表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
露命  作者: 遥風 悠
3/7

間奏

【間奏 ①】


 「その後、具合はいかがですか。」

本心も返ってくる答えも肉体的真実も分かっているので、その質問に何かを探ろうという感情は籠っていなかった。

 「調子いいです。絶好調ですよ。」

 「そんなはずはないんです。どうですか、入院して治療に専念されては。以前もお話しましたが、ご実家に近い方の病院も―」

 頭の回転が早いのだろう。質問に対して、愚問というべきか、yes/noよりも話を断ち切って返答することが少なからず見受けられる。

 「大学の授業も皆勤賞ですよ。頂いている薬のおかげで日常生活は問題ありません。」

 

 「しかし・・・ですねぇ・・・」

 「悪く・・・なってますかねぇ・・・」

 悪戯心で調子を合わせる。

 「良くはなっていません。」

 「でも、入院したら完治するというわけではないですもんね。」

 「万が一の際、病院内であれば早急に対応できます。24時間、何があっても。」

 「おっしゃることは分かります、でも先生。今、学校が楽しくて仕方ないんです。勉強も人付き合いも。精神的にはベストの状態です。それが入院したら一気に下がっちゃいますよ。それこそあの世へ一直線、みたいな。アッハッハッハ・・・」

 右手で下降線を作りながら笑い飛ばすも、それに医者が釣られるはずもない。



 

 

 【間奏 ②】


 音の反響する浴室でクラシックを流すと、それこそ天国にいるみたいで。換気扇の雑音だけだとどうしてか集中できなくて、随分前に防水のプレイヤーを購入した。流す曲は『G線上のアリア』。気持ちが落ち着くというよりも全てを投げ出して、流れに身を任せても構わない心境になる。何も怖くない。死ぬことも血を見ることも、朱に染まりゆく湯船さえも。変わり果てた姿に呆然とする母親も、面倒臭そうに事実を追求する警察も、涙を堪える友人も。結果、集中できる。

 温度が大切。温すぎれば何も感じないし、熱すぎると手を入れられない。熱いけれど何とか手を入れ続けることはできる。そうすると傷口に全ての神経が集まってくるのだ。痺れるような快感。気持ち良すぎて口が開いて、涎が糸を引くが、誰にも見られていなければ痴態を恥じることはない。身も心も天国に召されてしまう。

 日によっては手首の傷を自ら拡げる。特に傷が治りかけて熱さへの感覚が弱まってくると、その弱体化した感覚を再び目覚めさせるべく、皮と肉を断つ。浴槽に紅が広がり、頭の中は白くなる。けれども意識を失うのはマズイ。まだ、ダメだ。もう少し、もう少しだけ生きて、約束を果たさなくては。

 絆創膏を剥がすのはこの時だけだ。絆創膏はいわば目眩まし。はたまた避雷針というべきか。指先に巻いておくと、皆そちらばかりに視線を送る。手首が現れないように必ず長袖を着用してはいるが、もう数年前から毎日絆創膏を張り替えている。予備も肌身離さず複数枚。これがないとソワソワ不安で落ち着かなくて。このおかげで、たったこの小さな一枚で自分を保持することができる。抜けてしまう魂を抑える御札なのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ