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エンゼルプラン  作者: 夏多巽
第二章 三月二十七日 前半
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雫世衣との対決

 訓練場から出た俺たちは一旦居間へと移動した。ソファに座って相対する俺と凪砂さん。部屋の中にいるのは俺たちだけだ。彩乃はトリスの件を慎さんに打ち明けに行ったのでいない。今頃慎さんから説教されているだろう。部屋の外には凪砂さんの部下が控えていて、誰も入れないようにしている。


「ちょっと整理してみよう」


 ここに二つの鍵がある。

 一つはトリスが発見したキーホルダー付きの鍵。もう一つは雫の鞄から発見された鍵。これらの鍵はいずれも訓練場の鍵穴にぴったり合った。

 この事実をどう考えるべきか。


「まず、あの狸くんが見つけた鍵にはキーホルダーが付いていた。つまりあれが元々管理室にあった鍵とみていいだろう」

「ええ、そうです」

「しかし、そうなると雫さんの部屋で見つかった鍵は何だろう」

「……そうですね」


 それが意味するところは一つしかない。

 ただ、その事実が大きな問題だ。


「現場の鍵は二つあった――ということになるが、そんな話は聞いていないね」


 そう結論付けるほかないのだが、ここで首を捻る凪砂さん。


「俺も知りません。あの鍵は一つだけで合鍵もない。少なくとも俺が出て行く前まではそうでした」


 昨日の朝、訓練場へ行ったときもそんな話は出てこなかった。登が俺から鍵を回収したときもそうだ。


「ならば、雫さんが持っていた鍵はどこから湧いて出てきたのだろうね?」


 それが一番の謎だ。何故、初めてここを訪れた雫が鍵を所持していたのか。

 管理室へ行っていないのに訓練場に侵入できたという矛盾の答えは出たが、新たな疑問が生まれてしまった。


「……鍵がもう一つある以上、誰かが合鍵を作ったとしか考えられません。問題は誰が作ったか、そしてどうして雫がそれを持っていたのかということです」

「鍵の出所については錠前店からの連絡待ちだね」


 この家の合鍵を作製する際には、礼司さんの父親の代から馴染みの深い錠前店に注文するのが常だ。当時の店主は既に隠居して縁側でのんびり茶を啜る毎日を送り、現在は長男が店を継いでいる。代替わりしてからは商売の幅を広げ、人間が魔物や血統種に襲われた場合に対抗できるような防犯グッズの販売もしていて、経営は順調らしい。


 過去に訓練場の合鍵を作製したことがあるか、まずその店に確認してみようということになった。俺たちの知らない間に合鍵が作られていたならば、その経緯は知っておく必要がある。


「そういえばあの木箱の方はどうでした?」


 鍵のこともそうだが、トリスが拾ってきた箱も正体不明の代物でこちらも気にかかる。

 あの箱はどこから拾ってきた物だろうか。俺はこの家であんな箱を見たことがない。五月さんや登にも訊ねてみたが、二人とも知らないと言っていた。少なくとも屋敷の備品ではないとのことだ。寧が帰宅したら一応訊いてみるつもりだが、恐らくあいつも知らないだろう。

 箱の指紋も調べたが、これも成果なしだった。


「木箱自体は何の変哲もない物だったよ。ただ、中身は調べてみないとわからないね。私も見たことのない葉だった。まあ、怪しい薬の類ではないと思うけど」


 あの茶色の葉は持ち帰って詳しく調べるとのことで、結果が出るまで多少の時間を要するそうだ。

 茶色の葉について登に訊ねてみたが、ここの敷地内に生えている植物のものでないとしかわからなかった。

 植物について詳しい登でもわからない種――一体何だというのか。


 凪砂さんの懐から軍歌のような勇ましいメロディが鳴り出した。彼女はスマホを取り出すと、俺に目配せする。錠前店へ行った部下からの連絡だろう。


「ああ、私だ。それでどうだった?」


 通話を始めて早速そう切り込んだ凪砂さんは、そのまま黙って相手の言葉に耳を傾ける。次第に目を細めていく彼女を固唾を飲んで見守った。掌にじんわり浮かんだ汗を服の裾で拭う。

 電話の相手に何度か相槌を打った凪砂さんは、最後に大きく息をついた。


「それは確かなのか? そうか――」


 電話を終えた凪砂さんは、複雑そうな表情を向けてきた。


「合鍵を注文した人物が判明した」

「誰です?」

「礼司氏だよ。去年の十一月に注文したと記録に残っていた」


 次は俺が複雑な表情を浮かべる番だった。

 意外だったからではない。予想した通りの展開(・・・・・・・・・)だからだ。

 合鍵が存在する以上、それを作ったのはこの家の人物である可能性が高い。そして雫がそれを所持していたことから、彼女に渡した可能性のある――即ち雫と面識のある人物でもあると推理できる。


 だが、結局のところそれが意味するのは何なのか。


「凪砂さん、一つ俺の我儘を聞いてもらえませんか?」

「何でも言ってくれたまえ。可能な限り応えよう」


 これ以上疑問が増える前に、溜まった方を一つずつ片付けていかねばならない。

 やるべきことは沢山ある。俺の仕事のためにもまずはこの謎を解決しよう。


「雫の尋問に俺を立ち会わせてほしいんです」




「……訊きたいことがあるという顔だな」


 雫の部屋へ行くと、疲れきった顔で彼女が出迎えてくれた。

 俺と凪砂さんだけ中に入り、例によって凪砂さんの部下は廊下で待機する。


「悪いが俺も御一緒させてもらう。どうしても必要なことなんだ」

「構わない、刑事さんが許すなら好きにしてくれ。尤も、凡そのことはわかっているのではないか?」

「その点をはっきりさせるためにも、順を追って説明していこう」


 雫の鞄の中身ははまだベッドの上に置かれたままだった。捜索の際に全て取り出されたのだろう。その他に荷物はない。クローゼットの扉が半開きになっているくらいで、あまり散らかっていなかった。調度品以外に大した物は置いていない客間だったので、捜索は苦労しなかったはずだ。


 少し気だるげにしてベッドに腰掛ける雫を見据えた俺は、声のトーンを落として話を切り出す。

 雫の瞳に一瞬緊張が走った。


「まず、俺が君に対して抱いた疑問は“何の目的でここへ来たのか”ということだ。御影家と繋がりの薄い君を、礼司さんがわざわざ今回の式に招待するのは妙だ。その理由が何なのか、それはさっきまでは全く掴めなかったが――」


 俺が言葉を切ると同時に、凪砂さんがキーホルダーの付いていない鍵を取り出す。


「君の部屋から訓練場の合鍵が発見されたことで、その理由にも見当をつけられた。この鍵は礼司さんが生前作らせた物だとわかったよ。君はこれを礼司さんから予め受け取っていたんだろう。だから管理室の鍵を盗む必要もなかった」


 そこでようやく己の証言に隠された矛盾に気づいた雫は、やってしまったと言いたそうな苦々しい顔をつくった。最早言い逃れはできないと悟ったのか、鈍い動きで頷く。


「その通りだ」

「ああ、それじゃあ次に移ろう。一体君があの場所で何をしていたのか、ということだ。何の目的があって深夜――皆が寝静まった頃に忍び込んだのか……」

「その答えもわかっているのか?」


 俺は無言で頷き、核心を突きつけた。


「君の目的は……記録室を漁る(・・・・・・)ことだった。違うか?」


 雫の口元に薄い笑みが浮かんだ。それが俺の推測を肯定する意味を込めたものであることは明白。

 乾いた唇を舐め、俺はその推測の根拠を語った。


「最初に現場に駆けつけたとき変だと思ったんだ。君は誰の案内も必要としないで一人で記録室へ向かっていただろう。昨日の夜、居間で話をしていたときに記録室の話題は出たから存在自体は知っていても不思議じゃない。だが、場所までは知らないはずだろう?」


 そう、現場に駆けつけたときからずっと脳裏に引っかかっていた疑問だった。

 雫は初めて訓練場へやって来たはずなのに、何故記録室の場所を知っていたのか。彼女は記録室へ行くと言い、何の迷いもなくそこへ向かった。それを不思議に思っていたがその場では追究せず、信彦さんを捜すことを優先した。その疑問が再び頭をもたげたのは、雫が訓練場へ忍び込んだことが凪砂さんによって明らかにされたあの場面の後だった。

 

 考えられる可能性は一つ――雫は以前にも記録室を訪れていた。


「言われてみると不自然な言動だったな、あれは」


 あっさりと過ちを認める雫。管理室へ行かなかった事実を晒した件といい、雫は根っこの部分が正直すぎて取繕うことに慣れていないように感じる。一見クールに見えるこの少女は、実際のところ素直な性格だ。


「そういうわけで君の狙いが記録室に忍び込むことだと考えた……その反応からして間違っていないようだな」

「ああ、大正解だ。あなたの言うとおり私の目的は記録室を調べることだった。礼司さんから受け取った鍵を使ってな」


 やはりそうだったか。雫の行動の裏には礼司さんの意思が存在していた。

 礼司さんが彼女をここへ呼んだ理由はこれだったのだ。


「……じゃあ、記録室を調べたのも――それを指示したのも礼司さんか?」

「そうだ……だが、指示したというのはちょっと違うな」

「全部話してくれますね?」


 一歩前へ出て促す凪砂さん。

 隠し事を吐いてすっきりしたのか顔色を幾分良くした雫は「はい」と力強く返事した。


「……こんな事件が起きなければ最後まで黙っているつもりだったが、そうもいかなくなったか」

「黙っていたのは、礼司さんとそういう約束を交わしていたからなのか?」

「そうだ、事と次第によっては命に関わる(・・・・・)こともあり得ると念を押されてな」


 物騒な言い回しに俺と凪砂さんは揃って目を丸くする。

 人に言えないだけの理由があるとは察していたが、そこまで深刻な話だというのか?

 雫は決して冗談を言っている風ではなく、至って真剣な表情だ。


「少々長い話になる。どこから話せばいいものか……」


 そう言い雫は長い物語でも朗読するかのように語り始めた。

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