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エンゼルプラン  作者: 夏多巽
第六章 三月二十九日 前半
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曲芸魚群

 田上静江という狙撃手が何故『同盟』から警戒されているのか。

 それを語るには、まず彼女の能力について説明する必要がある。


 “曲芸魚群(アクアサーカス)”――生命付与と操作の系統に属する能力。

 効果は、対象の無生物を生きた魚へと変化させ自在に操るというものだ。


 『同盟』の資料によれば、田上家の祖先はとある異界の漁村を実効支配する網元の一族だったという。

 彼らは一風変わった漁を得意とした。

 最初に、一族に伝わる無機物に生命を吹き込み魚に変える能力を使い、魚群に扮させた疑似餌を海中に放り込む。

 次に、その魚群を操作して獲物が潜む海域へ行き、獲物の近くを泳がせる。

 そして、その魚群を餌と認識した獲物がやって来たら網へ誘導して捕らえるのだ。


 この能力が子孫へ継承されていく中、新たに芽生えたのが「水中でなくとも魚を操作できる」という性質だ。

 空を泳ぐ魚の群れを得た一族は、(おか)の上でも漁を行うようになった。

 より狡猾に、より残忍に。

 銃弾を魚に変えて直接獲物を仕留める形の狩り()で生計を立てはじめたのだ。


 それが鋭月の眼に留まり、彼らは対立派お抱えの暗殺者としての道を歩みだす。




「由貴、怪我はないか?」


 じんじんと響く痛みに顔を顰めていると、心配そうに凪砂さんが訊いてきた。


「大丈夫です。ぎりぎりでしたが防ぎました」


 軽く頭を撫でてみるが出血は無い。日頃の訓練がなければあれだけの短い時間でピンポイントに防壁を形成するのは無理だったろう。一人暮らしを始めた後も礼司さんから教わった訓練を続けていたのが幸いした。


「田上静江か……一番面倒な奴が来たな」


 凪砂さんは腕を組んで悩ましげに声を出す。


 現在追跡中の鋭月一派の中で戦闘に長けているのは里見修輔と田上静江の二人だ。他の三人はいずれも戦闘向きの能力を保有していない。そして、その内の一方は既に『同盟』の監視下にある。後は残りの一人を捕縛できればよいのだが、このもう一人が一番厄介なのだ。

 狙撃手だけあって遠距離からの攻撃を好み、敵に接近しようとせず必ず一定の距離を保とうとする。

 銃弾を生物に変え操作する能力を用いるので、狙撃の際は標的の位置さえわかっていれば後は魚をそこまで移動させればいい。この能力は魚に変えた時点での対象物にかかる力を保存する。高速で撃ち出した銃弾を魚に変え、再び銃弾に戻した時にどうなるか? 答えは「撃ち出した直後の速度を保持した状態で再度運動を始める」だ。

 例え標的の姿を障害物が遮っていようが何の問題もない。魚に変えてから障害物の裏に回り込ませて再び“撃つ”だけでいい。これが凄腕の狙撃手の正体というわけだ。


「あれが“曲芸魚群(アクアサーカス)”? 銃弾が空を泳ぎ回るなんて卑怯よ。あんなもの狙撃とは呼ばないわ」


 寧は不満を述べる。

 大自然の猛威を再現する能力の持主が卑怯と言っても説得力が無い。災害クラスの効果を発揮できる“天候操作”はその理不尽さでいえばトップクラスなのだから。


「追撃はしてこないな」

「もしかすると積極的に攻撃を仕掛ける気は無いのかもしれません」


 敵は各務先生を殺害するのではなく誘拐という手段を採った。それは彼に何らかの用があるからだ。身代金目的の誘拐ではあるまい。

 連中にしてみればその目的を達することができればよいのだ。リスクを冒して交戦する必要などない。

 ともなれば、田上静江の目的は時間稼ぎだ。俺たちを工場内に侵入させたくないのだろう。


「参ったな……こんなところで時間を喰うわけにはいかないのに」

「既に田上から他の連中に連絡が行っているでしょう。もたもたしていたら各務先生を連れてまた逃げられるかもしれません」


 考える時間はない。

 どうやって内部に突入するか。

 解は一つだ。


「誰かが彼女を惹きつけて、その隙に突入しましょう」


 こちらは三人。一人が囮になって田上を牽制し、その間に残る二人が突入する。現状はこれがベストのはずだ。


 問題は誰が囮役を引き受けるかだが――。


「私が残ろう。二人は中へ」


 真っ先に名乗り出たのは凪砂さんだった。


「……それしかないわね」


 寧も同意した。


 凪砂さんの本領は“千獣騎乗”にある。魔物を乗りこなし、魔物のポテンシャルを最大限に発揮する能力。これは屋外で最も効果が出るタイプだ。

 狭い工場の内部では身体の大きい魔物は満足に立ち回れない。さらに凪砂さん自身の戦闘能力は俺たちに比べれば劣る。彼女が工場内に突入してもあまり活躍できないだろう。


「適材適所というやつさ。アンコロと一緒ならそうそう遅れはとらない」

「でも、由貴も残った方がいいんじゃないの? 昨日倒れたばかりだし無茶はさせられないわよ」


 “千獣騎乗”と“同調”が合わされば絶大な効果を見込める。長い付き合いの俺と凪砂さんなら相性は十二分だ。うまくいけば田上静江を倒して身柄を確保できる。


 だが、凪砂さんは首を振った。


「私もそう考えたが……敵の手の内がはっきりしない以上、単独で突っ込むのは危険だ。やはり“同調”によるフォローがあった方がいい。勿論無理をしない程度にな」

「……大丈夫なの?」

「田上を確保したいのは山々だが今は各務先生が優先だ。由貴はそちらに全力を尽くしてくれ」


 信頼に満ちた瞳で俺を見据えそう告げる。

 俺は深く息を吐いた。こう言われてしまっては仕方がない。俺も凪砂さんを信じよう。


「了解しました。寧もいいな?」

「くれぐれも気をつけてね?」

「ああ、任せてくれ。全身全霊で務めよう!」


 凪砂さんは停留所でも使った銀色の機器を再び取り出した。

 竜の聴覚にのみ捉えることのできる音の発生装置。

 竜の聴覚は魔物の中でもかなり鋭く、遠方から聞こえる同種の鳴き声をキャッチすることができる。

 この機器はそれを利用した竜の召喚道具だ。

 竜の鳴き声と同じ周波数の音をこの機器で設定して、ボタンを押すとその音が流れるようにしておく。

 そして、予め竜にその音を覚えさせておけば、機器から流れる音を頼りにその場所まで呼び寄せることができる。


「アンコロが来たら一気に攻めるぞ」


 俺と寧は頷いて答えた。


 やがて上空からアンコロが羽ばたく音が聞こえてくる。待機地点からやって来たアンコロが地上の凪砂さんを発見して吼える。

 凪砂さんは腕を振って魚の群れを示した。それだけで飼い主の意図を理解した竜は、群れへ向かって飛んでいく。

 もう一度建物の陰から覗くと、アンコロの出現に反応した熱帯魚たちが一直線にその方角へ飛来していくのが見えた。

 このままではアンコロは銃弾へと姿を戻した群れによって巨体に風穴を開けられてしまうだろう。

 だが、アンコロは一度大きく唸ると軽く頭を仰け反らせ、その口から蒼く燃え盛る炎を吐き出した。炎は突進してくる魚群を全て呑み込むと、それらを包み込んだまま空に消えた。後に残ったのは微かな灰と熱気だけだ。


 遠くから銃声が響く。それは田上が新たな弾丸を発射したことを意味していた。魚群を全滅させられたため、追加の群れを送り込むつもりだろう。


 しかし、その時間は俺たちにとっての好機だ。


「行け!」


 凪砂さんの一声で俺と寧は陰から飛び出すと、工場の入口へ向かって駆けだす。

 再び響く銃声とアンコロの咆哮を背にして、まず俺が入口の扉を開けてから滑り込むように扉の陰に隠れる。続いて寧が外から中へ大きく跳躍する。エントランスの床に着地した寧の姿を視認した俺はすぐに扉を閉めた。


 外からはまだ咆哮と銃声が交互に聞こえてくる。


「凪砂さんは大丈夫だと言っていたがやはり心配だ。俺たちも急いで片をつけるぞ」

「ええ、そうしましょう」


 俺と義妹は顔を見合わせ頷き合うと、エントランス奥の廊下へと足を進めた。

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