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エンゼルプラン  作者: 夏多巽
第九章 三月三十日 後半
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御影隼雄の告白 ‐呪われた出生‐

「そんな!」


 信じられないという表情で雫が叫んだ。

 否定してくれと言わんばかりの懇願するような視線を蓮へと向けるが、返ってきたのは諦めを促すような首振りだけだ。

 雫はそれでもまだ抵抗するように腕を虚空へと伸ばしたが、蓮と隼雄さんの表情から紛れもない事実だと悟ったのか、途中で力をなくして腕を落としてしまった。


「直接的な証拠はまだ持ってないような口ぶりだったけど……これまで得た手がかりから予想できたのかな?」

「流石にここまで来ればある程度は推測できる。カバーストーリーを用意してまで夏美の父親の素性を隠蔽するとしたら、その父親が連中にとって重要な存在だからとしか思えないだろう。これまで実験に関する資料や証言はいくつか入手してきたが、その中に父親の情報は何一つなかった。それだけ情報漏洩には気を遣っていたということだ。他の情報は九条詩織や五月さん経由で漏れてるにも拘わらずだ」

「それだけで鋭月を疑ったのかい?」

「根拠というには薄弱だが、他にもある」


 俺は指を一本立てた。


「最初に雫から夏美の話を聞いた時に、彼女は夏美と蓮の関係をこう評していた――傍から見れば互いに恋心を抱いているように見えたが、自分から見れば恋人というより(・・・・・・・)兄妹の関係に近い(・・・・・・・・)――その直感は当たっていたわけだ」


 雫は小さく息を吐いた。

 自覚せず真実に辿り着いていたと知って彼女はどんな気持ちだろう。


「それに隼雄さんが蓮に対して気を遣うような様子を見せたから、それがこの推測を後押しした」

「まあ、デリケートな話だからね。蓮くんが反対するなら俺も話すつもりはなかったし」

「由貴なら真相を察する可能性は高いと思っていたから、そんなに拒否感はなかったよ。他人の言葉や行動の意図を読む力は前から優れていたから。ああ、やっぱり気づいていたなあって」


 衝撃の事実を暴露されたというのに蓮は呑気な口調でそう言う。


「そんな気楽そうに言うな。お前にとっても話しづらい内容だろう」

「とはいえさっきも言ったけどここまで来て明かさないわけにはいかないからね。この点は紫とも話し合ったし」

「お前自身はいつから知っていた? 最初からか?」

「俺が知ったのは夏美が消えた後――火災からしばらく経ってからだよ。世衣は知っているよね? 俺が父さんとの仲が悪くなったこと」


 確か鋭月逮捕前から蓮と奴の関係が悪化したという話を雫が語ってくれた。

 その原因が夏美の真実を知ったことにあったのか?


「父さんが里見さんと静江さんと三人で事件の話をしているのを偶然立ち聞きしてしまったんだ。その中で夏美が父さんの娘だって話していたんだよ。後になって父さんの部屋を訪ねて問い詰めたんだ。そこで全部話してくれたよ、自分が対立派の主要派閥のトップだってこと、それに夏美が体外受精を利用して他で産ませた子供だってことを」

「それを聞いてお前は憤りを覚えた。で、鋭月に食ってかかったのか」

「当然だろう? 娘を非道な行いのためだけに産ませたなんて……それも自分の欲望のためだけに。それを取り繕うこともなく、平然と語ったあの顔は……自分と同じ血が流れている存在だとは思えなかった。父さんが普通の人とはどこか違うってのは前からそれとなく気づいていた。でも、あの時は……」


 蓮は悩ましそうに額を押さえた。


「俺と同じ世界に生きている人ではないと確信した。あの人だけは違う常識と秩序の下で生きていたんだ」

「違う常識と秩序……なんかわかる気がするなあ。調書を読んだだけだけど、鋭月が過去に裏で糸を引いていた様々な事件は、奴にとってそうするのが世のためになると思っていたかららしいんだよね」


 隼雄さんの言葉に、寧と雫が理解できないような顔をつくる。

 それを見た隼雄さんは説明を続けた。


「つまりさ、鋭月にとっては社会のために行動しているつもりなんだよ。血統種が世の中を動かして、純粋な人間はそれに従う。そうすれば物事が良くなるのは当然だとね。だから、それを邪魔する勢力をあらゆる手段をもって排除するのは何も悪いことではないんだ。奴の中ではね」

「そして、父さんにとって夏美を“生贄”にするのは、そうした仕事の一つに過ぎなかった。一体何の問題があるのか、と呆れた顔で言ったんだ。あの時は本気で剣を振り回したよ。父さんも“教育”してやるなんて言って能力を発動してさ。駆けつけた静江さんに取り押さえられてその場は有耶無耶にならなかったら、どちらかが死ぬまで続けていたと思う」


 二人の戦いは殺し合いに発展する前に阻止された。

 だが、それ以降両者の関係が改善されることはなかった。

 鋭月逮捕について蓮が一切気にしているような様子がなかったのも頷ける。


「その、蓮くんのお母さんは……このことは?」

「薄々勘づいていたらしいよ。父さんが注目していたのは知っていたから何かあるんじゃないかって。こっちに移り住んだ後に聞いたよ」

「お前の母親は『同盟』の庇護下に置かれた後もそれを話さなかったんだな」

「……俺が頼んだんだよ。あの頃は夏美の行方がわからなくて、下手をすれば『同盟』の討伐対象に設定される恐れがあったからさ。九条さんや隼雄さんと同じだ」


 彼女は夫が裏で何をしているのか、どこまで把握していたのだろうか。

 『同盟』に密告した内容は、単に夫が対立派の派閥を束ねる存在であるという事実のみで、詳細な情報はほとんどなかったという。夏美と実験のこともろくに知らなかっただろう。

 ただ、何かを知っているらしい息子が必死で口止めを頼んできたのを無碍にするつもりはなかった。

 そうして彼女は秘密を抱えたまま心を壊し、今は一人病室で孤独に生きている。


「人は生まれを選べないが……それにしてもこれは酷過ぎる。最初から秘められた能力を開花させるためだけに生かされる人生。鋭月の元から逃げ出した今、世に知られれば消される可能性もある。仮に順調に進んでいたとしても鋭月のために体よく利用されていただけだ」


 俺は深く息を吐いた。

 呪われた出生――そう表現するほかない。

 桂木鋭月の子供として生まれたことが不幸の始まりだったのだ。


「……いや、そうじゃない」


 蓮がぽつりと呟いた言葉に、俺は眉を寄せた。


「何がだ?」

「順調に進んでいれば利用されていたってところだよ。もし、何事もなかったとしても夏美は最後には消されていた」

「……何だと?」


 思わず声に力が籠った。

 どういうことだ? 夏美が最後には死ぬ運命にあった?


「ねえ、変だと思わなかった? 父さんがどうして“再誕”の力の存在を最初から知っていたのか、その理由を考えてみた?」

「……そういえばその話には触れていないわね」

「いろいろ話している内に失念してしまったな」


 寧が言うと、皆が同意した。


「普通なら“再誕”の能力は親から継承したものだから知っていた、と考えるのが自然だが……そうなるとこの力は」

「うん、“再誕”は元々父さんが――正確に言えば俺の祖父が持っていた力なんだ」

「だが、何故桂木にそんな力が? 君や鋭月の能力からすると、桂木家に継承される能力は“模倣”だろう?」


 蓮も鋭月も別の何かを模倣する能力の保有者だ。蓮は過去に触れた武器を、鋭月は過去に殺した血統種の能力を模倣する。

 “再誕”の力が芽生える素地はないはずだ。


「ひょっとして変異で獲得したのか?」

「いいや、これは別の誰かの能力を奪った結果だ」

「奪った? それはつまり他の血統種の能力を模倣して、それが子供に受け継がれたということか?」

「ああ、今まで話したことはなかったけど、継承される能力は元々保有している模倣の力に限らず、模倣して獲得した能力も含まれるんだ」

「……それってもしかしなくても凄いんじゃない? 模倣した能力も子に受け継がれるとか聞いたことないわよ。少なくともそういう前例は存在しないはず」

「これは俺の一族の特性みたいなものだからね。もしかすると俺の祖先と同じ魔物の血を引く血統種なら、あるいは同様の特性を持っているかもしれない。ただ、そっくりそのまま受け継がれるわけじゃないんだ。ちょっとした制約というか……面倒な点がある」

「面倒な点とは何だ?」


 雫が訊ねると、蓮は重々しく頷いた。


「模倣した能力同士が融合した上で受け継がれるんだよ。この“再誕”の能力も、元々は二つの能力だったんだ。傷を癒す能力と、肉体を作り変える能力。この二つの能力が合わさった結果、“再誕”が生まれたんだ」


 傷を癒す能力は当初夏美が保有していると考えられた能力であり、“再誕”にもその要素が含まれている。

 肉体を作り変える能力は身体強化に類する能力だろう。桐島晴香が保有する“蠢く粘土(キューティモデル)”が近い。


「この二つの能力を俺の曽祖父が模倣して、それが合わさった“再誕”を祖父が受け継いだ。でも、父さんはこの能力が開花しなかった」

「子の能力は親と全く同じになるとは限らないからな。何かしら変化はあるのは当然だ」

「父さんにとって一番欲しかった“再誕”がないのは痛手だったんだ。これがあれば実質的に不死身の兵隊がつくれるからね。死体さえ手元にあれば無限に復活させられる。これがあるのと無いのとでは戦略が大きく変わるから諦めることができなかった」


 そこまで来て俺はようやく蓮が何を言いたいのか理解した。


「だから奪おうとしたのか……! 夏美から(・・・・)!」

「その頃、祖父も曽祖父も既にこの世の人ではなかった。他に“再誕”の力に目覚めた血族はいない。俺にも全くその予兆はなかった。だから、新たに子をつくることにした。開花しなくても能力自体は継がれていることはある。父さんはそれに懸けたんだ、“再誕”に目覚める子供が生まれるのを。そのために父さんは大量の血統種のデータを入手して、それを元に母親役の女性を何人も選定した」

「何人も?」

「夏美一人だけじゃない。他にも大勢の子供が実験体としてこの世に生み出された。何人も何人も……生まれてすぐ能力の検査をして見込みがありそうな子供が育成し、そうでない者は適当に処分(・・)する」

「……処分って?」


 僅かに声を震わせながら寧が訊いた。


「聞かない方がいい。まあ、どこかの孤児院に送られるのはまだ有情とだけ言っておくよ。とにかく、父さんはそうして多くの女性に子供を産ませた。そんなある日、母親の選定をしていた浅賀は叶さんの存在を知ったんだ。後はさっき隼雄さんが説明したとおりだ、その結果ついに夏美が生まれた」

「そして、鋭月は“再誕”の能力が充分に育つのを待ち、その後に夏美を殺して模倣するつもりだった――そうだな?」


 それこそが鋭月の最終目的。

 自らの手で血を分けた子供を殺し、“再誕”を自らのものとすること。

 全てはそのために行われた。


「……そうだ、夏美は生贄にされるためだけに生を受けた。あの子は実の父親から呪われて生まれてきたんだよ」

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