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露命  作者: 遥風 悠
1/7

脆く、儚い命

                     【 露 命 】



【序章】


 苦手が必ずしも嫌いの理由になるとは限らない。無い物強請りという言葉があるし、憧れの情が芽生えることもあるだろう。性格上の問題もあるかもしれないが、苦手だからこそ下手くそなりに分かりもしないくせに細かい箇所まで目がいってしまう。木を見て森を見ずではないが、部分ばかりが気になって全体の把握が疎かになてしまうのだ。

 でも、好きなんだろうな。まだ幼稚園くらいの頃、水木しげるの漫画に一日中見入っていたそうだ。漢字は読めない、物語の内容もよく分からない。が、その驚く程に緻密で細密な、幼い俺が飽きることなく引き込まれた背景の記憶は残っている。対照的にラフな描き方だった人物のせいではないと思うのだが。

 コンビニで見かけた『世界の幻獣』というイラスト・解説本や、同種の『ゲームに出てくる武器・防具』という本は衝動買いした。たまに本棚から取り出してはペラペラとめくっている。

 自分自身は小学校低学年の頃からこれっぽっちも上達していないから笑ってしまう。またテレビのバラエティー番組で空っ下手な者を取り上げた企画をやっているが、自分も全くもって同様、同レベルで笑えない。

 そう、絵の話である。


 小学校の美術の時間もあまり好きではなかった。幸い相対評価だった為、普通より下の成績にはならなかったが、自身の創作物に恥じらいと不快を与えられていた。製作途中の自作に心躍るどころか、他人の作品への嫉視は日常、自分の下作を捨てたい、やめたい、やり直したいと思ったことも一度や二度ではない。真面目に幾週もの時間をかけて苦手なものを作り上げていく作業は苦痛でしかなかった。

 

 「みなさん、葉っぱの色は、何色ですか?そう、緑色ですね。でもよく見てみると緑以外にも色々な色が見えませんか。今から葉っぱを回しますので、どんな色が見えるか班ごとに探してみて下さい。」

 小学校何年生くらいだっただろうか。俺だって、絵心がなくたって観察することはできる。色を見つけることはできる。緑の他に黄色や白、赤や黒。緑一色でないことは認識できているのだ。絵が描けないからといって、見えていないわけではないのだ。けれどもそれをうまく表現できるかは別問題。俺の葉っぱは、葉っぱの色は、もちろん面積は緑が一番広く、黄色や白、赤と黒は小さく細かく、緑色を邪魔しないように描いている。なのに全くうまくいかない。実物と異なる。黄色が白が、赤が黒が何故か緑以上の主張を始める。挙句、実物の緑色とは異なる緑が俺の画用紙には、いつの間にやら誕生しているのだ。ちょっと前までは同じ緑色だったはずなんだけれど、理由も原因も分からない。だから改善できない。直し方も治し方も闇のまま。最悪の場合、どうにかこうにか足掻いているうちに、葉っぱの形まで変わってきてしまって、収拾がつかなくなってしまうのだ。

 「よく見て描いてごらん。」なんて助言は耳にタコ。神経質なまでに眺めている。見たものを描く能力がないのだ。これは言葉も同じ。思ったことを正しく相手に伝えるべく言葉を選ぶ。組み換え、並べ替え、差し替えて作り上げる。それでも吐き出した言葉が狙い通りの思いを繋げられるかどうかは、何とも言えない所である。



 この4月で大学の2年になる。早いとは感じない。一日一日を妙に長く感じながら過ごした結果だろう。充実したというよりもただ単に長く、時間を長く意識しながら暮らした末の感覚だろう。受験戦争は無難に潜り抜けた。強すぎる敵には立ち向かわず、勝てる勝負のみを挑み、コンピュータが弾き出した判定通りの戦果を獲得した。

 高校の時から勉強は嫌いではなかった。おかしな奴と思われるかもしれないが、勉強している方が楽だった。無心に何も考えることなくなんて言ったら勉強しろとどやされそうだが、問題を解いたり暗記作業に没頭することが苦ではなかった。教科書や参考書、問題集や暗記カードを開くことに抵抗はない。むしろ助けを求めるが如く頼りに頼った。それでも疲労はやってくる。一息ついて、ふと顔を上げた時の方が不安に襲われ沈んでいた。俺にとって勉強は現実逃避の道具だった。机に向かっている限り誰からも喋りかけられない。誰某と話す必要もないし、気を遣うこともない。黙々と、この落ち着く心地良さ。ただ黙々とペンを動かせば自分を害する者は何一つ出現しないのだ。加えて高校の学習項目で現実世界に直結する内容は少ない。ましてや自分に関するものは皆無。勉強に打ち込むことで嫌なことを回避することができた。置かれた状況から目を背けることができた。醒めて欲しくない、俺にとっての夢の世界だった。

 

 こんな振り返り方をすると暗くて陰湿で、友達がいなくて、弁当は独りで食べて、休み時間も誰とも喋らず、実りと思い出の少ない高校生活を送ってきたと誤解されても仕方がない。実は少し違う。それなりに充実した時分もあったと自負している。仲の良い友人はいたし、体育会系の部活にも所属していた。彼女がいた時期だってあった。勉強の成績だってまずまず、平均よりも随分と上にいたはずだ。クラス内では目立つ存在ではなかったが、透明人間ではなかったし、浮いてもいなかったと思う。恵まれたことに会話のできる先生に巡り合うこともできたし、バンドを組む友人のライブも見に行った。文化祭の打ち上げでは皆でチューハイを飲んだし、麻雀を教わり初めて牌を握った。初デートはハンバーガーショップで、映画も見に行った。

 これらは嘘でもなければ拵えごとでもない。ただし。付け加えることが多分にある。友達の数は多くなかった。部活は2年の1学期までで辞めてしまったし、彼女とは半年も続かなかった。ある程度の成績を維持できたのは現実逃避に打って付けだった為で、その程度の打ち込み方では到底10位以内に食い込むこともできなかった。

 高校時代何をしてきましたか?一番力を入れたことは何ですか?大学の推薦入試の際、面接官に聞かれる定番の質問。もちろんこの問いに正解はない。面接を受ける人間が自己分析等を行い自分を印象付け、円滑に話をするきっかけ作りとすべく答弁を準備するべきものかもしれない。そこまで割り切ったとしても俺には答えを導き出せなかった。目標に向かうのではなくあらゆるものから逃げてきた。全力で面倒を避けてきた。これでもかと自分だけの壁と世界を築くことで自分の存在を認識し、他者を排除することで他人との距離を把握していた。

 そうなると、取るに足らない高校生活だったのかもしれない。


 大学までは片道およそ90分。電車通学。電車に揺られるのは嫌いではない。毎朝同じ時刻、同じ車両に乗り込み、大体同じ場所、ドアの傍に寄り掛かる。車内には見慣れた顔があって、似たような車内アナウンスが流れる。決まった駅に停車し、約束通りの通過待ちをし、定められた時刻に目的地へ到着する。何一つ変わらぬ景色を横切りながら。

 電車に揺さぶられるおよそ1時間、音楽を聴きながら本を読んでいる。大音量で聞いて音漏れまでさせてとういことはないが、低音が耳朶に触れるくらいの音量は出している。トンネル通過中は若干音が消えるかな。本はライトノベルが多いだろうか。小難しい本だと温度と振動も手伝って眠たくなってしまうが、自己啓発本やビジネス書等の時もある。音楽に強いこだわりがあるわけではないし、本に関しては活字が並んでいれば欲望が満たされる。それでも一日のリズムを作り出す儀式なのだ、俺にとっては。何かの拍子に本を忘れたり、音楽プレイヤーの電池が切れていたりすると、60分が耐え難いほどに長い。手持ち無沙汰にそわそわして目を閉じても落ち着かない。一度、耐え切れずに途中下車して帰ってしまったこともあった。結局は往きと同じ時間、無音と暗闇の空間に身を置かざるを得なかったのだけれども。

                                     

                                                                                          【序章 終】

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