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エンゼルプラン  作者: 夏多巽
第九章 三月三十日 後半
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失踪事件と綱渡りの判断

 この世界で生きていれば胸のむかむかするような話に遭遇することは珍しくない。悪意ある異能の持主が起こす惨劇など探せばどこにでもあるからだ。

 それでもなお糸井夏美の運命はあまりに酷過ぎる。

 鋭月に捧げるために育てられた家畜。奴がより高みに上がるための餌。


「……ひょっとして、夏美のお父さんとお母さんはこの話を知ったから離反を決意したのか?」

「だろうな。最初から知っていたなら流石に隼雄さんに相談しないわけがない」


 二人が娘を本気で助けようとしていたのは疑いようもない。多少のリスクを背負ってでも隼雄さんに告げたはずだ。

 恐らく監視役として派遣された荘一さんも、鋭月から伝えられていなかったのだろう。

 後になってやっと真実を知って浅賀に直談判したのだ。


「隼雄さん……一つ訊かせてください」


 そんな中、凪砂さんが重苦しい表情で質問した。


「何だい凪砂ちゃん」

「失敗作の子供の何人かは孤児院に放り込まれたと仰っていましたね。もしや秋穂さんは……?」


 凪砂さんは最後まで口にせず、途中から声を小さくする。

 それに対して隼雄さんは安心させるような笑みを浮かべた。


「大丈夫、秋穂ちゃんは関係ないよ。彼女は全く別の事情で孤児院に入ったみたいだ。俺も最初はそれを疑ってDNA検査したけど結果はシロだった」


 俺と凪砂さんは同時にほっと息を吐いた。

 よかった、ただでさえ衝撃の事実の連鎖に混沌としているというのに、秋穂さんまで蓮や夏美の腹違いの姉だったなら余計に拗れる。


「失敗作となった子供の生存者については俺の方で追跡調査しているよ。計画は側近を含めたほんの一握りの人員だけが知ることだから、鋭月を逮捕した時には明るみに出なかった。おかげで不必要に広まりはしなかったけど、情報不足で調査にも時間がかかる。孤児院に入れられた子はある程度把握できているけど、それ以外の子は……」


 残りの子供らが今どうなっているのかは天に祈るほかない。

 運良く誰かに引き取られて幸福に暮らしているのか、それとも頼れる大人のいない世界で泥をすすりながら日々を過ごしているのか、それは実際に突き止めた時にわかることだ。


「さて、それじゃあここから先は俺が話そう」


 蓮がそう言うと皆の視線が集まる。

 隼雄さんも先を促すように頷いた。


「火災の後、父さんは組織の力を全て注ぐくらいの勢いで夏美の捜索に当たった。異界に消えた夏美がどこへ消えたか手がかりは全くない。それこそ日本全国に手を広げて隅から隅まで探し回ったんだ。奇妙な生態の魔物や魔物を引き連れた少女の目撃談を中心に晴玄さんが情報収集を行い、何かあれば現地に調査員を送り込んで真偽を確かめる。そんなことを繰り返していたんだ。でも、『同盟』がいよいよ父さんの素性を暴いて――」

「夏美を確保すること叶わず奴は逮捕された、というわけだ」


 あの逮捕劇に際に鋭月は側近のほとんどを失った。無事に逃げおおせたのは里見修輔ら五人のみで、残りは全員死亡した。五人はその後どこかに潜伏しながら、夏美の行方を追い続けていたのだろう。

 そして、とうとう浅賀の裏切りに気づいたのだ。


「もし、浅賀が裏切っていなかったら鋭月が逮捕される前に目的を達せられていた恐れもあるんだよな」

「それを考えると結果的に浅賀の裏切りはファインプレーだったのね」


 寧の言葉に心から同意する。

 仮に裏切りがなければ犠牲者もより多く出ていたに違いないし、そもそも鋭月逮捕すら実現していなかった。


「そこから凡その流れは各務先生から聞いているよね?」

「鋭月がいなくなった後、浅賀は新たに人材を集めていき研究を再開。夏美の能力に肉体のみならず能力すらも再構築する性質があると判明。そういえばこの能力の再構築は鋭月も知っていたのか?」

「いいや、少なくとも俺は聞いていないから多分これは変異による獲得じゃないかと考えている」

「そうか……浅賀たちにとっても予想外みたいだったらしいからな」

「そして、研究を進めていったがある時期から突然浅賀の仲間たちが失踪していく事件が起きた。立花と桐島が消え、九条さんが消え、最後に浅賀が消えた」


 雫が起きた出来事を順番に挙げていく。


「これらの失踪にはどんな意味があったんだ? 同じ時期に何かトラブルが発生したような話は今までに聞いていないが」

「基本的には里見さんたちの眼から逃れるための措置だね。立花はクリア薬品に在籍していたから比較的目をつけられやすいし、桐島もあちこちに顔を出して情報収集をしていたから同じく目立ちやすい。この二人に優先的に接触してくる恐れがあったから、だから早い段階で二人には潜伏してもらったらしい。浅賀は桐島の代わりに新しい人材を集める必要があったから、しばらく表で活動を続けていたんだ」

「九条は? 彼女は立花と桐島のことは何も知らされていなかったんだろう?」

「……実はね、浅賀は九条さんが離反する意思を抱いていることを察していたらしいんだ」


 俺は予想外の答えに思わず目を見開いた。


「本当か?」

「各務先生との繋がりまでは突き止めてなかったのは幸いだよ。そうだったなら先生が口封じに消されていたかもしれないからね」

「だが、結局は九条さんも同じように姿を消したのだろう?」

「そこは浅賀の方に思惑があったそうだよ。九条さんを排除するのは簡単だけど、ここにきて折角の人材を失うのは惜しかった。火災で多くが死んで決して充分な体制とはいえなかったから、現状を維持するに当たって九条さんの保有する能力は有用だった。それに九条さんは夏美に同情していて見捨てることはできないと見抜いていたから、反抗するよりは大人しく従う方を選ぶと考えたんだ。そうして九条さんに話を持ちかけた。離反を諦めて潜伏し、研究に専念するように。ここで消えれば夏美を助ける手立てを失う可能性が高いとね。九条さんとしても里見さんたちに捕まるのは避けたかったし、何より夏美の傍を離れるわけにはいかないと判断した。」


 浅賀は九条の叛意を承知の上で彼女を手元に置くことに決めたようだ。

 そうせざるを得ないあたり奴もぎりぎりの状況だったと思われる。


「九条さんも各務先生に情報を残さずに消えることを選んだけど、結果だけ見れば悪くはなかったんじゃないかな。おかげで紫が先生に接触して情報を得ることができたし」


 何も知らされていなかったからこそ先生は独自に動き、それが紫の目に止まった。

 最適解のわからない中での判断が意外な形で後に繋がったのだから、幸運というしかない。

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