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エンゼルプラン  作者: 夏多巽
第九章 三月三十日 後半
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悪魔のささやき

 俺はここまでの話を振り返る。

 多くの人々の思惑が交錯し複雑な模様を形成していたものの、結果的にはぎりぎりのところで最悪の事態は回避できているように思える。

 味方であっても頼れない状況や、敵であっても頼らねばならない状況が混在していたが、利害の一致からどうにか破綻は逃れた。


「こうしてみると誰が何を考えて行動しているのかこんがらがってくるわね」


 寧がそう言うと、雫と凪砂さんが同意するように頷いた。

 目的だけで分けるなら『夏美を救済する』、『夏美を利用する』という二つの衝突に過ぎないのだが、それぞれの勢力の中でさらに分かれているのが問題だ。


「自分で言うのもなんだけど、自分が最終的にどこを目指しているのかわからなくなることがある。あの時もそうだった」


 蓮が遠い目をしながら言った。


「あの事件の時か?」

「うん」


 一年半前の事件――その時のことを言っているのだろう。

 寧を殺そうとした時、蓮は何を考えていたのか。

 何を目的としてあの凶行に及んだのか。

 そんなことを考えていると、寧が表情を強張らせる姿が視界の隅に入った。


「話してくれるよな?」

「勿論」


 蓮は決意を秘めたような瞳を向けて了承した。




「あの事件から少し前に浅賀が俺の元を訪ねて来たんだ」


 登の話によれば事件の一月ほど前だったはずだ。

 奴は“鋭月からメッセージがある”という要件で蓮に接触したという。


「由貴や紫が一緒にいない時を狙って声をかけたみたいでね。父さんのことで大事な話があるから、どこか二人きりで話せないかって言うんだ。にこやかで落ち着いて話そうって雰囲気を出していたけど、由貴たちのおかげで悪意のある人の見分けがつくようになっていたから何か裏があるって気づいたよ。だから最初は断ろうと思ったんだけど……」

「なんとくなる読めるぞ。夏美の話を持ち出されたんじゃないか?」

「ええ、そうです」


 凪砂さんが推測を述べると、蓮は肯定した。


「『夏美の行方を知っている。私の話に付き合ってくれるなら教える』と言ったんだ。冗談かと思ったけど、奴は俺と夏美に血の繋がりがあることも知っていた。父さんから全て聞いていると言うから、奴が父さんの派閥に関わっていたのはすぐにわかった。それを明かした上で俺と接触するなんて絶対まともな話ではないともね。それでも夏美の手がかりが得られる魅力には抗えなかった。俺には大勢の人を動かす組織力はない。どうしたってできることには限度がある。正直に言えば一向に進展がないことに焦りがあった」


 あの頃の蓮がそんな胸中であったとは想像もできなかった。

 俺や紫と接している時の蓮はいつも穏やかで忌まわしい父親の影を振り切って新たな人生を歩み出していたかのようであった。

 だが、実際にはその心の奥底に父親が残した爪痕が刻まれていた。

 実の妹と知らずに友情を築いていた少女。彼女を生贄とする残酷な計画。

 蓮は俺にも紫にも雫にも真実を打ち明けられず、一人秘密を抱え込んで生きてきた。

 そんな時、目の前に希望の糸が垂らされたら――たとえその糸を手にしているのが悪魔であったとしても縋らない選択肢はとれなかったのだ。


「浅賀は夏美を発見して既に確保していることを明かした。父さんは逮捕されたけど研究は再開されていると。だけど、夏美を生贄にする計画は中止したと言うんだ。どういうことかと訊けば、奴は父さんが逮捕されたのをいいことに、独自に研究を進める路線を進むと決めたことを教えてくれた。そして、夏美と再会させることと引き換えに研究に協力してくれと頼んできた」

協力(・・)?」


 予想と反した言葉が出てきて俺は訝しむ。

 浅賀は蓮を仲間に引き入れようとしていたというのか?


「それを説明するに当たって、まず今の夏美の様子を知らないといけない」


 蓮はそう前置きすると、紙コップに注がれた茶を飲んで一息つく。


「……夏美は火災の時に両親を亡くして精神に深い傷を負っている。それは今なお完治していない。それが能力の変異の原因にもなっているから仕方のないことだ。浅賀は夏美を確保した後、あの子の管理をする際にいかに精神を安定させるかに苦心した。精神のバランスが崩れればまた暴走しかねない。精神に干渉できる能力を持つ血統種を用意したけど、それもいつまで持つかわからない。完治させるのが手っ取り早いけど、そうすると今度は浅賀に反抗するのは目に見えている」


 夏美が正常な精神を取り戻せば両親の復讐のために動くのは間違いない。

 そうでなくとも浅賀のような危険な人物を放置するわけがなく、夏美が自身の主導権を手にした時点で奴は終わる。

 つまり、浅賀にとって理想の状況は『夏美の精神が回復することなく、かつ安定して浅賀の実験に利用できる』というものだ。


「だから、浅賀は俺を使う(・・・・)ことを思いついた」

「何?」


 言っている意味が分からず、俺は蓮を見つめた。


「夏美は心に傷を負っても過去の記憶は残っているんだ。両親と過ごしたことも、俺たちと遊んだことも明確に覚えている。ただ、それ以上に感情に振り回されて正常に思考できないだけなんだ。これは九条さんの推測なんだけどね」

「つまり、お前のことも覚えている。だから、お前がいれば大人しくなるかもしれないと?」

「立花明人が事前に実験してみたらしい。“夢幻工場(ナイトメアフラスコ)”で家族と一緒に過ごした日々を想起させる薬を製造して投与したところ、過去にないほど安定した状態を長時間維持したそうだよ」

「それで実際蓮が一緒にいるなら、より安定した状態を望めると? そう考えたわけだ」


 用途に応じた薬を自在に生成できる“夢幻工場(ナイトメアフラスコ)”があっても不安は残る。薬に頼らずに夏美を使える状況は必須といってもよい。

 その点、蓮の存在は連中にとって都合が良かった。

 夏美の過去を形成する一人であり、夏美の縁者であることから彼女のために行動する動機もある。自分たちに敵意を抱いているにしても協力を拒む理由はない。


「奴とは短い時間言葉を交わしただけだったけど、それでも人となりはよくわかった。あの男は夏美を利用して高みを目指したかったのさ。“神を堕とす力”を余すところなく研究して、完全に制御することで、奴自身が神になろうとしたんだ」


 俺は五月さんの証言を思い出した。

 浅賀は“素晴らしいもの”を手にするために行動していること。

 そして、いつの日か浅賀に手を貸したことを誇りに思うかもしれないと語っていたこと。


 浅賀善則は研究者として“神を堕とす力”に惹かれた。

 奴は鋭月とは別の意味でその力を我が物にしようと目論んだのだ。

 そのために奴は鋭月を裏切った。


「……どうしようか迷ったのも事実だ。このまま黙って従ったところで事態が好転するわけでないのは考えるまでもなかったからね。でも、父さんが残した伝言が足枷になった」

「そうだ、鋭月が残したメッセージってのは何だったんだ?」

「父さんは夏美の精神に改善が見られない場合、さらなる悪化を予見していたらしいんだ。さっき言ったとおり“再誕”は過去に他人から奪った能力同士が複合した結果生まれるけど、精神にショックを受けたことによる変異が加わった場合、さらに特異な変化が生じる恐れがある。そして、それが引き金となって、能力でも治せないほどに人格が崩壊する可能性があると推測したそうだ。浅賀はそれを危惧していたんだよ」


 夏美の暴走を抑えていたとしても最悪の事態に陥る可能性があった。

 だから夏美の心を繋ぎ止める役割を果たす蓮を欲したわけだ。


「そして、君はその提案に乗ったんだな?」

「ええ……ただ、浅賀は要求してきたこと他にもあったんです」


 そう言うと蓮は寧の顔をじっと見つめた。


「もう一つ、ある仕事をしてほしい。過去に埋もれたある人物の罪を暴く手伝いをしてくれと」

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