協力者は語る
「“良く効く薬”の販売ねえ」
「まあ、表では売れない類のね。なにしろ異界由来の成分は未認可のものが多いからさ。ただほんのすこーし副作用があるのが欠点なだけなのにね」
そう答えた男を、凪砂さんは威圧感の込められた視線で睨みつける。
「そんな代物を密売していたのか。よりによって『同盟』の目が厳しいこの街で」
「蛇の道はなんとやらってね。そーゆーヤツを売る場所ってのがあるんだよ、どこの街にもね」
その男――西口龍馬は手首にかけられた手錠を鳴らしながら言った。
俺たちがいるのは浅賀家の一階だ。
ここにいるのは俺の他には、雫、凪砂さん、中井巡査はじめ三名の警官、それに警官たちに引き連れられた西口龍馬の計七人だ。
警官たちが和室の箪笥や仏壇を調べている間、俺は西口の話を聴いていた。
西口を連れて来た理由は、奴が語った興味深い事実にある。それは加治佐牡丹が現われる前に口走っていたことにも関わりある。
西口龍馬は対立派のメンバーではなく、奴等に雇われただけの身であった。彼はこの街で薬局を経営する薬剤師であり、生まれも育ちもこの街という地元民。裏付けはすぐにとれた。
特筆すべきところがあるとすれば、この街の裏側に通じているということぐらい。西口は薬局経営の側ら、未認可の薬物――主に血統種に対して効果を有する――を販売していた。『同盟』のお膝元で堂々とやるとは大した度胸だ。
薬の原材料は、異界から輸入した植物だ。先に述べたように、異界の植物由来の成分はまだ研究途中のものが多く、それ故未認可であるものも多い。そういった成分を持つ薬物を密造、販売を手掛けるのがこの男の裏稼業であった。
そんな男が、今回の事件に関わることになった理由を説明するには、一昨日の夜に遡る必要がある。
その夜、西口が薬局を占めた後、自宅へ帰ろうとした時、一人の女が現われた。
その女は西口の知人である裏稼業に携わる人物の名を出し、その人物からの紹介で訪ねてきたと語った。
西口にはその女の素性がすぐにわかった。高校時代に彼のクラスメイトであり、それなりに親しかった女――対立派の中心メンバーの一人であった。
女は西口に依頼をした。その内容は、ある家に保管されている薬を入手し、その成分を分析すること。
場所は医療コンサルタントを経営する浅賀善則の家。かつて大病院の副院長を務めていた男であり、現在は行方不明。
問題の薬について詳しく訊いてみると、その薬は浅賀が研究を指示していたものであり、ある特定の血統種の能力を抑制させる効果があるという。この薬を浅賀が管理していたが、彼が行方知れずとなったことにより薬の在処もわからなくなってしまった。断言はできないが、十中八九薬は浅賀の自宅のどこかに隠されている。そのため家探しと薬の分析を手伝ってほしいとのことだった。
西口はこの話に乗り気ではなかった。対立派がこの街で活動することで大きなトラブルが生じれば、自分に飛び火する可能性もあった。
しかし、西口にはその女に借りがあった。高校時代に彼が作った薬で問題が起きた時、有力者であった彼女の父親の手を借りて揉み消してもらった過去があったのだ。西口は仕方なく引き受けることにした。
西口が家探しに同行することになったのは、浅賀の家が異界化していたからだ。異界を解除する必要がある以上、魔物との戦闘は避けられない。不幸にも対立派にはそのために人員を割く余裕がなかった。そこで西口にお鉢が回ってきた。
西口の能力――“鈍色の飴”は文字通り飴玉を用いた能力であり、飴に毒を込めて弾き飛ばし、敵の体内に埋め込むことで効力を発揮する。毒の作用は俺たちが発見した魔物の死骸や、実際に飴を撃ち込まれた異界の主を見てわかるように、急な眩暈を引き起こすというものだ。その他にも、例の脱毛のような作用もある。
この能力は燃費が良く、能力酔いを起こすこともほとんどない。大多数の敵を相手にしても、それら全てを毒に侵したところで何の影響もないという利点に目をつけられ、西口は同行を強制される羽目になった。
西口は異界を解除した後は早々に薬を見つけ、依頼された仕事を終えるつもりであった。
それが俺たちとの遭遇により哀れな結末を迎えることになった。
そして、対立派がここに現われた理由を知った俺たちは、西口が知る情報を基に捜索を開始したのだった。
「それにしても……」
西口の話を聴き終えた直後、雫が口を開いた。
「浅賀が持っていたというその薬の効果が気になる。やはりこれは――」
「ああ、夏美と無関係とは思えん」
西口が語った薬の効能は、ある特定の血統種の能力の抑制。
この特定の能力とは、治癒能力――糸井夏美が保有していた能力と同種のものであった。
これは実際に薬を目にした者がいないので実在するか確かなことは言えない。浅賀も失踪する前に薬が完成したと話したことはなかった。ただ、里見自身は間違いなく存在すると確信していたらしい。その考えに至った理由までは西口も把握していなかった。
過去に同様の効能を持つ薬が開発されたという話は聞かない。存在すればこれが世界初だ。依頼に乗り気でなかった西口もその点については強い関心を抱いていた。
「……その薬の研究っていつ頃から進められていたか知っているか?」
「さあね。そこらは特に訊かなかった……ああ、待てよ。具体的な時期はさっぱりだけど、浅賀がコンサルを始めた後なのは確かだよ。それっぽいこと言っていたから」
記憶の糸を辿るようにこめかみを指で叩きながら西口は答える。
その話が正しいなら、薬の研究が始まったのは鷲陽病院が焼けた後だ。
「その研究はどこで行われていたのか知っているか? どこかの研究機関ならそこも対立派の息がかかっているという可能性も……」
親友に繋がる糸を見つけた雫は興奮に顔を紅潮させている。期待を寄せる眼差しを西口へと向ける。しかし、返ってきたのは無情な否定であった。
「残念だけどそこまでは知らないね。知っていればとっくに話してるし」
その答えに露骨にがっかりする雫。俺は苦笑して彼女を慰めた。
「そう落ち込むな。浅賀と繋がりのある所なら調べればすぐにわかるはずだ。凪砂さん、浅賀と関わりのある研究機関ってもう調べはついているんですか?」
「ああ、そちらは容易だったよ。何しろ失踪した他のスタッフの再就職先でもあったからね」
「そうだったんですか?」
どうやら他の失踪者も今回の件と無関係ではないようだ。
「問題の元スタッフが勤務していたのはクリア薬品工業。天狼製薬の子会社で、七年前に買収が成立している」
天狼製薬。その名を聞いて、俺は動きを止めた。
「天狼製薬って……」
「雫さんも憶えているだろう? 鋭月が逮捕された際に家宅捜索された会社だ」
そう、天狼製薬は経営陣その他従業員に対立派及びその協力者がいたとして警察の捜査を受けた会社として有名だ。逮捕者は十数名に及び、その結果経営に大きな打撃を受け、一時存続の危機に陥ったとされている。
だが、俺にとって天狼製薬はそれだけでは終わらない。
「由貴も憶えているか?」
何も知らない凪砂さんがそう訊ねてくる。俺は彼女に胸中から滲みでる暗い感情を悟られないように、平然を装って答えた。
「ええ、勿論憶えていますよ」
無論俺はよく知っている。
何故なら天狼製薬は、死んだ俺の両親、それに秋穂さんがかつて勤めていた会社なのだ。