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エンゼルプラン  作者: 夏多巽
第二章 三月二十七日 前半
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雫世衣の告白 ‐追憶‐

「すると糸井夫妻は桂木鋭月と親交があったのか?」


 俺は思わず鋭利さをはらんだ声色で訊ねた。それに頷き返す雫。


「なんでも夏美の御両親が勤めていた学校に多額の寄付をしていたらしい。それに学外での活動でも顔を合わせることが何度もあって、親しい仲になったそうだ」

「あの鋭月が若者の更生に熱心、か。大方手頃な駒でも探していたんじゃないのか」

「だろうね」


 対立派は社会から爪弾きにされた連中を取り込むことが多い。大抵は使い捨てだが、才能ある者を見出しては訓練を施して、一人前の兵士へ育て上げることもある。『同盟』が相手取る凶悪犯罪を引き起こす血統種とはそういった奴等がほとんどだ。


「あの頃はまだ彼の正体は知られておらず、優秀な企業家として表の世界で生きていた時代だ。ただ、裏では既に様々な悪事に手を染めていただろうな」


 桂木鋭月という男は、元は御影家のような名士の一族の出だった。桂木家はここ百年程の間に交易で栄えた家だ。

 交易の相手はある魔物の隠れ里(コミュニティ)だった。そこは鋭月の祖先となった魔物の故郷でもあり、当時人間の世界でもあまり知られていない地であったという。

 

 魔物の中でも人間に近い外見や知能を有した個体――即ち俺たち血統種の“源流”に当る個体は、このように隠れ里を築いて住んでいる。この隠れ里は一種の異界であり、俺たちの暮らすこの世界とは別の次元に存在している。“一種の”というのは通常の異界とは異なる点があるからなのだが、今は関係ない話なので置いておく。

 交易の対象となったのはこの里固有の動植物だ。桂木家はこれらを売り捌くことで財を成したのだ。まだ異界の動植物があまり出回っていなかった時代ということもあり、魔物の生体を研究する機関にとっても重宝したらしい。


 そして、鋭月は今代の当主として祖先の故郷のみならず世界各地に点在する里との交易を手掛けていた。現代では魔物の里は開放的となり、人の世界との行き来も苦労しなくなっている。排他的な地でなければ安全に旅行することも可能だ。そういった里から得た品で桂木家は経済的、政治的基盤を強固にしたのだった。


「雫自身は鋭月と親しかったのか?」

「いや、時折会話する程度だった。来訪したときはいつも夏美の御両親と話していたからな。夏美のことを可愛がっていたから、たまに部屋に顔を出すこともあったくらいだ。その際に私にも愛想よくしてくれたが……ただ、どうしてもあの笑顔だけは好きになれなかった。薄っぺらい……と言えばいいのか、人当たりの良さそうな顔を貼りつけただけというイメージがあってな。今思えばその勘は間違っていなかった」

「子供はその辺り大人より敏感なのかもしれないね」

「彼はそれなりの頻度であの家を訪れていた。少なくとも月に一、二回くらいは見かけたな。いつも里見という運転手が付き添っていた」


 里見修輔は表においても鋭月の部下として侍っていたという。里見は鋭月直属の暗殺者であり、鋭月の正体が世間に知られた後に、その素顔が判明した。

 礼司さんが鋭月と対決した際にも居合わせていたというが、主の指令により戦線を離脱し残存勢力の立て直しを図ったと聞いている。それ故に、対立派は鋭月の収監という憂き目に遭っても、未だその活動に衰えを見せていない。


 そんな男が今回の事件にも絡んでいる以上、絶対にここで奴を倒さなければならない。

 

「君は蓮とも仲が良かったのかい?」

「はい、私と夏美と蓮くん、この三人で集まることがよくありました。同い年でしたが、蓮くんはお兄さん代わりのような人で、一緒に遊ぶというより夏美の保護者といった方が似合ってますね」


 当時の光景を思い出したのか、雫がふふと笑みを零す。




 蓮が糸井家に連れてこられた理由は、糸井夫妻や鋭月の支援活動を手伝わせるための顔合わせが目的だった。夫妻の勤務する特殊学校では定期的に外部の子供たちとの交流会が開かれており、蓮も参加することが決まっていた。これには夏美も参加する予定であり、折角なので事前に逢わせようという話になったのだ。


 鋭月と糸井夫妻が話し合い、里見も鋭月に付き添っているため、子供三人は互いに打ち解けあう時間をつくることができた。


「なー、(すぐる)ってどんな能力使えるんだよ?」


 夏美のガキ大将根性はここでも遺憾なく発揮された。初対面にも関わらず親分面する少女に蓮は相当狼狽えたらしい。

 なお、蓮が鋭月逮捕前に使っていた名が桂木優であり、当時も雫たちからはこの名で呼ばれていた。


「アタシって世衣以外の血統種って知らないんだよな。だから珍しくってさ。他にどんな奴がいるのか知りたいんだよ。いいだろ?」

「う、うん、それはいいけど……」

「落ち着くんだ、夏美。ごめん優くん、こいつはいつもこんな風で……」

「あはは……気にしなくていいよ。俺の能力は武器を作るってやつで……剣とか弓矢とか槍とかを作って、好きに操れるって能力なんだ。俺の父さんも似たような能力でさ」

「へー、それって武器ならなんでも作れんのかよ?」

「何でも、とはいかないよ。銃とかならいけるけど、もっと大きな兵器とかは駄目だよ」

「見栄え良さそうな能力だよなー。アタシはあんまり派手じゃなくてさ。単に傷を癒すってだけの能力なんだ」


 さらりと口にした夏美だったが、蓮は瞠目した。


「傷を癒すって……それって結構珍しいんじゃないの?」

「そうらしいけどアタシはもっと派手なのがよかったな。ほら、アタシってこんな性格だから、こうガツンと行く方が好みなんだよ」

「そうなんだ……良い能力だと思うけど」

「柄じゃないんだよ。学校の友達とかは凄い凄いって言うけどさ。皆を癒してくれるからって天使(エンゼル)とかあだ名付けられてるんだぜ。嫌になるよ」


 頬を膨らませてそう不満を述べるが、蓮の言うとおり治癒系統の能力を持つ血統種は極小とまではいかなくとも、それなりに珍しい。現在の『同盟』でも確保している人数はそれほど多くない。また、能力の強さにもピンからキリまであり、実用的なレベルに達している数はさらに絞られる。この能力を持っていれば将来喰うに困ることは絶対にないと言える。


「天使ね、確かにイメージに合わないかな」

「これが天使だなんて、最初に呼んだ奴はどうかしている」

「……お前結構口悪いよな」


 三人の相性は非常に良いものだった。これ以降、休日になるとこの三人が一緒に行動している様子が見られるようになった。

 特に夏美と蓮の間柄は、急速に進展した。当初は夏美がリーダーを気取り、蓮がそれに付き合わされるという構図であった。これが時間の経過と共に逆転していった。蓮は元来思慮深く、冷静さと判断力が持ち味であり、夏美の性格を深く知るにつれて彼女を制御する方法を発見した。気がつけば手綱は蓮の手に握られており、夏美はまるで腕白な飼い犬のようになっていた。

 そして、夏美はそんな関係を嫌がっていなかった。意外にも夏美は他人に甘える性格であり、心を許した相手には何かにつけてべったりするのが常だった。これは雫に対してもそうであり、学校においてこの二人は切り離せない関係となっていた。


 都竹蓮と糸井夏美。

 この二人は傍から見れば、子供っぽい淡い恋心を抱きあっているようであった。




 雫の語りがひと段落したところで、俺はぽつりと呟いた。


「恋心、か」


 俺が知る都竹蓮という少年は、紫に恋していた。あいつが他の女性に恋をするなど考えもしなかった。それくらい二人の仲は親密であった。

 だが、雫の話に出てくる蓮は、それとは異なる姿を持っていた。紫とは正反対といえる溌剌とした少女と心を通わせる様子は、容易に想像できるものではなかった。


「むう、あの蓮が……少し信じられないな。紫とは全然違うタイプの子じゃないか」

「私は紫さんがどういう人か知りませんが……そんなに違いますか?」


 凪砂さんが当然の疑問に唸り声を上げる。雫は紫と蓮の仲を既に知っているが、紫の性格までは知らなかったらしい。


「見たら一発なんだが……」

「うん」


 紫は一言で語るには個性的すぎる。俺も凪砂さんも説明を放棄することにした。


「まあ、いいか。とにかく二人はとても仲が良かったんだな」

「そうだな……私から見れば恋人というより兄妹に近いと感じた。蓮くんは同い年とは思えないくらい精神が成熟していて、私も頼りにしていた」

「そうか……それにしても、あいつから夏美の話が出たことは一度もなかったぞ。中学に入る頃はどうだったんだ?」


 あいつと出逢った頃も、紫と交際を始めた頃も、そんな話は一度も口にすることはなかった。それが不思議で仕方がない。

 そう思って俺が何気なく質問した途端、雫の顔に陰が差した。


「話さなかったのも当然だ……夏美はもうその頃にはいなかったからな」

「何があった――?」


 低い声で訊ねた凪砂さんから目を逸らし、辛そうに俯いたまま雫は答えた。


「夏美の両親が殺されて――夏美も行方不明になったんです」

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