御影寧暗殺未遂 ‐捜索‐
内容を一部修正(2019.12.8)
氷見山公園は市街地の中心部に位置し、市民に親しまれている。
最寄り駅から徒歩一分。四方を小中高等の各種教育機関や大型商業施設、地方銀行の本店、警察署、図書館、ホテルといった建物に囲まれたその公園は街でも有数のスポットとして知られている。
正面入口から直進するとまず広場に出て、そこから氷見山湖の鮮やかな風景を眺めることができる。氷見山湖は古くからこの地にある湖で、公園は湖を中心に開発されている。湖には小島がいくつか点在し、畔から架けられた朱塗りの橋を通じて移動可能だ。また、広場から少し歩くと貸ボート小屋もある。休日にはスワンボートや手漕ぎボートに乗った家族連れが湖上で楽しんでいるのが常だ。
広場から左右に伸びた園路は湖に沿って舗装されている。
園路は三種類に分かれる。散策路、ジョギングコース、サイクリングコース。
昼間は散歩や運動に勤しむ中高年、夕方から夜にかけて若いカップルの姿がよく見られる。レストラン、喫茶店、売店等の施設も建ち並び、ホットドッグの屋台やアイスクリームの移動販売車等も商売をしている。
その他にもグラウンド、テニスコート、球技場、植物園、郷土資料館、日本庭園と一つ一つ説明していけばきりがない。
花火大会やコンサートの企画においても利用されその都度賑わいを見せる。
市民なら誰でも一度は行ったことがあると答えるであろう、そんな場所だ。
俺と紫に秋穂さんを加えた三人は氷見山公園へと急ぐ。本部から公園までの距離は大したことない。俺たちが一階レストランに集まっている間に抜け出して辿り着ける程度だ。
寧と蓮が本部を抜け出したことは既に登と五月さんに伝えた。二人とも理由のわからない行動に訝しそうにしていたが、一先ず事情を礼司さんに説明してくれるらしい。
二人が目撃された公園の入口まで辿り着くと、紫がスマホの画面に見入る。移動中二人宛てに現在の状況を知らせるようにメールを送っていたのだ。芳しくない表情から察するに返信はなかったらしい。
「どちらも気づいていないってわけじゃなさそうだな」
「二人とも無視していると?」
「黙って出て行ったことからして多分そうだろう」
この時点でかなり嫌な予感がしていた。俺が気にかかっているのは登と五月さんの証言だ。寧の様子がおかしくなった試合前、控室に寧と蓮の二人だけがいたと考える時間帯があったという。もしやその時に二人は密かに抜け出す算段をつけていたのではないだろうか? 気分が優れないと言って昼食を共にするのを断ったのもそうだ。さらに蓮が後から行くと言って俺を先に行かせたのも。
一体何の目的があるのか見当もつかないが只事ではないと思う。そうでなければ寧の態度があれほど急変するのはありえないからだ。二人が何か突飛な行動でも起こそうとしているなら止めなければならない。
「由貴、二人はいる?」
「ちょっと待ってくれ。今探してみる」
俺は一旦焦りと苛立ちを引っ込めて、波立った精神を落ち着かせる。
それからゆっくりと息を吐き“同調”を開始した。
「どうですか?」
数十秒が経過した後に秋穂さんが訊いてきたが、俺は首を振った。
「この近くにはいないな。もっと奥の方じゃないか?」
紫が残念そうな顔をつくる。
「どこだろう……人が多いし誰か見た人がいるといいけど」
「手分けして探しましょう。私は植物園の方へ行きます」
「じゃあ、私はグラウンドの方」
紫と秋穂さんは別れて捜索を開始する。残った俺は園路を回り、レストランやボート小屋、遊歩道や広場といった湖沿いの施設を当たっていくことにした。
道行く人に訊ねながら広々とした園内で消えた二人を探す。水面近くを泳ぐ魚を眺めている子供、ベンチに腰を下ろし写生をしている学生、ボート小屋の桟橋にもたれかかって談笑している男女、視線を動かす度に人の姿が目に入る。しかし、目当ての人物はどこにもいない。
園内の人々の幾人かは二人と思わしき少年少女を目撃していたが、偶然すれ違ったという程度であり、現在位置を把握するには情報が不足していた。実際園路を一周する間に見つけることはできなかった。少なくともレストランや喫茶店といったコース沿いの施設に入っていないのは確かだ。そうなると湖から離れた所にいる可能性が高い。
『駄目。こっちはいない』
『こちらにも来ていませんでした』
一度紫と秋穂さんに成果を訊ねてみるとそう帰ってきた。園路で目撃されていることからしても、やはりこの辺りにいると考えていいのだが。
建物でないとしたらどこだろうか? 誰にも内緒で行くような場所、何か大事な理由があって行くような場所とはどんな所だろう。真っ先に思いつくのはあまり人気のない所か。
そんなことを思いながら辺りを見回していると、蔦に絡めとられた白いアーチが視界に入った。
その先は、あの幼い日の夜に俺と紫が飛び込んだ異界のあった遊歩道だ。
「そういえばここも……」
人気のない場所、という条件に合うと思い至った。異界が発生するほど人通りの少ない道。あの事件以降は、公園を訪れた市民に被害が出ないようにと定期的に見回りをするポイントに指定された。この付近はほとんど視界が開けている。人目につかぬよう行動するならこの先の遊歩道や林の中しかない。他の可能性を考慮する時間が惜しいと考えた俺はすぐさま遊歩道へ続くアーチをくぐった。
頼む。見つかってほしい。
不吉な予想が頭の中を駆け巡る。昨日までは何事もなくいつも通りの日々を過ごしていた。それが今日になって小さな不審が積み重なり、急速に拡大していく。その速さに思考の整理が追いつかない。
遊歩道を進むと湖から繋がる小川へと出る。木々の隙間から漏れ出る光に照らされた木製の橋の真ん中で足を止め、神経を研ぎ澄ませる。
俺の“同調”は寧の精神的気配ともいうべき感覚を覚えている。この能力は“同調”している相手のいる方角や距離を漠然と把握することができるというソナーに似た役割を併せ持つのだ。
先程、入口の広場で“同調”を行ったのもこのためだ。
これまでに幾度となく合わせてきた寧の精神の波長を想起する。慣れ親しんだ感覚を瞳を閉じた暗闇の中で手探りする。
見つけた。
左前方、遊歩道を外れて林の中へ入って約百メートル先。木の陰や地形の段差に隠れて視認できないが、間違いなくそこにいる。さらに蓮との“同調”も試してみると同じように反応があった。やはり二人は一緒にいる。
急がなくてはならない。“同調”を行うとその感覚は相手にも伝わってしまう。故に俺がここまで駆けつけてきたことを、今は二人とも察知している。逃げ出す恐れがあるので、すぐにでも問い詰めて――。
そう判断して足を踏み出した瞬間だった。
乾いた破裂音が林の中に響き渡った。