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エンゼルプラン  作者: 夏多巽
第五章 三月二十八日 後半
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御影寧暗殺未遂 ‐消失‐

 紫が“征伐”への参加を決意した裏には、幼い妹の身を戦地へ送る不安もあった。

 数年の準備期間があるとはいえ経験が不足している寧を同行させるのはやはり不安がある。一方で、紫には地域の巡回活動を通じて様々な魔物との戦闘経験がある。単独で中型の竜種を相手に勝利した実績も兼ね備えていた。

 そんな紫が、妹より自分が赴く方が合理的だと考えるのは当然だった。少なくとも彼女にとっては。寧を次期当主に推したのは、蓮の問題だけでなくそのような理由も存在していた。

 紫がその思惑を打ち明けたのは後になってのことだが、俺や礼司さんはそれより以前から真意を察していた。何を考えているのか読めないこの少女が、愛する家族のために我が身を簡単に投げ出せると知っていたのだから。


「でも、なんだか紫お嬢様の気持ちがわかる気がします」


 過去の混乱を思い出し苦々しい感情に浸っていると、五月さんが顔を綻ばせていた。


「何? 五月さんってそういう“愛に生きるために大事なものを投げ打てる”って展開は好きなほう? 恋人同士で難局を乗り越えるって感じのラブロマンスに憧れちゃってたりする?」


 茶化す登に対して、五月さんは慌てたように首を振った。


「い、いえ、そこまではいきませんけど。ただ、好きな人と一緒にいたいのに周りは敵ばかりで……それでも自分の想いを貫き通すのは凄いなって」


 そう言って何処か羨ましそうな表情で紫の顔を見つめた。

 紫はきょとんとして見つめ返す。


「そうかな?」

「……そう言えなくもない、かな」


 俺は少し考えた後、あえて曖昧な表現に留めておいた。紫の場合、自分の信念を貫き通すというよりは障害物を破壊しながら最短ルートを突っ走ると言った方が適切だろう。その言葉は胸の内に収めておいた。


「もしかして……五月さんにも実は“良い人”がいたりするわけ?」


 登がぐいと興味深げに顔を出す。面白い話のネタが見つかったと言わんばかりだ。


「そういうわけではありませんけど……」


 五月さんは苦笑しながら答えた。頬が赤みを帯びているように見えるのは気のせいだろうか。


「蓮もこんなこと言ってくれる(ひと)が相手で良いよなあ。一緒に活動して実績挙げてもずっと白い目で見られていたし相当嬉しかったはずだぜ」


 実際に後日紫が恋人の前で改めて例の宣言を行った時には目に見えて動揺していた。それまで仲睦まじく時間を共にしていた二人であったが、プロポーズは初めてだったという。

 蓮は自分の立場の悪さを気に病んでおり、自信が持てるようになったら自分から告白するつもりだったらしい。しかし、それに先んじた紫から添い遂げてほしいと想いを告げられ面喰ってしまったという。

 とはいえ、まさか公衆の面前で堂々と行うとは思いもしなかった。その場に居合わせた俺や寧がどれだけ驚いたか。正式な交際関係を他の連中に認めさせるためのパフォーマンスでもあったのだろう。

 蓮は観衆の反応を気にしながら、はにかむように申し出を了承した。


「あれ以来二人の距離感がぐっと短くなったとは思うな。それより前は周囲の目を気にして自重していたから」

「なんつーか紫お嬢が一層ベタベタするようになったよな」

「ただのスキンシップ」


 一見すると無表情のまま紫はぼそりと口にした。だが、俺はその瞳がほんの僅かに細められているのを見逃さなかった。


 そんな様子を眺めていると、五月さんがふと何かに気づいたような素振りを見せた。


「ん? 五月さんどうかしたか?」

「蓮さん遅くありませんか? もう随分経ちますけど……」


 スマホを確認してみると俺がここへ来てからもう十分近く経過していた。そろそろ注文した料理も運ばれてくる頃合いだ。


「まだ電話してるのか? やけに長いな」

「一応かけてみるか」


 登は早速自分のスマホから蓮にコールする。しばらく応答を待っていたが、やがて不思議そうに眉を寄せた。


「通話中じゃないぞ。なんで出ないんだ?」


 皆の顔を見回す登に誰も答えを出せない。


 俺は別れる直前の蓮を思い出す。スマホに目を落とし表情を強張らせた親友の姿。あの時の奇妙な態度がふと脳裏に蘇った。


 もしかすると何かトラブルがあったのではないだろうか。

 心配が湧き上がった俺の足は動き出していた。


 紫が静かに訊ねる。


「どこに行くの?」

「地下だ。少し気になるから行ってくる」


 俺の答えを聞いた紫は、椅子とテーブルの間をすり抜けて俺の隣に立つ。


「私も行く。ついでにもう一度寧の控室に行ってみたい」

「寧の所に?」

「……やっぱり寧の様子変だったから気になる。なんで急にあんな感じになっちゃったんだろうって……なんとなく嫌な気にならない?」


 紫にしては珍しく言葉を濁す。適切な表現ができずに焦れったそうだ。


 彼女の不安には俺も同意した。

 突然冷たくなった寧の態度。

 まるで俺たちと関わるのを避けているかのようで。


「そうだな。控室にも行ってみるか」


 場所は同じ地下だ。大した手間でもない。

 登と五月さんに見送られて俺たちはレストランを出た。




 地下への階段を下り、寧の控室へと急ぐ。

 俺が蓮と別れた場所までやって来たが、奴の姿はどこにもなかった。


「蓮いないよ」

「妙だな……」


 付近の廊下も確認してみたが蓮の姿を見ることはできなかった。

 相変わらず電話に応答はない。


「控室の中は?」


 寧と一緒にいる可能性を考えて俺たちは寧の控室へと急いだ。

 扉を開けると暗闇に包まれた部屋が視界に広がる。部屋の中からは静寂だけが返ってきた。

 寝ているのか?

 手探りで電灯のスイッチを入れ――次の瞬間俺ははっと息を呑んだ。


 部屋の中には誰一人いなかった。


「寧……?」


 小さく呼びかける声に反応する者はいない。

 灯りに照らされた部屋は俺たちが出る前と同じく整頓されていた。違う点を挙げるならば寧の荷物が消えていることだ。彼女お気に入りの洒落た鞄でソファの上に置いていたはずだが、それが今は無い。


「どこに行ったんだ? 鞄も無いが……」

「どこかに行くなら連絡があっていいはずだけど」


 紫は自分のスマホから寧に電話をかけてみる。

 だが、恋人と同様に一切応答はなかった。


 俺と紫は顔を見合わせた。きっと今の俺の顔は困惑と焦燥によって歪んでいるに違いない。


 急いで部屋を出ると、すぐ近くの廊下を歩いていた職員がぎょっとして立ち止まった。

 俺は掴みかからんばかりの勢いで職員に詰め寄った。


「なあ、あんたこの部屋から女の子が出てくるのを見なかったか?」


 その男性職員は俺たちのことを知っていたらしく頷いて答えた。


「は、はい。寧さんですよね? 先程都竹さんと一緒にどこかへ行かれましたよ」


 職員はそう言って廊下の先を指で示した。そちらへ視線を向けると、廊下の最奥で上階への階段が電灯に照らされていた。

 あの階段は先程俺たちが降りてきたものとは違う、建物の外へ通じる階段だ。


「いつ頃だ?」

「十分くらい前ですけど……」


 何故こんなに鬼気迫る表情で詰め寄られているのか理解できない相手は、どことなく視線を泳がせている。


 寧も蓮もどこへ消えた?

 何故連絡を寄越さず、俺たちからの呼びかけにも応えない?


「おや、由貴さん、紫様。どうされました?」


 俺たちがやって来た廊下の角から秋穂さんが姿を見せた。

 俺たち二人が職員と相対しているのを見て首を傾げる。


「寧様の様子を窺いに来たのですが……ひょっとしてお二人も?」


 秋穂さんは俺たちと職員の顔を交互に見やった。


「秋穂さん、蓮と寧がいなくなった」

「は?」


 唐突に何を言い出すのかと思ったのだろう。秋穂さんは調子の外れた声を上げた。


「様子を見に来たらどこにもいない。この人に訊いたらついさっき外へ出たみたいなんだ」

「外へ出たって……昼食は余所のお店で済ませるつもりなのですか?」

「いや、上のレストランで待つって伝えた。それに寧は疲れたから控室で休むって言っていたんだ。それなのに二人ともいなくなって……電話をかけても全然出ない」


 秋穂さんは顎に手を添えて何事かを考える仕草を見せた。


「それなら私の“芽”で探してみましょうか? どこかに映っているかもしれません」

「頼む」


 俺が頷くと、秋穂さんは目を瞑り微動だにしなくなった。

 職員を解放してから俺たちは秋穂さんの結果を待つ。


 “観察者の樹”――秋穂さんの保有する能力は情報収集、監視に長けている。


 秋穂さんは任意の地点に根を張ることで、そこに自らの分身となる樹を育てることができる。

 樹が育つとその枝から伸びた“芽”がそのまま秋穂さんの“眼”となり、樹の周辺状況をリアルタイムで知ることができる。

 樹を複数個所に植えられるのもこの能力の長所だ。やろうと思えば無限に樹を植えられる。屋内であっても制限はない。水も光も肥料も不要だからだ。ただし、消費するエネルギーのコストが大量になり能力酔いを起こすので、実際に植えられる樹は多くない。それでも十を超える樹を難なくコントロールできるあたり彼女が優れた血統種であることを思い知らせてくれる。


 また、この樹にはもう一つ力がある。枝を伸縮させて、近くの物を掴みとることができるのだ。元々秋穂さんの先祖である魔物はその特性を活かして鳥や獣を捕食していたという。掴みとれるのは一定の範囲内、一定の重量内の物に限られるが、捕獲した物を根を通じて本体(秋穂さん)の手元へと送ることができる。この輸送能力を持つが故に秋穂さんは地下保管庫への立入を禁じられている。


 現在秋穂さんは本部周辺に植えた樹の“芽”が過去に見た光景を検索している。

 膨大な量の情報を脳内で素早く確認しながら時折こめかみを指でとんとんと叩く。

 実際は一分もかからなかったはずだが体感では長い時間を過ごした後、秋穂さんは目を開いた。


「……発見しました。ここからそう遠くありません。氷見山公園に入っていくところが映っていました」


 氷見山公園――市街地の中心に位置する自然公園だ。

 俺にとって思い出深い場所でもある。俺が御影家に引き取られた後、夜な夜な出かける紫を尾行して辿り着いたあの異界があった公園だった。

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