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エンゼルプラン  作者: 夏多巽
第二章 三月二十七日 前半
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雫世衣の告白 ‐邂逅‐

 話は何年も前に遡る。


 雫世衣は幼い頃、人見知りの激しい子供だった。同年代の子供と遊ぶことを敬遠し、一人で黙々と遊ぶことを繰り返していた。

 これは単に性格だけが原因だったわけではない。血統種の子供は純血の人間の子と距離を置きがちなものだ。強大な力を持て余し、下手をすれば他者を傷つけることもある。故に周囲の大人たちも無理に彼女を子供たちの輪に加えようとしなかった。『同盟』が経営する施設にもその手の子供は大勢いるし、礼司さんに連れられて施設を訪れたときに逢ったこともある。

 それが雫の孤立を深める結果となったが、大人たちの対応を無理解だと責めるのは酷だ。血統種の子供の扱いはデリケートな問題であり、今なお議論が交わされているのだから。酷い場合だと隔離もやむを得ないということもある。

 雫の場合、腫物扱いに近かったらしいが、まだましと言えるかもしれない。ともかく雫は小学校に入って一年が経つまで、そんな孤独な生活を送っていた。


 そんな生活が二年生に進級してから一変した。雫の学校に他校から一人の少女が転校してきたのだ。


 この少女の名を糸井(いとい)夏美(なつみ)という。


 夏美は家庭の都合で引っ越してきたばかりの少女で、家も雫と近い場所にあった。登下校時には二人は顔を合わせるのが日常であり、クラスも雫と同じになったことで互いに顔と名前を認識し合う程度には知り合いとなった。


 夏美は雫とは正反対の性格をしていた。勝気で男勝り、考えることより身体を動かすことが好き、思ったことはすぐ口に出る、むしろ口より先に手が出やすい。

 雫との共通点があるかと言えば一つだけ――一部の血統種が持つ紅い瞳だ。

 血統種であった夏美だが、雫と違って孤立していなかった。人間の子供とも当たり前に接することができ、うまく馴染んでいた。じゃじゃ馬なのが欠点だが面倒見のいい夏美はクラス内でも発言力が高く、気がつけば男子を差し置いてクラスのリーダーに君臨していた。


 さて、同じクラスとはいえ雫は夏美に対して特に関心を抱くことはなかった。一人でいることに慣れていた彼女にとって、同じ血統種だからといって親しくしようと考える程器用な性格でなかったからと言える。

 しかし、夏美の方は違った。彼女もまた身近に同族の子がいない生活を送ってきた一人であり、初めて出逢った“同類”に惹きつけられた。後に彼女自身が語ったところによれば、珍しい生き物を発見した感覚に近かったらしい。好奇心旺盛で行動的な夏美は雫にアプローチを仕掛けた。


「なあ、お前の血統種の能力ってどんなやつなんだ? 見せてくれよ!」

「嫌だ」

 

 これをにべなく拒否した雫。しかし、夏美は諦めなかった。友人たちが放っておけばいいのにと呆れるのも無視してコミュニケーションを図ろうとしては、また断られる……と言う流れを何度も繰り返した。

 どうせいつかは飽きるだろうと高を括っていた雫はその粘り強さにとうとう根負けし、関心が薄れるまで少しだけ付き合ってやろうと思った。


 夏美がしつこく構ったのは、彼女の両親の仕事も関係していた。

 夏美の両親は、血統種の子供を集めた特殊学校の教師を務めていた。この手の学校は過去に何かしらの事件を起こした子供が集められていることが多く、二人の職場もその例に漏れなかった。『同盟』傘下の施設と似たようなものだ。親に見捨てられた子もいれば、人間に馴染めずに自ら進んでやって来た子もいる。そんな子供たちの教育に情熱を捧げた二人は互いの志に感銘し合い、出逢って数年後に結ばれたという。


 糸井夫妻は学校外でも様々な問題に取り組む活動をしていた。主な活動は軽犯罪に手を染めた血統種の更生、その家族への心的ケアなどだ。地道な活動の末に理解を広げていき、近隣住民の信頼も厚かった。

 夏美はそんな両親の背中を見て育った。まだ十にも満たない少女であったが、自分もそんな大人になりたいという憧れと夢を抱いた。

 そして転校先の学校で、夏美はいつも孤独でいる雫を見つけ……使命感のような感情に駆られたらしい。


 その話を聞かされたとき、雫はいい迷惑だと思った。適当に相手をしてやれば、どうせいつかは飽きるだろうと軽んじていた。




「そう思っていたのだが……気がついたらお互い親友と呼ぶ仲になっていた」

「おい、どういう経緯でそうなったんだ」


 昔話に耳を傾けていた俺は、手頃なタイミングを見計らって口を挟んだ。

 質問に対してどう答えるべきかという様子で悩む雫。


「まあ……強いて言うなら“居心地が良かったから”か。振り回されることはあっても不愉快な思いをすることはなかった。決して気持ちを押しつける真似はしなかったし、私の意思を尊重してくれた」

「話を聞く限りじゃ直情的な奴みたいだが……案外慎重なのか」

「両親の影響もあったのかもしれない。あれでなかなか賢いところがあった。聞き上手でもあって、悩んでいる子の相談に乗ったりしていた。教師だった親の影響だったのかもな。それに頼りがいのある性格で何事も任せられるという安心感もあった。だから間近で見ている内に印象が変わっていって……気がつけばあいつを信頼するようになっていた」


 懐かしそうに、しかしどこか寂しげに雫は微笑む。

 

「その子のことはよくわかった。それで今回の事件とその話がどう繋がるんだ?」

「私と夏美の関係はこのくらいでいいだろう……次の話は、恐らく由貴くんにも刑事さんにも興味があると思う」


 そう言って雫は姿勢を正して、ある出来事について語り始めた。




 ある日曜日のことだった。

 その日、雫は昼前に家を出て、糸井家へと向かった。夏美と遊び、さらに勉強を教える約束をしていたのだ。

 糸井邸は雫家から徒歩十分の距離にある。モダン建築の一軒家で、親子三人が住むにはやや広い。夏美の部屋の窓は道路から見上げることができる位置にあり、雫が訪れるときはいつもそこから顔を覗かせている。


 糸井邸が視界に入る頃、雫はその前の路上に見慣れない車が停車していることに気づいた。黒塗りの高級車だ。不思議に思っていると後部座席から一人の男性が降り立つ。年は三十から四十の間ほど、グレーのスーツを着た細身の男だった。

 男に続いて一人の少年が降り立った。こちらは雫と同じ年頃に見え、前髪が長く利発そうな顔つきをしている。何やら緊張した面持ちで糸井家を見上げていた。


 家の中から夏美の父親が現われ、スーツの男性を出迎え頭を下げた。糸井氏は運転席にいた男性と言葉を交わし、車をガレージへと誘導していった。


 この間に雫は糸井家の前まで辿り着き、先にガレージから戻ってきた糸井氏とスーツの男の会話を耳にすることができた。


「こうして顔を合わせるのは久しぶりだね。急な引っ越しで何か問題は起きていないかな?」

「いえ、こちらは何も変わりありません。夏美も新しい学校に慣れたようで、いつも通りです」

「いつも通り、ね」


 スーツの男はうんうんと独りで頷き、糸井氏はその様子を何故か蒼ざめた顔で見つめていた。男は柔らかな微笑を浮かべていたが、雫はそれを見て背筋に何かが這うような感覚を覚えた。どういうわけかその眼に感情と呼べるものが何一つ宿っていないように見えたのだ。


 雫は歩みを止めて立ちつくし、男を眺めていた。そこへガレージから運転手の男が戻ってきて、雫が会話を立ち聞きしていることに気づいたらしく、鋭い視線で睨みつけてきた。会話していた二人も彼の視線に釣られて雫の方へ顔を向け、糸井氏は途端に彼女の下へと駆け寄ってきた。


「ああ、世衣ちゃん、いらっしゃい! 夏美なら部屋で待ってるよ」

「ん? ひょっとしてあの子の友達かな?」

「は、はい、クラスメイトの子です」


 男に訊ねられて声を上ずらせた親友の父親に、雫は不審を抱いた。

 彼は何故これほどまでに動揺しているのだろう?


「そうか、友達ができて何よりだよ――ほら、里見くん、子供相手にそんな目を向けるなんてみっともないじゃないか」

「も、申し訳ありません」


 里見と呼ばれた運転手は、男の言葉にはっとして頭を下げた。男はやれやれと言いたげな調子で苦笑いした。その笑みもまた何か得体の知れない物を覆い隠すように貼りつけたような印象を与え、雫の身体の奥底を震わせた。


 その後、糸井夫人も外へと出てきて、男を丁重に出迎えた。彼は自分より先に雫を案内するように言い、その言葉を聞いた夫人はすぐに雫を家の中へと連れて行った。このとき、雫の手を握る力が妙に強かった。まるでその男から早く引き離そうとしているかのように。


 玄関の扉が閉まる直前、振り向いた雫の目に相変わらず柔らかな笑みを湛える男と、その隣に佇む前髪の長い少年の姿が映った。少年の瞳は彼女に何かを問いかけるように揺れていた。


 これが雫世衣と桂木鋭月、それに都竹蓮の邂逅であった。

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