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エンゼルプラン  作者: 夏多巽
第六章 三月二十九日 前半
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『WHITE CAGE』の人々 ‐接触‐

「ようこそ、待ってたぜ」


 白鳥数馬はカウンターの奥からこちらへやって来る。ゆっくりと、それでいてしっかりとした足取りだ。俺たちに向ける眼からは相手を見定めようとする意図が明確に読み取れた。互いの立場からすれば仕方のない反応だ。そのことに不快感は覚えなかった。


「あなたが白鳥数馬さん?」

「ああ、俺が『WHITE CAGE』のオーナーの白鳥数馬だ。初めまして、香住凪砂さん。有名人とお逢いできて光栄だ」


 凪砂さんと白鳥は握手を交わす。二人のやり取りに白々しさが透けて見える。


「それは良かった。ちなみにサインは欲しいかな?」

「要らねえよ、間に合ってる」


 凪砂さんが冗談を飛ばすと、白鳥は肩をすくめてカウンターに隣接する壁へと視線を移す。そこには数枚の色紙が高々と掲げてあった。恐らく過去にここへ来店した著名人の物だろう。複数あるということは意外に名の知れた隠れ家的名店なのかもしれない。


「それは残念……さてと、わかっていると思うが念のために言っておこう。今回訪問したのは犯罪捜査の一環であり、君やクラブに対する探りを入れるためではない。既に説明したとおり我々は君が経営するクラブの常連客について調べてる」


 がっかりした様子を見せた後、すぐに真面目な表情に切り替えた凪砂さん。それに呼応して白鳥の表情も真剣なものへと変化した。


「最初に一ついいか?」

「何だい?」

「……彩乃はどうしてる?」


 白鳥が真っ先に訊ねたのは常連客の現況だった。屋敷で起きた事件のことは誰もが知っている。彩乃が事件に巻き込まれたこと、信彦さんが死んだことも調べればすぐにわかる程度だ。昨日電話で面会の約束を取り付けた際に少し話をしていたのは知っているが、詳細を訊くには至らなかったのだろう。彩乃を慮って訊くのが躊躇われたのだと俺は推測している。


「父親が亡くなって少なからず動揺が見られる。元々感情表現の薄い子だからあまり取り乱しはしないけどて、それでもショックは大きいんだろう。現実を受け入れていないというべきか。まだ感覚が追いついていない感じかな」

「大体想像通りだな。あいつはストレスを溜めがちなところがある。何かの拍子に思い切り弾けるタイプだ。どっかでガス抜きできりゃいいんだが」


 白鳥は悩ましそうに腕組みする。


「そこは彼女次第かな……できれば今日もここへ連れてきてもよかったが」

「今は止めといた方がいい。あいつの身に危険が及ばんとも限らん」


 きっぱりと否定意見を述べるその様子は心から彩乃を心配しているように思えた。好感が持てる立ち振舞いだ。所属組織の問題さえなければすぐにでも友好を深められたに違いない。


「ところで、そっちの三人は? 見たところ警官じゃねえみたいだし、ちっこいのはもしかして御影寧か?」


 凪砂さんの肩越しに俺たちをじろじろ見ていた白鳥であったが、寧の顔を見た途端に興味深そうな笑みを浮かべた。


「初めまして、白鳥さん。仲良くしましょう」


 寧は寧でいつもの自尊心たっぷりの微笑みを湛え応対する。その様子からして俺と同じような好感を抱いたようだ。


「他の二人も捜査に協力してくれている。一緒に話を聞かせてやってほしい」

「構わねえよ、好きにしな。嬢ちゃんの方は知らねえが、そっちの兄さんは前に一度顔を見たことがあるな。街の巡回やってた奴だろ? ここ最近は見なくなったって聞いたが」


 白鳥は以前の俺の巡回活動をどこかで目にしていたらしい。当時の俺は閑静な住宅街を始め異界が出現しやすいポイントを多数巡っていたため、住民からの認知度が高い。それは屋敷を出た今でも変わらず、街中で時折声をかけられることがある。


 俺と雫は簡単に自己紹介を済ませる。

 挨拶を終え、早速白鳥は俺たちが訪問した理由について切り出した。


「それで訊きたいのは――桐島さんについてだよな?」


 凪砂さんは首肯した。


「彩乃が電話で軽く説明してくれたが、あの人が対立派のメンバーって本当なのか?」

「残念ながらね。既に複数の証言が得られてる」


 その時、誰かが舌打ちする音が耳に入った。音の主はカウンター席に座っている二人組の男女だ。女が男の脇を小突いていることからして、舌を鳴らしたのは男の方だろう。白鳥が一瞬その男をちらりと見やったが、何事もなかったように語りだす。


「あの店には防衛自治派の若手連中が多く集まる。開店した目的も、細かな派閥の垣根を越えて交流する場が欲しいって要望が挙がったからだ。桂木鋭月の事件以降、つまらないいざこざを置いて団結すべきだって意見が台頭してきてな」


 一連の事件における礼司さんを始めとする血統種の活躍は国民の支持を固めるには充分だった。暗躍していた鋭月を恐れる者は数多くいた故に、奴の逮捕は喜びの声と共に高く評価された。それに対立派の資金源となった企業等を一掃したことで財界からの受けも良かった。

 対して血統種への不満を口にするだけの防衛自治派への視線は冷たかった。血統種に頼らず秩序を維持すると大言を吐いたものの、実際に有効な手立てがあるかというとそうでもない。元々血統種が高い社会的地位を占めたり技術職を独占したりすることへの抗議を理由に台頭した組織だ。ろくな案も出せずに(いたずら)に時間を費やすことはほとんどだった。

 そんな鬱屈とした感情をぶちまけるだけの組織は早晩行き詰まるのが自然の摂理だ。より強硬な主張をすべきだと意見する者や方針転換を迫る者、情勢を理解せずに頓珍漢な言動をする者、傷を舐めあうように不満を持つ者同士が寄り添うことで澱んだエネルギーはさらに溜まっていく。そうして最後に辿り着くのは派閥の分裂だ。意見の食い違いから生まれた溝を埋めきれずに団結力を失いバラバラに行動し始める。リーダーとなる人材に不足していたのも悪循環を後押しした。


 白鳥が交流の場として『WHITE CAGE』を創業したのはそのような経緯からだろう。


「桐島さんは医療関係者としていろいろ助言してくれたんだ。自治派の活動に関心のある医者とか紹介してくれたり、医療現場から観た人間と血統種の扱いの違いを教えてくれたり……結構ためになる話が多かったんだぜ」

「それが実際には体の良い隠れ蓑として利用されていたわけだ」

「全く、人間不信になりそうだ」


 白鳥は苦々しく吐き捨てた。良い評判を一切聞かない桐島が他人から頼られるなど想像できないが、浅賀の裏の仕事を手伝っていただけあって有能ではあったのかもしれない。


「それで彼女が店でどんな行動をとっていたのか知りたいんだ。情報収集を目的としていたなら不審な行動をとっていたかもしれない」

「そう言うと思ってあの人と親しかった店員を呼んでおいたぜ」


 そう言って白鳥は振り返る。彼が示したのは先程舌打ちした男とその隣に座っている女だった。


「俺はずっと店にいるわけじゃないからな。詳しい話はあの二人から訊いてくれ」


 白鳥が話し終えると同時に女の方が立ち上がってこちらへやって来る。男の方は警戒の色の強い表情を維持しながらゆっくりと歩く。それとは逆に、女の方は軽快な足取りだ。興味津々といった様子で俺たちの顔を見回す。


「どーも、有名人とこんな所で出逢えてるなんて思いもしなかったよ。ま、仲良くしよう。あたしは畔上(あぜがみ)奈々(なな)。こっちは松田(まつだ)くん」

「……松田郁斗(いくと)


 畔上も松田も年は白鳥とそう変わらないように見える。どうやら彼らも自治派の若手メンバーで、白鳥に誘われる形でクラブに雇われたらしい。以前から親しい間柄であったため二つ返事で引き受けたという。


「君たちは桐島晴香と親しかったのかい?」

「うん、あたしたちに限った話じゃないけどさ。あの人誰とでもすぐ仲良くなるっていうか、馴れ馴れしいっていうか、まあ付き合い良かったんだよね。お客さんにも結構そういう人いるよ。ちょくちょく奢ってるところ見たし」

「金回りは悪くなかったな」


 金の出所は浅賀だろう。常連客を懐柔することで情報を引き出していたのだ。あの性格でどう立ち回っていたのか気になっていたが、餌で釣る方針で動いていたようだ。


 そうなると彩乃とも同じ手で親しくなったのだろうか。


「彩乃にも接近していたんだよな?」

「彩乃ちゃんねー……そうそう、よく相談に乗ってたんだ。家のことで悩んでたみたいでね」

「家のこと?」


 畔上は悲しそうに目を伏せた。


「あの頃ねー……彩乃ちゃんのお母さんが殺されてあまり経ってない時期なのよ」


 ああ、と俺は納得した。信彦さんも彩乃の母親が里見に殺害された後から彩乃との関係がぎくしゃくするようになったと話していた。それは妻を失った悲しみから逃れるために仕事に没頭したことが原因であったが、その所為で彩乃は一人放置されるようになってしまった。


「話は逸れるが、どうして彩乃はクラブに通うようになったんだ?」


 凪砂さんが不意に訊ねる。

 彩乃が母親の死後にクラブに出入りするようになったことは予想がつく。だが、彩乃はどんな経緯で自治派メンバーと面識を得たのだろうか。その点は昨日彩乃に訊かなかったのでまだ知らない。

 

「ああ、それね」


 畔上は何故か面白そうにくすくす笑う。俺たちが訝しむ中、松田が溜息をついて白鳥を見つめていた。その白鳥もまた何故か視線を逸らしている。


「ねえねえ、店長の武勇伝話してもいいですか?」

「……好きにしろ」


 雇い主の了承を得た畔上は嬉々とした表情で、彩乃と白鳥の出逢いを語りだした。

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