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エンゼルプラン  作者: 夏多巽
第三章 三月二十七日 後半
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彼女の秘密

 辰馬さんの部屋を出た俺は章さんの部屋へと向かった。

 部屋に入ると五月さんと寄り添う章さんの姿があった。二人とも不安そうな表情を浮かべてこちらへ顔を向ける。五月さんの手を章さんが握り、緊張した様子が伝わってくる。


「由貴、父さんは……?」


 章さんが立ち上がり俺におずおずと声をかける。


「大丈夫だ。ちゃんとわかってくれたよ。明日にでもお互い落ち着いて話し合う時間をつくった方がいい。辰馬さんも了承してくれたから安心してくれ」

「そうか……なんか俺たちの問題なのに任せてしまって済まない」

「いいんだ。俺にも言いたいことはあった。事のついでってやつだ」


 俺が軽い調子で答えると章さんはそれで納得してくれたらしい。

 五月さんの傍に戻ると、再びその手を握る。


「まだ全部片付いたわけじゃないけど……明日父さんとしっかり話し合って、俺たちの仲を認めてもらおう」

「そう……ですね」


 五月さんは不安の色が残る顔に微かな笑みを浮かべた。それから俺の方へ向き直ると頭を下げる。


「由貴さんにも御迷惑おかけしました。私のせいで……」


 俺は構わないと答えて、すぐに部屋を出る。


 その後、騒ぎが起きる前の話を続けるため、雫の部屋へと赴いた。

 ノックをすればすぐに扉を開けて中へと招き入れる。


「また口論にでもならないかと心配していたが大丈夫だったようだな。あなたはぶっきらぼうな性格だから、辰馬さんを挑発するんじゃないかと思っていた」


 いたずらっぽく笑いながら言う雫に、俺は不満を露わにした。


「愛想が無いとは自覚しているがそこまで酷くはない、はずだ」

「後半が自信なさそうだぞ」


 俺は敢えて反駁しなかった。


「さて、さっきの話の続きといこうか」

「事件を一度整理してみようというところだったな」

「ああ、今回の事件を中心に順序立ててみるぞ」


 事の発端は一ヶ月前に起きた礼司さんの死だ。

 朝、書斎で倒れている礼司さんが発見され、その後死亡が確認された。

 死因は一切不明。病死なのか、それとも何らかの能力を用いた殺人なのかははっきりしない。


 礼司さんの死後、俺の元に彼から手紙が届いた。

 その中身は、寧の当主就任式の招待状、そして対立派と内通している人物が存在しておりそれが誰なのか調査してほしいという依頼書だ。

 今回の式にはその嫌疑がかけられた人たちばかりが招待されており、この場を利用して探りを入れられるようにと手筈が整えられていた。


 ところが式の当日――今日の朝、突然魔物の群れが複数の方角から屋敷を襲撃。

 そしてそれと前後して訓練場の屋外フィールドで信彦さんが殺害された。

 現場の状況から雫が訓練場に侵入したことが判明したが、その目的は記録室に隠された資料を回収するためであり、殺人とは無関係であった。


 雫の侵入には礼司さんとの隠された関係が関わっていた。

 礼司さんは去年の夏に消えた娘の紫を、雫は五年前に消えた親友の糸井夏美を探していた。

 二人を引き合わせたのは“猟犬”なる正体不明の人物で、夏美失踪の原因である鷲陽病院の事件を解決すること、さらに隠れた裏切り者を暴くことと引きかえに紫の居所を教えると礼司さんに提案してきたらしい。

 二人は“猟犬”の言葉をひとまず信用することにして、これまで共に調査を続けてきたのだった。


「……とまあ、こんなところか」

「礼司さんが死んだこと、魔物の襲撃、信彦さんの殺害事件、それに私と礼司さんが追っていた病院の事件と内通者探しの四つに大きく分けられるな。見たところ互いに関係がありそうでないような気もするが……」

「現段階では関係が“あるかもしれない”というレベルに過ぎない。繋げて考えるには情報が不足しているとしか言いようがない」

「ううん……繋がりを証明できるだけの手掛かりか……」


 雫はうんうんと唸りながら考え込む。

 その様子を見つめながら俺は辰馬さんから聞いた話を思い返していた。

 蓮の死の真相を隠している今、雫には伝えられない話を。


 果たしてあの話はこれらの謎を繋げる手掛かりとなるのだろうか。



「そもそも五月を最初に疑い出したのは俺ではない――沙緒里だ」


 辰馬さんが語りだしたのは、意外な事実だった。


「沙緒里さん……? あの人が最初にその可能性に気づいたっていうのか?」

「そうだ。お前の進退について揉めているときにこの話を俺に吹き込んできた。わざわざ勿体ぶってな」

「それって辰馬さんだけにか? 他の人には?」

「恐らく言ってない。礼司や隼雄にも話していたならお前に伝わっていないのは変だ」


 確かにそうだと俺は納得した。あの二人は俺に好意的だから、蓮の死に裏があるなら話してくれただろう。


「あのときのあいつは奇妙だった。疑惑が真実だと突き止めればそれを章の手柄にすることができる。そうなれば出世の足掛かりになると露骨に唆してきた」

「……何だと?」


 一体どういうことなのか。沙緒里さんにとって辰馬さんは当主補佐の地位をめぐって敵対する間柄だ。それにも関わらず相手側の利益になる情報を故意に流したという。


 意図が理解できない。沙緒里さん自身がその手を使い、慎さんに手柄を立てさせることもできたはずだ。それなのにどうして辰馬さんに譲ったのか。


「沙緒里は最後まで理由を言わなかった。あいつが何を考えているのか想像もつかん」


 訳が分からないと辰馬さんが首を振る。


「それで五月さんが怪しいという根拠は?」

「……あの事件の後から五月の様子がおかしいことに気づいていたか?」

「五月さんの様子? いや、全然」


 あの頃の俺は親友を手にかけたショックから、周囲にほとんど気を配れなかった。特に紫や寧戸はろくに会話も交わさず部屋に籠る日が多かった。そのため当時の五月さんがどんな様子であったか全く知らない。


「事件後、五月の身辺調査を担当したのが沙緒里の部下だったらしい。そいつが五月の行動を見張っていたところ、妙な男と密会しているのを見たというのだ。それも人目を憚るような挙動をしてな」

「妙な男って……?」


 人目を憚る挙動というのも気になったが、まず相手の素性を訊ねる。


「名前は浅賀(あさが)善則(よしのり)。元外科医で、当時は医療コンサルタント会社を経営していた」

「医療コンサルタント? 何でそんな奴と」

「わからん。ただ、二人はカフェで何やら話し込んでいたようで、五月は何故か激しく動揺していたというそうだ。それが蓮の葬儀から四日後のことだ」

「それってあの事件と本当に繋がりがあるのか? 単に知り合いと逢っていただけという可能性は?」


 五月さんの知人にそんな人物がいるという話は一度も聞いたことはないが、一応その説も考えなければならない。

 だが、俺の疑問に辰馬さんは首を振った。


「いや、どうもそれで済む話ではないようだ。その浅賀という男はな、外科医だった頃に対立派と関わりのある病院に勤務していたらしい。それもあの桂木鋭月が背後にいる恐れのある病院でな」

「え……」


 背筋に悪寒に近いものが走った。俺は今の話と似た話をつい最近聞いた覚えがあった。つい最近、という表現は若干適切でないかもしれない。数時間前だ。


「その病院って……どこなんだ?」

「鷲陽病院という。憶えてるか? 何年か前に火事があった病院だ。浅賀善則はそこの副院長をしていた」




 まさかこんな形で接点が現われるとは思いもしていなかった。俺は雫に気づかれないように、小さく溜息を吐いた。

 凪砂さんの言葉が思い返される。真実を追う中で雫に全てを打ち明けるべきか否か。

 五月さんと副院長の関係を教えるのであれば、その前提となる蓮の死に触れないわけにはいかない。

 俺はどうするべきなのだろう。


 想像していたより早く訪れた選択の場面に頭を悩ませることになった。

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