表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エンゼルプラン  作者: 夏多巽
第六章 三月二十九日 前半
99/173

各務将人の告白 ‐禁断の手‐

「浅賀は夏美さんの能力を成長させることに注力した。詩織が言うには浅賀は自分の手で命の輪廻を現実のものとすることに情熱を燃やしていたそうだ」


 浅賀善則という男は根っからの研究者気質だったらしい。血統種の常識を塗り替える出来事の当事者になれることが余程嬉しかったのか。

 過去に例を見ない研究に携われるなら我こそはと手を挙げる研究者は大勢いるだろう。それは珍しくないが、各務先生が言うにはその中でも浅賀善則は悪魔に魂を売ってでもやり遂げようとする男だったという。


「……だが、能力の成長は思うようにはいかなかった。中型の動物程度なら簡単に蘇生できるようになったけど、人となると駄目だった。結局、能力の成長は数年で頭打ちになってしまった」


 能力の成長度合いにはどうしても個人差が現われる。生まれ持った資質や環境に大きく左右されてしまうため、優秀な血統種から生まれた子でも大きく伸びるとは限らない。辰馬さんもその例だ。


「浅賀は試行錯誤を繰り返した。あの手この手で成長させようとしたけど進展は一切見られなかった。これが鋭月にも伝わってね、大層不機嫌になったらしい。この頃は『同盟』の手が伸びてきていてかなり苛立っていたのもあった」


 研究を完成させる前に最悪秘密の実験施設が暴かれる恐れがあった。

 だから浅賀は鋭月にせっつかれた。

 浅賀もまた成果が出ないことに焦りを感じていた。


「そんな時だった。糸井夫妻が鋭月に対して徐々に反抗的な態度をとりだした」

「糸井夫妻が?」

「娘の扱いについて不満が溜まっていたらしくてね。あまり無茶な実験はしないでくれと催促していたんだけど聞き入れてもらえなかった。それが原因で鋭月との仲が段々悪くなっていった。しかも、鋭月自身の立場も悪化していたからね。予想以上に強気だったって」


 各務先生が九条から聞いた話では、鷲陽病院を訪れた夫妻が島守院長と浅賀に直談判していたそうだ。

 話し合いは物別れに終わった。院長は胃痛に悩み、浅賀は研究を邪魔されて露骨に気を悪くし、夫妻は怒りに肩を震わせていた。

 彼らの様子に九条は強い不安を抱いた。このまま溝が深まればまずい事態になると。


「しかし、鋭月に対して強気に出るなんて随分思い切った対応だな。奴に歯向かった人たちがどうなったか知らないわけではないだろう」

「詩織もその点を不思議がっていた。ひょっとすると他に鋭月への不満を抱く人の後押しがあったのかもしれないって」


 夫妻の背中を押すような人が存在したか。

 俺の両親が鋭月と敵対していたように対立派は一枚岩ではない。特に両親が死んでからは不満が蓄積され爆発寸前に至っていたことは容易に想像できる。そんな連中が打倒鋭月を掲げて動き出したとすれば、夫妻の反応もあり得なくはない。


 ただ、鋭月逮捕後の捜査について俺も後から経緯を知ったが、そのような話は聞いていない。鋭月に対抗する動きが表立ってあれば、既に『同盟』が掴んでいるはずだ。実際にはそんな人物はいなかったか、あるいは鋭月に正体を悟られまいとして慎重に動いていたかのどちらかだが、今は置いていい。


「こうしたトラブルが重なって完全に手詰まりだった状況下で――浅賀は“禁断の手”を思いついた」

「“禁断の手”?」


 俺が訊き返すと、先生は具合の悪そうな顔で答えた。


「夏美さんの壁を打ち破り能力を成長させる、糸井夫妻の反抗に対処する、この二つの問題を同時に解決させる案を思いついたんだ。ただ、それには問題があって……鋭月に話を通して詳細を詰めてから許可を得たそうだ」

「何ですか、その案ってのは?」


 先生は苦虫を噛み潰したような表情をつくってみせた。

 反吐が出そうなのを堪えているようにも見える。


「ねえ、由貴くんは“能力の成長”と聞いてどんなイメージを思い浮かべるかな?」


 先生は唐突な質問をしてくた。何事かと思って彼の顔を見つめるが、俺の回答を待つように黙したまま見つめ返してくる。


「……そうですね、単純な回答ですが威力の増加、効果範囲の増加、新たな形質の獲得といったところですか」


 ありきたりな答えであったが、彼は満足したように頷いた。


「君の言うとおり能力の成長にはいくつかパターンがある。純粋に性能が伸びるときもあれば、由貴くんの“同調”のように派生的に新たな性質を獲得するときもある。具体的にどんな条件を満たせば成長するかは今も研究中だけど――その中でも特に際立って珍しい成長を遂げるケースがある」

「際立って珍しい成長……?」

「由貴くんには覚えがあるんじゃないかな?」


 各務先生の口ぶりは俺にもその経験があると暗に告げていた。

 俺が経験したことのある際立った成長。能力が著しく変化するケース。

 それに思い至るまで時間はかからなかった。


能力の変異(・・・・・)……!」


 血統種は精神の均衡を著しく乱した場合、能力の暴走を引き起こすことがある。そして、能力の暴走に伴い能力が変異することも起こり得る。

 蓮の事件の時の俺がそうであったように。


「能力が変異する時、いくつかのケースにおいて見られる共通点があるのを知っているかい? 変異には、直面している状況に応じてそれを打開するような性質が目覚める傾向があるんだ」


 俺の場合は紫と寧を傷つけられた怒りから、怒りの感情を鎧として身に纏う能力が開花した。これは通常使用する感情の具現化とは異なり、怒りの感情のみを対象とした能力だ。その分、効果が抜群に高く、先日の防衛戦のような場面で活きることがある。


「浅賀はその事実を思い出し、こう考えたんだ――“糸井夏美の精神に多大な衝撃を与え、さらにその時生まれた感情に指向性を持たせることで人間の再誕を人為的に発現させられるんじゃないか?”と」

「……まさか」


 各務先生が挙げた二つの問題を一度に解決する方法。

 “禁断の手”と呼ぶに相応しい外法とはまさか。


「鋭月は反抗した糸井夫妻を許す気はなかったそうだ。奴にとって大事なのは糸井夏美の身柄だけ。彼女の能力さえどうにかなるなら、もう親は必要なかった。君も知っての通り、邪魔になるなら消すのが鋭月のやり方だ。そして、人間の再誕を変異によって目覚めさせるには“人を蘇らせたい”という意思を持たせなければならない。それも変異が生じるくらいに強烈にね。つまり――」


 先生は一旦コップのお茶で喉を潤した。それから嫌悪感を滲ませた声で最低の答えを口にした。


「もし、自分の両親が殺されて(・・・・・・・・・・)二人を救いたいと(・・・・・・・・)願ったとしたら(・・・・・・・)――浅賀はその可能性に踏み込もうとしたんだよ。そして、それを実行した結果、あの火災が発生した。詩織はそう言っていたよ」




 九条詩織は事件当日のことをこう語ったらしい。


「あの日、検査棟の地下には研究に参加していたスタッフが全員集まっていた。それに実験を見届ける役として鋭月の部下二人も含めれば十五人ね」


 現場となった施設地下には、浅賀以下病院のスタッフ十人、被験者の夏美、鋭月の部下二人が集まり、後から院長によって呼び出された糸井夫妻が来る手筈だった。

 糸井夫妻には今後の実験について見直すという建前で呼び出した。そのついでとして娘との面会を許可したのだ。その日は夏美が入院してから七日目。久方ぶりに娘の顔を見れるとあって夫妻も了承した。


「まず、浅賀は夏美さんの精神を不安定にさせるため、事前にある薬を投与した。立花くんっていう薬剤師がいてね、浅賀が彼に創らせた物よ」

「幻覚剤の類か?」

「ええ。彼の能力は“夢幻工場(ナイトメアフラスコ)”――幻を見せたり、精神状態を悪化させたりする薬を生成する能力で、これを使って夏美さんの精神を一時的に脆くさせたの。少し突けば壊れるくらいに」


 各務先生はその計画を一蹴した。


「そんな精神状態で両親の死を目の当たりにすれば、死を覆すために能力が変異を遂げると? 馬鹿馬鹿しい。そんなに都合よくいくものか! 詩織だってそれくらい理解してたんじゃないのか?」

「……普通ならね。だけど当時はもう後がないって状況だったの。呑気に研究している時間なんてなかった。極めて危険な賭けに出なければ何もかも失うのは目に見えていたのよ。そうでないと鋭月だってそんな計画にOKは出さないわ」


 これは全てが期待通りに進めばという前提の話だ。もし、夏美の能力が異なる変異を遂げた場合は失敗だ。それだけならまだ良い方で、下手をすれば能力自体を喪失する恐れもある。


「浅賀は成功する見込みはあると言っていたわ。結局私たちはあの男に乗るしかなかったの」


 やがて、糸井夫妻が病院に到着し、彼女たちは計画を実行に移すべく行動を開始した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ