御影隼雄の告白 ‐功労者‐
浅賀善則はそれほど以前から一連の事件に関与していた。
起きた出来事の内容と規模を考えれば、鋭月より奴の方が首魁といってもよい。
「そもそもどうして無断で子供をつくるようなことになったんですか?」
「まず、叶さんの御両親について話すとしようか」
隼雄さんはそう前置きすると語りだした。
「叶さんの御両親は血統種医学の研究者で、能力の遺伝に関する研究が専門だった。子や孫に能力が伝えられていく中でどのような変化が生じるのか、また変異がどんな条件下で生じやすいのかといった内容のものだ。皆は祖先から受け継いだ体質の関係上子供が生まれにくい血統種がいるってことは知ってる?」
「ええ、聞いたことがあります」
「二人は他の研究者との合同研究で血統種の体外受精についてデータを集めていた。その過程で多くの血統種から採取した精子や卵子が研究室に保管されていたんだよ。そして、叶さんも同意の上で卵子を提供した」
「それが無断で使用されたと?」
隼雄さんは苛立たしそうに息を吐いた。
「叶さんは後になってその事実を御両親から教えてもらったんだ。詳しい流れはどうだったのかは知らないけど、主任研究員の反対を封殺してその判断を通したのが浅賀だったとわかった」
「浅賀もその研究に参加していたんですか?」
「支援母体が鋭月の息がかかった組織でね、かなり強権的に進めたらしい」
鋭月自身もその判断に賛同したのは考えるまでもない。
奴は夏美が生まれた後から経済的支援を行っているのだから。
「しかし、何故浅賀はそんな真似を?」
「あー……その理由は後で触れるから今は頭の片隅にでも留めておいて」
少し言い辛そうな表情で隼雄さんは頬を掻いた。
「で、叶さんは当然猛抗議した。知らないところで自分の血を分けた子供が生まれていたわけだ、無理もない。しかも一切断りなしという有様だ。でも、研究室はスポンサーに対して強く出られないし、最終的には抑え込まれた。ただ、皆にとって想定外だったのは叶さんがその子供を自分の手で育てると言い出したことだ」
「普通に考えるなら妙な話ですね。生みの親は何も言わなかったんですか?」
「いいや、その女は浅賀から頼まれた鋭月一派の末端で、特別子供に思い入れがあったわけじゃない。鋭月が子供を取り上げるといえば即座に従うような性格だったそうだ」
雫の問いに隼雄さんは答えた。
鋭月と浅賀にとって生まれた子供は単なる道具に過ぎなかったのだろう。
「叶さんが子供を引き取る決心をしたのは、最初は同情心と使命感からだった。彼女は何のために子供を産ませたのかその目的を知り、鋭月の元に置いておくことはできないと考えた。鋭月の監視から完全に逃れることはできなくとも奴から離して育てれば、奴の悪い影響を少なくできると考えたんだ。そして、どうにか奴の支配から抜け出す方法を模索することにした。俺と別れたのは連中の警戒心を下げる意味もあった」
「隼雄さんが御影家の一族とは知っていたでしょうに。あなたに頼めば礼司さんの力を借りることもできたはずです」
「選択肢に無かったわけじゃないけど……それは採りづらかったんだよ」
その理由は容易に推察できる。
夏美が“再誕”の能力を保有していることを最初から鋭月が把握していたのなら、叶もまたその秘密を知っていたと思われる。
九条詩織が危惧したように、夏美の能力が『同盟』に知られれば、監視するのが鋭月から『同盟』に替わるだけだ。最悪の事態に陥れば殺処分の対象にもなる。
「とはいえ、俺も力になりたかった。放置するわけにはいかなかったからね。どうにか彼女を説得して、陰で彼女を手助けすることになった。俺が目をつけられるのを避けるために一応形としては別れたけど、それ以降も人目を盗んで逢ったり、連絡を取り合ったりした。ちなみに寧ちゃんには言ったけど、夏美ちゃんの名付け親は俺だ。叶さんからのお願いでね」
隼雄さんは自慢げに胸を張った。
ささやかながら力になれたことを誇らしく思っているのが読み取れる。
「叶さんは復学した後、そのまま問題なく大学を卒業して、すぐ後に糸井荘一と結婚した。彼は元々鋭月から派遣された監視役だったんだ。鋭月の指令で夫の役割を与えられた彼は万が一のときには叶さんを始末する手筈だった……んだけど、どうも彼女に肩入れしちゃったみたいでね。数年経過する頃には大分対応が甘くなっていたらしい」
「でしょうね。私の眼から見ても夫婦仲は良好で、夏美も家庭内の問題に悩まされていたようには見えませんでした」
糸井家に近い雫が言うなら恐らく間違いないだろう。
それに夫婦の双方が消された結果を思えば、夫が鋭月の方針に不満を抱いていたのは明白だ。
「俺は当初の予定を変更して『同盟』に所属することにした。『同盟』が鋭月に捜査の手を伸ばした際に叶さんと夏美ちゃんの存在を突き止める心配があったからね。周りには『同盟』入りした理由について適当に言い繕っておいた。そうして俺は『同盟』の手を借りることなく、弁護士としての活動する裏であちこちに伝手を伸ばして情報収集に励んだよ。特に浅賀の背後関係については重点的に調べた。天狼製薬との関係なんかね」
「じゃあ、俺の両親のことも?」
隼雄さんは申し訳なさそうな視線を俺に向ける。
「……鋭月と反目している勢力が存在するってことは知っていたから、うまく接触して協力関係を築けないか一考したんだよ」
「成程、礼司さんと最上夫妻が手を組んだ裏にはあなたの存在があったんですね」
凪砂さんが確信に似た響きを持って言った。
その言葉に寧と雫が色めき立つ。
「本当なの叔父様!?」
「……礼兄に情報を流して最上夫妻に目をつけるように仕向けたんだよ。俺が誘導しているのを悟られないように、少しずつ少しずつね。最上夫妻は鷲陽病院の研究施設を建てる計画に反対していたから味方についてくれる望みもあった」
隼雄さんは俺が想像していた以上に事件に深く食い込んでいた。
礼司さんと両親の繋がりは彼によって与えられたもの。
そこまでしたのは偏に愛する女性の助けになりたいという彼の熱情故だろう。
「まあ、結果的に失敗しちゃったけどね。由貴くんにも悪いことをしたと思ってる」
「それはあなたの責任じゃない。謝罪する必要はないだろう」
たとえどんな裏があろうとも、礼司さんも父さんも母さんも自らの意思で行動したことに違いはない。
皆鋭月を倒すために戦い、そのために手を取り合った。
その事実を誇りこそすれ非難することはない。
「そう言ってくれて助かるよ。その後のことは皆知っての通りさ。礼兄が由貴くんを引き取り、秋穂ちゃんが俺の元に来た。秋穂ちゃんは最初の方は不満そうだったけどしばらくすると大分落ち着いてきたみたいで、快く対応してくれるようになったけど……もっと早く彼女の内心に気づけていればと後悔しているよ」
「仕方がないさ。一番付き合いの長い俺でも気づけなかったんだ」
「俺は氷見山公園の事件後も浅賀の調査を進めていた。研究施設が稼働し始めてからは奴の動きも大きくなってきたから、その隙を突いていろいろと探ってみたよ。浅賀にスカウトされた連中はなかなかの悪が揃っていた。浅賀に近い位置にいた立花明人と桐島晴香には過去に起きた未解決の殺人事件に関与している可能性が浮上していた。物的証拠に欠けるけど十中八九クロだ。多分そこから目をつけられたんだろうね」
脛に傷を持つ連中ばかりなのは非人道的な研究にも抵抗なく参加できる奴を選定した結果だろう。
立花も桐島も金や権力で飼い慣らせると判断したのだ。
例外は九条詩織くらいではないだろうか。
「……そして、ついにあの事件が起きた。鷲陽病院の殺人と火災だ」
隼雄さんの声は一段低くなる。
「俺は助けられなかった。愛した女性も、その娘も」