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エンゼルプラン  作者: 夏多巽
第六章 三月二十九日 前半
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作戦決行

 沙緒里さんから対立派連中が浅賀善則を追っていること教えてもらっていた。糸井夏美の失踪に関与していることもそうだ。だから、奴等が夏美と浅賀の行方を突き止める手がかりを求めて動いていることもわかっていた。


 だが、俺はそれと今回の誘拐を結びつけようと考えなかった。

 誘拐の目的は鷲陽病院の事件とは別件だと、そう思い込んでいた。

 すぐに思い至る話だったのだ。昨日里見修輔が浅賀の家に現われたばかりだというのに。この誘拐だってそれに関連しているのは極自然だ。


 まさか各務先生が九条詩織と面識があったとは。

 九条詩織は加治佐の調査で大した情報が得られなかった関係者だ。浅賀の仲間であり、交友関係が全くといっていいほど無い謎に包まれた部分の多い女医。

 そんな彼女に繋がる糸が先生? 人当たりが良く女性からの信用の厚い美丈夫と、人付き合いの悪い天涯孤独の女。この二人に接点があるのは意外であった。


 このまま会話を聴き続けたい気持ちはあったが、奴等の狙いが分かった以上その必要はない。

 知りたいことは自分自身で訊き出すべきだ。


「寧、こっちは準備OKだ。いつでもいいぞ」


 俺は寧に電話で準備が完了したことを伝える。


『了解。じゃ、先生はよろしく』


 電話を切った直後、一階入口の方から轟音が聞こえてきた。続いて、重量物が吹っ飛んで床を転がる音。寧は扉を思い切り破壊したらしい。相手の気を惹きつけろとは言ったが随分と豪快だ。


「なっ……!」

「来たぞ!」


 ゴロツキの注意が寧に集まる。怒鳴っていた横山も闖入者の方に気が逸れたらしい。

 場に静寂が訪れる。その間に俺は改めて各務先生が座らされている位置を確認した。二階入口から直線距離にして十五メートルから二十メートルぐらい。この距離なら問題ない。


「ごきげんよう皆様方。自己紹介は必要かしら? 御影寧――この街の御三家の一角、御影家の当主よ」


 悠然と名乗る義妹に気圧されているのか誰も口を開かない。奴等にしてみれば猛獣がやって来たようなものだ。彼らには正面からやり合っても勝てないとわかりきっている。内心どう逃げようか算段をつけているのだろう。


 それは横山も重々承知だ。


「待ちな、お前はこの先生を奪還しに来たんだろ?」

「何だ、よく理解しているじゃない。なら解放してくれるわよね? いいでしょう?」


 子供が玩具を強請(ねだ)るように要求する様は背筋が寒くなってくる。寧があんな甘えたような声色で頼み込んできたら、俺なら絶対に裏があると本能が警鐘を鳴らしてきただろう。


 横山は寧の言葉を鼻で嗤った。


「だが、お前が下手な真似しようものなら容赦はしねえ。こいつを傷つけられたくないよな? なら大人しくしてな」

「……」


 先生は相変わらず無言のままだ。事態の推移を見守っているのだろうか。


「やれるものならやってみなさいよ。やったらその瞬間あんたたち全員氷のオブジェよ」


 沙緒里さんがいつもするように寧は部屋全体に肌寒い空気を渦巻かせた。ゴロツキたちが不安そうに声を上げる。


「狼狽えるんじゃねえ! 真に受けるな。あっちは無傷で取り戻したいはずだ。迂闊に手出しはできねえよ」

「もしかして主導権を握っているつもりなの? だとしたら勘違いもいいところね。私が選択肢を与えてあげているのよ。先生を解放して大人しく投降するか、氷漬けになるか」

「……虚仮おどしに決まってる。こいつを傷つけられる可能性は排除したいはずだ」


 横山は完全に寧との会話に集中している。他の三人も同様だ。眼前の脅威から目を逸らせず判断にあぐねている。


 俺も内部に侵入したことは田上静江から連絡を受けているだろうに、俺の姿がないことに疑問を抱いていない。


 いい頃合いだろう。


「ええ、そうね。先生に死なれるのは御免だわ。だから――」


 寧の言葉が途切れると同時に、俺はずっと手に握っていた物を下に向けて振り下ろした。

 それはロープのように太く長い(スレッド)だ。通常(スレッド)を使う時は、ワイヤーのように細くして切断に用いるのが主だ。

 今回は逆に太さを増したが、これは頑丈にして激しい動きにも耐えられるようにするためだ。これなら重い物を縛りつけて持ち運ぶこともできる。

 ただ太いだけではあまり耐久性は上がらないので時間をかけて感情エネルギーを込める必要があったが、どうやらうまくいったようだ。


 俺の意思に沿って各務先生を目がけて飛んでいった(スレッド)は先生を縛り上げる。傍に立っていた横山が気づいたがもう遅い。俺が腕を引くと(スレッド)は先生を軽々と引き上げ、俺の元へと帰ってきた。

 椅子に縛りつけられた上にさらにロープで縛られるという苦行を課せられた先生は空中で目を回したせいで呻いている。片手で受け止めることができなかったので荒っぽく床に放り出してしまったが、怪我はしないように注意したので勘弁してほしい。


「人質は真っ先に取り返す。当然よね?」


 頼みの綱の人質を失った連中は簡単に度を失った。

 こうなってしまえば待っているのはただ一つ。


 日本最強格と呼ばれた男の血を引く少女による蹂躙だ。


 風が舞い、雹が飛び、ゴロツキの悲鳴が上がる。

 寧が情け容赦なく暴れる中、俺の視線は一人この場から離脱しようとする横山へと向いていた。奴は仲間を見捨てるつもりのようだ。


 ここで逃がしはしない。

 奴もまた鷲陽病院の事件の謎に迫る情報(ピース)を持つ人物だ。尋問の内容に関しても問い質したい。


 俺は寧が現われた方とは別の扉から姿を消した横山を追おうとする。

 それに待ったをかけたのは寧だった。


「私に任せて! 由貴は先生とこいつらをお願い!」


 周りを見渡せば既にゴロツキどもは地に伏していた。ろくに抵抗もできなかったようだ。


「ん? 二人しかいないぞ」

「一人はすぐに逃げたわ。地面の中に溶け込むようにして消えたけど……多分あの能力で先生を家から連れ出したのね」


 誘拐の実行犯は勝ち目がないと悟った瞬間逃げの一手を打ったらしい。ただ、前に予想したように遠くまで逃げられるほどの性能はないと考えられる。恐らく連続使用にも制限がかかるはずだ。個々へ駆けつけてくる警官たちに発見されて捕らえられるかもしれない。どの道この街からは出られないし、『同盟』が後から動く以上時間の問題だろう。


「それじゃあ行くわね!」


 寧は颯爽と部屋の外へ飛び出していく。

 俺は転がっていた各務先生を起こすと縄を(ほど)いてやる。同じ姿勢で随分と窮屈な思いをしていたと思われる先生は、大きく背伸びをして体操するように身体を捩じる。


「大丈夫ですか?」

「……なんとかね、目隠しされたまま押し込められるし揺らされるし大変だったよ」


 先生は身体の節々が痛むと肩や腰を撫でる。見たところ怪我は無いようで安心した。


 そうして一息吐いたところでタイミングよく凪砂さんから連絡が入ってきた。


『由貴、そっちは大丈夫か?』

「ええ、各務先生は無事です。凪砂さんの方も片付いたんですか?」

『残念ながら田上には逃げられたよ。海に飛び込まれた』


 先祖代々海に慣れ親しんできた田上静江は水泳の才能も持ち合わせている。血統種の身体能力なら泳いで逃げるのは何の障害もない。


「こっちは雇われた連中は叩きのめしましたが、横山修吾と他一名が逃走しました。横山は寧が追っています。もう一人は誘拐の実行犯です」

『至急手配しておく。由貴、念のために寧を援護しに行ってくれないか? 部下たちが到着したようだ。各務先生は私たちに任せてくれ』

「了解しました」


 寧を一人で行かせるのは心許なかったので丁度よかった。誰かがいなければ好き放題に振る舞う恐れがある。それに一人では横山を逃がすことも考えられるので人手はあった方がいい。


「すみません各務先生、すぐに凪砂さんたちが来ますから」

「うん、僕はいいから由貴くんは行っておいで」


 俺は先生に断りの言葉を述べてから工場の外へと急いだ。

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