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エンゼルプラン  作者: 夏多巽
第九章 三月三十日 後半
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御影隼雄の告白 ‐あの災禍の最中で‐

 隼雄さんは重い表情で語り始めた。


 あの日の朝、隼雄さんは叶さんから電話を受けた。

 電話に出た時、叶さんの声には焦りが見え隠れしていたという。


「どうしたんだい、何かあったの?」

『隼雄くん、急で申し訳ないんだけど今日の夜こっちに来れるかな?』

「君の家? まあ、多分大丈夫だと思うけどどうして?」

『夏美が今鷲陽病院に泊まり込みで実験させられているでしょう? それがなんだか変で……』

「変――というと?」

『二回夏美の顔を見に病院へ行ったんだけど……スタッフの様子がいつもと違うの。緊張した雰囲気が漂っているっていうか……私が話しかけた時も神経を尖らせているような反応を見せたし、どこかよそよそしい感じ』


 叶さんは鷲陽病院のスタッフとは顔馴染みで何度も言葉を交わしていた。

 その彼女が彼らの態度に生じた変化を敏感に感じ取っていた。


「緊張した雰囲気ね……確か今度の実験は急に決まったんだっけ?」

『うん、普段ならもう少し早く予定を組んで連絡を入れてくれるのに、今度は唐突に予定が組まれて荘一さんも変だなって言ってた。島守さんに訊いても申し訳ないって頭下げるだけだし、浅賀は全然姿を見せないし』

「ん? 浅賀と逢ってないの?」

『一度も見てない。出張で予定が合わなかったからだって桐島が言ってたけど、今日帰ってくるらしいよ。それで実験の進捗に関して相談したいから荘一さんと一緒に来てくれないかって言われた。夕方に病院へ行くつもりなんだけど、その後で相談できない?』


 浅賀は夏美の担当医という立場であり、実験に立ち会うのが常だと隼雄さんは聞いていた。

 そのため浅賀がいないまま実験を行うのは彼の興味を惹く事実だった。

 突然実施されることになった実験とスタッフらの異変、そして浅賀からの呼び出し。

 隼雄さんは『同盟』の一員としての経験と勘から嫌な気配を察知した。だが、この時はまだそれほど深刻に捉えるものでもないとその気配を振り払った。


「わかった、そういうことなら行くよ」


 こうして隼雄さんは夜に叶さんと逢う約束を交わした。

 彼はその判断を後悔する。


 異変に気づいたのは午後六時だった。

 隼雄さんは糸井家への訪問が予定の時刻より若干遅れることになったため、一度叶さんに連絡を入れることにした。

 ところがいくらコールしても応答がない。

 その時間ならもう既に病院を出ているはずだった。電源を切っているということもあるまい。

 だが、叶さんが答えることはなかった。


 この時、隼雄さんは朝に感じ取ったのと同じ嫌な感覚に再び襲われた。

 行動を開始するまでに時間はかからなかった。

 彼は一緒にいた秋穂さんに断りを入れると、すぐに鷲陽病院へと向かった。


 病院に到着した彼の眼に飛び込んできたのは、一棟の建物から溢れ出る黒煙だった。


「これは……地下からか!?」


 隼雄さんは得意とする大気の操作を利用して煙の発生源が地下であるのを突き止めた。

 地下には実験施設がある。当然そこには夏美と糸井夫妻もいるはずだ。

 彼を襲う嫌な感覚は一瞬にして何倍にも膨れ上がった。


 半ば気が動転した隼雄さんだったが、顔を晒したまま建物内に飛び込むのはまずいと考え、予め車の中に用意していたコートとマスクで姿を覆い隠す。

 それからすぐに車から降りて建物へと近づくが、誰かが近づいてくる足音を察して立ち止まると近くの物陰に身を潜めた。

 その後、建物の中から三人の男女が飛び出してきた。


「ふう……まったく間一髪だった」


 額の汗を拭いながら息絶え絶えに言うのは浅賀だった。

 髪が乱れ、白衣が若干汚れている。


「ところで九条さんいませんけど大丈夫ですかねー?」

「ああ、死んじまったんじゃねえのか。あいつ戦闘能力は皆無だろ。あんな魔物(デカブツ)に襲われたら勝てねえよ」


 桐島と立花が周囲を見回しながら言う。

 同行者がいたようだがどこかではぐれたようだ。しかし、二人にはその人物を心配する様子は欠片もなかった。


「とにかく消防を呼んで……鋭月にも連絡を入れよう。何を言われるかわかったもんじゃないが」

「いやー、今回の実験は鋭月も賛同したんですよねー? それで文句言われるの嫌ですけどー」

「仕方ないさ、俺たちは雇われ研究者に過ぎないからな。今のところは(・・・・・・)、だが」


 意味深に最後の部分を強調して答えた浅賀は病院の本棟へと足を向ける。残りの二人もそれに続いた。

 浅賀たちの姿が完全に見えなくなってから、隼雄さんは煙の中へ突入した。

 目指す先は火元と思われる地下フィールドだ。

 道中苦労することはなかった。大気操作の力を使えば煙の中でも視界を確保するのは容易だからだ。煙を避けることも、酸素の確保も問題ない。大気操作に特化した隼雄さんならではの技術であり、礼司さんでもこうはいかない。


 地下フィールドに辿り着いた隼雄さんが目にしたのは、一体の巨大な竜と、部屋の奥に見える一人の女性だった。


 竜が女性に狙いを定めているのを見た隼雄さんは、直ちに竜の無力化を図った。

 まず、空気の塊を竜の頭上から叩きつけ、巨体を床に落とす。

 さらに、竜が炎を吐き出した時には、竜の顎の周囲の空気を操作してかき消した。


 隼雄さんはもがく竜を尻目に取り残された女性――九条詩織に事情を訊ねた。

 そこで彼は夏美の消失と、糸井夫妻の死を知ったのだった。

 彼は九条を先に逃がし、施設内を急いで探索することにした。


 火元から離れた談話室で糸井夫妻の亡骸を発見した隼雄さんは、せめて亡骸が炎に見舞われないように処置を施すことにした。

 竜を含めた魔物の群れを一匹残らず始末して、炎を完全に消した地下フィールドへと運び、再び火の手が回らないように大規模な空気の壁を張る。その壁を通り抜けて炎が侵入することは不可能であり、地下フィールド以外の地下空間に火が回るのを防ぐことができた。

 できれば地上部分の火災にも対処したかったが、それでは隼雄さんの存在が知られる恐れがあるので断念せざるを得なかったそうだ。


 隼雄さんが夫妻の亡骸を地下フィールドへ移した理由は、実際の犯行現場である談話室への注目を少しでも逸らすためだった。

 談話室は夏美が消えた異界の入口がつくられた場所だ。異界の入口は開閉して出入りを制限することはあっても、門の位置が変化することはあまりない。

 捜査のためあの場所に出入りする者が多いと、何かの拍子に再びあの場所に異界の入口が現れた際に真実が漏れる恐れがあった。

 それ故に、火元である地下フィールドの方に注目させようと採った小細工だった。


 施設から脱出した隼雄さんは、空気の流れを操作して煙を周囲に散らして一帯の視界を遮ると、野次馬の中に紛れ込んだ。

 彼は建物を見つめる九条の無事を見届けると、その場を立ち去った。

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