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エンゼルプラン  作者: 夏多巽
第四章 三月二十八日 前半
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異界に血の雨が降る ‐120秒間のタイムリミット‐

 棘が迫り来る直前で、俺たちは左右へと跳んだ。

 ほんの数秒前まで隠れていたソファやテーブルは伸長した棘によって切り裂かれたり、粉々に破壊されたりと無残な有様だった。


「手荒な真似は嫌って言っている割に殺気が充分じゃないか?」


 俺は態勢を整えると、里見を睨む。

 奴はほうと意外そうな声を上げた。


「……これはこれは、まさかあの最上由貴だったとは。それに、そちらは香住凪砂ですか。もう一人は……」


 俺、凪砂さんと順々に視線を移していった里見は、雫を見据えて首を傾げた。


「どなたでしょう?」

「お忘れですか? 五年くらい前にあったのが最後でしたね。雫世衣です」

「……ああ、優様の御友人の」


 蓮を昔の名で呼んだ里見は、懐かしい思い出に浸るように目を閉じた。


「こんな所でお逢いするとは予想していませんでした。お元気そうで何よりです」

「ありがとうございます。里見さんは随分と変わられたようですが」

「まあ、いろいろとありまして。近頃はこの格好も気に入っているのですが、仲間からは不評なんです」


 呑気な会話を繰り広げる二人に、西口がしびれを切らしたように叫んだ。


「ちょっと! そんな世間話してないで何とかしてよ! 警察が来ているなんて聞いてないって、冗談でしょ!? しかも香住凪砂とかマジありえねー!」

「慌てないでください。彼女の本領は魔物の支配にあります。素の身体能力は恐れるに足りません。今日は自慢の竜は留守番のようですよ。異界の内部が狭いから仕方のない話です」

「あ、そう? じゃあなんとかなりそう?」


 安堵の笑みを見せた仲間に、里見はやれやれと言わんばかりに首を振った。


「なるわけないでしょう。他にも最上由貴もいるのですよ? 流石に私もまともに相手をしたくありませんね。それに彼女の方も厄介ですからねえ」


 里見は雫の保有する炎の能力を知っているようだ。雫自身は里見と関わったことはほとんどないので、蓮から教えてもらったのだろう。


「え、じゃあどうすんの?」

「逃げます」

「へ?」


 彼は間抜け面を晒した西口の顔に、小馬鹿にするような笑顔を向ける。


「異界が完全解除されるまで数分かかるかどうかでしょう。その間逃げ切れば、後はこの家を脱出するだけです。わざわざ面倒な戦闘に時間をかける必要がありますか?」

「いやいや、待てよ。それだとここへ来た意味がないだろ! 回収(・・)はどうすんだよ?」

「諦めましょう。恐らく外にも警察が控えているはずです。戦うのは無謀でしょう。なに、気にすることはありません。他にもあてはあるんですから」


 里見は俺たちに柔和な笑みを見せつける。


「そういうわけで、この場は見逃してもらえませんか? 我々としても事を荒立てたくありません」

「それは本気で言っているのか?」


 凪砂さんは冷めた視線で里見を射抜くが、相手は平気な面だ。


「そんな目をされても困ります。こちらにしてみれば何もかも想定外ばかりなんですから。ここの異界化も、あなた方と遭遇したことも――昨日の一件も」

「……昨日の?」


 それが襲撃と殺人を指していることはすぐに理解できた。だが、想定外とは何について言っているのかわからない。不都合な出来事でも起きたのだろうか。


「昨日の件もやはりお前たちの仕業か?」


 里見はその質問に心底嫌そうな表情を浮かべた。


「ああ、やはり『同盟』や警察の中ではそういうこと(・・・・・・)になってるんですね。予想はしていましたが……本当に厄介なことになりましたね」


 里見の口から出た言葉に、俺の思考は一瞬停止した。

 俺の思考が復帰するのと、部屋全体が揺れ始めたのは同時だった。


「こ、この揺れは……」

「今から異界が解除されるんだ! まずい、離れると皆バラバラに放り出されるぞ!」


 異界の解除は、振動を伴う空間全体の崩壊となって表れる。実際に建物等が崩落して負傷することはないが、場所によっては別の意味で酷い目に遭うことがある。

 異界は俺たちの住む外の世界とは別空間なので、広さも外の世界に縛られない。今回のように家屋の内部に、その実際の広さを超える異界が構築されることも多々ある。


 では、その異界が解除されたとき、中にいた者はどこに放出されるのか。


 異界の入口に近いどこかに放出されることはわかっているが、詳細な位置を特定する方法は未だ発見されていないのだ。最後にいた位置によって、外の世界のどこに現われるか完全にランダムなのだ。

 例えば、建物の中の異界が解除された時に二人の人間が離れて行動していたところ、一人は建物の入口付近に、もう一人は違う階の廊下に現われたという。

 一緒に行動している場合は同じ場所に放出されることが多い。断言できないのは、微妙な位置の違いで全く違う場所に現われることもあるからだ。


「参ったな、ここで逃がすと厄介だが……この状況で混戦になると、異界が完全解除された時に皆バラバラになるかもしれない」


 侵入者の正体が里見だと知っていたなら、迅速に行動して獅子が倒される前に身柄を確保することもできたのだが、今言っても仕方のない話だ。


「外の世界に出たら奴等の中に一人だけいた、なんて事態になったら洒落にならん」

「しかし……ここで里見を捕らえられれば、残りの連中の居場所も突き止められるのだろう?」


 何か決心したように緊張の走る口調で雫が言った。

 目と目を合わせれば、彼女の高揚が伝わってくる。


 雫は決めたようだ。


「どうします? 捜査担当者としては」


 俺は凪砂さんに問いかけた。今回の探索は彼女の主導だ。したがって決定権も彼女に委ねられている。


 凪砂さんが俺の意思を確認するように瞳を覗いてくるので、小さく笑みを浮かべて返す。

 それに対して凪砂さんも不敵に笑った。


「二人ともやる気充分か。わかった。危険はあるが私も乗ろう」


 異界の解除が始まってから完全解除されるまで凡そ三分。会話の時間を除けば約二分といったところか。その間に無力化しなければ、その後のことは保障できない。


「……どうやら向こうはやる気のようです。西口さん、まだ余力はありますね? 無力化できればそれでいいですから」

「ったく……何で俺がこんなこと……」


 里見は棘を生やした腕を構え、西口は面倒臭そうにぶつぶつと文句を口にしながらポケットに手を突っ込む。

 態度に違いはあれど、両者とも戦意ははっきりしている。


「俺は里見を、凪砂さんと雫は西口という男を頼みます」

「一人で大丈夫か?」


 雫が不安そうに訊ねた。


「忘れるなよ。俺は礼司さんや小夜子さん相手に鍛錬を積んできたんだ。あいつに比べれば大したことないさ」

「……それならいいが」


 彼女はそれだけ言うと、西口と相対する。凪砂さんもそれに続いた。

 俺は数歩だけ里見の方へ近づくと、軽い調子で声をかけた。


「実際にこうして逢うのは初めてだな。最上由貴だ。昔、礼司さんが世話になったそうだな」

「いえ、こちらこそ会長がお世話になりました。一度お礼を申し上げようと思いましたが、なかなか機会を得られず先延ばしになってしまいました」


 我ながら白々しい遣り取りだと思う。それに乗ってくる相手もだ。


「それじゃあ是非一度じっくり話す機会を設けられないか? 留置場とかで」

「残念ですが今回はご遠慮させていただきます。こちらもいろいろと忙しくて……」


 そんな会話を交わしながら、俺たちはほぼ同時に動いた。

 俺は掌に光球を作り、里見は棘の一部を大きく伸ばし、互いに放った。

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