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エンゼルプラン  作者: 夏多巽
第二章 三月二十七日 前半
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現状の把握

 俺が昨晩雫と交わした会話について説明し終えると、聴き手の三人は一言も発することなく考え込む素振りを見せた。それから一番最初に口を開いたのは隼雄さんだ。


「蓮くんの友達だったとはねー。そりゃあ御影家(うち)と直接の繋がりはないわけだ」

「友達というのは語弊があるみたいだったが、親しかったのは確かだ」


 隼雄さんは「うーん」と唸っている。まだ納得がいかないという表情だ。

 その理由は俺にもわかる。結局、礼司さんが雫をここへ呼んだ理由が不明だからだ。何故、蓮の知人である彼女が招待されたのか、礼司さんの真意が全くわからない。そもそも二人はどこで知り合ったのだろうか。蓮が住んでいた街を去ってから、蓮と雫は一度も逢っていない。故に礼司さんと雫が出逢う機会が巡るはずもない。礼司さんはいつ何をきっかけに雫を知ったのか。


 そして、何故雫も招待に応じてやって来たのか。『同盟』の関係者でもない雫が、就任式に招待されたことに不審を抱かなかったとは思えない。しかし、見たところ不審に思う様子も警戒している様子も全くない。恐らく彼女自身にも何らかの目的があるのだ。現場に侵入した動機もそこに繋がっていると、確信めいた予想が頭に浮かんだ。昨夜別れ際に探りを入れたときの反応も、この予想を後押しした。


「ところで――ちょっと話題は変わるんだけど、いいかな?」


 章さんが姿勢を正して、俺たちの顔を見回した。


「何かな?」

「雫さんの話で逸れていたけど、信彦さんを殺したのは誰かという謎です」


 一連の会話を通じてその認識は俺たちの間に共有されていたが、章さんはその点を改めて言葉によってはっきりさせたいらしい。


「信彦さんを殺した犯人は、今この屋敷にいる誰か――そう断定していいよな?」


 場に沈黙が下りる。

 寧は沈痛な面持ちで膝の上に乗せた拳を握りしめた。隼雄さんは足を組みソファに大きくもたれかかると天井を仰ぎ、掌で目元を覆った。


「……やっぱりそういうこと?」

「ま、そう考えるしかないよね」


 魔物の襲撃に併せて侵入して信彦さんを殺したという辰馬さんの説には少々無理がある。あの襲撃が単なる陽動である可能性は確かに存在する。実際に迎撃のために屋敷から何人も出払っていたのだから、その隙を狙う策は有効だろう。

 だが、侵入者が存在する可能性は薄い。屋敷の周囲には大量のメイド人形が配置されていて、外部の人間は容易に侵入できない状況であったからだ。人形には屋敷に接近する者がいれば制止するように指示していたし、襲撃に気づいた後に人形は一体も破壊されていない。ならば殺人者は最初からこの屋敷内にいて鍵を持ち出し、信彦さんを呼び出して殺害した――そう考えるほべきだ。


 しかし、やはり殺人者の目的が信彦さんの殺害のみというのは解せない。敵がここにいた人たちには何の危害も加えず、訓練場にいた信彦さんだけを殺すのはあり得ない話だ。例えば、辰馬さんや章さんは『同盟』内での地位が高く、対立派にとって優先的に排除する対象だ。さらに次期当主の寧もその対象に入る。犯人イコール裏切り者であれば、尚更彼らを差し置いて信彦さんを狙うのは不自然極まりない。

 信彦さんの地位は決して高くはない。『同盟』の関係者とはいえ一研究者に過ぎない彼を、何故真っ先に殺す必要があるのか。


 どうも犯人の動機に至るには、まだ情報が欠けているようだ。本当に信彦さんに命を狙われる理由がないか洗う必要がある。


 そんな中、寧が新たな疑問を提示した。


「でも、変じゃない? 犯人はどうして鍵を持っていったのよ。持ったままだと証拠になるでしょう。現場に残していけばよかったのに」


 そう、鍵を持ち去る理由も不明だ。現場の鍵は物的証拠になるので、持ち去る意味はないのだ。指紋が残らないように注意して現場に放置してもよい。鍵は管理室へ返却されていなかったので、未だ犯人が所持しているか、もしくはどこかに処分したかのどちらかだ。

 犯人が浅慮であったなら一応の説明はつく。犯人は現場から去った後で鍵を処分する必要に思い至り、適当に処分したと。


「訓練場の周辺も既に捜索済みだろうね。それでないって言うなら、やっぱり持ち去ったってことでしょ」

「単純に他の場所に始末しただけじゃないかな。ひょっとしたら重要な証拠になりそうな物が付着していて、放置できなかったとか……」

「ああ、そういう線もあるわね」


 発見されるとまずいので持ち去るしかなかった、か。いかにもありそうな話だ。それなら鍵の行方を突き止める価値はある。事件の前後に敷地外に出た人は一人もいないので、鍵を処分したとすれば土に埋めるか、あるいは力任せに破壊するか――。


「……ん? そうだ、各務先生っていつ頃ここを出たんだ?」

「ああ、先生が外に持ち出した可能性? それはないよ。先生がここを出たのは十時前だから、まだ信彦さんは生きていたし、訓練場も閉まったままでしょ?」


 どうやら杞憂だったらしい。ということは処分したのは敷地内のどこかと考えて間違いなさそうだ。


「……ってことは、各務先生に犯行は不可能ってことよね?」

「そうだね」


 一人でも容疑の圏外に置けるのは有難い。犯人が裏切り者である可能性が高い以上、無実であればそちらの嫌疑もまず晴れる。というより、犯人と裏切り者が別々だなんてあってほしくない。火種が増えるなど御免だ。


「しかし、礼司叔父さんが亡くなってまだ一月なのに、今度は信彦さんが……やっぱり――」


 そう言いかけて、章さんは口を噤んだ。


「――やっぱり礼兄も殺されたんじゃないかって?」


 隼雄さんが後を継ぐようにぼそりと言う。章さんは頷きながらも、この話をしてよかったのかと気まずい表情だ。隼雄さんの言葉に寧の身体が一瞬硬直したが、すぐに解け隼雄さんを真剣な表情で見つめる。それに対して隼雄さんは困った表情で肩をすくめた。


「この話題は避けられない。今の内にはっきりさせておくべきだよ。警察だって間違いなくその線を追ってるんだからね。まあ……これは凪砂ちゃんに直接訊いた方が早いかな。教えてくれるかどうかは別として」

「ああ、そういえば各務先生も言っていたな」


 最初の日、先生と再会したときに出た話だ。警察は、礼司さんの死に蓮や紫の事件が関係していないか追っていると言っていた。捜査中の案件だから本来は簡単に教えてもらえる話ではないのだが、訊くだけならタダだ。


「そうそう、各務先生で思い出したけど、寧ちゃん今日中に病院行って身体診てもらわないと。先生が簡単に診てくれたけど、万が一ってこともあるからさ」


 寧が戦闘で受けた怪我は、手足の擦り傷と髪の毛が少し燃えた程度だが、それは外見上のものに過ぎない。俺たち血統種が様々な能力を持つように、魔物もまた厄介な能力を持つ種が多い。たかが髪の毛が燃えただけとはいえ、迂闊に安心できないのだ。


「……やっぱり行かなきゃ駄目?」


 寧は甘えを込めた上目遣いを向けるが、隼雄さんは動じない。


「こんな状況だから心配なんだろうけど、君が残っていても特にやるべきことがあるわけじゃない。いざというときのため万全の体調を整えることが大事」

「はーい……」

「それから例の異界の探知能力については、また後日ゆっくり検査しよう。こっちは時間かけて詳しくやらなきゃ駄目だからね。当然由貴くんもだ。わかってるね?」

「大丈夫だ、ちゃんと検査は受ける」

「その言葉を一年半前に聞きたかったよ」


 新しく芽生えた能力、変質した能力の検査にはかなりの時間がかかる。新しく能力に特性が付加される反面、既存の特性が失われることも起こり得るからだ。寧のように新しい能力を手に入れた場合も同様だ。既に保有している天候操作に何らかの影響を及ぼしていないと言いきれない。それを確認するための検査であるのだが、少なくとも今日はそれだけの時間を確保できない。明日以降、事態ができるだけ早く収束に向かえばいいが。


 寧は凪砂さんの親衛隊員という肩書を持つ警官たちの護衛の下、渋々病院へと引っ張られていった。戦闘能力に優れた警官であるので、例の鋭月一派が襲撃を仕掛けてきても対応できるとのことだ。『同盟』からも病院に数名の人員を送るので、まず心配はいらない。

 恐らく重大な結果が出ることはないとの見込みで、遅くとも今夜には帰るらしい。

 門から出て行く車を俺たち三人だけで見送った後、屋敷の中へ戻ろうとした。


「……?」


 不意に背中に視線を受けたような感覚が走り、咄嗟に振り向いた。立ち止まった俺を隼雄さんと章さんが訝しげに見る。


「どうかしたのか?」


 章さんの声に反応を返さず、俺は視線を感じた方角に対して感覚を研ぎ澄ます。そこには誰の姿もない。

 その周囲には警官の姿がまばらに見えるだけだ。まだ厳戒態勢が解かれていないので、近隣の住民は全員避難している。この付近にいるのは捜査中の警官だけで、彼らも魔物の死骸を回収したり異常の原因を探したりと忙しく、こちらに目を向けている者は一人も見当たらなかった。

 もう視線を受ける感覚は消えていた。気のせいだったのだろうか。

 俺は釈然としないものを覚えながらも屋敷へと戻った。

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