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エンゼルプラン  作者: 夏多巽
間章
37/173

深夜のコール

 日付が変わって少し時間が経った頃、御影慧はベッドの上に寝転がりながら電話をかけていた。


「あー俺だ、さっきは悪かったな。バタバタしててよ」

『気にしなくていいよ。こっちも間が悪いときにかけてごめん』


 電話の相手は軽い調子で謝罪した。


『ちょっとどんな様子か気になったから電話してみただけだから。まさか取り込み中とは思わなかったよ』

「タイミング悪すぎだっての。よりによってあの二人が来てるときだぜ?」


 慧は由貴と雫が訪ねてきたときのことを思い出し、苦い表情をつくった。あれは本当に心臓に悪い一時だったと内心愚痴を零す。


『意外に早かったね。まさかもう目をつけられてるなんて』

「由貴が言うには俺の態度でバレバレだったらしい」

『ああ、納得した。慧に隠し事なんて無理な話だからね』

「……だったら俺に頼むなよ」


 慧は感情が表に出やすい性質だ。それ故、虚を突かれたり核心を言い当てられたりするとすぐに動揺してしまう。

 由貴に指摘されたときもそうだった。電話がかかってこなければ、あのまま由貴に問い詰められていたに違いない。


「で、これからどうする? 由貴には後で話すって言ったし、時間稼ぎでもするか?」

『それはやめておこう。今までならそれで良かったかもしれないけど、人が一人殺されている状況だ。むしろ早く動いた方がいい』

「でも、それだとお前は――」


 慧は相手の判断に異を唱えた。“早く動く”というのは、由貴にこちらの知っていることを可能な限り早く打ち明けるという意味だ。

 だが、それがどんな結果をもたらすか――慧は知っていた。


『心配してくれるのは嬉しいけど、いざというときは最初からそうするつもりだった。それに全部だめになると決まったわけじゃないよ』

「でもよ……お前由貴は巻き込みたくなかったんじゃないのか?」

『絶対巻き込みたくないってことはないよ。最終的には説明する必要はあったからね。それが駄目なら礼司さんへの指示にもそう書けばよかったんだから』


 確かにそうだと慧は考える。当初の予定では礼司と雫のみを“計画”に引き入れるつもりだった。ここで由貴を排除したいのであれば、その旨を記せば足りたのだ。それをしなかった理由は、万が一に備えて彼らの行動をきつく拘束することを躊躇ったからだ。

 そして、それは結果的に良い方向へとはたらいた。礼司が由貴を屋敷へ呼び戻し、今は事件の真相を追い求めている。


『世衣と一緒にいたってことは、多分粗方のことは知ってるだろうね。やっぱり礼司さんがこっそり話してたのかな? いや、多分自分が死んだ後で託すように図っていたのかもしれない』

「呑気なこと言ってる場合じゃねえだろ。叔母さんとかにばれたらどうするんだよ?」

『そうならないように頑張るんだよ……特に沙緒里さんには気をつけた方がいい。あの人はある意味一番危険な人だから……』


 それには慧も全面的に同意した。沙緒里が陰で様々な場所に根を張り巡らしているのは既に承知だ。

 今は慧も電話の相手もその網にかかっていないが、安心できる要素はない。彼女に知られたら一巻の終わりと断言できる。


『君はこれまで通り屋敷の人たちの行動をこっちに伝えて。また何か起きたらすぐに知らせてほしい』

「わかった」


 了承の言葉を伝え、慧は電話を切ろうとした。しかしその直前、相手が思い出したように訊ねてくる。


『そういえばお母さんと一緒に暮らす話を章さんに相談するって言ってたけど、もう片付いたの?』

「……いや、まだ話してない。いろいろ考えてたら引き延ばしちまった。ていうかちょっといろいろあってな、もう皆にばれた」


 電話の向こうから呆れた声が返ってくる。


『何やってるんだよ……』

「しょうがねえだろ。まあ、それはもういいんだよ。実はさっき親父が来てさ、一度母さんと兄貴も交えて話す機会設けられないかって言ってきたんだ」

『へえ……どういう風の吹き回しかな?』

「由貴が親父とサシで話し合ったらしいんだよ。親父も思うところあって整理したいことがあるって言うから、一応受けた」

『それがいいよ。うまくいけば万事解決するんじゃない?』

「うまくいくといいけどな」


 相手は小さく笑い呟くように言った。


『真正面から喧嘩できる親がいるだけましだよ。そうでない人もいるから』

「……悪ぃな」


 慧は何となく謝らなければならない気がした。親子の仲に関わる話題はこの人物の前ではあまりしない方がいいと決めていたのに、つい気が緩んでしまったのだ。

 

『気にしてないよ。ま、とにかくやることはこれまで通りでお願い。ただ、万が一危険が迫ったらすぐに逃げるか、警察に助けを求めるかで対処して。何よりも先に自分の安全を第一に』

「わかってるよ。昨日みたいなことがまた起こらないとも限らないし。特に寧の周りには気をつけねぇと――」


 そう言いかけたとき、通話先から聞こえる声が変化した。


『全くもってその通り。あの子に危害が加えられないことは大事』

「うおおっ!?」


 つい数秒前まで会話していた相手とは全く異なる少女の声に、慧は思わず叫んだ。


『うるさい』


 新たに会話を始めた少女はぼやく。電話の向こうからは「電話返して」と慌てふためいて懇願している男の声が聞こえてくる。


「代わるなら一言言えよ! 急だったからびっくりしたぞ! つーかお前勝手にそっち(・・・)に行って大丈夫なのか!?」

『大変申し訳ないと思っております。あとこっちは大丈夫。ちょっと余裕ができたところ』


 棒読みで謝罪する少女は平気な様子で話を続けた。


『それで、あの子は大丈夫?』

「寧か? 軽傷で済んだって言ってたし病院でも診てもらったから心配ないだろ。あれから特に変わりないし」

『ならおっけー。他の皆も?』

「問題なし。一番働いた由貴とか叔母さん辺りもけろっとしてるし、能力酔いも全く見られなかったな。由貴の方はなんか凄えことやったらしいぜ。聞いたか?」

『うん。能力が変異してたなんて知らなかった。私にもずっと隠してたとはやりおる』


 襲撃の後で寧が語った由貴の能力についての一部始終は、慧を通じてこの電話の相手にも伝わっていた。最初にその話をしたとき随分と驚いていたが、由貴なら公にせず隠す方を選ぶだろうと互いに納得したものだ。


『由貴があの子の傍にいれば安心。それに凪砂さんも小夜子さんもいる。そっちには多分もう大きな襲撃は来ないはず。油断は禁物だけど』

「だといいけどな……俺も大して強くないし」

『でも逃げ隠れする分には最適』


 少女の言うように慧の能力は逃走や隠蔽には程よく役立つ。実際その能力で過去に窮地を脱したこともあった。


「……ところでそっちの進捗は? 何か改善されたところとかはないのか?」

『こっちは変わりなし。やっぱり()を持ってくるしかないみたい』

「薬ねえ……本当にあるのかよ」


 少女の返答に慧は怪訝そうな声で言った。

 その疑問を少女は肯定する。


「少なくとも一本は確実にある。もしかしたら予備がもう一本あるかも。とにかくそれさえあれば解決」

「やっぱり叔父さんに薬のことも含めて全部話した方が良かったんじゃねえかな? それならこんなまどろっこしいことしなくて済んだのによ」

『それは駄目』


 少女はきっぱり断言した。


『お父さんはいざというときは自分の手を血で染める覚悟ができてる人。もし、処置のしようがないなら絶対に抹殺という手段で解決しようとした。だから話すのは無理だった。百パーセントの安全を確保するには、こっちで先に全部片付けた後で真相を明かすしかない』

「……だよな。今更な話か」

『ん』


 慧は気を引き締めるように大きく深呼吸する。

 ここからが正念場だ。絶対にミスはできない。

 もし、ここで失敗してしまうと最悪死人が一人二人増えることになる。


『じゃあ私は戻るね。由貴に打ち明けるのは事件がある程度片付いてからがいいかな。邪魔が入るのが一番困るから。“彼”も目立たないように介入するってさ」

「よし、じゃあ情報収集は今まで通り任せろ。何とかうまくやってきたんだ。ヤバい事態になっても……まあ、どうにかなるって。そっちは頼んだぜ、紫」

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