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エンゼルプラン  作者: 夏多巽
第六章 三月二十九日 前半
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運命の分岐点

 手入れのされていない薄汚れた廊下の先を目指しながら、俺と寧は言葉を交わす。


「先生はどこかしら?」

「“同調”によればこっちだ。人数は……」


 外で識別した時よりも距離が近いのでより正確な結果が得られた。

 人数は四人から六人といったところだ。多分一ヶ所に固まっているだろう。それ以外の反応は感知できないのでこれで全員と判断していい。


「それにしても静かね。あっちも騒ぎ立てると思っていたけど」

「俺たちが攻めてきたことはとうに把握しているだろう。それなら逃げるなり迎撃するなり行動を起こすはずだ」


 しかし、敵が迎撃してくる様子は全くない。“同調”による感知がなければ無人の建物だと早合点していたかもしれない。


「どっちだと思う?」

「奴等だけで逃げるならともかく先生を連れていくのは難しいだろう。先生を連れ去る際、先生を衣装ケースに押し込めてからトラックで運んでいる。移動系の能力を保有する敵がいるにしても長距離移動はできないとみていい。それにざっと建物の周囲を確認したがトラック以外の車は見当たらなかった」


 先生が消えたことに警官が全く気づかなかったことからして、扉や窓を利用せずに家の内外を行き来できるような能力の持主がいることは確かだ。その上でトラックを用いて連れ去るということは長距離間の移動は不可。それではこの状況下で先生を連れながら逃走するのは困難だ。


「じゃあ迎撃かしら。先生を人質にとれば切り抜けられるとか考えそうね」

「そうなると面倒だな……」


 俺はぼやきながら反応のある地点へと急ぐ。

 “同調”はさらに正確に相手の位置と数を把握するようになっていた。


「ここだ」


 辿り着いた先は大きな扉が立ちはだかる部屋だった。廊下の壁に貼ってあったプレートによれば作業部屋だ。


「反応はどう?」

「五人だ」


 相手の位置は部屋の奥だ。少しだけなら扉を開けても気づかれないと考えたが、こちらも遠目では判別しにくい。

 俺は部屋を囲む廊下を観察する。

 問題の作業部屋は二階分の高さがある。廊下には二階へ上がる階段があり、昇った先にも部屋へ続く扉が見えた。この工場が何を製造していたかは知らないが、元々は大きな産業機械が設置されていた部屋のようだ。

 俺はしばし考えた後に寧を残して二階を行く。金属製の階段を踏みしめる音が鳴らないようにゆっくりと上がった俺は、今度は二階の廊下を奥へと進んだ。

 二階廊下には作業部屋の一階部分を見下ろせる横長の大きな窓が嵌めこんである。俺は“同調”で得た相手の位置を見下ろせる場所から内部を覗いた。思ったとおりだ。ここから中の様子がはっきり観察することができた。


 やはり各務先生はここにいた。椅子に座らされた状態で縛りつけられている。先生の正面には男が一人立っており、その男を守るように三人の男がいた。

 先生の前に立っている男は里見の仲間である横山修吾だ。残りの三人は例の雇われたゴロツキだろう。

 全員慌てた様子で辺りをきょきょろ見ていることからして、俺たちが工場内に突入したことは田上から知らされているのだろう。このような状況に慣れてないようで、比較的冷静なのは横山だけだ。後の三人は視界をあちこちに回しているが、ほとんど注意が向いていない。部屋の外に見張りを置いていないのは、その手の能力の保有者がいないのか、あるいは俺たちと交戦することに恐れをなしたのか。何にせよ悪手であったと思う。


 俺は窓から離れて一階へ戻る。


「どうだった?」

「やはり各務先生がいた。残りの四人は横山修吾と……加治佐さんの言っていたゴロツキらしいのが三人。宮内晴玄はいないみたいだ、てっきりいるかと思ったが」


 ゴロツキを雇った宮内の姿がないのは気になったが、奴の腕っぷしは人間よりも強いくらいだ。血統種同士の戦いに身を置くような性格でもないだろう。


「各務先生に怪我は無いの?」

「椅子に拘束されているが意識はあるみたいだ。遠くから見ただけだが特に怪我も無さそうだった」

「それなら手出しされる前に片をつけましょうか」


 こちらは二人、敵は四人。二人で敵を全滅させるのは簡単だが、あくまで目的は先生の保護だ。まず、先生をどうにか助けたい。


「……寧、俺が各務先生を救出する。今度はお前に囮を頼んでいいか?」


 寧なら俺の援護がなくとも大丈夫だと信じている。それに俺が無茶な行動をしたばかりにまた具合が悪くなろうものなら、逆に寧の足を引っ張りかねない。


「そうね。私が出れば奴等も否応なしに相手取らざるを得ないから丁度いいわ」

「すまない。俺が万全に動ける体調ならよかったが……」

「凪砂さんも言っていたでしょう。適材適所ってやつよ」


 屈託のない笑顔を見せつけられ、俺は少しだけ気が楽になった。


「それよりもどうやって先生を助けるの? 私が暴れる中を突っ切るつもりじゃないわよね?」

「一つ案がある。お前には敵の気を惹きつけてもらえればそれでいい。後は俺に任せてくれ」




 寧と別れた俺は再び二階廊下へ移動した。

 先程各務先生たちの様子を窺った場所を通り越し、最奥の扉を慎重に開ける。

 まだ、中へは入らない。開けたのは会話を聴くためだ。


 窓越しに中の様子を観察した時、横山は拘束されている先生を怒鳴りつけているようであった。あれは恐らく尋問だろう。

 横山修吾の能力“無神経の悪徳”は、他者を痛めつけることに特化した能力だ。

 効果は、対象に近づいた上で横山の身体から伸びた針を突き刺すと、相手に激しい苦痛を与えることができるというもの。

 横山はこの能力で敵対勢力の構成員を拷問にかけては情報を引き出すという裏の仕事を繰り返していた。過去に『同盟』からも被害者が出ており、奴の能力に関わる情報は早い段階で知られていた。


 状況から察するに、今回各務先生を誘拐したのも彼から何らかの情報を引き出すためということだろう。

 ならば準備を終えるまでに彼らの会話を盗み聞いてみようと考えた次第だ。


 この行動に深い理由はなかった。ただ、ほんの少し気になっただけだ。

 何故、対立派の連中が先生を誘拐する必要があったのか? 俺にはそれが不思議だった。

 先生が一体何を知っていて、奴等にとってどんな価値があるのか、それが俺の興味を買った。

 そんな些細な好奇心から起こした行動だった。




 思えばこれが運命の分岐点の一つだった。

 もし、ここで先生と横山の会話を聴こうと思わなければ、その後の展開は大きく変わっていただろう。

 この判断が幾人かの生死を左右したと知るのは、まだ先の話だ。




「……来ませんね」

「もうとっくに工場(なか)に侵入したのは確かだけどなあ……」


 周囲の警戒をしている三人の内の二人が話し合っている。


「なあ、本当にこの人数で大丈夫なのかよ? 相手側には御影寧がいるんだろ?」


 二人の声とは離れた所から苛立たしそうに言う声が聞こえる。窓から覗いた時に若干離れた位置から俺たちがいた一階入口を警戒していた男がいたので、多分そいつだろう。


「横山さん、もう逃げた方がいいんじゃねえのか? 今回は諦めようぜ。俺の能力なら人質置いて逃げるくらいなら何とかなるぜ」


 最初に会話していた二人の一方が諦めた口調で横山に話しかける。どうやら各務先生を家から連れ出したのはこの男らしい。


「何言ってんだ! ここまできて成果なしなんて冗談じゃない!」


 対する横山は大声で怒鳴り上げる。


「諦めるくらいならこいつを殺していく。どうせこの機を逃したら警備が厳重になって手出しできなくなるからな」

「……」

「だが、あんたが吐いてくれるならそれで充分だ。殺す必要はなくなる。どうだい、口を割ってくれないか?」

「……」


 横山は優位を保とうとして圧力をかけているが、言葉の端々に虚勢の影が見え隠れしている。俺たちの突入に焦っているのが丸わかりだ。

 本当はすぐにでもこの場を離れたいのにそれができない。そんなもどかしさを感じ取ることができた。


 奴は何を訊き出そうとしているのか。

 俺は先生を助けるための準備を整えながら、次の言葉を待った。


「喋ってくれるなら解放してやってもいいんだ。ここで意地張ったってしょうがないだろ? さあ、教えてくれよ。九条詩織から(・・・・・・)何を聞いたんだ(・・・・・・・)? あんたは糸井夏美の(・・・・・・・・・)居場所を知って(・・・・・・・)いるのか(・・・・)?」


 横山の口から九条詩織と糸井夏美の名が出た瞬間、俺の思考は停止した。

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