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エンゼルプラン  作者: 夏多巽
第六章 三月二十九日 前半
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『WHITE CAGE』の人々 ‐証言‐

「とりあえず話を進めましょう」

「そ、そうだな」


 寧がぱんと掌を合わせた音で、雫は気を取り直したようだ。

 俺は山口に目的を説明する。


「あの話か、それなら憶えてるぜ。ちょうど隆弘もいるから呼ぶか。おい隆弘、ちょいこっち来い」


 どうやら山口と一緒に事件に遭遇した泉隆弘もこの店にいるようだ。山口の声に反応して茶色のオールバックが似合う少年が現われた。


「何だよ銀……って雫? 何でいるんだよ?」


 泉もまた雫の姿を見つけて目を丸くする。彼にも山口と同じように説明をする。また、交際関係があるとからかわれては雫がダウンして話が進まない。


「ふーん、事情はわかんねえけどあのへんな電話のこと訊きたいわけ?」

「あれって去年の夏くらいだったよな。どっかの病院に勤めてる医者って聞いたことあるけど」


 去年の夏という言葉に俺は引っかかるものを覚えた。過去の調査で何度か同じあるいは似たフレーズを耳にしていたからだ。だが、この時は二人の話を聴くことを優先した。


「確かまだ五月くらいじゃなかったか? 土曜の夜だったと思う。明日が休みだから閉店まで居座ろうって隆弘と一緒にいたんだよな」

「……そもそもの話、君たちも未成年だろう。堂々とクラブに出入りするのはいけないぞ」


 警察官という職業柄そこは注意する凪砂さんだ。どうも『WHITE CAGE』には叩くと埃が出る要素が多いらしい。ただでさえ防衛自治派の集会場所として目をつけられているのだから、もう少し体裁を整えるべきだ。


「言い訳になるが酒は出してないぜ。出すのは全部炭酸か百パーセントのフルーツジュースだ」

「どうでもいい補足をありがとう」


 サーブする物に気を遣うくらいなら公序良俗に気を遣ってほしい。今回は有用な証言を得るために来た立場なので凪砂さんも小言で済ませるつもりのようだ。彼らを見ると何となく守りそうにない気もするが。


「店が閉まる直前だったかな、風に当たろうと外に出たんだよ。そしたら例の医者も外にいて電話で誰かと話してたんだ」

「その相手が桐島晴香?」

「多分そう。“桐島”って名前呼んでたから。俺は逢ったことないけど話だけなら何度も聞いたからすぐわかった。でさ、その医者が凄ぇ蒼い顔してて気になったんだ。それに慌てた様子で喋ってたし」


 二人が言うにはその医者は見たことがないほど取り乱していたらしい。その様子が尋常ではなかったので、気になった二人はこっそり覗うことにしたそうだ。


「その医者はどんなことを口走っていたんだ?」

「それが妙に物騒な単語ばっかり出てよ、『勝手に出歩くのを阻止しろ』とか『縛りつけてでも大人しくさせろ』とか」

「厄介な患者でも抱えていたのかしら?」


 現代では患者の無断離院に対して病院側のセキュリティが強化され、未然に阻止できるようになった所も多い。それでも設備が古い所は人力に頼るしかなく業務を圧迫する。

 この医者もそのような問題に頭を悩ませていたように思える。

 だが――。


「それを桐島に指示するのはおかしくないか? 桐島とその医者がクラブで知り合ったなら勤務先の病院は別々だろう?」


 雫の疑問は尤もだ。医者が問題行動を起こす患者への措置について話していたのなら、部外者の桐島に言うはずがない。


「他には何と言っていたんだ?」

「そうだな……『投薬の準備をしろ』とかも言ってたな」

「投薬?」


 まただ。

 先程の“去年の夏”と同じくここ数日何度も聞いた“薬”というワード。それが俺の耳と思考を刺激した。


「その後電話を切って店の中に戻っていったよ」

「あの人を見たのはその日が最後だったよな。数日経って急に仕事辞めたって噂が流れたんだっけ。それ以来一度も店に来てないよな?」


 泉が同意を求めると、山口も頷いた。


「その医者が今どうしているのか誰も知らないのかい?」


 凪砂さんは白鳥、畔上、松田の三人にも訊ねる。だが、三人とも首を振って返すだけだった。


「出歩かせない……投薬……」


 記憶の中の語句が絡み合い一つの形を作り出す。繋ぐことのできなかったパズルのピースが新たに現われたピースを介して繋がるような感覚だった。


「なあ、一つ確認したいことがあるんだが」


 俺は山口と泉に声をかけた。


「雫から教えてもらったが、君たちは去年の五月に魔物に襲われたところを知らない女の子に助けられたらしいな。その話ってクラブでも話したのか?」

「ああ、したぜ」


 やはりそうだった。魔物を追い払った少女の話がクラブでも広まっていたなら、その医者も知っていた可能性が高い。

 もし、その話に登場する少女に心当たりがあったとしたら? その少女の存在が広まることで不都合があるなら噂の拡大を防止する必要がある。人前の姿を晒さないように拘束したいと考えることもあるだろう。

 そして、桐島晴香もそれに関与していたなら――これらが意味するのは何だろうか?


「……由貴くん、その医者の話に出てきた人物が夏美だと考えているのか?」

「いや、ただ気になっただけだ。大した根拠もない」


 雫が感情を抑えているような声を出す。俺は彼女の問いに肯定しなかった。


 この説には重要な前提条件が存在する。それは夏美の身柄を浅賀たちが既に確保しているということだ。

 医者が言っていた人物が夏美だとすれば、奴等は夏美を管理下に置いているということになる。火災から五年が経過している現在、浅賀たちが夏美の居所を突き止めていてもおかしくない。

 そんな中、夏美が世間に姿を晒すような事態が起きるのは非常にまずい。仮に逃亡中の鋭月一派に知られれば必ず身を追われる。

 実際に浅賀は去年から姿を消している。その時期も夏美らしき少女が目撃された時期と一致している。この推測通り少女の噂を鋭月一派が知り浅賀を追及しようと考えたとしたら、奴の失踪にも納得がいく。


 後はこの説を補強する証拠があれば。

 少女と浅賀の関係を明確にするものは無いだろうか?


「……ん?」


 懐のスマホが振動する音に気づく。取り出してディスプレイを見ると『加治佐牡丹』の名が表示されていた。


「誰?」

「加治佐さんからだ」


 何の用だろうか。

 彼女は昨日街に潜伏している鋭月一派について探ってみると話していた。新たに判明した事実があれば連絡すると言っていたのでその件かもしれない。


 ディスプレイをタップすると軽快な女記者の声がスピーカーから流れてきた。


『どーも私ッス。突然ですけど、香住警部補は近くにいるッスか?』

「ああ、代わろうか?」

『いえ、こちらの用件だけお伝えするッス。昨日言ってた対立派連中の居所の件、掴めそうッスよ』


 俺の想像通りの内容だった。内心逸る気持ちを抑える。


「確かなのか?」

『ええ、気になる話を小耳に挟みまして』


 加治佐の声にも獲物を捉えた悦びの色が隠しきれていない。顔は見えないがきっと満面の笑みを浮かべていることだろう。


『ガラの悪い連中が集まる場所でネタを探してたんスが、そこで昨日鋭月一派の宮内晴玄らしき人物を見かけたという人がいたんスよ』

「宮内晴玄か」


 宮内晴玄はかつて調査会社を経営していた男だ。対立派のメンバー及び鋭月が傀儡としていた人間の身辺調査を担当し報告していた。与えられた任務の内容からして『同盟』における沙緒里さんと似たような地位にあった人物である。鋭月は彼から(もたら)された情報を基にして他者を操り、長い時間をかけて足許を固めてきたのだ。


『どうやらゴロツキを数人雇って誰かを襲撃するらしいッス。それも今日やる予定だとか』


 随分急な話だ。里見が『同盟』の手に落ち窮地に陥っている状況だというのに、誰かに手を出す余裕があるのだろうか? それともそんな状況だからこそ何かしらの手を打つ必要に駆られたのか。

 何にせよ連中が姿を現す可能性があるならチャンスだ。襲撃の現場に現われるならよし、現れずとも襲撃犯たちから宮内晴玄や他のメンバーの情報を得られれば充分だ。


 もう少し詳しい話を訊く必要があると思い、加治佐に先を促した。


「その相手はわかるのか?」

『断片的ですが一応は。場所は西氷見山、正確な番地は不明。ただ、どこかの病院らしいッス。ここ数日病院を空けていた医者がいてその人がターゲット。今日帰ってくるっていう情報を入手して行動に移すそうッス』

「……何だと?」


 加治佐の言葉に嫌な予感が走った。

 西氷見山にある病院に勤める医者、ここ数日病院を空けていて今日帰ってくる。


 この条件に該当する人物を俺はよく知っていた。


「どうしたの?」


 俺の様子に何か違和感を覚えたのだろう、寧が不思議そうに話しかけてきた。

 俺はゆっくりと彼女へと顔を向ける。


「……寧、各務医院の住所って西氷見山だったよな?」

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