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エンゼルプラン  作者: 夏多巽
第六章 三月二十九日 前半
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太陽の義眼

 まだ、人間と魔物の間の交流が浅かった時代、人間にとって魔物とは超常の力を操る神に等しい存在であると畏怖されていた。

 事実、魔物が操る力は天変地異を片手間に起こせるほど強大であり、人に抗う術はなかった。人が自然の驚異に逆らえないのであれば、魔物こそが自然の驚異そのもの。そういった不変の認識が支配する世であったのだ。


 この時代に人々から恐れられた魔物の中には、現代にも逸話が残っている種が少なくない。

 “太陽鳥”もその中の一種だ。


 太陽鳥は晴天の日にしか姿を見せない魔物として知られる。一見すると人と同じ姿をしているが、敵を威嚇するとき等に赤と金が入り混じった羽で彩られた巨大な翼を背中から生やしてみせるのが太陽鳥である証だ。その名が示すように太陽の力を利用する魔物で、日光をその身に浴びている限り底無しの力を発揮すると伝わっている。実際にはそこまで便利ではなく無限に能力を行使できるわけではなかったのであろうが、当時はそう言われるほど恐れられたのだ。


 太陽鳥は太陽に因んだ複数の能力を保有していることが多いが、その中に“太陽の義眼”と呼ばれる能力がある。

 これは太陽が出ている時に、その光が差す範囲であればどこでも自在に分身体を生成して行動させることができるという能力だ。分身体は姿を消すこともできるし、その状態で物理的干渉もできる。


 極めつけは、太陽光が差す範囲を直接“視る”ことができるという点だ。


 つまり、日の光が当たる場所イコール太陽鳥の可視範囲ということであり、誇張でも何でもなく世界中を一望できるのだ。

 無論これは理論上の話に過ぎない。能力は範囲が広がるほど消耗も激しくなるので、実際の可視範囲はもっと狭い。だが、それでも半径数キロ、能力が成長すれば数十キロにも及ぶ。


 “太陽の義眼”という名もこの一番の特徴からついたものだ。


 そんな強大な能力を――。


「……見つけた」


 “太陽鳥”の血を引く加治佐牡丹は有していた。

 彼女からこの能力を教えられた時の俺たちの驚愕といったら。何せ太陽鳥は数が少ない種で、晴天の日であっても滅多にお目にかかれない魔物なのだ。人と同じ姿と知性を有しているにも関わらず、太陽鳥が人間と交流を持ったという話はほとんど聞かない。それ程稀有な存在を祖先に持つ血統種がまさかジャーナリストとして生計を立てていようとは考えもしなかった。


 とはいえ、それは偏見だろう。日の光が当たる場所ならどこでも移動ないし観察できる能力を最も活かせるのは情報を集める仕事だからだ。加治佐牡丹はこれまでこの能力を駆使して様々な場所に潜り込んできたのだろう。きっと屋敷を襲撃された後にでも、こっそり庭に入り込んでいたに違いない。寧が病院へ行く時に察知した誰かの視線のような気配も恐らく彼女だ。


 一つ気になったのはクリア薬品の社内に侵入した時のことだ。建物の中で日光が当たる場所は窓際くらいしかない。それなのに何故資料を漁ることができたのか。

 これについて加治佐はこう答えた。


「能力を継承するにあたって多少柔軟に変化したんスよ。日の当たる場所から少しくらいなら離れて活動できるッス。まあ、使用コストは大きく増えるデメリット付きッスけど」


 なお、“太陽の義眼”の使用中は本体が無防備になるという弱点がある。そのため発動する際には、誰もいない所で発動するか、仲間に周辺の安全を確保してもらう必要がある。浅賀邸付近の路上で蹲っていたのはそういった事情によるらしい。


  そういったわけで、カメラから得られた情報を頼りに加治佐が街中の車を確認したところ、問題のトラックを発見したのだ。


「ここから半径十キロ圏内にある例の運送会社のトラックの中で、妙な場所に停車しているものが一台あるッス。周囲に人気がほとんど無い海沿いの廃工場。多分ここッス……ええと、『薮内(やぶうち)工業』って工場みたいッス」

「薮内工業……聞き覚えがあるな」


 雫の呟きに皆の視線が集中する。


「昔の話になるが蓮くんの家に行った時に何度か里見さんが口にしていた。鋭月の会社と取引があったところだ」


 鋭月と繋がりのある企業。それだけでも充分に怪しい。潜伏中の奴等が拠点として利用している可能性が高い。


「廃工場ってことはもう倒産しているの?」

「見た感じ長い間人の出入りが無さそうッスよ……うう、気分悪くなってきたッス」


 事前の断り通りに能力酔いを起こした加治佐はベンチに腰かける。

 良い仕事だったと称賛を送ると加治佐は照れたように笑った。

 ここからは俺たちの仕事だ。


 まず、薮内工業へ警官隊を回すように指示する。『同盟』にも話は通っているらしく先行しても構わないそうだ。


「時間が惜しい。私は先に行かせてもらう」


 そう言い凪砂さんは小さな金属製の機器を取り出す。防犯アラームのような銀色に輝くその表面には赤いボタンが一つ。彼女はそれを押す。


 それから数分が経過すると、上空から馴染みのある鳴き声が降って来た。


「ここだアンコロ!」


 飼い主目がけて一直線に降下したアンコロは地面擦れ擦れのところでスピードを落とし、ゆっくりと着地した。


 ここは『WHITE CAGE』に一番近い停留所だ。昨日利用した浅賀邸付近に設置されているものとは違う。

 俺たちはアンコロに乗って追跡することを考慮してここへ移動した。幸いにも停留所は空いていたのでアンコロの荒っぽい登場で周囲に迷惑をかけずに済んだ。


 凪砂さんは颯爽とその大きな背中に跨ると、俺を見下ろした。


「由貴は大人しくしていろ。昨日倒れたばかりなんだ。私に任せておけ」


 心配してくれるのは嬉しいがこの状況だ。何もしないわけにはいかない。


「無理はしませんよ。何よりここは絶対に失敗するわけにはいきません。各務先生に危険が迫っているんですから。敵の数がわからない以上、手数は多い方がいいでしょう?」

「それは……」


 俺の“同調”は多数の敵を相手取るときに有利にはたらく。付き合いの長い彼女はそれをよく理解している。それでも俺に無茶をさせたくないのだろう。


 そこへ割り込んできたのは戦意を燃やす我が義妹だ。


「私も行くわ。いいわよね? 由貴のお目付け役が必要でしょう?」


 自分がついているから心配いらないと言いたいのであろうが、俺からすれば寧こそ無茶な真似をしないか不安だ。戦力としては申し分ないどころか最上格と言っていいくらいだが。


「私は後から追いつこう。連絡だけは怠らないようにしてくれ」


 アンコロが三人乗りであるため一人はこの場に残らなければならない。雫は後から来る警官隊と合流してから向かうことになった。能力酔いを起こした加治佐の付き添いも頼むと、快く引き受けてくれた。


 俺と寧が乗った直後、アンコロから空へ大きく羽ばたいた。

 向かうは臨海地の工業地区だ。


 道を遮る物が何一つない空を直進し、会話を楽しむほどの時間もなく目的地へと到着した。

 念のために工場から離れた場所に着陸させ、周囲の警戒をしつつ徒歩で向かう。


 薮内工業の外観はくすんだ灰色で風雨に晒されて汚れているのがわかる。工場は海を背にして建ちその他三方向は道路に囲まれているため、この工場の敷地だけが隔絶されているようだった。


 破れたフェンスの隙間をくぐって敷地内へ侵入する。

 人の姿はどこにもない。


「まずは……」


 俺は“同調”によって周辺に存在する生命反応を拾う。

 その結果は俺の予想通りだった。


「うん、やっぱりいるな」


 工場の中に淡い反応があることからやや遠くに誰かがいる。それも複数だ。


「なら、後は如何に先生を傷つけられずに救出するか」


 最善は各務先生を無傷で確保することだ。そのためには敵に悟られずに行動したいところだが――。


「見張りはいないの?」

「目につく所には見当たらないが……」


 “同調”による位置把握は接近すればするほど精密に判定できる。逆に、距離があると漠然としか知ることができない。今の状態だと工場内部に複数人いることその方角は凡そわかるが、具体的な位置関係は不明瞭だ。固まって行動していればいいが、ある程度ばらけていると制圧に支障が出る恐れがある。

 それに“同調”の範囲外にいる人物への警戒は怠れない。“同調”は有効範囲が限られているタイプの能力であるからだ。移動しながらその都度確認するしかないのだ。


「油断しているならそれでいいけど」

「姿を隠している可能性もある。気を抜くな」


 寧に警告して俺は移動を続ける。新たに“同調”の範囲に入った区域の反応を調べつつ、視線を動かす。


 そして、左手上方に視線を向けた時、それ(・・)が目に入った。


 空を舞う一つの影。一瞬だがその姿を捉えることができた。

 薄い青色の楕円形に近い物体。上下と後方に丸みを帯びた突起のようなものがついている。後方の突起はY字型をしている。全体の形状からそれが魚の形をしていることに気づいた。


 それが先頭を進んでいた俺に向かって一直線に突進してきたのだ。


「!」


 ほんの僅かな時間で魚が加速し、俺の頭を狙って貫通せんとする勢いで衝突する。

 その瞬間、金属を思い切り投げつけたような鈍い音が響き渡った。


「由貴!」


 咄嗟に張った感情の防壁が頭部を覆ったがために魚の勢いは完全に殺された。速度を失った魚は力なく地面に落ちる。魚は硬質の音を立てながら地面を跳ねると、やがて動きを止めた。改めてその姿を見ると熱帯魚であることがわかる。


 間近で衝突音が響いたことで耳鳴りがするが、それを意に介さず俺はすぐさま建物の陰に身を潜めた。寧と凪砂さんもその後に続く。


「由貴、これって――」

「ああ、間違いない」


 俺は陰から少しだけ頭を出し、先程熱帯魚の姿を最初に捉えた辺りの空を観察する。

 そこには円を描くようにして優雅に空を泳ぐ熱帯魚が十匹ほどいた。まるで空から地上を監視するかのように。その中の二匹は俺たちが隠れている建物の陰を注視しているように見える。俺が頭を出していることに気づいているようだが、警戒した様子を維持したまま仕掛けてくる気配はない。


 空を飛ぶ熱帯魚。

 それは以前『同盟』の資料で見たある血統種の能力の特徴であった。


「“同調”に引っかからなかったということは、この工場とは別の建物の屋上にでも潜んでいるな」

「どこかで私たちを観察しているぞ、田上静江が」


 田上静江。

 かつて桂木家の家政婦だった対立派きっての狙撃手(スナイパー)が、どこからか俺たちを捕捉している。

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