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エンゼルプラン  作者: 夏多巽
第六章 三月二十九日 前半
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各務将人の告白 ‐再構築‐

「死者の再誕……」


 凪砂さんが呆然として復唱する。

 信じ難いと思うのも無理はない。俺だってそうだ。


 人知を超えた血統種の能力にも限界は存在する。これらの能力は決して万能ではないのだ。

 変化を生み出すにはエネルギーが必要であり、それは原則として能力の使用者本人のもので賄われる。そして、大きな変化を起こすためにはそれ相応の代償を要する。

 それでも“天候操作”に代表されるように強大な能力でも、一握りの血統種にとって行使することは難しくない。優れた血統種の定義は優れた能力を扱えること。それが文字通り血統(ブランド)として重宝される世界だ。


 しかし、そんな頂点に立つレベルの血統種でも不可能とされるものがいくつかある。

 その一つが死者蘇生だ。

 一度失われた生命を取り戻す能力は過去に一度も例がない。傷を癒す能力の保有者はいくらでもいたが、死者を再び目覚めさせられる者は誰一人いなかった。


 何故できないのか。その理由については諸説ある。その中でも特に“通常の治癒能力は生命力を活性化させるものであり復元ではないから”と考える説、それに“死者蘇生自体は可能であるが使用コストが莫大であり事実上行使不可能である”という説の二つが支持されている。


 前者は現在確認されているケースから判断した説だ。死に瀕した人物を治癒能力で救ったという事例は世界各地で知られる。これらを調査した結果、治癒能力とは生命力を底上げすることで傷を癒すものだという推測がされた。即ち、治癒能力が効果を発揮するのは生きていることが前提であり、既に死亡した人物に使用しても無意味だと考えるのがこの説だ。

 ただし、この説は死者蘇生が通常の治癒能力の上位に位置すると仮定した場合の回答だ。死者蘇生は治癒能力とは異なる系統の能力であると考える立場からは疑問を呈されている。


 後者は単純明快だ。存在はするが行使できるだけの力を持つ血統種がいないので使えないという身も蓋もない説。


 こうして“死者蘇生の不存在”は多くの研究者が考察を重ねても答えが出なかった問題だった。


 その問題の答えが、糸井夏美という少女にある。

 各務先生が言っているのはそういうことだ。


「最初に詩織から聞いた時、僕は気が触れたんじゃないかと心配した。だって過去にそんな能力を保有する血統種は一人もいなかったからね」

「しかし、その実例が発見された。それが夏美さんだったと?」


 各務先生は頷いた。


「その事実に気づいたのは偶然だったらしい」


 それは夏美がまだ幼かった頃の話であった。

 ある夏の日、糸井家の庭に鳥型の魔物が一羽迷い込んできたのだ。

 小鳥の魔物は別の魔物と争ったのか片足を怪我していた。庭に下り立った小鳥は怪我をした足を上げたまま庭の片隅でじっとしていた。人に慣れているのか近くに糸井家の面々がいても気にした様子はなかったという。


 そんな中、幼さゆえに好奇心旺盛であった夏美は小鳥に近づいた。小鳥は少女の接近を無視して庭を這っていた小さな虫を(ついば)んでいる最中であった。

 糸井夫妻は娘が小鳥の怪我を治すつもりなのだろうと思ってただ見守っていた。

 夏美が小鳥に手を翳すと、小鳥の足はみるみるうちに癒えていく。小鳥は足の痛みが消えたことを不思議に思ったのか可愛らしく小首を傾げて鳴くと、元気よく羽ばたいていったという。

 少女は空の向こうに小さく消えていく影を目で追っていた。糸井夫妻はそんな娘の姿に目元を綻ばせていたが、ふと庭に目を落とし――不審を抱いた。


 先程小鳥が啄んでいた虫がそこにいた。何度も嘴で突かれとうに絶命したはずの虫が、何故か何事も無かったように再び地を這っていたのだ。確かにそこに転がっていたはずの死骸はどこにもなく、小さな命は当然のように動いていた。


 糸井夫妻が理解できないという顔をする中――偶然糸井家を訪問していた桂木鋭月はその光景を目の当たりにして歓喜したという。

 これは後に鋭月が当時のことを語った際の話らしい。


「鋭月は夏美さんの能力について研究を始めた。そうして何度も実験を重ねてみて確証を得たんだ。死んだ生き物を新たに再構築(・・・)するという作用に」

「再構築?」


 各務先生は“蘇生”ではなく“再誕”という言葉を用いた。そして今度は“再構築”ときた。

 どうやら夏美の能力は俺たちが想像しているものとは若干異なるようだ。


「そう、再構築なんだ。夏美さんの能力は治癒能力じゃなくて肉体を作り替える能力(・・・・・・・・・・)だったんだよ。傷ついた身体を新鮮な身体に生まれ変わらせるのを治癒能力と誤解したんだ」


 成程、そういうことか。

 能力検査では凡その効果しか測定できないので認識の齟齬が生じたのだろう。


「それが死んだ虫を生き返らせたことで真の効果が発覚した。死骸を生きた身体に再構築することで蘇生と同様の結果が得られたのか」


 この場合、蘇ったのは再構築の結果に過ぎない。

 恐らくこの能力の本質は新たに作り直すという部分にある。


 俺の予想が正しければ――。


「実験を重ねていったところ、いろいろな事実が判明した。まず、この能力は元の身体をベースにして別の身体を作る能力であり、新たな身体は原料(オリジナル)の持っていた資質等をそのまま継承するということ。例えば記憶とかね」

「再構築というから完全に別物になると思いましたが、そうではないんですね」

「うん、小動物で実験した結果明らかになったらしい。予め特定の人物に懐かせた動物を殺した後再構築したら、ちゃんとその人のことを憶えていたんだって」


 この手の話に動物実験は付き物だが、対立派主体だと無駄にろくでもない話が出てきそうだ。


「それから夏美さんの能力は成長過程にあり、再構築可能な生物の種類は成長に伴って増えたということ。最初は虫ぐらいしか対象にならなかったけど、段々とより大きな生き物も対象にできるようになった。今言った小動物の実験も研究を始めてから一年くらい経った頃の話って聞いたかな」

「夏美さんは自身の能力がただの治癒能力でないと知っていたんですか?」

「後になって教えたそうだ。彼女も衆目を気にして周囲には黙っていたらしい」

「それで? 鋭月はこう考えたわけか。“もし、能力が成長すればより大きな生命を再構築させることが可能になるかもしれない。人でさえも”と」


 もし、人でさえ再構築できるようになったら。

 それはもう神が人を創るも同然と言っていい。

 信心深い者は神を地上に引き摺り下ろす行為だと非難するかもしれない。


「だが、研究は途中で停滞した。対立派に対する『同盟』の捜査が進み、鋭月は迂闊に動けなくなった。さらには対立派内部での争いも激化していったらしい。この辺りは詩織から聞いただけで詳しい事情は知らないけどね」


 各務先生は知らないが、俺は知っている。

 秋穂さんがいつだったか明かしてくれたことだ。俺の両親が鋭月と対立していた派閥の中心人物であったという事実。秋穂さんが俺の両親の監視役だったこともだ。

 恐らく時期的に考えてその当時の争いを指しているに違いない。


「鋭月は研究に干渉されないために新たな研究施設を建てる必要に迫られた。そこで――」

「島守院長に接触して鷲陽病院に支援した。夏美さんの能力を研究するための施設を検査施設と偽って建設するために」


 これが鷲陽病院に隠された真実。

 事件現場となった検査棟が建てられるまでの経緯というわけだ。


「鷲陽病院に浅賀が送り込まれ、詩織や他の研究者たちもそのために集められた。鋭月は研究に関する全てを浅賀に一任したけど……奴はその時まだ知らなかった。浅賀善則という男が想像以上に野心家で信用ならない人物だということを。それを知っていたらあの火災は起きなかったかもしれない」


 各務先生はそう言うと肩をすくめた。

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