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エンゼルプラン  作者: 夏多巽
第四章 三月二十八日 前半
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積もる接点

 一言に異界と言っても、大きく二つに分けることができる。


 一つ目は、主に動物型の魔物が自ら保有する異界構築能力によって作り出す空間。これは魔物が自身に都合のいい領域を作ることで、生活を有利にするためのものだ。好きな場所に自由に構築することができ、自由に解除することができるのが特徴だ。魔物が棲息する異界とは大抵これを指す。


 二つ目は、人型の魔物が隠れ里を形成して定住する異界。これは彼らが作り出したものではなく、最初から存在していた天然の異界だ。異世界と言ってもいいかもしれない。

 永い間、人型の魔物はこの異界に密かに住みつき、人間の目から逃れてきた。彼らは人間との間に諍いを起こすことを嫌い、排他的に生きてきた。小さな小競り合いのようなものは何度かあったらしいが、それも大量の血を流すような惨事ではなかったという。


 それが人間と交わるようになったのは、彼らの異界に生息する固有の動植物が人間の世界へと渡ったのが切欠だ。これを機に人間と魔物は徐々に経済活動を密接にしていき、やがて魔物の中に人間の治める街へと移り住む者が現われたり、あるいは人間が異界へと移り住む異界へ移り住む人間が現われたりするようになった。

 前者の中には御影家や名取家、香住家に取り入った魔物もいる。勿論、桂木家を交易で富商へと盛り立て、対立派の大きな基礎を作り上げた者もだ。そういった者の子孫が今日の人間と血統種を取り巻く社会を築き上げてきた。


 そんな異界の中でもとりわけ有名なのがシスカだ。九州北部に存在し、福岡県は全域がその内側に収まる。西は佐世保、東は別府付近にまで達しており、地図で見ると歪な三角形のようになっている。

 シスカは黎明期において交易が栄えた地だ。異界の出入口が博多に近い場所にあったのも幸いしたのだろう、瞬く間に商業的な繋がりがあちこちで生まれることになった。

 今でも九州にはシスカの出身者、あるいはその子孫たる血統種が多く定住している。福岡の『同盟』支部にも多くいるはずだ。


 問題のガリナはそのシスカから渡ってきたものだった。


「シスカね……異界原産だったんですか」

「うん。主に薬の原料として輸入されている植物だ。神経痛とかに効くらしい」


 凪砂さんが説明するところによると、ガリナはここ数年この世界で注目度が上がっているという。なんでも血統種のみに対して効果を持つ成分が発見され、世界各国で研究が始まっているらしい。


「能力酔いを抑える成分で、一部では既に治験が開始されていると聞く。『同盟』の研究機関でも研究が進められているらしい」

「出所は掴めそうですか?」


 そこで凪砂さんは少し難しそうな表情をつくる。


「……この事件の関係者でガリナを入手できそうな人物、あるいはそれと接する機会のある人物は、現状一人しかいない」

「それは?」


 凪砂さんは一度トリスたちと戯れる寧たちへと視線を向けてから、声を潜めて答えた。


「信彦さんだ」


 信彦さんも『同盟』の研究機関に勤めていた。凪砂さんが彼の名を挙げるということは、その研究機関でもガリナを研究していたのだろう。ただ、信彦さんは魔物の研究に携わっていたというので、直接ガリナの研究に関わっていたとは考えにくい。


 凪砂さんにその点について話すと、彼女も同意見だったようだ。


「信彦さんはガリナの保管庫にも近づいた形跡はない。だからガリナを持ち出したとも考えにくいが……しかし、他にガリナを所持していそうな人はいない。登の方も念のために調べてみたが、可能性は低い。それに狸くんは信彦さんの家のペットだろう? 彼が持ち込んだ物をくすねた、と考えることもできる。何故、信彦さんがガリナを所持していたのかという問題は残るが……」

「結局、確かなことは今の段階でははっきりしない、か」

「残念ながらね」


 そもそもガリナと事件に関連があるのかどうかすらはっきりしないのだ。昨日トリスに箱を見つけた場所を訊いてみたところ、訓練場から少し離れた場所まで連れていってくれた。どうやらその場所に放置されていたのを拾ってきたらしい。一体いつからそこにあったのか判明することは何もなかった。


「ガリナの線から追うのは難しいか……やはり浅賀善則の方が先ですね」

「そうだね。五月さんとの関係を追えば何かわかるはずだ」


 鷲陽病院の副院長と五月さんに、どんな接点があるというのだろう。

 俺が知る限りでは、五月さんも彼女の両親もあの病院に入院していたという話は聞いたことがない。


「なあ、鷲陽病院の関係者に行方がわからない人物が数人いると言っていただろう? その中には浅賀善則の名前もあったんだ。失踪したのは去年の五月末だ」

「比較的最近じゃないですか。しかもその時期って――」

「うん。夏美さんらしき人物が目撃された頃だ。宮野裕香さんが魔物に襲われた時期と被るね」


 雫のクラスメイト二人が少女を目撃したのが五月の初め頃。宮野裕香が目撃したのがその約三週間後で、浅賀の失踪も同じ頃。偶然で片付けるには出来過ぎている気がする。


「浅賀の失踪に事件性は?」


 凪砂さんは大袈裟に肩を竦めた。


「はっきりしない。彼の失踪は唐突なものだった。その日の夕方頃、事務所を出たところは事務員が確認している。それ以降の足取りはぷっつり途絶えたままだ。駅の防犯カメラ等にも姿はなし。会社を放棄して逃げるような理由も一切ない。じゃあ何か事件に巻き込まれる心当たりはあるかというとそれもない。一緒に住んでいる家族もいないから詳しい事情を知る人もいないと、呆れる程ないない尽くしだ」

「紫のときと似ているな……」


 身近な所で妙な失踪事件が二つも短期間に起きていたとは初めて知った。特に騒がれた記憶もないが、あまり目を惹くような出来事ではなかったのか。


「この事件が大して報じられることもなく埋もれたのは、どこかから圧力がかかったからだと私の友人が言っていた。相手の正体ははっきりしなかったがね」

「衆目に晒されると困る誰かがいたってことですか」

「そうだ。まあ、警察も捜査はしたが、何も事件性を証明するものは発見されなかったってことで、結局どうすることもできなかった、とのことだ」


 浅賀善則――この男が事件を紐解く鍵を握っていることは確かなようだ。

 問題は当人が行方不明の状態で、どう調べればいいのかという点だ。


「浅賀のこと、調べたいか?」


 俺の思考が立ち往生したのを見て取ったらしい凪砂さんが、どこか楽しげな目つきで俺に問いかけてきた。


「何か手があるんですか?」

「当然」


 凪砂さんは自信満々といった様子で胸の前で腕を組む。


「実は浅賀の自宅を捜索する許可を得たばかりでね。今日中に行う手筈なんだが……君はどうする?」

「俺も行っていいんですか?」


 流石にこれは予想外だ。いくらなんでもここまで便宜を図ってくれるのは行き過ぎではないかと不安になる。


 それを伝えると、深刻な表情で凪砂さんは言った。


「ちょっと戦力(・・)が欲しくてね。警官だけでも対処できるかもしれないが、念のため君の力も借りたい」


 戦力?

 その言葉に俺は少しばかり嫌な予感がした。

 行方不明者の自宅。永い間誰も出入りしていない場所。


「私の部下から連絡があったんだが、浅賀の自宅内部が異界化して魔物が蔓延っているらしくてね。駆除する必要がありそうなんだ」


 そう言って凪砂さんは苦笑するのだった。

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