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エンゼルプラン  作者: 夏多巽
第五章 三月二十八日 後半
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御影寧暗殺未遂 ‐終焉‐

今回より年末年始にかけて毎日更新を実施(毎朝8時投稿予定)。

 紫の表情が色を失う。ゆっくり口が開かれたが言葉は出てこなかった。腹から剣が引き抜かれた後、そのまま膝から崩れ落ちる。


 恋人を刺した張本人はこちらに顔を向けると、乾いた笑みを浮かべた。


 その笑みを見た直後、指先から身体の奥底まで全身が一気に凍えていく感覚に包まれた。混迷を極めていた思考が真っ白になり、脳が淡々とこれまで目にした事実を捉えていく。

 撃たれた寧、刺された紫、そして蓮の笑み。

 凍りついた心臓に感情の火が灯る。

 憤怒だ。

 滾るような怒りがじわじわと燃え広がる。身体が次第に熱を取り戻していくのがとても心地よい。身体を動かすとこれまで感じたことのないふわふわとした昂揚感がそこにあった。

 左腕に目を落とすと、腕全体が淡い光に覆われていることに気づいた。左腕だけではない。右腕も、両脚も、身体の全てが光の中にある。その光が普段使用している俺の光弾と同じ輝きを放っているのは明らかだった。


 鮮明になった脳は一つの意思に支配されていた。

 寧と紫――家族が目の前で傷つけられた怒り。


 「家族」という言葉を意識すると、両親が死んだ時の記憶が蘇る。

 突然の訃報。物言わぬ身体となり棺に納められた二人。秋穂さんに泣きつき、優しく抱かれた感触。泣き疲れて寝入ってしまい、翌朝目覚めた時に遅れてやってきた喪失感。

 そんな中現われた礼司さんは新しい父親になってくれると言った。親戚から煙たがられ秋穂さんが引き取ろうとしていた時のことだった。最初は訳がわからなかったものの、話をする内にこの人を信じてついていこうという気になれた。そうして御影家へ移り住み新たな家族や仲間に恵まれ、徐々に心の傷を癒してきた。

 礼司さんからは能力の扱い方を教えられた。小夜子さんには実践訓練をつけてもらった。凪砂さんから積極的にスキンシップをとられ恥ずかしくも嬉しかった。登と五月さんは同年代の友人として接してくれた。秋穂さんは時間の許す限り顔を見せに来ては、俺の様子を気にかけてくれた。

 そして、蓮とは出逢ってから二年という少ない時間で一番の友と呼べる絆を育んだ。この男のことは自分がよく知っていると思っていた。それこそ恋人の紫にも負けないくらいに。


 それなのに――何故、蓮は俺の家族を傷つけたのだろう。

 “同調”が使える俺にとって、身近な人物の人となりを知るのは日常だった。だから蓮は自分と近い存在だと思っていたし、事実そうだった。

 だが、今俺は親友が何を考えてこんなことをしているのかわからない。残酷な行いを平気でなせる人物ではなかったはずだ。


 ただ一つだけ確かなことがある。


 俺は都竹蓮を(・・・・・・)許せない(・・・・)


 足に力を込めると異様なほど身体が軽く感じた。力を込めた時に下半身を覆う光の強さが増したことからして、身体能力が強化されたのだとわかる。軽く地面を蹴ると風に乗るかのごとく宙に浮いた。

 跳んだ身体が目指す先で、蓮は微動だにせず俺を見つめていた。回避を試みる様子はない。“鉄壁の刃”を胸の前に(かざ)して、こちらが来るのを待ち構えているように見えた。

 己の身の安全を気にする余裕はなくなっていた。この時の俺は刺し違えても奴を倒すという強烈な感情に支配されていたのだ。それ故、“鉄壁の刃”によって防がれても距離を詰めれば次の手は打てると考えた。

 蓮はもう片方の剣で反撃してくるだろう。それで構わない。もう一度叩き込むことさえできれば。


 刹那の思考の後、右の掌に感情の光を集中させる。増幅されたエネルギーが輝きを増していき、眩しさがちらちらと視界を横切った。

 蓮の身体の中心に直撃するように意識して、振りかぶるように腕を大きく曲げる。


 蓮は動かない。


 俺は掌を勢いをつけて前へと突き出した。


 だが、蓮は動かない(・・・・・・)

 それどころか“鉄壁の刃”と剣を消滅させ、両手を空にした。

 その光景を脳が理解した時には、光弾が蓮の胸元で炸裂していた。


「え……」


 当たった――蓮は何もしなかった。俺を見据えたまま、攻撃をただ受けた。

 そして、光が散る瞬間に俺は見た。蓮の口元に小さな笑みが浮かんだのをはっきりと。


 無防備のまま衝撃を受けた蓮の身体が後方に舞う。弧を描いて落ちた場所は転落防止用の柵のすぐ手前だった。上半身から落ちた蓮はくぐもった音を立てて地を転がる。呻くような声が聞こえた気がした。止まった身体はぴくりとも動かない。


「どうして……」


 意味のない呟きを口にするしかなかった。

 俺は蓮に攻撃を防がれると考えていた。奴は“鉄壁の刃”を構えていたしそうするのが当然だった。それなのに奴は一切抵抗することなく能力を解除して、甘んじて俺の一撃を受けたのだ。

 そして、攻撃の瞬間に奴が見せたあの笑み。あれは先程見せた冷たい感情の籠った笑みではなかった。俺がよく知る都竹蓮の柔和な微笑みだ。


 あれは覚悟を決めた上で敢えて何もしなかった事実を意味していた。


「わざと受けた……?」


 呆然とした俺に答える声はなかった。

 予想もしなかった結果に狼狽しそうになる。気がつけば激しい怒りはとうに霧散していた。残ったのは困惑だけ。


 一体何がどうなっているのか理解できない。あんな馬鹿げた選択に何の意味があったというのだ。

 蓮には他に勝算があったのか? 俺の攻撃を防がずとも対処できるという自信があった? それはあり得ない。あいつは最後の時に手にした武器を自ら消滅させたではないか。他に新たな武器を生成するわけでもなくだ。あれは抵抗の意思を放棄したからに他ならない。それなら一体目的は? 蓮が進んで倒されることを選んだとでもいうのか?


 そこまで考えてはたと気づいた。


 戦いを始めた時に蓮はこう言った――“こうするしかない”。


 歪な形だと思っていた情報の断片が角度を変えれば呆気ないくらい簡単に噛み合っていく。


 まさか、それが狙いだったというのか。


 俺に倒される(・・・・・・)こと。


 本気で俺を殺そうとする攻撃も、俺に見せつけるように紫を刺したのも、全ては俺の怒りを煽るため。俺が蓮に対して殺意を抱くように仕向けるため。

 当初俺が考えていたように本来は生け捕りにする方が望ましい。それでは駄目だった。殺害するのもやむを得ないという状況が欲しかったのだ。全てはそのための抵抗。

 紫が駆けつけた時もこう言っていた――“ちょうどいい”。

 あの時、蓮の頭に思い浮かんだのだ。俺の目前で紫を殺そうとすることで我を失わせようという目論見が。

 俺の能力は感情の種類や大きさに大きく左右されるという特徴を有する。怒りに任せた攻撃なら手加減をすることなく自分を屠ってくれると考えたのだ。そして、読み通りに俺は激情に身を委ねて攻撃を放った。それを確信したのがあの笑みだ。


 だが、本当にあり得るのか、そんな真実が?

 俄かに信じがたいという思いはある。混乱のあまりこじつけているだけかもしれない。

 

 それに疑問は未だ山のように積もっている。

 何故、寧を殺そうとしたのか? 何故、死を選ばなければならなかったのか? 何故、それが俺に殺されるという形だったのか?

 それでも今はまだ他にすべきことがあると重い身体を持ち上げる。

 俺は倒れ伏す紫の下へ駆け寄り、ゆっくりと身体を抱き起した。腹から流れ出る血で服が汚れるのも構わず容態を確認する。幸い意識はあった。薄目で俺の顔を覗き込んでいる。

 俺はすぐに登と五月さんに連絡を取り、救援を寄越すように要請する。電話の向こうで慌てふためく二人に手短に用件だけ伝えると、今度は紫に“同調”を行う。身体能力向上には自然治癒を加速させる効果もある。また、痛みについても少し和らげることができる。これなら適切な処置を受けるまでもつだろう。


 次に、仰向けに倒れた蓮の下へ行く。

 蓮は倒れた際に頭部を強打したのか髪が血に濡れている。光弾が炸裂した胸部は衣服が大きく裂け、肌は肉を抉ったようにぐしゃぐしゃになっていた。その周囲が火傷を負ったように荒れている。致命傷なのは一目瞭然だ。眼は閉じていて眠っているかのように穏やかな表情だ。既に呼吸をしていなかった。


 駄目だ、まだお前にはちゃんと話を訊かなきゃならない。


 死なせたくない、と思った。己が引き起こした結果なのに弱弱しい願望を抱く自分に情けなる鳴る。

 とにかく下手に動かすわけにはいかない。医療に詳しい者による適切な処置が必要だ。一応“同調”を行うが重度の怪我には効果がほとんどない。それでもないよりはましだと続行する。


 二人同時に“同調”するのは一人に対して行うより消耗が大きいが、相性の近いこの二人ならそれほど苦にならない。それも本部から数名の医療班が駆けつけるまでだった。

 血統種用に生成された特殊な医薬品で応急措置を行った後、紫はすぐに搬送された。寧の方は既に済んでいるとのことだ。蓮は意識不明のまま搬送された。


 必然、唯一話せる状態の俺が事情聴取を受けることになる。本部は混乱の渦だった。朝に起きたテロ事件の対応に追われている最中の出来事だ。緊張した空気が伝染するように人々へ広がっていった。

 礼司さんは娘二人の負傷に珍しく我を失いかけていた。二人とも無事であることを伝えても落ち着くことはなく、連絡を受けて帰ってきた小夜子さんに一発引っ叩かれてようやく冷静さを取り戻した。その後は面会が可能になるまで堪えたようだ。

 紫も寧も重篤な症状はなかった。各務先生によればどちらも内臓に損傷がなかったという。経過は良好で、寧は数日間の入院で済み、紫は翌日に退院できるとわかった。


 蓮は助からなかった。俺の攻撃を受けた時点で心肺機能は停止しており、さらに落下時に首の骨を折っていたという。絶命状態からの蘇生は医療班の能力でも不可能だった。


 その知らせを受けたのは夜になってからだった。

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