御影隼雄の告白 ‐裏側‐
「ったく、一時はどうなるかと思ったぜ」
「ごめんね、難しい仕事頼んじゃって」
頬杖をついてぼやく慧に、蓮は小さく頭を下げた。
俺たちは病院の五階にある会議室を借り、テーブルを囲んでいた。
テーブルの上には近くのコンビニで買ったおにぎりや弁当、ペットボトル入りのお茶、惣菜などが並べられている。今から屋敷に帰って夕食を摂るわけにはいかないので、適当に何か買って済ませようということになったのだ。一人暮らしの俺はたまにコンビニ弁当を買うことがあるが、寧にとっては初めて食すようだ。普段は五月さんの料理に慣れている義妹にとって大雑把な味付けは物足りたいと思いつつ新鮮であり、それなりに高評価だった。
コンビニへの買い出しに出向いたのは慧だ。蓮の話を聞く上で一緒にいた方がいいというので呼んだついでに雑用を頼んだのだ。
「なんだかこの組み合わせって珍しいわね」
「そうだね。俺と由貴たちは昔からよく一緒にいたけど、慧と隼雄さんが加わるってのはね」
「こんな機会でもなければ滅多にないよねえ」
隼雄さんがどこか感慨深そうに言う。
互いの仲はそれなりに良好だが、こうして一つの目的を持って集まるということは今までになかった。
「確かに、こんな場でもなければな。それで……どちらから話す?」
俺が蓮と隼雄さんに視線を移すと、二人は顔を見合わせた。
「それなら俺から話そうかな。多分俺の話の方が比較的簡単だろうから」
そう言って隼雄さんは居住まいを正す。
「うーん……どこから話すのがいいかな」
「それなら秋穂のことを教えてくれない? 叔父様は秋穂が犯人だって知っていたんでしょう?」
「……そうだね、そこからでいいか」
寧から既に話を聞いているが、隼雄さんは秋穂さんの凶行を止めるために公園へ現れたらしい。
つまり紫が推理していたように、彼もまた秋穂さんが犯人だと確信していたのだ。
そこに至るまでに経緯を知りたい。
「実を言うとね、俺はかなり早い段階から秋穂ちゃんを疑ってたんだ」
「早い段階……というと?」
「まあ、ぶっちゃけ信彦さんが殺された直後から」
ほぼ最初ではないか。その頃から真相に辿り着いていたというのか。
「俺は由貴くんほどじゃないけど秋穂ちゃんと付き合い長いからさ、微妙な変化とか気づくんだよね。屋敷に来た頃からどうも秋穂ちゃんの様子が変だなと思っていたんだ。由貴くんと逢えて嬉しいのとは別に、こう、何か胸の内に秘めてるっていうの? そんな感じでずっと気にかけていたんだけど……」
「成程、確かに隼雄さんなら気づいても不思議ではないか」
凪砂さんの言葉に俺も頷く。
同じ職場の上司と部下の関係だ。故に、些細な変化でも察知できる素地はあったのだ。その点でいえば俺よりも近しい間柄だ。
「だから秋穂ちゃんのことをそれとなーく見張ってたわけ。そうしたら由貴くんの部屋の扉の隙間に何か手紙のような物を差し込んでいるのを見て、これはやっぱり妙だなと」
隼雄さんの言葉にはっとした。
扉の下に差し込まれた手紙――俺が事件の前夜に受け取った警告文だ。
できるだけ早くこの家を出て、御影と関わることなく一人で生きなさい。
この家に居続けることはあなたのためにならない。
あなたの幸福のためにも、それが最善の道だ。
「あれは秋穂さんが送った物だったのか……」
「悪いとは思いつつも中身を確認させてもらったよ、指紋をつけないようにしてね。それであの内容でしょ? 由貴くんを御影家から遠ざけようなんてどんな意図があるのか。そしてあの襲撃と殺人が起きた」
「だから秋穂さんに疑いを抱いたんですね」
奇妙な手紙と立て続けに起きた襲撃と殺人。これらが無関係だと思えないのも無理はない。隼雄さんはその関連性を探ろうとした。
「今日の隼雄さんは朝から誰とも連絡をとっていなかったみたいですが、秋穂さんを監視していたんですか?」
凪砂さんが訊ねると、彼は肯定した。
「うん、昨日の夜あたりから明らかに神経が尖っているように見えたから、今日また何か動きを見せると予想していた。すると今朝、由貴くんの時と同じように寧ちゃんの部屋にも手紙を差し込んだ。その内容も盗み読みさせてもらったよ。それで今日やらかすとわかって、こっそり監視することに決めた」
「……あれもこっそり読んでいたのね。私誰にも相談できずに一人で悩んでいたのに」
寧がじろりと睨むと、隼雄さんは露骨に視線を逸らした。
「そこは勘弁してよ。そんなわけで他に用事があると偽って別れた後、ずっと秋穂ちゃんから少し離れたところで見張ってたんだよ。“観察者の樹”でこちらの存在がばれる危険はあったけど、気にし過ぎても仕方がないからね。ばれないことを祈るしかなかった」
「そして、夕方になって氷見山公園へ移動したんですね」
「公園に行く直前だったかな、秋穂ちゃんがじっと立ち止まって何か集中しているような様子を見せたんだ。今思えばあの時病院に仕込んだ樹で里見修輔を殺していたんだろうね。その後、俺は遊歩道に先回りして寧ちゃんを待つことにしたんだ。約束の四時半まであと僅かだったし」
隼雄さんは約束の場所に居合わせることで秋穂さんの犯行を止めるつもりだった。
予想外だったのはそこへ田上静江たちが現れたことだろう。
結果、三者が入り乱れる形で戦闘が発生してしまった。
雫が軽く手を挙げて訊ねた。
「ところで、秋穂さんが寧さんを殺そうとしたのは……やはり昔あの公園で起きた事件と関係が?」
「うん。田上静江たちが乱入してくる前に少し話をしたんだけど、やっぱり八年前の事件が理由らしいね。あの事件の時に寧ちゃんが――」
隼雄さんは言葉を途中で切って、寧の様子を横目で窺った。寧はテーブルに視線を落とし黙り込む。
やはり、寧が八年前の事件に介入したことが両親の死の一因となったのだろう。秋穂さんはその件で寧を恨んでいた。彼女は鋭月を裏切って俺の両親の側につくくらいに二人を慕っていた。それだけに寧を許すことができなかったのだ。
しかし、俺に宛てられたあの手紙は何のために送られたのだろうか。差出人が秋穂さんであることを踏まえた上で、その真意を測ってみる。
彼女の目的は寧の殺害だ。俺の推理が正しければあの襲撃もそのチャンスを生み出すために計画された。動機は八年前の事件に起きた何らかの事態。恐らくそれが俺の両親の死の一因となり、部下であった秋穂さんはその報復を企んだのだろう。
だが、俺が御影家と関わる限り、寧の身に何かあれば真実を追求しようとするのは目に見えている。秋穂さんはその過程で俺が過去の真実を知ってしまうのを警戒したのだろう。彼女は俺に何一つ知らせることなく、自分だけで片付けようとした。それはきっと俺が寧と心の距離が近く、真実を知っても彼女を許すと考えたからだ。秋穂さんは俺が復讐に反対すると確信していたのだろう。
「一つ気になるのは、どうしてあなたがそれを誰にも打ち明けずに一人で調べようとしたのかです。当事者に片足突っ込んだ由貴はともかく、警察官の私や他の誰かに相談することもできたはずですが?」
「……俺にもこそこそ裏で動き回る理由があったのさ。俺も八年前の事件には関わりがあったからね」
「糸井叶ですね?」
隼雄さんは寂しそうな笑みを浮かべた。
「そうだよ、叶さんの無念を晴らすために俺は行動した。行動しなければならなかった。といっても寧ちゃんを殺そうとか、そんな物騒な考えは持ってないよ? 俺の目的はシンプル――彼女の娘の夏美ちゃんを救い出すこと、そしてその過程で浅賀善則の研究を完膚なきまでに叩き潰すことだった」