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エンゼルプラン  作者: 夏多巽
第九章 三月三十日 後半
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日本最強の

 全身を淡い青の光に包み込まれた俺の思考は、清流のように透き通っていく。

 感情の大きさが効果の大きさに直結する俺の能力の性質上、怒りが大きければそれだけ“怒りの鎧”の効果も上昇する。

 今回は過去に発動した二回と比較しても効果が大きいのを肌で感じる。普段はあまり意識したことはないが、秋穂さんは俺にとって思っている以上に大切な存在だったのだろう。


 思えば最初にこの能力が発言したのもこの場所だ。

 先程蓮が口にした“運命”という言葉が頭を過ぎる。蓮と話した時は否定的な意見を持っていたが――今こうして自分が当事者となってみると、案外それもあり得るのかもしれないと思う。紫はきっと嫌な顔をするだろうが。


「なんですかその妙な光は……」


 俺が一歩田上に近づくたびに、奴もまた一歩下がる。

 俺たちの間にある距離は縮まらない。


 田上から余裕が消え失せた理由は、残る魚の数が少ないことにあると推測できる。当初の予定では最初のまだら模様で俺と雫を無力化した後で秋穂さんを罠にかけて殺すはずだった。

 しかし、雫の反撃を受けて近場の魚は全滅させられ、さらに拳銃も取り落としてしまった。そしてまだら模様の効果が判明した以上、もう一度罠にかけることはできない。奴としてはあそこで決着をつけるつもりだったのだ。

 それが失敗した今、奴には対抗する手段はない。元々狙撃手として遠距離戦闘を得意とする血統種だ。能力の種が割れた状態での近接戦闘は難しい。


「……」


 田上は僅かに背後へと目を向ける。その先には例の壁と、未だ戦いを続ける寧たちと宮内の姿が見えた。あちらもまだ決着はついていないようだ。なかなかにしぶとい奴である。宮内の援護を期待したのだろうが、この状況では無理のようだ。


 ここで奴が逆転するには、やはりまだら模様の爆発力に賭けるしかないだろう。

 残るまだら模様は一匹。通常の魚の数がまた減っているので威力はさらに増大している。最初の爆発でも俺と雫がまとめて吹き飛ばされたくらいなので、今受ければ生身ではひとたまりもない。


 生身であれば(・・・・・・)――“怒りの鎧”にみを包んだ俺でなければきっと問題なく倒せたに違いない。


 田上は逡巡した様子を見せる。俺を包み込む光が身体能力の強化を意味しているのを悟っているのだ。果たして爆発が通用するのか、それが躊躇いを生んでいる。


 他の魚を一掃すればさらに威力は増大する。しかし、そうしてしまえば近くにいる田上もまた爆発に巻き込まれるだろう。やるなら自分の命と引き換えだ。そして、奴にはその選択肢は採りづらい。

 既に里見と横山が死に、丹波が死んでいるのも予想できているはずだ。鋭月の再起を目指して活動する奴らにとってこれ以上の戦力低下は許容できない。何が何でも生き延びたいと願うだろう。


 田上に残された道は二つに一つ。

 このまま俺に倒されるか、俺を倒しかつ生き延びる手段を見出すか。


「……仕方ありませんね。これだけは使いたくなかったのですが」


 やがて田上は意を決したように表情を引き締めてそう呟いた。


「まだここから逆転できる目があるとでも?」

「……まだ切札はあるんですよ。できれば使う展開だけは避けたかったんですが」

「ふうん?」


 強がりではなさそうだ。実際に何かあるのだろう。

 ただ、田上の様子を見るにリスクの高い手らしい。


「これを使うと力を使い果たしてしまいますから逃げるのが難しくなってしまいます。けれどそんな心配をする余裕もありませんからね」


 そう言って田上は指を鳴らす。その瞬間、まだら模様を除く全ての魚が砕け散った。元の銃弾を構成する金属の欠片となった魚の群れが、ぱらぱらと夕日の浴びて小さく輝きながら地に墜ちる。


 魚を処分したということはやはり最大火力でここを吹き飛ばすつもりだ。

 問題は自分自身はどうやって爆発から逃れるのか。それが切札の正体だろう。


 ここは奴の切り札が発動する前に攻めるのが得策か。

 そう考え俺は駆けだした。


「――!」


 数歩進んだところで俺はブレーキをかける。

 ほんの数センチ眼前を何かガラスのような物質が波打つようにして地面から現れたのだ。

 ガラスのような物質は巨大な円を作るように地にラインを描き、そこから上に伸びたガラスが徐々にカーブを形成していき円の範囲が狭まっていく。後方にいる雫と秋穂さんも円の内部に取り込まれたようだ。


「これは……檻か?」


 ガラスの壁を軽く叩く雫。ガラスはかなり分厚いようだ。通常のガラスであれば彼女の炎でどうにかなるかもしれないが、それよりも俺には気になることがあった。


「檻ではないな。この形は――」


 上方へと行くにつれて狭まった形。完全に密封されてはおらず、天井には円形の穴が開いている。


()か?」

「私の三つ目の能力――“水晶の金魚鉢(ホワイトアクアリウム)”ですよ」


 田上が額から滝のような汗を流しながら答えた。

 両目を大きく見開いて、今にも倒れんばかりにふらふらしている。能力酔いの症状だ。


「ご存じかもしれませんが私の血族は元々漁を生業としていました。この能力は疑似餌の能力で誘導した獲物を逃がさないために生み出されたものですよ。最初は球状のガラスで覆う形だったのが、私の代になって鉢の形になったんです」

「……かなりきつそうなところを見るに、強度を上げるために大量のリソースを注いだのか?」

「ええ、魚の爆発にだって耐えられますよ」


 田上は蒼白い顔に引き攣った笑みを浮かべた。


「ふふふ、その中で爆発が起きたらどうなるでしょうね? あなたたちは粉々になるかもしれませんが、外にいる私は平気ですよ?」

「成程」


 これなら奴は爆発から逃れられる。その代償として逃走に使えるエネルギーをほとんど失ってしまったが、ここで倒れるよりはまだ希望はある。


「私はこんなところで倒れるわけにはいかないんですよ。あの御方が復活するその日を、なんとしてでもこの目で見届けなければならないんです」


 己の理想に陶酔したように笑う姿には狂気が見え隠れしていた。長い逃亡生活の間で精神が摩耗していたのかもしれない。仲間を次々と失う状況も相まって異常をきたしているように見える。


「さて、その妙な光がどれほどのものか知りませんが、ここまで強化した威力には耐えられないでしょう。これでさよならです!」


 田上が言い終えると同時に、最後のまだら模様が大きく跳ねるように上昇し、金魚鉢の口から中へと飛び込んできた。

 まだら模様はそのまま底の中央へと激突し、例の警告音が内部に響いた。


「由貴くん、できるか(・・・・)?」


 雫が一言そう訊ねてくる。

 彼女の紅い眼と視線を合わせると、何故かこの状況にもかかわらず穏やかに微笑む。

 それはこれまで何度も目にした彼女の信頼を表す笑みだ。


「ああ、任せろ」


 俺は雫に頷いて答えた。


「任せろ? この状況で何を――」


 小馬鹿にしたように口を開いた田上は、俺が次に見せた行動に言葉を詰まらせた。


 俺が警告音を鳴らして振動するまだら模様を、コップでも持つかのように右手で掴んだからだ。


「は……?」


 右手の中にあるまだら模様の振動はさらに激しくなり、音が鳴るペースも早くなっていく。

 このままいけばあと数秒で爆発するだろう。


「な、何考えてるんですか? そんなことをすれば手が吹っ飛びますよ?」

「何考えてるかって? こうするんだ」


 俺は左手でさらに魚を覆い隠す。これで魚は両手で強く握りしめられた状態だった。


「お前は一つ勘違いをしている。こいつの威力に耐えられるのは何もお前の金魚鉢だけとは限らん」


 握りしめた指の隙間から眩い光が漏れる。同時に手の中に大きな熱と外に溢れんばかりの圧力を感じた。

 次の瞬間、籠ったような轟音が手の中から飛び出し、金魚鉢の内部に反響した。


「……」


 雫が無言でこちらを見つめている。

 俺は彼女を一瞥して小さく微笑むと、ゆっくりと両手を開いた。

 淡い光に覆われた掌には傷一つついていない。爆発の熱は本来肌を焼き尽くすほどの高さを持っていたのだろうが、その全てが“怒りの鎧”を形成するエネルギーの膜によって防がれた。

 当然肉も裂けていなければ、骨も砕けていない。付け加えるなら肩と背中の痛みも今は鈍くなっている。


「……お見事」


 雫は自分の信頼が証明されたことを喜ぶかのように微笑み返した。

 一方、田上は愕然とした表情で信じられない物を見るかのような視線を向けてくる。


「耐えた……? あの威力を? 馬鹿な、あり得ません! あれはあの御方とて簡単に耐えられるものではないんですよ!」

「だから言っただろう、お前は勘違いしていると」


 起きた出来事を信じられずに喚き散らす田上に向けて俺は腕を振るった。

 指先には(スレッド)が一本。ただ、それは“怒りの鎧”と同じ色の淡い光を纏っていた。


「何ですって――」


 “怒りの鎧”で切れ味を強化された(スレッド)は金魚鉢のガラスを易々と切り裂き、その先にいる田上の下へと届いた。

 (スレッド)は半円を描いて田上の首筋を大きく斬る。首の前半分に大きな裂けめが生まれ、鮮血が迸る。


「ふぐ――あ」


 田上の口から言葉にならない音が漏れ出たが、それは口から溢れ出る血の噴水でかき消された。

 奴は自分の身に起きた異常に気づき喉を押さえ込むが、流れ出す血は止まるはずもない。


 俺は手元に帰ってきた(スレッド)を回収する。淡い光を汚すように血がこびりついているが、(スレッド)が消滅すると同時に血も消え去る。あとには足元に垂れた小さな血の染みだけが残された。


 田上は絶望に彩られた瞳で俺を見据え何か言おうと口を開いたように見えたが、血を大きく吐き出すだけだった。

 そのまま奴の身体は前のめりに倒れる。

 高台のタイルに血の海が徐々に広がっていった。


「お前が勘違いしていたのは――日本最強の血統種の養子(むすこ)を相手にして簡単に勝てると思ったことだ。礼司さんの教えをなめるな」

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