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エンゼルプラン  作者: 夏多巽
第四章 三月二十八日 前半
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大隅登の告白 ‐前編‐

 玄関の扉を開けて中に入った途端、どたどたと騒がしい足音が耳に入る。音の鳴る方へ目を向けると、寧がやって来るところだった。


「ちょっと由貴! あなた本当に大丈夫なの? 怪我とかない!?」


 寧は俺の下まで駆け寄るとボディチェックでもするかのようにべたべたと身体を触ってきた。勝手に服の袖や裾を捲り、平気な顔で肌を直接触る義妹に俺は顔を顰めた。


「大丈夫だって。何も問題はないって連絡しただろう?」

「あなたって強がるところあるから心配なのよ。本当にどこも怪我してないのよね?」


 なおも身体に触れようとする小さな腕を捕らえると、それを強引に引き離す。文句を言う寧を宥めていると、居間の方から隼雄さんが現われた。その後ろから慎さんが続き、最後に章さんが出てくる。


「由貴くん、大変だったみたいだねー」

「無傷で済んで良かったよ。大手柄だね」


 隼雄さんと慎さんが声をかける。二人はこの事態に動じた様子は無さそうに見える。慎さんが若干興奮気味なくらいだろうか。普段は穏やかなので、このように熱の籠った口調で喋ることはあまりない。


「俺だけの力じゃないよ。凪砂さんと雫が手伝ってくれたからな。それになんといっても里見を捕縛できたのは、雫の活躍あってこそだ」

「え」


 俺が話を振ると、雫は何故自分の名が挙げられたのかわからないと言うように困惑した表情になった。


「そうなの?」

「ああ、雫がいなければ逃げられていた可能性が高い。彼女が突破口を開いてくれたおかげだ」


 実際雫がいなければあの防壁を崩せず、異界の崩壊に乗じて里見は逃亡していたに違いない。それを文字通り圧倒的な火力をもって突破したのは彼女だ。


 当人は里見を倒した俺の方が称賛されるべきと考えていたのかもしれない。だが、それは雫の力あってこその結果だ。彼女自身の自覚は薄いようであるが。


「そうだったんですか?」

「雫さんはとても働いてくれましたよ。逮捕したのはもう一人いたのですが、そちらの方でも私を手伝ってくれました」


 西口についてはそれほど苦労する相手ではなかっただろうが言及する必要もあるまい。これから共に行動する機会が多くなる以上、雫への好感を稼いでおくのは悪くない。


「そっかー、昨日も魔物相手に戦ったしやっぱり動き回るのは得意なの?」

「え、いや、まあ苦手というわけではなく、そこそこ……」

「何言ってるの! それだけやれるなら凄いじゃない! 指名手配中の犯罪者を捕まえたんだから表彰とかされるんじゃないかしら?」

「いやいや、そんな大袈裟な……」


 皆からの注目の的となった功労者は顔を赤らめながら受け答える。そうして賑わている中で一人考え事をしている素振りを見せていた章さんが、俺に話しかけてきた。


「ところで里見を見つけた場所って、住宅街の中にある一軒家だって聞いたけど……どうしてそんな場所へ行ったんだ?」

「ああ、それは……」


 浅賀と対立派の関係そのものは隠す必要がなかったので、素直に答えることにした。ただ、この街に対立派に与していた人物の家があり、現在は空家同然になっているので捜査のため踏み込んだとカバーストーリーをでっち上げた。五月さんと面識があることだけは、まだ伏せる必要があったからだ。この点については辰馬さんも口裏を合わせてくれるだろう。

 唯一懸念があるとすれば情報源の沙緒里さんであるが、これまで辰馬さん以外に明かさなかったのであれば、彼女自身が暴露する恐れが今のところ低いと言えよう。


「ふーん、じゃあその家が対立派の拠点ってわけじゃないのね」

「そうだな。他に連中の根城があるのは確かだ」

「奴等のアジトさえわかれば後は捕まえるだけだ。そうすれば襲撃の件も解決するかもしれない」

「……そうだな」


 事件が前進することを期待する寧と章さんの会話に、俺は小さく言葉を返す。


 二人はまだ知らない。対立派が襲撃に関与していない可能性を。他に首謀者が存在する可能性があることを。

 この件は凪砂さんと話し合って、まだ伏せておくことに決めていた。本当に里見の発言が真実かまだ不明だからだ。里見は未だ安静が必要で口が利ける状態ではない。西口は対立派の現況については何も知らされていなかったので、彼を問い詰めるのも無意味だった。


 ふと、またも廊下を走る音が聞こえてきた。やって来たのは彩乃とペットの狸だ。


「ゆ、由貴さん……里見修輔が見つかったという話は……?」

「ほ、本当だ。戦闘中の怪我で意識を失って病院に搬送されたがな」


 目を大きく開いて息を切らせながら迫る少女に気圧される。俺の顔を見上げる三白眼が興奮を示すように何度も瞬いた。


「それで? 何がわかったのですか? お父さんを殺したのはやっぱりあいつなのですか?」

「落ち着くんだ彩乃さん。まだ尋問は行われていない。詳細はまた後で調べることになるそうだ」

「でも、事件と無関係ってことはないですよね? こんなタイミングで街にやって来るなんて偶然にしては出来過ぎなのです。それにあいつはお母さんの事件の時も現れましたし、お父さんが死んだことにも関係しているのでは――」」


 落ち着かせようとする雫を無視して、彩乃はなおも俺を見上げる。昨日もそうだったが、普段は酷く無感情であるが、一度ショックを受けると感情に呑まれて周囲を気にしなくなる傾向があるようだ。どう対応していいかわからず困っていると、慎さんが助け舟を出してくれた。


「彩乃、まだ何もかも片付いたわけじゃないんだよ。里見の他にも逃亡中の対立派メンバーはいるんだから、そちらも解決しないとね。今はとりあえず一区切りついたって段階に過ぎないんだ。しばらく待てば尋問も始まるから、それまでは気を落ち着けて待ってなさい」


 彩乃の肩に手を置き、所々を強調して諭すと、彼女はしゅんとした様子になった。


「……すみませんでした。少し興奮してしまったのです」

「うん、わかればよろしい」


 素直に謝罪した義妹に向けて慎さんは優しく微笑む。一緒に暮らしているだけあって扱いは巧いらしく対応が手馴れていた。彩乃も反抗することなく、あっさりと大人しくなってしまった。


「申し訳ありませんでした、少し取り乱してしまったのです」

「気にするな、お前の立場なら仕方ないことだ」


 彩乃は俺へ向き直りぺこりと頭を下げて俺に謝罪するとその場から去っていった。慎さんも後を追おうとするが、俺はその背中に待ったをかけた。


「どうしたんだい?」

「慎さん、沙緒里さんにも今度のことは知らせたのか?」

「うん、そりゃあ勿論」

「何か言ってなかった?」


 慎さんはきょとんとする。


「特に何も言ってなかったけど……どうかしたの?」

「いや、何もないならいいんだ。ほら、沙緒里さんのことだからまた何か暴走しそうな不安があって……」

「ああ、そっちか。そういえば意外と冷静だったね。昨日迷惑をかけたから思うところがあったんじゃないかな」


 沙緒里さんの動向については問題なさそうだ、今のところはだが。最初に浅賀の存在を突き止めたのは彼女であるし、今回の結果を受けてどんな反応をしたのか知りたかったが、目に見える行動はとらなかったようだ。ただ、あの人のことだから必ず水面下で何か企んでいるに違いない。


 慎さんと別れた後、俺たちは一旦居間へ移動しようとした。少し疲れが出たのか先程から身体がだるい。今朝も少し気分が優れなかったし、充分に休息をとった方がいいかもしれない。


 そんなことを考えながら歩いていると、突然誰かから声をかけられた。


「なあ由貴、ちょっといいか?」


 声の主である登がこちらへ駆け足でやって来る。何故か表情が険しい。


「何だ?」

「悪いんだけどさ、こっち来てくれ」


 申し訳なさそうに頼む登の瞳には動揺の色が浮かんでいる。一体どうしたというのだろう。いつもの能天気さはどこへやら、小声で俺に話しかけてくる。


「どうした、皆には聞かれたくない話なのか?」

「……そうだな」


 逡巡する仕草を見せてから登はそう言った。俺は居間に入る皆と別れて、そのまま登に案内されて奴の部屋へと赴く。雫と凪砂さんは遠慮して立ち去ろうとしたが、意外にも二人にも聴いてほしい話だと言う。


 登の部屋は相変わらずごちゃごちゃしていて足の踏み場に困った。狭く感じる部屋の中を伸長に進み、男二人、女二人が向かい合うようにして座る。


 三人の視線が部屋の主に集中するが、本人は眉を寄せて思いつめた顔をしていて話し出す気配がない。どう切り出そうか言葉を選んでいるようにも思えた。


「どうしたんだ? 君がそんなに悩むなんて珍しい。しかも私や雫さんにまで聴いてほしいなんて、一体どんな話なんだ?」


 あぐらをかいて座る凪砂さんが悩む登に水を向ける。その言葉をきっかけとして、ようやく登は重く口を開いた。


「あー……どこから話せばいいかな、実は今日由貴たちが行った家の住人、浅賀っていったっけ? そいつのことなんだけどさ」


 そこまで言ってから登は深呼吸して、意を決したように告げた。


「実を言うと、俺そいつのこと知ってるんだ。話したことはないんだけど」


 一瞬部屋の中の空気が張り詰めたが。登が浅賀を知っていた? どういうことなのか。

 驚きを隠せないのは他の二人も同じだった。


「本当か?」

「うん……まあ、その」


 登は雫に曖昧な返事をした。視線は彼女を見ておらず、全く違う方向へ向かっている。無意識なのか俺たちの姿を真っ直ぐ捉えようとしていない。


「どうも要領を得ないな。浅賀と逢ったことがあるのか? いつ?」

「あー……正確には逢ったわけじゃないんだ」


 顔を掌で覆い隠して呻くように声を上げる。

 

「俺さ、ずっと前にその浅賀って奴が、その……“ある人”とこっそり逢っているのを偶然見ちゃったんだよ。それもこの屋敷の近くで」


 “ある人”と言う時に登は苦い感情を顔に滲ませた。それを口にするのが苦痛だという顔だ。言った後で口直しのつもりか、傍らに置いてあった炭酸飲料水のペットボトルを手に取り荒々しく飲む。


「誰か、というのは?」

「……お前もよく知っている人だ」


 俺は考える。浅賀と密かに逢っていた俺のよく知る“誰か”――脳裏に浮かんだのはこの家に住む一人の女性だ。

 てっきり辰馬さんと沙緒里さんの他には知る人物はいないと思っていたが、そうではなかったようだ。


「俺が言いたいのはその人のことなんだ。ただ、この話は誰にも言わないでくれって本人から(・・・・)頼まれたんだ(・・・・・・)……」

「頼まれた?」

「そうなんだ、俺が見てたのバレてさ、絶対に旦那には言わないでくれって念を押されたんだ」


 登は思い返すように目を閉じる。それからゆっくりとまた開くと、強張った口調で続けた。


「なんで隠そうとするのかは、その時はわからなかった。個人的な問題だから知られたくないって。俺も別に気にしなかったからその通りにしたんだけど……でも、浅賀って奴が対立派だったってわかって、こんな状況じゃ黙っているわけにはいかないって思ったんだ。それで……」


 登は言葉を切り俯いた。自分の知る誰かが対立派と通じている可能性があると気づいた登は、それを告白すべきか悩んだのだろう。それを話す決断をするまでどんな葛藤があったかは知りようもない。だが、その意思を充分に理解できた俺は頷いた。まだ少々気になる点が残っているが、話の続きを聴くのが先だ。


 登は疲れたように一息吐くと、その時のことを順を追って語りだした。

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