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エンゼルプラン  作者: 夏多巽
第九章 三月三十日 後半
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真相

 高台の階段を下りながら俺は寧に語る。


「事件当日、秋穂さんと信彦さんは当初の予定通りガリナの箱を各所に設置して魔物を誘い出すことにした。秋穂さんが“観察者の樹”で箱を設置する。彼女の能力ならメイド人形の警戒を潜り抜けるのも簡単だ」

「ところが、ここで予想外の事態が発生した」


 凪砂さんが言葉を引き継いだ。


「予想外の事態?」

狸くん(・・・)だよ」


 寧は唐突に出てきた名前に首を傾げる。


「トリス……?」

「そうだ、信彦さんは彩乃がトリスをこっそり連れてきていることを知らなかった。そして、トリスは事件の直前に姿を消している。次に姿を現したのは事件の後に五月さんがキッチンで発見した時だ」

「重要なのはこの時狸くんがガリナの箱を持っていたことだ。彼はどこかに設置されていたそれを見つけて持ち出したわけだ。それを秋穂さんは知ってしまった。恐らく“観察者の樹”を通じてはこの様子を監視していただろうからな。そこで信彦さんに伝えたところ、彼は娘がペットを連れてきたことを悟った」


 全てはここから始まった。トリスという想定外の存在が運命を大きく狂わせたのだ。


「信彦さんはトリスの回収を買って出た。家族の自分ならトリスも逃げずに大人しく従ってくれると考えたから。箱の奪還は勿論だが、万が一トリスが魔物に襲われれば彩乃がショックを受ける」

「……こっそり連れてきたペットがトラブルに巻き込まれて死んでしまったら後悔してもしきれないわね」

「で、信彦さんはトリスの後を追って使われていない物置小屋へと向かった。秋穂さんが樹を通じて行先を把握していたんだろう」

「だが、まさかそこで最悪の事態が起こりつつあると彼は知らなかった」


 寧は不穏な話の流れから徐々に表情を曇らせていく。

 それまで黙って話を聴いていた隼雄さんが訊ねた。


「何が起きたっていうんだい?」

「……トリスは勝手にどこかに入り込んでは異界を構築する悪癖がある。物置小屋に隠れた後もトリスはそこに異界を構築したんだ」

「異界を構築――」


 隼雄さんは息を呑んだ。


「ああ、そういうことか。トリスの異界と周囲に伏せていた魔物の異界が繋がっちゃったんだね」


 俺は辿り着いた真実に溜息を吐かざるを得なかった。


「魔物が構築して生まれる異界は互いに吸収や分裂を繰り返して規模が増減する。トリスの構築した異界は伏せていた魔物の異界に吸収されていた。それを知らずに信彦さんは物置小屋に足を踏み入れ――」

「異界に迷い込んでしまった、というわけだ」

「秋穂さんもそれに気づいてすぐに後を追った。そこで彼女が見たのは寄生型の魔物に襲われた信彦さんだった」

「それよ」


 寧は口を挟む。


「さっきも言っていたけど寄生型の魔物ってどういうことなの?」

「そのままの意味さ。信彦さんが異界の中で真っ先に遭遇したのは寄生型の魔物だった。彼はそいつに寄生され……身動きできない状態にさせられた」

「由貴くんの口ぶりじゃ、駆けつけてきた秋穂ちゃんはそれを見て信彦さんを助けようとしたんだね?」

「ええ、ただ寄生型の魔物を倒して宿主を助けるには、宿主の内臓を傷つけずに、かつ挿入された器官を除去しなければなりません。秋穂さんにはそこまでやり遂げるだけの技量はなかった」


 やらないという選択肢はなかった。放置すればより混迷を極める恐れがある。その場で解決するほかなかったのだ。


「結果を言えば秋穂さんは失敗した。“観察者の樹”の枝を使い魔物を倒すことには成功したが、信彦さんは死んでしまった」

「信彦さんの心臓を刺した刃物のようなものというのは、恐らく寄生型の魔物の器官だろう。心臓に根を張っていたのがまずかった。これがなければ信彦さんは助かったかもしれないが……」


 すぐに医者に診せることができれば話は別だったかもしれない。

 しかし、事件当時各務先生は屋敷を離れていたし、たとえ治癒能力を使える血統種を呼べたとしても難しかっただろう。


「でも、寄生型の魔物に侵されていたなら根が体内に残るんじゃないの?」

「基本的はそうだが残らない場合もある。今回はその例だった」


 ヒントになったのは各務先生から聞いた九条詩織と出逢ったエピソードだ。あの話を覚えていたのが真相に辿り着く切っ掛けとなった。


「遺体の胸に残された奇妙な刃物でつけられた傷というのは“観察者の樹”の枝でできた傷だろうな。それとは別に心臓に挿入された器官の痕も残っていたから余計に判別できなかった」

「ちなみにこの推理の裏は既にとっている。『同盟』が回収した魔物の死骸の中に寄生型の魔物の死骸も含まれていたと、初音さんが見せてくれた報告書に書いてあった。由貴がそのことを思い出して再度死骸の調査を頼んだんだ。その結果、寄生型の魔物だけは刺し傷が死因だと判明した。これは由貴、雫さん、沙緒里さん、小夜子さんのいずれでもない別の誰かによって倒されたことを意味している」

「待って……それじゃあどうして叔父様の遺体を訓練場へ移動させたの? あれにどんな意味があったというの?」


 俺は痛む肩をすくめた。


「意味なんてないさ。そもそも秋穂さんは訓練場に遺体を(・・・・・・・)運んでなんかいない(・・・・・・・・・)

「え?」


 寧は間の抜けた声を漏らした。

 雫が微妙な笑みを浮かべて答える。


「寧さんも知っているだろう。異界の主である魔物が討伐されると異界は崩壊する。その際、異界の内部にいた人や物は異界周辺のどこかに(・・・・・・・・・)ランダムに放出される(・・・・・・・・・・)ということを」

「……それって」

「そういうことだ。異界の主がどいつかは知らんがあの襲撃が片付いた時点で異界は崩壊した。その際に異界の内部にあった信彦さんの遺体が訓練場に放り出されたんだ。つまり遺体があの場で発見されたのはただの偶然だ」


 当然犯人の意図など探っても何もでてくるわけがない。

 俺たちは訓練場に礼司さんが資料を隠していた事実や正体不明の侵入者といった事情から、ありもしない裏を想像していただけだった。


 蓮がいつもの苦笑いを浮かべる。


「これに関しては俺たちにも混乱を招いた責任があるよ。慧にあのタイミングで資料の回収を頼んだのは俺と紫だからね」

「お陰でいらん回り道をさせられた」


 責める気は毛頭ないが悪態を吐く。

 蓮は小さく「ごめん」と謝った。


「結局魔物をけしかけたのは何の目的があったんだろうね?」

「やはり寧の暗殺が狙いでしょう」


 隼雄さんの疑問に俺は答えた。


「魔物の量も強さも充分に対処できるだけのものだった。俺たちの実力を知っている者であれば、あれでは不充分だとわかるはずだ。となると、俺たちの眼を魔物に集中させている間に寧を殺すつもりだったんだろう」

「やっぱりそうかあ」

「もう一つ秋穂さんにとって想定外だったのは寧が勝手に飛び出していったことだ。まさか寧に紫と似たような能力が芽生えていたなんて想像できるはずがない」


 魔物の襲撃に合わせて秋穂さんは寧を何らかの口実で呼び出し、そこで殺す算段を立てていた。その後は事件を鋭月一派の仕業に偽装するつもりだったのだ。里見たちが街に侵入したのは彼女にとって都合の良い出来事だった。

 しかし、寧はそれより早く異界の存在を感知して部屋を飛び出してしまった。信彦さんの死に対処する必要もあり、事前に気づくことができなかったのだ。

 結果として計画は失敗に終わった。秋穂さんが得られたのは共犯者の死だけだった。


 ようやく明かされた真相に誰もが沈黙を選ばざるを得ない。


「……由貴くん、この真相は彩乃さんに話すのか?」

「正直話したくない。トリスを連れてきたことが父親の死の遠因になったなんて伝えたらどうなると思う?」

「想像したくないな」


 彩乃にはトリスのくだりを除いた真相だけ語るべきだろう。

 秋穂さんに信彦さんを殺す意図はなく、彼を助けようと試みた。

 その事実だけで足りるはずだ。


「ところで話は変わるんだけど」


 隼雄さんがこちらを向いて訊ねてくる。


「なんで蓮くんがいるの?」

「やっぱりそこを訊いちゃいます?」

「そりゃね、まあ大体のところは想像できるけど」


 糸井夫人から“再誕”の研究について知らされている隼雄さんにはある程度察することが可能だ。

 辰馬さんから五月さんによる遺体のすり替えについても聞かされているだろうし、推理は容易のはずだ。


「今追及すると面倒になりそうだから何も言わないけど、今後の立ち回りは考えた方がいいだろうね」

「それについては一応考えがありますよ。紫の発案ですけど」


 紫にアイデアがあるなら任せるとしよう。やり方が毎度のように強引だろうが効果的に違いない。


「……ああ、そうだ」


 そこで俺は一つ忘れていたことを思い出した。


「お前に一つ言わなきゃならないことがあった」

「何だい?」


 蓮は不思議そうに俺の顔を覗き込む。


「まあ、その、なんだ――おかえり(・・・・)


 親友は数秒きょとんとした顔で俺を見つめていたが、やがてゆっくりと微笑んだ。


「……うん、ただいま」


 そして少し恥ずかしそうにそう口にした。

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