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エンゼルプラン  作者: 夏多巽
第九章 三月三十日 後半
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名取小夜子との対決

 静けさに満ちた病院のロビーで、俺はソファに座っていた。

 既に日は落ちていて、自動ドアの外に広がる世界は闇に包まれている。未だマスコミ関係者の姿が見えるが、俺たちが到着した時と比べると数は減ったように思える。先程『同盟』が緊急の記者会見を開いたことでそちらに集中しているのだろう。ここには最低限の人数だけ置くことにしたのだと推測する。

 加治佐牡丹は唯一の例外で、病院内への立ち入りを許されていた。能力酔いが醒め氷見山公園に駆けつけた頃には既に俺たちは病院への移動を始めた後で、仕方なく彼女は公園内にいた凪砂さんの部下相手に取材を始めたらしい。里見修輔がいた病院からやって来た深尾巡査が相手をしていたらしく、随分疲れた様子であったらしいと報告を受けた凪砂さんが語っていた。

 その後、加治佐はこちらへ顔を出し、今は一人で隼雄さんと蓮が証言した内容をまとめている。記事の内容はこちらに配慮することを約束し、夏美の周辺に関わる情報は絞ってくれるらしい。手帳とにらめっこしながら唸っている彼女をそっとしておくことにした。


「父上から連絡を受けたが本部の方はある程度混乱を抑えられているようだ。蘭蔵さんが頑張ってくれているんだろう」

「草元さんにも迷惑をかけますね。後で労ってあげましょう」

「休みを返上しての大仕事だからな。温泉旅行でもプレゼントするか、母上の分も込みで」


 何かと苦労しがちな草元には事件が解決した後にゆっくりしてほしい。

 俺自身迷惑をかけた過去のある身であるので、ささやかな恩返しができるなら協力したいところだ。


 そんな他愛もない会話を交わす中、一人の警官が正面の自動ドアから入ってきた。


「警部補、名取小夜子が到着しました」

「そうか」


 凪砂さんはすっと目を細める。


 外にいるマスコミ関係者が俄かに騒がしくなってきたと思うと、再び自動ドアが開き和服の女性が姿を現す。インタビューを求める声やカメラのフラッシュがドアの外で湧き上がるが、小夜子さんは意に介する様子はない。そのままドアは再び閉じられ、彼らの声はガラス越しにくぐもったようにしか聞こえなくなる。


「ごめんなさい、少しばたばたしていたから遅れたわ」

「いいや、大して待っていないさ」


 小夜子さんは前髪から覗く瞳をこちらへ向け謝罪する。

 俺は気にしていないと首を振った。


「そう? “緊急の用件”だというから急ぐべきだったのでしょうけど、草元と蘭蔵ばかりに任せるわけにはいかないから私も少し手伝ってきたの。本当はもっと早く来るべきだったのかも――」

「そうでもない。待つと言うならもう八年(・・)も待っている。今更数分数十分の遅れくらいは気にしない」


 小夜子さんの顔からすっと表情が消え去る。

 そこには困惑も嫌悪も憤怒もない。

 ただ、来るべき時が来たという諦観があった。


「……どこか落ち着ける場所で話すべきかしら」

「部屋を用意しています、どうぞ」


 俺は小夜子さんを先程までいた所とは別の会議室へと案内する。

 部屋の前まで行くと、廊下に雫と寧が立っているのが見えた。ロビーへ行く前は部屋の中で待つと言っていたが、待つことに耐えられなくなったのか廊下に出たようだ。


「こんばんは、小夜子さん」

「……あなたも来たのね」


 小夜子さんは寧の姿を認めると小さな声で言った。

 寧の顔には悲壮な決意がありありと見て取れる。それがどのような経緯で得たものなのか小夜子さんは知らない。

 しかし、真実から目を背けまいとする確固たる意思は明らかだ。それが己の忌まわしい過去を暴くことになったとしても。


 しばらく寧の顔を見つめていた小夜子さんは、小さく息を吐いた。


「……いいわ、私もいい加減疲れたから。良い機会だと思うことにするわ」




 俺たちは会議室へ入るとテーブルを囲む。

 窓際の席に小夜子さんが、彼女から見て右手に俺と凪砂さん、左手に雫と寧が位置する形だ。


「さて、そうね……まず最初に由貴に謝っておきましょうか」

「謝る?」


 何か俺に謝るような事情でもあっただろうかと心当たりを探してみるが思いつかない。

 首を傾げていると寧が助け舟を出してきた。


「蓮の事件のことを言っているのよ。あの時、捜査が中途半端なまま由貴が悪いって結論になって、最終的に追い出されたでしょう」

「……まさか捜査に圧力をかけた上層部の関係者ってのは」

「私よ。私があなたを切り捨てるように仕向けたの。寧はとっくに気づいていたけど」


 明かされた事実は俺にとって衝撃的であった。

 凪砂さんは露骨に顔を顰め、雫も意外そうに目を丸くした。

 他の誰かならいざ知らず親しい仲の小夜子さんが俺を陥れるために動いたとは到底信じられない話だ。


「あなたに恨みがあったわけじゃない。ただ、真実を隠し通すには目に見える悪者(スケープゴート)が必要だったというだけ。あの流れではあなたがそれに最適だった。だから、あなたを犠牲にすることに決めたの。ああ、あの件に礼司は一切関わっていないわ。全て私の独断よ、そこは安心して」

「とはいえ、あの後礼司さんが不自然な流れを探ろうとしないはずがない。あなたが裏で手を回したことを知ったはずです」

「ええ、実際問い詰めてきたわ。どうして自分に話を通さずに決めたのかって。由貴を切り捨てるなら、それは養父である自分が下すべき判断だと。誰よりも自分が真っ先に責任を負うべきだったって悔やんでいたわ。だけど、終わった話を蒸し返すのは『同盟』にとってもリスクが大きい。最後は私が言い包めたのよ」


 凪砂さんが鋭い声で追及すると、小夜子さんはすんなりと認めた。

 淡々と語る態度が癪に障ったのか、凪砂さんの眉間に皺が寄る。


「全ては寧を守るため、だな?」

「ええ、あの事件が八年前の事件と関係していることは寧の証言を聴いてすぐに見当がついたわ。現場も氷見山公園で、その上遊歩道の先にある雑木林。偶然とは思えなかった」


 暗い表情で答える小夜子さんを見ながら、俺は数十分前にもう一つの会議室で蓮が明かした真意を思い出した。

 当事者である小夜子さんがそう考えたのなら、あのシチュエーションを仕立て上げたのは正しかったわけだ。


「小夜子さん、秋穂さんが何故今回の凶行に及んだのか知っているか?」

「……いいえ」

「秋穂さんは言っていた。八年前の事件のことを悔い改めろと」

「秋穂も知っていたのね……」


 小夜子さんは頭痛を堪えるかのように額に手を添えた。


「秋穂さんはあなたに真実を訊けと言っていた。昨日本部で言ったよな、いつか必ず話すから待っていてくれと。早いがその時が来たんだ」

「もういいでしょう。隠し通すにしてはあまりに事が大きくなりすぎた。これ以上は……」


 俺と凪砂さんが畳みかけるように言うと、小夜子さんは寧の表情を窺った。

 寧はそれに対して無言の首肯を返す。


「……真実が何か、大体見当はついているのね?」

「ああ、凡そはな。ただ、実際にあの場にいた小夜子さんの口からも直接訊きたいんだ」


 俺が聴いたのは蓮の口を通した伝聞に過ぎない。

 正しく何が起きたのかを知るのは小夜子さんしかいない。

 だからこそ、俺たちは小夜子さんをここへ呼んだ。


「なあ、小夜子さん教えてくれ。寧が――俺の両親を殺した(・・・)というのは本当なのか?」

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