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エンゼルプラン  作者: 夏多巽
第九章 三月三十日 後半
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御影隼雄の告白 ‐今明かされる秘密‐

「……夏美のお父さんが攻撃してきた?」

「何故です? 隼雄さんを浅賀たちと誤解して……?」


 隼雄さんを敵と誤認して攻撃を仕掛けてきたとすればおかしな話ではない。

 だが、隼雄さんの態度はそれを否定している。


「俺も最初はそう思った。でも、起き上がった荘一さんの様子は異常だった。目はこちらに向いているのに実際は何も見ていないように虚ろで、ただ俺が目の前にいるという情報だけを捉えているというか……機械的に反応しているかのようだったよ。生きている人間とは思えないくらいに」

「どういうこと? “再誕”は問題なく成功したんでしょう? それなのに叔父様に襲いかかるなんて……」

「いや、“再誕”には大きな問題があったんだ」


 隼雄さんはそう前置きすると己の推測を語り始めた。


「地下フィールドの騒ぎの時に浅賀が言ったように“再誕”させられた魔物は夏美ちゃんの支配下に置かれるのは間違いない。だけど、それは魔物に限った話じゃない。“再誕”させられた生物全てが対象になるんだよ。当然叶さんと荘一さんもね」


 寧が息を呑む。

 そうだ、“再誕”の対象が全て夏美の意思を優先して動くとするなら、糸井夫妻も魔物たちと同じように施設内の人々を抹殺せんと行動するのは不思議ではない。


「その裏付けはすぐにとれたよ。荘一さんの攻撃を避けた直後、誰かが刃物を持って俺に突進してきた」

「それって……」

「叶さんだったよ。構えていたのは彼女が普段から携帯していた護身用のナイフだ。浅賀たちに不意打ちを食らった時には使えないまま終わった物だ」


 叶さんが隼雄さんに襲いかかった事実は先程の推測を確定へと誘う。

 浅賀たちへの敵意をもって行動するのなら面識のある隼雄さんに対して攻撃を加えるはずがない。

 間違いなく糸井夫妻は当人たちの意思とは別の何かに従って隼雄さんを攻撃した。

 恐らくは――目の前の存在を全て殺さんとする夏美の憎悪によって。


「九条詩織の話を事前に聞いていたからすぐに理解できた。もうこの二人は今までの二人ではない。夏美ちゃんの能力によって造りかえられた(・・・・・・・)別の存在だって」


 隼雄さんの言葉には、世界が断絶されたような重みがあった。

 浅賀が口にしたという“神を堕とす力”という表現が脳裏に蘇る。

 “再誕”は対象の肉体を再構築する。それは元の存在からかけ離れた別種の生物へと変化させることにも繋がり、以前の存在を喪失させてしまう恐れがあった。

 隼雄さんはその可能性が現実のものとなった例を目の当たりにしてしまったのだ。


「……二人を元に戻すのはできなかったのでしょうか」


 雫がおずおずと訊ねると、隼雄さんは困ったような顔で頭を掻いた。


「できたかもしれない。でも、あの場でそれを考慮するのはできなかった。会話も成立しなかったし、二人を無力化して外へ連れ出す余裕もなかった。野次馬に見つかるわけにはいかなかったし、外で目を覚ました時に無用な犠牲が出る展開は避けたかった。結局――」


 隼雄さんはそこで言葉を切り、最後まで口にすることはなかった。

 遺体に傷跡が残っていたことからすると、隼雄さんは叶さんのナイフを奪って返り討ちにし、そのまま荘一さんも倒したのだ。

 その後、せめてそれ以上遺体が損傷しないようにと地下フィールドまで運んだ。


「その、叶さんのことは……大丈夫だったのか?」

「……勿論後味は悪かったけど、どうにか割り切ったよ。彼女は俺が到着した時には既に死んでいた。あれは……彼女の姿をした他の何かだった。そう結論づけたのさ」


 俺が曖昧な表現で訊くと、隼雄さんは少しだけ表情を和らげて過去を振り払うように首を振った。


「まあ、これは裏話みたいなものだ。このあたりで終わろう。本題はここからだからね」


 隼雄さんが場の空気を切り替えるように手を叩いた。

 それを応じるように皆も姿勢を正した。


「大体の流れは皆知ってると思うから、ある程度端折りながら説明するよ。わからないところがあったら後でまとめて訊いてくれ。まず、火災の後は俺一人で夏美ちゃんの行方を追い求めた。事情が事情だから下手に協力者をつくるわけにはいかなかったから大分苦労したよ。九条詩織に接触するのも躊躇われたからね。彼女には浅賀の監視がついている恐れがあったから、知人経由で近況を探るくらいで済ませた」

「仕方ないでしょう。現に浅賀はその頃から鋭月を裏切る意図を持って水面下で活動していたんですから」

「そうだね、実際奴は火災以降かなり警戒心が強くなった。以前からそうだったけどそれに輪をかけて隙を見せなくなったって感じかな? 医療コンサルの仕事の方も表面上には怪しい点は見当たらなかったからね。だから全く手掛かりを掴めずお手上げ状態だったよ。そして、そんな中でも事態は勝手に動く。鋭月一派の壊滅だ」

「あの時は隼雄さんもかなり忙しそうでしたね。警察にも何度も顔を出していたので憶えています」


 凪砂さんが言うようにあの頃は『同盟』全体がばたばたしていた。それどころか日本全体が衝撃に包まれ、経済にも大きな打撃が入り、誰もが次にどう動けばいいのかわからず立ち往生していた。

 当然『同盟』の柱ともいえる御影家が例外であるはずもなく、連日のように礼司さんは『同盟』本部や天狼製薬といった関係各所を行き来し、時には残党狩りに参加していた。そのため家を空けたまま日を跨ぐのは珍しくなく、まだ幼く親離れのできていない寧の機嫌が急降下していたのを俺と紫であやしていた。


「浅賀はその混乱の最中で一気に動いたんだろう。落ち着いた頃にはほとんど終わっていたと思う」

「その後は……浅賀が夏美を確保して新たな実験が始まったのよね」

「そして、二年ほど前から次々と研究員が失踪していった。最後には浅賀自身も」

「浅賀が消えたのはタイミングからして里見たちから逃れるためだろうが……そこはいいだろう」

「この時期に起きた出来事は俺も後から知ったことばかりだ。最初の動きを逃したせいで後手に回ってばかりだったから……我ながら情けない」


 隼雄さんは自らを責めるように溜息を吐く。

 この頃の流れは既に知っている通りで特に新しい事実は無いと見ていいだろう。


 俺はそれとは別に気になったことがあったので訊いていることにした。


「隼雄さん、一つ教えてくれ。礼司さんが死ぬ前に皆を呼び出した話は憶えているだろう? 隼雄さんとはどんな話を交わしたんだ?」

「ああ、それがあったね。重要ってわけじゃないけど話しておこうかな。礼兄はね、紫ちゃんがいなくなった後に鷲陽病院のことを調べて回っていたんだけど、その過程で俺も同様の目的を持っているってことに勘づいたみたいなんだ。それをあの時追及してきたってわけ」


 礼司さんは隼雄さんが事件に関与していることに気づいていたのか。

 叶さんに関する資料が無かったことからすると二人の交際までは知らなかったと思われるが、それを除いた上で疑念を抱くほどには目をつけていたようだ。


「まあ、今はまだ打ち明けられないってやり過ごしたんだけどね。礼兄も何となく察してくれたようでそれ以上は何も言ってこなかったよ。ただ、もし自分に万が一のことがあれば後のことは頼むって言ってたな」

「万が一のこと――」

「ひょっとしたら、その時には自分が死ぬことを予期していたのかもしれない」


 礼司さんは事件を追う中で何かが自分の身に降りかかると察知していた?

 やはりあの死は偶然ではなく、事件に深入りしたことが原因で生じたものなのか。


「……隼雄さん、それではそろそろ“核心”について教えてください。何故、鋭月は夏美に目をつけていたのですか?」


 雫が隼雄さんを真っ直ぐと見据えて質問を突きつけた。


「先程浅賀が独断で夏美の体外受精を行った理由について後回しにしましたが……その理由こそが、一連の事件の“核心”でしょう? 全ては夏美の“再誕”を掌中に収めるために行われた。夏美はそのために生まれさせられた(・・・・・・・・)。何故、鋭月は最初から夏美が“再誕”を保有していると知っていたのです?」

「……そうだよ、最初から鋭月は己の野望のために夏美ちゃんを生贄とするつもりだったんだ」


 隼雄さんは蓮に視線を向けた。


「蓮くん、君は真実を知っているだろう。ここで話してもいいかな?」

「……ええ、もういいでしょう。ここまで来て隠し通す意味がありません」

「OK、それなら話すとしよう」


 そう言って隼雄さんは座っている全員の顔を見渡した。


「鋭月の計画の根本は、夏美ちゃんの出生そのもの(・・・・・・)にある」

「出生そのもの……?」


 よくわからないと言うように寧が眉を寄せる。


「夏美の実の父親が誰か――そういう話だろう?」


 俺が答えると、隼雄さんは肯定するように頷いた。

 次に、蓮を見ると奴はいつも通りの苦笑いを浮かべている。


 どうやら俺の嫌な推測が当たっていたようだ。


「夏美の父親……? 事故死したと思われていたが、実は家族を捨てて姿を消したという男か?」

「家族を捨てた、か。ある意味では間違いではないだろうが……」


 荘一さんは酒の席で白鳥数馬に父親のことをそう漏らしたという。

 それは広義には正しいのだろう。

 彼も酔っていたとはいえ流石に真実を口走ることはなかった。そのように表現するのが精一杯だったのだ。


「……凪砂さん、夏美の髪の毛とか皮膚って火災の時に回収されたんですか?」

「ん? ああ、そうだな。地下施設内で採取した髪の毛があるはずだが……それが?」


 蓮は黙って俺の話を聞いている。


「蓮、お前があの事件で一度死んだ時にお前のDNA情報が『同盟』のデータベースに残されている。それと――あるいは鋭月のDNAでもいいが、夏美のDNAと比較すれば血縁関係にあるという結果が出るんじゃないか?」


 俺が断言した瞬間、皆の時間が静止したように場が静まり返った。

 壁にかけられた時計の針が動く音だけが、時間が流れているのを証明する。

 誰もが驚愕に、困惑に、または沈着を顔に表し、俺に注目している。


「夏美の父親の正体は桂木鋭月だ。お前と夏美は実の兄妹なんだろう、蓮」

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