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エンゼルプラン  作者: 夏多巽
第二章 三月二十七日 前半
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彼と彼女の共同戦線

「……礼司さんが夏美を探していた?」

「そうだ、私と彼は同じ目的で動き、そしてあのとき出逢ったのだ」


 その話はとても奇妙であった。俺がこの家に来てから出て行くまで、礼司さんが鷲陽病院の事件を追っているなんて一度も聞いたことがない。彼だけでなく親族や『同盟』関係者も誰一人として口にしたことがないのだ。


「それはおかしいな。鷲陽病院の一件は私が警察に入る前のことだから詳しくは知らないが、少なくとも礼司さんが捜査に加わったという話は聞いたことがない」


 礼司さんがあの事件を追っていたなら、警察官である凪砂さんが知っているはずだ。事件当時はともかく彼女が警察に入った後ならば、協力を要請することも考えられた。


 その推測は雫によってあっさりと否定された。


「いや、礼司さんは『同盟』の一員として捜査していたのではない」

「どういう意味だ?」

「彼があの事件を追っていたのは……何者かに指示されて(・・・・・・・・・)の行動だ」

「“指示”だと――? 自分の意志ではなく?」

「先程彼と逢ったのが夏休みの終わり頃だと説明したな。去年のその時期――何が起きたか知っているだろう」

「紫のことか……?」


 紫の失踪が八月十八日。その直後はあいつの捜索に追われて、『同盟』も警察も一番神経を尖らせていた時期だ。そんなときに礼司さんは五年前の事件を追い、誰にも内緒で糸井夏美を探していた。消えた我が子ではなくだ。


「紫が消えたことと、夏美さんの事件に関係があると?」

「礼司さんは紫さんの行方を追ってあちこちで情報を集めていたのだが、二十日頃に彼の携帯に電話がかかってきたらしい。その相手が語ったそうだ――紫さんの行方を知っていると」

「……何?」

「内容はこうだ――“紫さんがどこへ消えたのか知っている。無事に見つけ出したいなら指示に従え。この会話ついて一切他言無用。こちらの身元を洗うことも厳禁”と」


なんだ、そのあからさまに不審な内容は。知っている、という言い回しからして誘拐ではないのはわかる。あの紫が連れ去られるなど、そもそもあり得ないが。ともかく、相手は紫の居所を教える代わりに要求に従えと伝え、礼司さんはそれに応じたのか。


「そんな電話信じるに値しないと思うけどね」


凪砂さんの言うとおり、突然そう言われて信用する者は普通いない。俺も頷いて同意を示す。


「普通ならそうだろう。だが、相手は根拠を提示すると言って小包を送りつけてきた。その中に紫さんが失踪した日に身につけていた物が入っていたのだ。彼女がいつも身に着けていたというブレスレットが」

「ブレスレット――」


 そのブレスレットは、蓮が誕生日プレゼントとして贈った物だ。蓮の死後は肌身離さずつけていたからよく覚えている。恐らく失踪当日もそうだったに違いない。それが相手から届いた事実は、奴は八月十八日以降に紫と逢っていることを示している。

 だから、礼司さんはそいつを信じた。紫の行方について何か知っている以上、縋るしかないと思って。


「何者なんだ。その男か女か知らない誰かは――」

「“猟犬”」

「猟犬?」


 俺は雫の口から唐突に出た単語に、怪訝な声を返した。


「電話の相手は自らを“猟犬”と名乗ったそうだ。ちなみに男のようだったと言っていた。電話で話したときは声を変えていたらしいが」


 “猟犬”――それが奴の名か。大層に名乗って一体何を狩るのやら。それに名前をそのままの意味で解釈するなら、奴には“飼主”に当る人物でもいるのだろうか。それなら背後に本当に指示を出した何者かがいるということだが、今は考えても仕方がない。


「小包と一緒に“猟犬”からの指示が書かれたメモが入っていた。ご丁寧に“猟犬”のマークで署名までしてな。礼司さんはそれに従っていたのだ。”猟犬”からの連絡はそれ以降ない」


 つまり、指示を出した後は完全に放置だったのか。電話で中間報告を聞くこともできただろうに、何故そうしなかったのか。


「指示の具体的な内容を訊こう。一体礼司さんは何をやらされていた?」


 そう問われた雫は言葉を詰まらせたように口を閉じたが、やがて意を決した表情で答えた。


「……“猟犬”の指示の主な内容は“『同盟』の人員に対する身辺調査”です」

「身辺調査……?」

「なんでも『同盟』の内部に対立派――かつて鋭月を中心としていた派閥と通じている内通者がいるから、それを暴けと」


 俺は反射的に立ち上がり、雫と凪砂さんの注目を浴びることになった。明らかにされた事実に口が開いたまま塞がらなかった。

 手紙の主が内通者を探せと命じた?

 それは――俺が礼司さんに頼まれた任務と同じではないか。


「ど、どうした由貴。そんなに驚くほどだったか? 確かに私も驚いたが……」

「その話は俺も知っている」

「え? 知っている……?」

「俺も礼司さんから頼まれたんだ。対立派と通じる裏切り者がいるから正体を探ってくれと」


 俺の言葉に二人とも唖然とした様子だ。当然だろう。凪砂さんは俺がそんな頼みを受けていたなど露ほども知らないし、雫も今の言動を見るに俺が知っているとは思いもしなかったはずだ。


「いつ頼まれたんだ? だって君はここを出てから礼司さんとろくに逢ってもいないはずじゃ?」

「例の招待状だ。礼司さんが死んだ後に届いたあれに書かれていた。自分の身に万一のことがあれば、代わりに探ってほしいと」


 凪砂さんが雫に目線で問うと、彼女は首を振った。


「あなたに任せるなんて初めて知った。てっきり内密にしているとばかり……」

「生前はその辺りの話はしなかったのかい?」

「何分『同盟』内の話だろう? 私は成り行きで知ってしまったが、部外者が進んで関わるのも良くないと考えて基本的に彼の裁量に頼っていた」


 それもそのはずだ、と俺は納得した。『同盟』内の調査など雫にできるわけがなく、礼司さんがやるしかない。

 と、そこで俺は雫がこの件に関わることになった経緯――礼司さんが彼女を探していたという先程の話がまだ終わっていないことに気づいた。


「そうだ、結局礼司さんが君を探していたこと、それに夏美の事件も追っていたことはどう繋がるんだ?」

「それらも全て“猟犬”の指示に含まれていた。指示は大きく二つに分かれていて、一つは内通者探し、もう一つが夏美の事件の真相を追うこと。私に逢いに来たのもその一環だ」


どうやら何もかもが“猟犬”の意図によるものだったようだ。


「……じゃあ、礼司さんはそれまで鷲陽病院の事件には一切関わっていなかった?」

「そう言っていた。私が蓮くんと友人だったこともそのとき初めて知ったと随分驚いていたよ」

「それで頼まれたのはそれだけか?」

「一応は、な。それに関連する調査もいくつかあったが、それは資料(・・)を見てもらった方が早いだろう」

「資料?」


 疑問の声を上げると、雫は「ああ」と思い出したとばかりに手を打った。


「それが本来の話だったな。私が記録室に忍び込んだ理由だ。あの部屋にはその調査に関する資料が隠されていたのだ」


 そういえばそれが本題だったと思い出す。何故、あそこへ侵入したのかという謎から大分長い道のりになってしまったが、ようやく辿り着いたか。


「どうしてあんな場所に……」

「書斎に隠した場合、万一誰かに持ち出される可能性があると警戒したからだ」


 誰か、と口にするとき、どこか強調する響きを感じた。それは気のせいではない。俺は礼司さんが何を警戒していたのか知っていた。凪砂さんも察したらしく、俺の顔を窺いながら口を開いた。


「……それは、家族や使用人が内通者だと疑っていた、ということかい?」


 俺はその推測を肯定した。


「登と五月さんは疑われていました。付け加えるなら――今回式に集められた全員が容疑者です」

「成程、やけに招待客が少ないと思ったがそういうわけか」


 凪砂さんはやれやれと言う調子で首を振った。香住家では今回の式に招待されなかったことに関して揉めたのだろう。名取家の小夜子さんが招待され、香住家が招待されていないのだから、軽んじられていると一族の者が憤ったのかもしれない。

 礼司さんとしては、敵の候補者だけを集めて俺に対処させたかったのだと考える。あのメンバー以外に、『同盟』及びその関係者にどれだけ敵が潜んでいるか不明であるため、最低限の人だけ集めたのだ。


「まあ、とにかく雫さんの行動の意図はわかった。礼司さんは調査資料を書斎以外の場所に隠そうと考え、訓練場を選んだ。あそこは人の出入りが少ないからね。その上で彼自身は足を運んでも怪しまれない。この本館内でもよかったのかもしれないけど、他の誰かの目に触れる可能性はできるだけ少なくしたかったんだね。それにしても……雫さんはその資料を回収したんだろう? さっき部屋を捜索したときはそんな物見当たらなかったけど……」

「資料といっても、紙の類ではありませんから」


 そう言って視線を向けた先には、荷物を調べたときのまま放置されていたベッドの上の私物があった。視線の直線上にあるのはノートパソコンだ。それを見て俺は理解した。


「USBメモリか」


 ノートパソコンの隣に青いUSBメモリが一つある。あれが“資料”の正体だろう。


「記録室の天井裏に隠してあった物です。実は一ヶ所だけ取り外せる場所があるんですよ」


 俺はそのメモリを手に取り、じっと見つめる。


「これに“猟犬”の指示や資料を纏めているのか……量は多いか?」

「結構ある。一度に全部見て把握するのは難しいな」


 となれば、この後空いた時間を利用して確認した方がいいだろう。また、この三人で集まる時間をつくることを提案すると二人とも了承した。


「……それで雫さんはこれからどうする?」

「“猟犬”の指示を待ちます。礼司さんが死んでから一度私の家に手紙が届いたのですが“こちらから次の指示を出すまで待て”と」


 最初に礼司さんに指示を出した後は完全にダンマリを決め込んでいたが、流石にこの状況は(まず)いと手紙を出したらしい。礼司さんが死んだ以上、後は雫に何かしら指示を与えるしかないのだから。それを考えると、俺が彼女らの秘密を暴いたのはむしろ良かったかもしれない。


「向こうも今回の事件を知って何かアクションをとる可能性もある。しばらくは待ちだね」


 殺人事件の発生により調査に支障がでる恐れがあるのは、向こうも承知のはず。それを受けて対何らかの応を考えるだろう。


「しかし、奴は何をさせたいんだ? 裏切り者の存在をわざわざ教えて対処させるってことは、こちらと敵対しているわけじゃないんだろうが……」


 やはり気になるのは“猟犬”の真意だ。裏切り者探し、それに夏美の事件。何故、自ら追わず礼司さんにやらせる必要があるのか。


「内通者に関しては当人には調べる手立てがないからだろうね……となると“猟犬”は『同盟』と何かしら関わりはあるけど、内部に伝手はない可能性が高い。夏美さんの方は……どうだろうね。奴にとって重要なんだろうけど」


 俺も凪砂さんの考えに同意する。調査を進めていけば奴の正体や目的にも辿りつけると信じるしかない。


「“猟犬”から連絡が来たら教えてくれ。礼司さんから頼まれた以上、これからは君と共同戦線を張ることにしよう。凪砂さんもいいですか?」

「ふふ、任せろ。久々に君の役に立てて嬉しいよ。私を信用してくれるということだろう?」


 『同盟』にも近い香住家もまだ完全に信用できる状況ではないが、凪砂さんをよく知る俺は彼女を信じることにした。この人は昔から周囲を振り回してきたが、胸の内に宿る正義感は本物だと確信している。

 それに凪砂さんの信奉者たちは、今でも彼女との繋がりが強い。各方面に散らばっているので情報収集には適任だ。彼女の一声があれば、理由も訊かず迅速に動くだろう。果たして、それが良いか悪いかは別として。


「凪砂さんが実は敵だったら、大人しく白旗上げますよ」

「安心しろ、そうはならない」


 片目を瞑り爽やかな笑みを浮かべた彼女に、俺も微笑みを返す。静君も目線を向けると、決意に満ちた顔つきに頷いた。

 これからこの三人はチームだ。できれば寧にも打ち明けたいところだが、それは頃合いを見計らうことにしよう。“猟犬”は秘密を誰にも明かさないように言ってきた。既に俺に知られるという危険を冒した以上、他の誰かに話すのは慎重にならざるを得ない。特に警察官の凪砂さんに知られたことが露呈した場合、接触を完全に断つ恐れがある。


「さて……それじゃあチーム結成だ。二人ともよろしく」


 全容は何一つとして明らかになっていない。糸井夏美が消えた病院火災、彼女によく似た少女が現れた去年の夏と同時期に失踪した紫、紫の行方を知る“猟犬”との奴からの指示、その指示の一つである裏切者探しの最中に起きた信彦さんの殺害事件。関連があるのかどうかも不明瞭なか細い接点で繋がれたこれらの謎を解き明かすことが、今の俺に提示された数少ない道だ。


 この道の先に何が待ち受けているかはわからない。

 ただ、俺はそこに答えがあることを願って進むしかないのだ。


 時刻は午後六時になるところだった。

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