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エンゼルプラン  作者: 夏多巽
第二章 三月二十七日 前半
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雫世衣の告白 ‐混迷‐

「鷲陽病院火災……そうか、あのときに……」


 俺も鷲陽病院の火災を良く覚えていた。多くの死者を出したあの一件は、しばらくの間報道を加熱させた。何しろ話題には事欠かない出来事であったので、様々な憶測がワイドショーで飛び交う事態となったのだ。


 現場となったのは能力検査を行う施設であり、当時行われていた検査と火災の因果関係が厳しく問われた。もし、検査の手違いが元で火災が発生したならば、病院側は責任を免れないからだ。

 だが、現場となった地下フィールドには大きな爆発を起こすような物は見当たらず、可燃性のガスが原因とも考えられなかった。

 そこで原因は外部から爆発物が持ち込まれたのではないかと推測された。しかし、三号棟に入る際に手荷物は全てチェックされるため、爆弾などを持ち込むのは容易ではない。

 考えられる可能性として、何らかの方法で荷物のチェックをすり抜けたという説が挙げられたが、これも却下された。当日、三号棟へ入った全員に対して行われたチェックは、数名の病院スタッフによって行われた。このスタッフたちは火災当時に別の場所にいたため無事であり、後の捜査で彼らの証言を得られることができた。その結果、検査をすり抜けた者は誰一人いないという結論が下された。


 疑問は他にもある。死者の中で明らかに他殺である糸井夫妻についてもそうだ。

 夫妻は共に胸を刺されて死亡していた。この凶器が何なのかは不明のままだった。それよりも夫妻がどこで殺害されたかが焦点となった。

 二人の遺体は一切焼けておらず綺麗なままだった。それが意味するところは一つしかなく、遺体は後から現場に運び込まれたということだ。


 一体、二人の遺体は、いつ、どこから運び込まれたのか。


 実は消火後の調査に携わった複数人が奇妙な証言をしていた。地下で最も激しく燃えていたのが特殊フィールドとその周辺であったが、何故かそこから離れた場所――一階へ続く階段やエレベータ付近などは全く燃えていなかったのだ。より正確に言えば、ある地点までは壁や床が燃えているのに、そこから先は仕切りで区切っていたかのように綺麗であったのだ。地上へ炎が吹きあがったのは、爆発によってフィールドの上層部分が崩壊し、そこから炎が舞い上がったためであった。つまり炎はあれだけの勢いにも関わらずフィールド周辺に不自然な形で留まっていたということになる。そして、地上部分は全焼したが地下部分だけは大半が焼けずに残った。


 何故、そのような結果となったのか。

 地下にいた血統種の誰かが何らかの能力で火を喰い止めたという説が真っ先に挙げられたが、それならその人物が生きていないのはおかしいと反論された。だが、消火設備が作動したというだけでは説明がつかない。この状況に納得のいく説明をつけるには、血統種が用いる超常の力に理由を求める必要があった。それでも疑問が解決しないことが問題ではあったが。


 話を戻そう。結論から言えば糸井夫妻の殺害現場は、地下の火の手が及ばなかった区画であることが判明した。ある部屋の床から血痕が発見され、DNA鑑定の結果夫妻の血液だとわかった。夫妻はこの部屋で殺害された後、フィールド周辺の炎が消えてからそこまで運ばれたのだった。

 誰が、何の目的でそんな真似をしたのか、それを解き明かすには情報が少なすぎた。


 そして、一番の謎は何と言っても消えた少女の件だ。

 火災発生時、三号棟の地下では治癒能力を効果を計測する実験が行われていたことが、複数の証言から明らかとなっている。当然、糸井夏美もそこにいたはずだ。

 だが、焼け跡に彼女の姿はなかった。完全に消えてしまったのだ。


 三号棟の入口や地上階の通路に設置されていた監視カメラには何も映っていなかった。誰の姿も捉えていないという意味ではなく、カメラそのものが機能していなかった。火災発生の一時間ほど前から突然映像が途切れていたのだ。人為的、作為的な妨害と考えられたそれは、殺人や失踪との関連が推測された。


 最も混乱を引き起こした少女の消失という謎に全国が注目した。生きているのか、それとも死んでいるのか。生きているなら何者かに連れ去られたのか、それとも自らの意思で消えたのか。死んでいるなら何故遺体は持ち去られたのか。


 謎は何一つ氷解することなく、ただ時間だけが過ぎていった。月日が流れれば記憶も関心も薄くなる。それはこの事件も同様だ。鷲陽病院火災は多くの不可思議を孕んだまま、近年最大のミステリとして名を残した。


「私たちは諦めなかった。諦められなかった、とも言える」


 強烈な記憶に苛まれるように、それを必死で耐えるように雫は肩を震わせていた。それでも声だけははっきりとしていた。


「あんな訳のわからない事態が起きて、何もわからないまま終わり、なんて納得できるか」

「当然だな」


 俺の脳裏に浮かんだのは義妹の一人の姿だ。去年の夏に同じように消え、今なお足取りの掴めない少女。


 似ている、と思った。

 少女の不可解な失踪事件。いずれも血統種。そして、両者は都竹蓮という接点で結ばれている。


 単なる偶然か。


「それで、雫さんはどうしたんだい?」

「……私と蓮くんはどうにかあの事件の情報を得たいと考えました。そこで鋭月に掛け合ってみたのですが……大人に任せておけと言われて放られました」


 凪砂さんの問いかけに答えるその顔は苦々しい。嫌なことを思い出すように溜息をついた。


「鋭月に掛け合った?」

「彼もあの事件で部下を亡くしていた。警察とは別に独自の線で追っていたらしい」

「部下を亡くした……じゃあ、死亡した十人の中にいた外来の二人ってのは……」

「鋭月の会社の従業員だ。鋭月とも近いポジションだと噂で聞いた」


 死んだ二人の部下も検査に立ち会っていたとは、どういうことだろう。


「鷲陽病院を紹介したのは鋭月だと言っていたが……奴も検査に関心があったのか?」

「と言うより、検査そのものが鋭月の発案と言う可能性があるね。奴が鷲陽の院長に掛け合って検査を実施させたと考えるとすっきりする」


 凪砂さんの回答に俺も賛意を示した。詳しい事情は知らないが雫の話を聞く限りでは、糸井夫妻はどうやら鋭月に対して強く出られない間柄だったらしい。奴が夏美に検査を受けさせたいと言い出せば、逆らうことはできなかっただろう。その上で部下二人をあの検査に立ち会わせた。


「蓮くんから伝えられたのだが、彼の家に里見も含めて会社の人間がひっきりなしに出入りしていたそうだ。あまり収穫はなかったらしいがな。ずっとぴりぴりした空気が漂っていると、こちらへ避難してくることも多かった」


 当時の様子を思い出したように雫が苦笑した。


「その後のことは……まあ、未解決のままということは何もわからなかったのか」

「それもあるが鋭月が逮捕されたこともあって、それどころではなくなった。蓮くんの周りはばたばたしていて、何も手をつけられない状態だった」

「……ああ、あの頃か。仕方がないと言えばそうだけど」


 鋭月の逮捕は俺が小学校六年のときだ。確か二学期の間に起きた出来事だった。蓮と母親はその後急いでこの街へ転居した。


「蓮くんがこちらへ引っ越したことで、そのまま疎遠になってしまった。いや、正確には鋭月が逮捕される前――蓮くんと彼の仲が悪化した頃から、私を避けるようになっていた。大分神経質になっていたから私もどう接していいかわからず……後はその状態がずるずる続いて」


 残念そうに肩をすくめる雫に少しだけ罪悪感が湧きあがった。別に俺や礼司さんが悪いわけではないが、結果的に彼女らの邪魔になったのも事実だ。


「そして、蓮くんが死んだ――」


 残酷な結末を述べるような口調に、一瞬身体の毛が逆立った。顔に緊張が表われないように平静を努める。


「私は諦めかけていた。警察があれだけ捜査しても手掛かりが掴めない。当事者も全員死んでいる。調べる手立てもない。同じ想いを抱いていた友人もいなくなった。どうしようもなくて……何をしたらいいかもわからず――そう思っていた矢先だった」


 沈んだ様子で語っていたのが突然の熱の籠った調子へと変化した。


「去年の春……私が高校に進学してから一月程後だ。ある噂(・・・)を偶然知ることになった」

「噂?」

「夏美らしき人物を目撃したと言う噂だ」

「……何だと?」


 雫の口から告げられた言葉に、俺は瞠目した。

 俺の反応を見て、雫はどこか懐かしむように微笑んだ。


「最初に知ったときは何かの間違いだと思った。だが、それでは片付けられない根拠も見つけた。私はその噂が真実か確かめようと動いて……あなたのお義父さん、礼司さんと出逢ったのだ」

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