静かに睡眠していた私へ太陽が朝を告げたのだった。