御影隼雄の告白 ‐もう一つの事件‐
「成程な、九条詩織を助けた男ってのは隼雄さんだったのか」
正体を知ってみれば納得のいくことばかりだ。
糸井家と接点のある人物であり、見えない何かの力を操る能力を保有する。
巨竜を圧倒した力が大気操作であるとわかれば、もっと早く正体に気づいていただろう。
「思っていた以上に裏でいろいろ動いていたんですね」
「派手に動いたのはそれが最後だけどね。俺の存在が漏れていないのを確認した後はしばらく引っ込んでいたよ。幸い魔物の死骸に残った痕跡からばれることはなかったからさ」
地下フィールドから発見された魔物の死骸は警察によって回収されたが、魔物同士で争った結果の死と結論づけられ、隼雄さんが片付けたことは知られずに済んだ。隼雄さんはできる限り人の手でつけられたとわかる傷を残さないように殺したそうだ。
これで火災時の出来事はほぼ全容の解明された。
残す謎は――。
「あの、一つ気になったことがあるのですが……」
「なんだい雫さん?」
「発見された夏美のお父さんとお母さんの遺体には刺し傷が残っていたと当時報道されていました。ですが、夏美は一度治癒の能力で傷を治しているので傷が残っているはずがないんです。あの傷は隼雄さんがつけたのですか?」
そう、加治佐牡丹が言及した疑問点だ。
治したはずの遺体の傷が残っていた理由。
遺体を地下フィールドまで運んだ隼雄さんが傷をつけた張本人という説が挙げられていたが、実際どうなのだろう?
「ああ、あれか。そうだよ、刺したのは俺だ。遺体を運ぶ前にね」
「やっぱりそうなのか……どうしてそんなことを?」
普通に考えれば全く意味のない行動だ。
そもそも叶さんに恋慕していた隼雄さんが彼女を無暗に傷つける真似をするとも思えない。
「……事件の詳細は資料を見てある程度は知っているでしょ? 遺体の傷に生活反応があったことは書いてあったかい?」
「……!」
その言葉の意味を理解して俺は背筋が凍りつくような感覚を覚えた。
今まで得た証言からそれはないと決め込んでいたある可能性。それを今になって指摘されたのだ。
「生活反応とは……?」
この手の知識にはあまり詳しくない雫が訊ねてくる。
凪砂さんが重い表情で答えた。
「……遺体の傷は死ぬ前についたのか死後についたのか調べれば判別できる。生きている状態でしか表れない変化が生活反応だ。そして、糸井夫妻の傷にも生活反応があるとするなら……」
「二人とも生きている状態で刺されたということになる」
「何だと……?」
雫も同じ結論に辿り着いたようだ。
駆けつけた時には既に死んでいた二人につけられた傷に生活反応が見られる理由は一つしかない。
「夏美の“再誕”は成功していたのか……!」
「そうだよ、効果が出るのが遅かっただけだった。あの時夏美ちゃんは人間や血統種を“再誕”させる能力を得ていたんだ。多分まだ変異を遂げた直後で充分に扱えなかったせいで、効き目がすぐに出なかったんだと思うよ」
「待って。そのことと叔父様が二人を刺したことと、どんな関係があるの? 二人が蘇ったならそれでいいじゃないの?」
寧が納得できない様子で隼雄さんに問う。
「……この件については俺もどうすべきか悩んだ。リスクを回避すべきか、自分の心に従うべきか」
隼雄さんは嫌な記憶を思い返すように表情を歪めた。
「“再誕”させられた魔物が夏美ちゃんの支配下に置かれたのは知っての通りだと思うけど、じゃあ人間や血統種の場合はどうなるのかって話。九条詩織の話を聞いた時から俺はそれが気になって仕方がなかった」
「成程……確かにそれは気になるな」
“再誕”させた魔物を操ることができるなら、同様に“再誕”させた人間や血統種も操ることができるかもしれない。
それが可能なら脅威はさらに高まる。
身体の動きを操るだけならまだよく、精神まで意のままにできるなら洗脳とほとんど変わらない。
「他の生物に干渉するタイプの能力なら真っ先にこの可能性が思い浮かぶ。この辺は皆はよく知ってると思うけど」
「他者を操る能力は非常に厄介ですからね。警察もそれで苦労させられた経験はいくらでもありますから」
心底同意するように凪砂さんが頷く。
この手の能力を悪用した事件は年に何度か摘発される。政府の機関や大企業の情報を盗み出すために関係者を支配下に置き、工作活動を行わせたとして逮捕される血統種が数名いるのだ。
正当な理由なく他者を能力の支配下に置くことは違法だ。これは人間社会への影響も大きいことから特に重要であるとして、血統種の自治においてだけでなく人間社会の法律にも明記されている。
「俺が叶さんたちを見つけた時、二人はまだ倒れていた。だが、息をしているのはすぐにわかったよ。すぐに“再誕”が成功していることに気づいた。俺はすぐに二人を起こそうとして――」
隼雄さんは言葉が詰まったように黙り込んだ。
「……起こそうとして?」
「起こそうとして、突然殺気を覚えた。身を引いた瞬間、俺がいた位置に攻撃が飛んできた」
「攻撃ですって? 叔父様以外にも誰かがいたの?」
「いいや」
隼雄さんは否定した。
「その場に俺たち以外の人はいなかった。攻撃したのは目を覚ました荘一さんだ」