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エンゼルプラン  作者: 夏多巽
第五章 三月二十八日 後半
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御影寧暗殺未遂 ‐休息‐

 結果から言えば、試合は寧の完全勝利であった。

 対戦相手の実力は『同盟』においては中堅クラス、中距離と遠距離からの攻撃を主とするタイプであり、寧と戦闘スタイルが似通っていた。当初は互いに距離を取り合いながら慎重に戦うであろうと思われていたが、意外にも寧は積極的に攻勢に出た。“天候操作”は擬似的に天候をその場に生み出す能力であり、屋内であっても問題はない。相手の視界を奪い、遠距離からの攻撃には雹を命中させて相殺しつつ、最後は距離を詰めて直接拳を叩き込むという思いのほか攻撃的な戦法であった。


「お疲れさん、大勝利だったな!」


 寧を出迎えて早々に、登が満面の笑みを浮かべて駆け寄った。


「まあ、こんなものよ。私にかかればどうってことないわ」


 対して寧は涼しい表情で応対する。普段の彼女からは考えられないような落ち着いた態度であった。


「客席にいたいつも寧に文句言ってる人たちの顔が良かった」

「難癖つけるところがないという感じの渋い顔をしていましたね」

「ま、いいデモンストレーションにはなったんじゃね? これで小うるさい連中も少しは黙るだろ」


 今回の観客には寧が当主に就くことを批判していた連中も何人かいた。恐らく寧の戦いぶりに小言をねちねちと突きつけるつもりだったのだろう。そんな下卑た考えを真正面から叩き潰した彼女に、流石に退かざるを得なかったようだ。


 寧を囲んで語らう皆から少し離れた場所で、俺は彼女の様子をじっと探るように見ていた。


 やはり妙だ。試合直前に覚えた違和感はここにきてさらに増していた。

 今の寧に勝利を喜ぶような様子はまったくない。それどころか不気味なほど冷たい印象を感じさせる。あんな顔を今までに見せたことがあっただろうか?


 それに今回の試合もいつもの彼女と全く異なる戦い方であったのも気にかかる。まるで早々に(・・・)試合を終わらせようと(・・・・・・・・・・)していた(・・・・)ように思えた。


 拭いきれない不快な感覚を確かめるために、俺は声をかけてみた。


「寧、どこか調子でも悪いのか?」

「ん? いいえ、全然」


 俺の声に反応して顔を上げた寧の顔は、いつもと変わりなかった。

 ただ、一瞬の後に小さな瞳に若干暗い光が宿り、それを隠すかのように顔を背けた。


「どうしてそんなこと訊くの?」

「……いや」


 俺は一旦言葉を切ると、少し逡巡してから遠回しに訊く言葉を選んだ。


「試合の直前に見た時は少し変に見えたからな。何というか……強張っていたようだった」

「ああ、流石に私でも緊張くらいするわよ。だからじゃない?」


 あっさりとした回答にどう答えたらいいのか言葉を詰まらせる。追究したいと思っているのに適切な質問を思いつけないもどかしさにちりちりとした焦りを覚える。


 黙り込んだ俺を無視して、寧は紫たちへと向き直った。


「ところで、この後の予定ってどうなってたかしら?」

「ええと……お偉いさんたちが試合の録画を見直して評価を下すから、それまでは待機らしい。旦那も昼間の事件の会議の方に出向くってさ。そっちも時間がかかりそうだ」

「そう……早く解決すればいいのだけど」


 礼司さんは試合の終了後、俺たちに断りを入れてからすぐに去っていった。詳細な話は訊けなかったが、あの様子だと現状が悪化したわけではないらしい。一定の情報収集を終えて、これから捜査会議が行われるのだという。


「でも、このまま待っているのも退屈」

「だよなあ」


 眠気を振り払うように頭を横に振りながら紫が呟く。

 試合自体は早く終わってしまったが、これにモニタールームで計測した結果を含めた上で評価が下されるので、多少の時間はかかるだろう。それに成長期にある寧の能力に注目する者も少なくない。疎んじる者もいれば、逆に高く買う者もそれなりにいるのだ。


「ああ、それならお昼にしましょうか。丁度いい時間ですから」


 五月さんの提案に皆が同意した。時計を見ればもう一時を回っている。寧の態度には疑問が残るが、後に回すことにしよう。


 昼食の場所は、この建物の一階にあるレストランに決まった。一線を退いた『同盟』の元職員が厨房を仕切ることで知られており、一流の料理人に引けを取らないとの噂だ。血統種としての能力を料理に対して発揮していると聞いたが、詳細は定かではない。


 皆が揃って歩き出そうとしたところで、寧が待ったをかけた。


「悪いけど私はパスするわ。疲れちゃったしここで仮眠をとるわ」


 彼女は先程と同じような暗い瞳を瞬き、気怠そうな声を上げた。

 それを見た姉は不服そうに頬を膨らませる。


「おねむの時間にはまだ早い。それに食事を抜くのも良くない」

「仕方ないでしょ。全力を出したからあまり動きたくないのよ。ご飯は後にするわ。もし、何か用があれば電話するから」


 そう言うと俺たちに背を向けて、控室の方へと足を進めた。

 

「それじゃあ、また後で」

「おい、少し……」


 俺が制止しようとするのも振り切って寧は姿を消した。その背中に向けて中途半端に伸ばした手が、所在なく宙で揺れる。


「……なんだか機嫌悪い?」

「……どうでしょうか?」


 紫と五月さんが顔を見合わせ、不思議そうに首を傾げる。


「よくわからないけど、とりあえず後でまた顔を出せばいいんじゃね?」

「そうしましょうか……気になりますけど」

「んー……」


 どうしたらいいものかと思案している内に他の皆は疑問を脇に置くことにしたらしく、一階へ移動を始めた。俺は寧が消えた方向を何度も振り返りながら、後をついていく。


 ふと、視線を別の場所へと彷徨わせると、蓮がスマホの画面に目を落としているのが目に入った。その表情は強張っているようであった。


「どうした?」

「……ごめん、先行っててくれる?」

「何かあった?」


 俺の疑問に蓮は頭を掻きながら答える。


「いや、ちょっとさ……試合を見ている最中に電話がかかってきたみたいなんだ。ちょっとかけ直してみるから」

「わかった。レストランの場所はわかるよな?」

「うん、大丈夫。できるだけ早く済ませるよ……」


 俺は蓮と別れると、すぐに皆の後を追った。




 一階へ上がった俺たちはレストランの入口近くに小夜子さんの姿を発見した。


「あら、これからお昼かしら?」

「ええ、丁度よく時間が空きましたから」

「寧は? 一緒じゃないの?」

「なんだか気分が良くないらしい。部屋で休むって」


 小夜子さんの疑問に、紫が口をへの字に曲げて答える。


「小夜子さんもこれからお昼?」

「そうよ。まあ、私は外で食べるけど。礼司と一緒に食べる約束だったのだけれど、あまり時間がとれないみたい」


 残念そうに吹き抜けの上方を眺めて彼女はそう零す。その視線の先にある場所――会議室に礼司さんは未だいるのだろう。


「例のテロ事件……捜査は進んでいるんですか?」


 不安に眉を(ひそ)めて訊ねると、小夜子さんは顎に手を添えて考える仕草を見せた。


「情報は集まっているそうよ。警察の方でも血対課が全面的に協力してくれたおかげね。ああ、それと凪砂もね」

「凪砂さんが?」

「あの子が来年警察に行くのは知っているでしょう? 今の内に“実績”を得ていれば地盤を固めるのが楽になるからって勝手に動き出したみたいよ」


 実働は彼女の親衛隊だけど、と小夜子さんは最後にそう付け加えた。

 親衛隊の情報網にかかれば有力な手掛かりの一つくらい入手するのは容易いだろう。下手をすれば『同盟』の情報収集能力を超えてもおかしくない。


 しかし、今更実績など気にすることもないだろうと思う。これまでにも数々の武勇伝を打ち立てているのだから。


 それを指摘すると、小夜子さんは肩をすくめた。


「あなたに良いところを見せたいと考えたのでしょう。後で適当に言葉をかけておきなさい」


 凪砂さんらしいとお互い苦笑していると、背後から声がかかった。

 振り返ると各務先生が微笑みを浮かべてこちらへ近づいてきているところだった。


「あれ、各務先生どうしたんですか?」

「今日はこっちの医務室で手伝いをする日なんだよ。医院の方は他の人に任せてね」


 そういえば先日そんな話を礼司さんがしていた記憶がある。各務先生が週に一度本部へ出向いて診察を担当することになったという話だったはずだ。


「今から休憩でね、外に食べに行こうかと思っていたら由貴くんたちを見かけたんだ。君たちもこれからお昼かい?」

「ええ、レストラン(ここ)で。紫たちはもう中にいます……そうだな、随分話し込んだしそろそろ行かないと怒られるな。それじゃあ俺は失礼します」

「私も外で食べるつもりだったから、よければ先生と御一緒していいかしら?」

「構いませんよ。どこで食べるか決めていますか? 車を出しますよ」


 二人は談笑しながら地下駐車場の方へと歩いていく。

 それを見届けた俺はレストランの中へ紫たちを探しに行った。

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