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エンゼルプラン  作者: 夏多巽
第六章 三月二十九日 前半
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『WHITE CAGE』の人々 ‐対抗‐

ゴールデンウィーク(4月27日~5月6日)中に毎日更新を予定。

 それはある晩、外出していた白鳥が自宅へ帰る途中のことだった。

 氷見山公園の傍を歩いていた時、どこからか男の(わめ)く声が聞こえてきた。それは公園内の歩道から発せられており、気になった白鳥は声の主を探してみることにした。


 声の主はすぐに判明した。歩道の真ん中に立つ厳つい顔つきの男、その連れと思われる小柄な男、そして歩道の脇に立つ一人の少女を見つけたのだ。声を上げているのは厳つい顔の男で、少女に向かって怒鳴っていた。


 男は手に鎖のような物を何重にも巻きつけ、その端が少女の腕にも絡まっている。白鳥にはそれが血統種の能力で生成した物だとすぐに見当がついた。少女はその鎖で拘束されているため逃げ出せないのだろう。少女は恐怖と苦悶に顔を歪ませつつも男たちをきっと睨みつけていた。


 男たちは少女を林の中へ連れ込もうとしているらしい。少女は腕を引っ張られながら必死に抵抗していた。先程聞こえた怒鳴り声は業を煮やした男の怒号だった。小柄な男が背後から少女の口を押え、身体を抱えようとしていた。


 二人の男が少女に暴行を加えるつもりであることは明らかだった。


 白鳥は状況を知るとすぐに割って入った。男二人は白鳥に襲いかかったが、白鳥はこれを叩きのめす。男たちはすぐに退散し、その後白鳥は少女を保護した。

 少女は当初白鳥にも警戒の眼差しを向けていた。警察を呼ぼうと提案する白鳥に対しても提案を拒絶し一人で家に帰るという。幼い子供がそれはいけないと白鳥は叱ろうとしたが、関係のないことだと突っぱねるばかり。これでは話が進まないと白鳥は少女に事情を訊くことにした。


 この少女が彩乃であった。


 少女は辛抱強く接する白鳥にやがて根負けして語り始めた。

 母親が殺されたこと、母の死を機に父親とすれ違うようになったこと、家にいるのが辛くなり夜に外出するようになったこと。

 その夜も同じように家に居づらくなって外出し、氷見山公園までやって来た。ところが運悪く酒に酔った二人組の男と遭遇して絡まれることになった。そして、激しく抵抗したのが男たちの癇に障り、先程の事態へと発展したのだった。


 白鳥は悩んだ。少女を一人このまま帰らせるのは忍びないし、帰らせたところでまた今後も同じような外出を繰り返すだろう。再び今回のような事態が起きる可能性は否定できない。


 考えた挙句、白鳥は『WHITE CAGE』へ彩乃を連れて行くことにした。未成年が正面の入口から堂々と入るのは憚られるので裏口からこっそりと。そうしてバックヤードにいた畔上たちに事情を説明した。


「それで彩乃に居場所を提供したと?」

「外うろつくよりはマシだと思ったんだよ。血統種犯罪の被害者遺族ってなりゃ従業員も同情的だし、それくらいは良いって結論が出た。それで彩乃はちょくちょく通うようになった。最初はバックヤードの小部屋に置いておくだけだったんだが、気がついたら店の客とも話すようになってた。まあ、営業時間中は店の中には入れないようにしてたぜ」

「それじゃあ客とは店で接触していたわけじゃない?」

「店の外で逢って話をしていたよ。その辺りは向こうも気を遣ってくれてた」


 流石に当時小学生の彩乃を建物に入れるのは、それなりに心理的抵抗があったらしい。せめて線引きだけはしておきたいという意思の表れだろう。


 凪砂さんは何か腑に落ちないことがあるのか微妙な表情をしている。

 その理由はすぐにわかった。


「一つ今の話で気になったことがあるんだが……君は血統種を相手取って勝ったのか?」


 言われてみればその通りだ。人数の差は当然として能力を使う相手では中々勝てるものではない。

 その問いに対して白鳥は平然とした調子で答えた。


「大して強くなかったよ。それなりに鍛えてるしな」


 鍛えただけで血統種相手に勝てるのはおかしな話だ。俺がそんな疑問を抱いているのに気づいたのか、白鳥は肩をすくめた。それから目元を指差すような動作をとったかと思うと、その指に小さな何かが現われていた。コンタクトレンズだ。それがカラーコンタクトであることは露わになった紅い瞳――雫と同じ一部の血統種が有する特徴を見れば明らかだ。


「……君も血統種だったのか?」

「血統種が防衛自治派にいたら変か?」


 驚いた声を上げた凪砂さんに、白鳥は平然と返す。

 普通はそう思うだろう。血統種に対しての抗議活動を主とする組織なのに当の血統種が参加、それも小さな集まりとはいえ中心人物としてだ。


「誤解しないでほしいが俺は『同盟』の存在意義を否定する気はない。血統種が優遇されがちな現状を変えたいと思っているだけだ。ただでさえ桂木鋭月の問題で血統種への風当たりは厳しくなっている。そんな中で日常的に抱える不満を放置しておけば、いずれ腹の底に溜まり最後には溢れ出す。そうなりゃ後はずるずる悪感情を引き摺っていくだけだ」

「そういった現状を打破するために自治派に?」

「正直に言えば“自治派に入った”というつもりはないんだ。元々は血統種を取り巻く問題を理解するためにと個人として交流をしていたのが、いつの間にやら若手連中の支持を集める立場になっていてな」

「聞き上手というか話していて安心するんですよねえ」


 畔上は一人頷いている。


「……どうしてそこまでするんだ?」


 人間と血統種の確執を取り除きたいの理解できる。だが、それを自治派の立場から行う必要はない。自治派の若手から信用を得たといっても、それまでの道程は決して楽ではなかったはずだ。


「まあ、俺の場合は他の血統種よりも人間との付き合いが多かったってだけだ。特別な理由があったわけじゃない。ただ、よく知る人が血統種の存在で割を食っているのを見ると申し訳ない気分になるんだ。対立派とかそっちの問題は『同盟』に任せておけばいいし、俺は地道なやり方で行きたかっただけだ」


 どこか気恥ずかしげに答える白鳥を、畔上はにやにやしながら見つめていた。


「私と松田くんも学生時代から店長と付き合いあるんだよ。私たちどちらも血統種犯罪の被害者遺族なんだ。荒れてた時に店長に世話してもらってそれ以来の仲なの。クラブを開店する際にも声かけてもらって感謝してるよ」


 朗々と語る畔上の瞳が一瞬暗くなったのを俺は見逃さなかった。松田は黙って彼女の言葉を聴いていたが、彼女の微妙な変化については僅かに目を細めるだけだった。

 ひょっとすると彩乃に良くしていたのは親近感が湧いたという理由もあったからかもしれない。


「ちなみに『WHITE CAGE』という店名は私がつけました! 由来は店長の名前から。“白鳥”だから『WHITE BIRD』にしようかと思ったけど、それじゃ単純すぎるって没になったの。じゃあ、店を鳥籠に(なぞら)えて『CAGE』を付けようって決着がついたんだよ」


 この喫茶店の名前は『ハミングバード』だ。鳥に関連する名称なのは畔上の好みによるところが大きいのかもしれない。


「それにしても何故桐島は彩乃さんに近づいたんだ?」


 雫の疑問によって俺たちは当初の目的へと思考を切り替える。

 当時幼い彩乃に接近する理由があったとすれば、彼女が里見修輔ひいては鋭月の所業で深い心の傷を負ったということくらいだ。


「……クラブに来るようになったのが最初から彩乃目当てだったのか、それともクラブの方が本命で彩乃は後から目をつけたのか」

「私は後者だと思うな」


 凪砂さんは迷いなく断言した。


「クラブの客たちと積極的に関わっていたことからして客全般が目当てだったと考えていい。そこで偶然彩乃の存在を知り、母親が里見修輔に殺された話を聴いた」

「浅賀が信彦さんに手を組むよう持ちかけたという説――その大元が彩乃の相談にあったということですか」

「信彦叔父様が里見を恨んでいると考えて、信彦叔父様を引き入れることにしたのね」

「それともう一つ、信彦さんが研究者だったのも都合が良かったんだろう。奴等は火災の後から新たな人材を求めていたはずだ」


 鷲陽病院の火災で浅賀は研究施設と人材を失った。研究を再開するためにはその穴を埋めなければならない。


「……桐島は仲間に引き込めそうな人材を探していた?」

「だが、わざわざ防衛自治派の集まりで探そうとするかな? 血統種を嫌っている人が多いだろう」


 そこが一番わからない点だ。優秀な人材は血統種に限らないが、だからといって血統種に反感を覚える者を引き入れるのはリスクが大きい。自治派に潜入したのはスパイ目的もあるだろうが、人を集める理由が見当たらない。逆に血統種相手の方が探しやすいはずだ。


「桐島晴香は普段どんな話をしていたの?」


 寧が訊くと、畔上は思い出すように目を閉じた。


「噂話に対する食いつきはよかったね。血統種とのトラブルとかあったって話があれば、すぐに飛びついてたかな。だよね?」


 畔上は松田に話を振るが、彼は無言で何か考え込んでいる。


「どったの松田くん?」

「その話で思い出したけど、確かあの人が興味を持っていたのは医療関係者のトラブルばかりだった。自分も看護師だから気持ちがわかるとか言って。確か裁判沙汰になったもあったと思う。その事件を詳しく調べていたって客が言ってた。それに最近――といっても一年くらい前だったか、桐島さんと電話で話をしたって人がいる」


 桐島と会話をした人物がいる。それは場合によっては重要な手がかりだ。これまでの調査では失踪後に姿を見せたのは紫と逢った浅賀だけで、他の三人は行方知れずのままだった。その中の一人と電話越しとはいえ言葉を交わしたというのは初めての情報だ。


「それは本当か?」


 凪砂さんも声に期待を隠しきれない。ようやく手応えがあったと喜びに顔を綻ばせている。


「ああ、親しかった客の一人でその人も医療関係者だった。それで、その人が電話で変なこと口走ってたらしい。たまたま近くにいて耳にした奴がいる」

「変なこと?」

「聞いた奴が今向こうにいるから話してみるといい」


 そう言って松田は店の奥へと顔を向けた。彼の視線の先にいるのは店に入った時に目にしたダーツに興じている二人の客だ。その内の一人に声をかける。


「おーい銀、ちょっとこっち来てくれないか?」


 呼ぶ声に反応して振り返ったのは俺と変わらないくらいの年の少年だった。青いバンダナを巻いており眼鏡をかけている。彼は不思議そうな表情でこちらへやって来た。


「何か用ですか、郁斗さん?」

「こちらの方が銀くんとお話したいんだって」


 奈々が俺たちを指し示すと、銀と呼ばれた少年は俺たちへと向き直った。

 その時、雫が「え」と驚きに声を上擦らせた。どうしたのかと訊こうとすると、今度は少年の方も素っ頓狂な声を上げた。


「……あれ、雫じゃん。何でこんな所にいるんだよ?」

「山口……? 君こそ何故ここに?」


 雫と少年は見つめ合いながら互いに呆気にとられた顔をした。


「知り合いなのか?」

「私のクラスメイトだ。ほら、話しただろう。去年の五月に夏美らしき人物と遭遇したという……」


 ああ、と俺は一昨日に雫から聞いた話を思い出して納得する。つまりこの少年が糸井夏美らしき少女と遭遇したという山口銀也なのだろう。


「まさか君が『WHITE CAGE』に通っていたとはな……」

「雫こそなんでいるんだよ。オーナーと知り合いなわけ?」

「そういうわけではないが、まあ、少し話を訊きにな」


 雫は言葉を濁して答える。山口は特に気にした様子はなく、ふうんと呟くだけだ。それから彼は俺の顔を観察し出した。


「そっちはうちの学校じゃ見たことないけど……」

「ああ、俺は――」


 山口は俺の顔を知らないようだ。自己紹介しようとして口を開くが、それを遮って山口が閃いたように目を見開いた。


「あ、もしかしてあれか? 雫の彼氏?」


 その瞬間、場の空気が部分的に固まった。


「いや――その――彼とはそう言う関係では――」


 雫は顔を紅潮させ、ちらちらと俺の表情を窺っている。上目遣いで覗いてくる紅い瞳が俺の心境をどうにか見抜こうとしているのがわかる。否定したいが無遠慮な発言もできず、かといって俺に弁解を任せるのも無責任だと考えているのだろう。結果どう発言すべきか困り果て、俺の反応から答えを導き出そうとしたらしい。


 仕方がないので俺は助け舟を出す。


「落ち着け。昨夜もこの遣り取りをやったばかりだろう」

「そ、それはそうだが――」

「そんなに慌てることはない。思ったままを言っていいんだ」


 優しく諭すように言うと、雫はそのまま俯いてしまった。黒い髪の隙間から見える耳まで真っ赤に染まっていた。


 これは後から説明されて気づいたことだが、この時雫は「思ったままを言っていい」という言葉で昨夜の会話が記憶に蘇ったという。つまり俺が綺麗だと評した時の会話だ。あの時の恥ずかしさが再び込み上げてきて余計に何も言えなくなってしまったのだ。


「初心ねえ」


 寧は苦笑する。

 一方、凪砂さんは驚愕に表情を凍らせ立ち尽くしていた。


「……これは由々しき事態だ。ここにきて対抗馬が出現するとは」

「何言ってんだあんた」


 重々しく言う凪砂さんを、白鳥は変な生き物を見るかの如く眺めていた。

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