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エンゼルプラン  作者: 夏多巽
第五章 三月二十八日 後半
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御影寧暗殺未遂 ‐当日・朝‐

プロットを若干修正したことに伴い、あらすじを一部修正(2018.1.15)

 翌朝、御影邸の門前に俺たちは集合した。

 面子は、俺、紫、寧、蓮、登、五月さん、そして運転手を務めるメイド人形が一体だ。

 礼司さんは先に本部へ行っている。試合の前に『同盟』のお偉方と話があるらしい。俺が起床するよりずっと早くに出掛けてしまった。


「では、出発しましょうか」

「レッツゴー」


 間延びした声と共に紫は車に乗り込む。俺たちもその後に続いた。


 屋敷を出発してから本部へ到着するまでは、三十分ほど要する。本部は市街地の中心部に立ち、地上十階建て、加えて地下が二階ある。駅からも徒歩十分以内で辿りつける位置にあり、凪砂さんが勤める警察署もその圏内に存在する。


 到着後、メイド人形に駐車を任せて俺たちは一足先に降車する。眼前にそびえ立つ本部ビルは白く輝く外壁を太陽に照らされていた。ここへ来るのも久しぶりだ。


「へえ、良い所じゃないか」

「蓮はここに来るの初めてだったか?」

「うん、来るような用事もないからね」


 正面入口をくぐった蓮は物珍しそうに周囲を見回す。


 本部は比較的新しいビルで、どこぞの有名建築家が設計したと聞く。この建築家も古い血統種の一族の出身で、『同盟』とも縁が深いそうだ。他にも美術館や学校、ホテル等を手掛けたことで知られており、時折テレビに出演することもあった。


 吹き抜けになったエントランスホールから遠い天井を見上げていた蓮は、何かに気づいたように声を上げた。

 釣られて視線を向ければ、二階からこちらを見下ろす小夜子さんの姿があった。


「あら、皆お揃い?」

「おはようございます、小夜子さん」


 降りてきた小夜子さんに挨拶する。相も変わらず着物姿で佇む『同盟』の一角は、和やかな笑みを返してきた。


「礼司さんは一緒じゃないんですか?」

「ああ……そのことで話があるの」


 確か礼司さんは本部で小夜子さんと合流すると言っていた。一緒に上層部の面々と会談をしていたはずだが、今は彼女一人しかいない。

 それを指摘すると、小夜子さんは若干表情を曇らせた。


「実はついさっき予定外のトラブルが起きたみたいで、礼司がお偉方に急遽呼び出されてしまったの。今は上の会議室にいるわ」

「あちゃー……タイミング悪いな」


 登が参った様子で頭を掻く。

 礼司さんが呼ばれるということは、重大な案件が持ち上がった可能性が高い。ふと上階へ目を向ければ、数人の男性が何やら騒ぎながらばたばたと駆けていく姿が見えた。見覚えのある顔ぶれだ。沙緒里さんの所属する警備部の職員だったはずだ。


「さっきからあんな調子よ。まったく今日に限って……」

「それじゃあ今日の試合は? 礼司さんは観戦できないんですか?」


 小夜子さんは頭を振った。


「いいえ、時間を遅らせて実施するそうよ。幸い今日は他に会場を使う予定があるわけでもないから」

「それなら問題ないわね。ゆっくり待つとしましょう」


 最初は不安気だった寧の表情は、すぐに明るくなった。紫も妹の両肩に手を置いて「よかったよかった」と頷いている。


「急にばたばたするとは思わなかったわ。今日は偶々(たまたま)辰馬さんと隼雄も来ていて、皆会議室に押し込められる羽目になったそうよ」

「あら、そうなの。災難ね」

「章と慎も同行してたらしくて、巻き込まれたって聞いたわ」


 心底同情するように小夜子さんは目を細める。

 どこか他人事のような態度に俺は疑問を抱いた。


「小夜子さんは会議に参加しなくていいんですか?」

「ああ、私は別にやることがあるから……そうね、由貴、少し私に付き合いなさい」


 小夜子さんは何か思いついたように、軽く一拍した。


「え?」

「実は地下の保管庫に行くのよ。あなたも行ったことあるでしょう?」


 俺は頷いて答える。

 ここの地下には過去に起きた血統種絡みの犯罪事件の資料や証拠品が保管されている区画がある。この建物の中で最も警備が厳重な場所であり、正式な手続きを経なければ立ち入ることを許されない。

 保管されている証拠品の多くは、血統種の能力によって製作された道具がほとんどだ。例えば、五月さんが用いるような意思一つで自由に動かせる人形等がそれに当る。

 これらの品々は生み出した本人が死亡しただけでは消滅しないことがある。確実に処分するには、能力を解除させるか、破壊するかのいずれかを選ぶしかない。消滅せずに残ったそれらを第三者が再利用し犯罪に手を染めるケースがあるため、『同盟』は当該物品の回収及び処分審査を行っている。


「ちょっと探し物があるのだけれどあの場所は不慣れなの。手伝ってちょうだい」

「仕方ないですね」


 俺は礼司さんの手伝いで保管庫に入ったことが何度かある。内部の構造や、どこに何があるかも把握しているので役に立てるだろう。


「任せた由貴。師匠を手伝ってやってくれ」

「……本当は弟子(あなた)の手を借りた方がいいのでしょうけど、全然役に立ちそうにないから由貴に頼むのよ」


 気楽に言葉を投げかける登を、小夜子さんはじろりと睨みつけた。当の弟子は平気な顔でにこにこと笑っている。


 俺は小夜子さんについて地下への階段を下りていった。




 本部の地下は、大きく三つの区域に分かれている。

 地下駐車場から通じる一般人に開放された区域。

 特殊訓練場が設置されている職員及び許可された者のみ立ち入りできる区域。

 そして、特別な許可を得た者だけが立ち入りを許される区域。保管庫があるのはこの区域だ。


 この区域には入口にゲートを設けており、隣の受付で用紙に記入した上で職員のIDカードを提示しないと入れない。例え幹部クラスであったとしてもだ。

 さらに特定の能力を有する血統種は絶対的に立入禁止となる。具体的には盗みや隠匿に長けた性質の能力だ。身近な人物で言えば秋穂さんがこれに該当する。彼女の能力もそれに似た類だからだ。


 保管庫の中では最低でも職員一名が付きっきりだ。用紙に記入した目的外の行為をしないように監視するためである。一応監視カメラによる警備も行っているが、血統種の能力の前では何が起きるかわからない以上、これくらいの厳重さは必要となるのが実情だ。


 保管庫で目的の物を見つけた俺は、小夜子さんと共に上の階の一室へと運んだ。こじんまりとした部屋で、人の姿は他にない。

 小夜子さんはこれから一人で仕事にかかるという。折角なのでその手伝いも申し出たが、寧の下へ戻るように勧められたのでそれに従うことにした。


 そうして一階へ降りた俺は、ふと待合室の自販機前に見知った人物の姿があることに気づいた。

 その人物――隼雄さんも俺を見るなり笑顔を作る。

 視線を動かせば、秋穂さんも紙コップ片手に立っているのが見えた。


「由貴くん、おはよー」

「おはようございます」


 緊急の会議が開かれると聞いていたが、どうやら今は休憩中のようだ。隼雄さんは自販機から取り出した缶コーヒーを開けると、ソファに腰を落ち着けた。


「急な会議だったらしいな。長引きそうなのか?」

「うん、これ下手したら深夜コースかもね。もー朝からなんでこんなにくたびれなきゃいけないんだろ」


 隼雄さんの愚痴に付き合っていると、近くの男性用トイレから章さんが出てきた。俺の顔を見て意外そうに目を丸くする。


「あれ、由貴もう来てたのか。まだ早いだろう?」

「余裕をもって来たけど、まさか繰り下げになるとは思わなくて……」

「俺もこんなことになるとは思いもしなかったよ」


 章さんも疲れた顔をして肩をすくめる。余程面倒な事態が生じたのだろうか。


「沙緒里叔母さんも急遽呼び出されたんだって。激怒してたって慎がさっき零してた」


 隼雄さんたちと違い今日ここに来る予定のなかった沙緒里さんも、緊急時ということで召集を受けたようだ。

 しかし、突然の呼び出しとはいえあの人が激怒するなど珍しいことだ。


 それを口に出してみると、章さんは声を潜めるように言った。


「ほら、今日はあの日だろう?」


 あの日――と言われてもぴんとこない。今日は何か特別な日であっただろうか。


 そこまで考えてようやく思い出した。


「ああ、そうか……今日って景之(かげゆき)さんの月命日か」


 景之さんはずっと昔に殉職した沙緒里さんの夫、つまり慎さんの父親だ。俺が引き取られるより前に亡くなったので、彼については伝聞でしか知らない。ただ、彼の死が沙緒里さんの髪の色が抜け落ちた原因であり、精神の均衡を欠く原因にもなったことはよく知っている。

 その事件以降、沙緒里さんは慎さんを溺愛するようになった。彼を今なお寧の補佐に推しているのは、そのためだ。


「ああ、噂をすれば」


 隼雄さんの声に応じて顔をエントランスホールへと向けると、沙緒里さんが自動ドアから入ってくるところだった。

 彼女は俺たちの存在に気づくと、すぐにやって来た。


「あらあら、皆ごきげんよう」

「おはよう、沙緒姉」

「……おはようございます、沙緒里様」


 秋穂さんの態度は少し固い。相性が良くないことは承知しているが、もう少し柔らかに接してほしいものだ。


「災難でしたね、景之さんのお墓に参っていたんでしょう?」


 俺が努めて和やかに話しかけると、沙緒里さんはゆとりある笑みを浮かべた。


「本当に困るわ……今日はあの人とゆっくり語らうつもりでいたのに……。何かあったときのために、私がいなくても対処できるように体制を整えたはずよ? それがこの体たらく……少しお説教と鍛錬(レッスン)が必要かしら?」

「勘弁してあげてよ、今回ばかりはしょうがないから」


 そういえば一体どんな問題が起きたのか小夜子さんに訊ねるのを忘れていた。警備部の沙緒里さんを呼んだことからして、何かしらの犯罪事件が発生した可能性が高い。


「何が起きたんですか? 小夜子さんからはトラブルがあったとしか聴いていませんけど」


 答えたのは章さんだった。


「防衛自治派絡みの問題だよ。『同盟』の関連企業の役員が銃撃されて、同時にその会社の建物で爆弾騒ぎが起きたらしいんだ」


 飛び出た話に思わず目を見張った。『同盟』関係施設及び関係者の襲撃事件等、鋭月が倒されて対立派の活動が下火となってからはほとんど耳にしていない。それも複数の事件が同時に起きるといった規模の大きいものであれば尚更だ。しかもそう言った事件は大抵対立派の手によって行われるものであり、防衛自治派が犯行に及ぶことはまずないことだった。


「防衛自治派の中でも過激な連中が活発化していると聞いたけど意外だよね。ここまでテロ染みたやり口って珍しいよ」


 やはり隼雄さんも意外だと言うように語る。

 既に実行犯は逮捕されており、身元も判明しているらしい。犯人は三十代の男で、大学生の頃に防衛自治派の活動に傾倒した後自主退学し、抗議活動に精を出していたという経歴の持ち主だった。過去に傷害事件で起訴されたこともあるそうだ。


「その襲撃された役員ってのは無事だったのか?」

「うん。そっちは問題ないって。幸い弾は外れたとさ。爆弾の方も幸い怪我人も出なくて、ボヤで済んだそうだよ」

「現在、関係各所から情報収集している最中です。役員襲撃に用いられた拳銃、設置された爆弾はその男単独で用意したとは思えないとの報告を受けまして……」


 背後にまだ何か潜んでいるかもしれないと調査しているわけか。こうもはっきり武力行使で来られたら『同盟』も腰を上げるしかない。礼司さんたちが召集されるのも無理はない。とはいえ今日というタイミングで起きたのは困る。


「ま、試合は中止にならないみたいだから安心しなよ。俺は多分顔出せないけど寧ちゃんには頑張ってって伝えて」

「わかった」


 時間を確認して、そろそろ寧の下へ戻ろうと思い別れの言葉を告げる。

 俺は試合会場――地下の特殊訓練場へと足を運んだ。




「よし、精神状態は平常。後は適度に緊張感を持って臨むことだ」


 控室で寧と『同調』して精神が安定していることを確認し終えると、彼女は満足気に頷いた。


「ふー……こんなものかしら。いい感じに落ち着いてきたわ」

「リラックス大事」


 姉の言葉に従うようにもう一度息を吐き、両の拳を握ったり開いたりする。昨日はまだ平常を装って振る舞っているように見えたが、今は随分と(ほぐ)れている。『同調』の具合が極めて良好であることも、それを示している。


「済まない。由貴と紫はいるか?」


 扉が軽くノックされた後、礼司さんの顔が扉の隙間から覗く。どこか申し訳なさそうに眉を寄せている。


「ああ、いるぞ。何か用か?」

「丁度よかった。二人とも俺と一緒に来てくれないか?」


 礼司さんによると、今日の試合を観戦する関係者の中に俺たちのファンがいるとのことだ。広報室長の息子で、まだ七歳の少年だという。なんでも過去の定期巡回の際に俺たちが魔物を討伐する場面を目にしたことがあり、それを切欠に憧れるようになったそうだ。今日の試合を耳にした少年は父親にせがんで、強引に観戦の許可を得たらしい。


 紫が慕われるのはよくある話だが、俺がその対象となるのは珍しい。慣れないことで正直恥ずかしい。

 とはいえ断るわけにもいかず、仕方なく顔を出すことにした。


「それじゃあ試合前にもう一度来るから」

「ええ」


 少年が待つ一階の個室へ行き、しばしその親子と歓談する。幼いファンは自分が偶然目にした俺たちの戦いがいかに凄かったのか身振り手振りで称賛した。照れくさくてろくに言葉を発しない俺と違い、この手の対応に慣れた紫は弟に接するかのように慈愛に満ちた表情を浮かべていた。

 最終的に少年は記念写真まで撮りたいと言い出し、面会は和やかな空気のまま終了した。


「当然と言えば当然だが扱い慣れてたな」


 控室へ帰る道すがら、紫に訊ねる。


「ああいう純粋な好奇心や憧れを持つ子は嫌いじゃない。擦り寄ってくる大人よりはずっといい」

「違いない」


 むしろ下心のある大人をあしらう方が得意だと、彼女は不敵に口元を歪ませた。普段はぼんやりとしている紫を軽んじて不用意に近づけば痛い目に遭う。それが悪意を隠し持った相手であるなら尚更だ。


「支持者が多いに越したことはない。若い内から足元を固めておけば苦労しないからな」


 礼司さんは過去の体験を振り返るように遠い目をしながら苦笑した。礼司さんが名を馳せるまでは今ほど人間と血統種の関係は穏やかではなかった。小夜子さんから聞いた話では、小競り合いやらテロ紛いの事件やらが多発した時期だったという。それを現在の在り方にまで改善するまでどれだけ困難があったのか想像に難くない。


「……ただ、紫に関しては今からでは次期当主に選び直すべきだと主張する声が少なくない」

「まだいるのか、そんな連中」


 紫が次期当主の椅子を妹に譲った後、撤回させようと動いた輩が大勢いた。紫に直談判するのはまだ良い方で、寧が辞退するようにそれとなくプレッシャーをかけたり、陰で中傷したりする者までいた。そのような連中は例外なく紫の怒りを買い、悲惨な結果を残した。

 寧の性格が変化を見せたのはその頃からだった。小さな身体で仁王立ちして、自信たっぷりに振る舞うようになったのは。そして、俺を“兄さん”ではなく名前で呼ぶようになったのも。


 昔年の義妹の姿を思い浮かべつつ、控室の扉を開く。彼女の姿はまだそこにあった。


「……ああ、お帰りなさい」


 穏やかに迎えたその顔を見て、ふと違和感を覚えた。表情が少し引き攣っているように見えたのだ。だが、もう一度よく見ればいつもの寧の顔があるだけだった。


「準備はいいか?」

「……ええ、大丈夫。万全よ」


 父親の言葉に静かな、それでいてしっかりとした返事をする。


 何だろうか――やはり何か妙だ。


「どうしたの? じろじろ見て」


 俺の視線に気づいた寧が不思議そうに訊ねてくる。


「少し緊張してるんじゃないか?」

「そう? 別にそんなことないと思うけど」


 そう答えた寧は話を打ち切り、控室を出て行った。心なしか足早であるようだった。

 紫と礼司さんも釈然としない様子だったが、後をついていくように部屋を出ていった。


 俺は一人残されたまま、言いようのない不安が湧き出るのを実感した。

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