間奏
【間奏 ①】
「その後、具合はいかがですか。」
本心も返ってくる答えも肉体的真実も分かっているので、その質問に何かを探ろうという感情は籠っていなかった。
「調子いいです。絶好調ですよ。」
「そんなはずはないんです。どうですか、入院して治療に専念されては。以前もお話しましたが、ご実家に近い方の病院も―」
頭の回転が早いのだろう。質問に対して、愚問というべきか、yes/noよりも話を断ち切って返答することが少なからず見受けられる。
「大学の授業も皆勤賞ですよ。頂いている薬のおかげで日常生活は問題ありません。」
「しかし・・・ですねぇ・・・」
「悪く・・・なってますかねぇ・・・」
悪戯心で調子を合わせる。
「良くはなっていません。」
「でも、入院したら完治するというわけではないですもんね。」
「万が一の際、病院内であれば早急に対応できます。24時間、何があっても。」
「おっしゃることは分かります、でも先生。今、学校が楽しくて仕方ないんです。勉強も人付き合いも。精神的にはベストの状態です。それが入院したら一気に下がっちゃいますよ。それこそあの世へ一直線、みたいな。アッハッハッハ・・・」
右手で下降線を作りながら笑い飛ばすも、それに医者が釣られるはずもない。
【間奏 ②】
音の反響する浴室でクラシックを流すと、それこそ天国にいるみたいで。換気扇の雑音だけだとどうしてか集中できなくて、随分前に防水のプレイヤーを購入した。流す曲は『G線上のアリア』。気持ちが落ち着くというよりも全てを投げ出して、流れに身を任せても構わない心境になる。何も怖くない。死ぬことも血を見ることも、朱に染まりゆく湯船さえも。変わり果てた姿に呆然とする母親も、面倒臭そうに事実を追求する警察も、涙を堪える友人も。結果、集中できる。
温度が大切。温すぎれば何も感じないし、熱すぎると手を入れられない。熱いけれど何とか手を入れ続けることはできる。そうすると傷口に全ての神経が集まってくるのだ。痺れるような快感。気持ち良すぎて口が開いて、涎が糸を引くが、誰にも見られていなければ痴態を恥じることはない。身も心も天国に召されてしまう。
日によっては手首の傷を自ら拡げる。特に傷が治りかけて熱さへの感覚が弱まってくると、その弱体化した感覚を再び目覚めさせるべく、皮と肉を断つ。浴槽に紅が広がり、頭の中は白くなる。けれども意識を失うのはマズイ。まだ、ダメだ。もう少し、もう少しだけ生きて、約束を果たさなくては。
絆創膏を剥がすのはこの時だけだ。絆創膏はいわば目眩まし。はたまた避雷針というべきか。指先に巻いておくと、皆そちらばかりに視線を送る。手首が現れないように必ず長袖を着用してはいるが、もう数年前から毎日絆創膏を張り替えている。予備も肌身離さず複数枚。これがないとソワソワ不安で落ち着かなくて。このおかげで、たったこの小さな一枚で自分を保持することができる。抜けてしまう魂を抑える御札なのだ。