表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エンゼルプラン  作者: 夏多巽
第六章 三月二十九日 前半
89/173

追跡

 俺が加治佐から得た情報を伝えると、皆の顔色がみるみる変わっていった。


「すぐに行くわよ」


 有無を言わせない調子で寧が宣言する。反対意見は出ない。


「その前に警護の警官たちに連絡しよう。何かあれば彼らが異常に気付いているはずなんだが……」


 凪砂さんはすぐに各務先生付きの警官へ連絡を入れる。まずは近くにいる彼らに状況を確認してもらうのが先だ。


「悪いな、急ぎの用事が出来た」

「忙しい奴等だな。次来るなら何か注文しろよ。と言っても、一応敵対関係だから頻繁に来られても困るけどな」


 白鳥は肩をすくめてみせる。


「彩乃に伝えておいてくれ。落ち着いたらでいいから一度顔出せって」

「ああ、伝えておく」


 店から出た後は各務医院にいる警官たちからの報告を待つ。それに加治佐牡丹もだ。先程電話を終える前に『ハミングバード』に来ていることを言うと、自分も近場にいるので合流したいと要請があった。


 それから三分と経たない内に加治佐が駆け足でやって来た。


「おや、昨日の三人だけかと思ったら……」


 加治佐は寧が一緒にいることに驚く。それも束の間、事件の中心人物と対面できたことににっこり笑顔を見せると早速自己紹介を始めた。寧は加治佐の言葉を適当に流して対応する。しかし、そんな素っ気ない反応にもめげた様子もなく、放置しておくとヒートアップして仕事にかかりそうだったのでストップをかけた。


「取材なら後にしてくれ。各務先生のことが先だ」

「はいはい、わかってるッスよ」


 加治佐は残念そうにバッグから取り出そうとしていた手帳とペンをそのままバッグの中へ戻した。


「……しかし、奴等が襲撃するのが各務先生だとして、何故先生を狙うんだ?」


 これが寧や他の御影家の誰か、あるいは小夜子さんといった『同盟』の重鎮であるならわかる。

 では、各務先生を狙う理由があるかと言われれば、まず誰もが“ノー”と回答するだろう。


「各務先生は御影家にとって重要な人なのか? それなら御影家への間接的な攻撃とも捉えられるが」

「先代の先生が出入りしていた頃から付き合いがあるけど、“重要”ってのは少し違うわね。『同盟』との繋がりも深いけど、あくまで血統種でない一般人だから」


 寧の言うとおり先生本人は決して重要な立ち位置にいない。御影家の関係者であるし『同盟』の本部でも往診しているがそれだけだ。確かに彼に危害を加えられれば心情的には辛いが、先にも考えたようにこの状況下で鋭月一派がわざわざそんな真似にでるのはおかしい。


「何だと? ああ……わかった。ありがとう」


 凪砂さんは電話を切るとこちらへ向き直る。その表情が暗いことから良い話ではないと察せられる。


「まずい展開になった。各務先生が消えた」


 悪い展開に舌打ちをする。


「状況は?」

「先生は屋敷を出てからすぐに医院に帰った。医院に到着して受付に姿を見せたのが九時四十分過ぎ。それから看護師としばらく会話を交わした後医院の隣にある自宅に引っ込んだが、それ以降誰も姿を見ていない。私が様子を見に行かせたが、鍵もかけずに家を空けているんだ。財布やスマホも置いたままだ」


 現在時刻は十時二十五分。先生が自宅に帰ってからすぐに姿を消したのであれば、もう四十分以上経過していることになる。


「荒らされた様子はありますか?」

「争った形跡は全くない。血痕も見当たらないから、完全に不意を突かれて拘束された可能性がある。現に監視についていた警官たちは異常に気付かなかったと証言している」


 つまり、誘拐犯は一切物音を立てず、かつ抵抗されることなく先生を連れ去った。

 間違いない。血統種の能力を用いた誘拐だ。


「もう遠くへ逃げている可能性は?」

「検問は既に手配している。遠くへは逃走できないはずだ。それに連中がこの街に潜り込んだことが発覚してからは街の出入口は『同盟』による厳戒態勢が敷かれている」


 街の境界を越えるリスクを背負うには躊躇う場面だ。また、外部へ逃げ出す理由も薄い。里見修輔が浅賀の家を探索していたように、敵は何らかの目的を果たすためにこの街へ来ている。先生の誘拐以外にも動機が存在するとみていい。従って、それを成す前に逃げるのはまずない。この機会を逃せば二度とこの街へ侵入することは叶わないかもしれないのだから。


「加治佐さんの話ではゴロツキを数人雇っていたのよね。だとしたら先生も含めると五、六人で行動しているってこと?」


 それだけの人数ならワゴン車等を使用している可能性がある。能力でどこかへ移送したとも考えられるが、距離によって使用コストが大きく変わるので効率が悪い。

 まずは、そのあたりをはっきりさせよう。


「近辺に街頭カメラは? いなくなったと思われる時間帯に不審なグループや車が映っていないか確認しよう」

「能力で姿形を変えている可能性があるから、外見だけで判断してはいけないな」


 能力を悪用した犯罪はありとあらゆる可能性を考慮しなければならないので面倒だ。凪砂さんが挙げたように変装は勿論のこと、透明化、認識阻害、形状変化といった例も過去にはある。ただ、いずれも使用上の制限があるケースがほとんどなので看破することは決して難しくない。


 凪砂さんがカメラの映像を確認するよう手配する中、俺は加治佐が悩ましげな表情をしていることに気づいた。

 どうしたのかと見ていると、彼女はおずおずと手を挙げる。


「……ちょっといいッスか」


 皆の視線が声を上げた女記者へと集中する。


「百パーセントとはいかないし後手に回る可能性はあるッスけど、各務医師の居所が一発でわかるかもしれないッスよ」


 誰かがはっと息を呑んだ。

 加治佐の態度は若干引け気味だが、瞳は力強い。それは何かしらの確信を得た上での発言を示していた。


「本当か?」

「私の能力を使えば……ただ、これ私にとっての奥の手みたいなもので、使ったら能力酔い(ダウン)しちゃうんスよねえ」


 加治佐の能力。

 昨日逢って話をした際にある程度予測はついていた。彼女は何故か俺たちが浅賀の家を捜索することを知っていたし、クリア薬品にも潜入して破棄されそうになっていた資料の奪取に成功している。それが彼女の能力によることは明白であり、彼女もそれを隠そうとしなかった。

 彼女が保有する能力は十中八九「誰にも存在を悟られずに行動できる能力」だ。恐らく凡そ合っているだろう。だが、それだけでは各務先生の居場所を突き止めることはできないように思える。他にも絡繰りがあるのだろうか?


「確実を期すためにも何か一つでも手掛かりが欲しいッス。相手の特徴とか、車を用いているなら車種とか、それだけでも格段に絞り込めるッス」

「了解した。少しだけ待ってくれ」


 凪砂さんは映像を早急に確認するよう部下を急かす。その間に『同盟』の本部にも緊急連絡を入れ、人員を要請してもらう。小夜子さんがすぐに手配してくれるそうで、ひとまず今やるべきことは終わった。

 後は、映像解析の結果を待つだけだ。




 それから数十分の後、凪砂さんが部下からの連絡を受け取った。


「由貴、カメラの記録を洗ったぞ」


 凪砂さん曰く、大至急と言って電子データの解析に優れた能力持ちを回してもらったお蔭で、ターゲットをすぐに絞り込めたらしい。


「先生が消えたと思わしき時間帯、各務医院から百メートルほど離れた路上に運送会社のトラックが停車していた。このトラックに衣装ケースらしき物を運び込む業者二名が映っていたが、この二名の顔をデータベースと照合した結果、それぞれ傷害と強盗の前科持ちだと判明した。こいつらが加治佐さんの言っていた雇われた連中だと考えられる」


 どうやらその二人は過去に血統種の能力を用いた犯罪で検挙されているようだ。

 この手の輩は徒党を組んで再犯に走る例が多い。一度犯罪に走った血統種に関しては血統種間で情報が行き渡りマークされる。そうして今度は別の犯罪を計画する血統種にスカウトされ、再び能力を悪用する。そんな悪循環が問題となっているのが昨今の世の中だ。


「さらに、このトラックの業者に依頼したという会社や商店は近くに一つも無かったよ。トラックとユニフォームはどこからか調達してきたものだろう」


 凪砂さんがさらに付け加えた内容によると、当該運送会社に問い合わせたところこの付近を運航しているトラックは無いとのこと。

 確定だ。


 加治佐はにやりと不敵な笑みを浮かべる。


「運送会社のトラックならわかりやすいッスねえ。標的を運ぶ入れ物を怪しまれないための措置でしょうけど……目立つなら好都合ッス」


 そう言って加治佐は目を閉じる。


「それじゃあ、一仕事するッスかね」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ