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エンゼルプラン  作者: 夏多巽
第九章 三月三十日 後半
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“壊せない壁”の壊し方

 現実化した“曲芸魚群(アクアサーカス)”の魚たちが空を急旋回してから、地上の寧に襲いかかる。降下してくる魚はその途中から銃弾へと姿を変え、速度を増す。

 寧は巨大な雹の塊を生成させて、銃弾を防ぐ。そして、空の魚に向けて腕を振る。

 白い空気が空を泳ぐ魚たちに降りかかったかと思うと、ほんの数秒後には凍りついた魚がぼとぼとと地上に落ちてきた。


 隼雄さんはというと特に攻撃を避ける様子もなく突っ立ったままだ。

 しかし、魚の群れは隼雄さんの身体には届かない。彼の身体から数センチほど離れた場所まで達した途端、突然消滅したかのように見えなくなるのだ。大気操作によって局所的に増した気圧に圧し潰されたのは明らかだった。


「ああもう、鬱陶しい!」


 寧が叫びながら特大の氷塊を放つ。氷塊は魚を数匹潰して巨大な壁の方へと飛んでいく。

 氷塊は壁に激突するのと同時に大きな音を立てて砕けると、破片を辺りにばら撒いた。氷塊が直撃した壁は表面に小さな波を生じさせただけで、それ以上の変化はなかった。


「あいつさえどうにかできれば、あんな壁に苦労しなくて済むのに……!」

「そいつはどうも。そう言ってくれるとこっちも危険を冒して出てきた甲斐があるよ」


 寧は歯噛みして宮内を睨む。宮内は嘲るように笑うと透明化を発動して姿を消した。


「どうするの? このままじゃ埒が明かないわよ」

「……そうだな」


 俺は今高台を二分している巨大な壁と、宮内を守るように立つ壁を交互に見る。

 “破壊できない壁”と寧は言った。確かに寧や隼雄さんの攻撃を受けてびくともしないのは、それだけ強固である証左だ。

 しかし、血統種の能力とて絶対はそうそうない。何かしら弱点や制約が存在するはずだ。あれだけ強力な効果を有する能力であれば尚更だ。


 そこで着目すべきは、宮内が壁を展開するだけでなく、こちらへの攻撃も同時に行っている点だ。

 壁はその特性から展開中に大量のエネルギーを消耗するはずだ。たとえ現実化した際の燃費が良いとしても、長時間の発動はきついはず。そこに攻撃まで加えるのは消耗を早めるだけだ。田上が秋穂さんを倒すのを待つ方が良いというのに。


 何故、そうしないのか。

 理由として考えられるのは二つ。


 一つ目は“壁の性能を一時的に弱めている”という説。俺たちを攻撃する時だけ壁の強度を弱め、削減した分のエネルギーを攻撃に回すことで賄っているのだ。“曲芸魚群(アクアサーカス)”が壁ほど消費が激しいとは思えないし、それで充分足りるはずだ。

 まず、壁を通常通り現実化し、自身は透明化する。透明化が解除された後は壁に注ぐエネルギーを減らし、余ったエネルギーを自身の周囲に張る新たな壁と寧たちへの攻撃に回して、クールタイムが過ぎるのを待つ。

 この時攻撃を加えるのは、寧たちが強度が衰えた壁に攻撃する隙を無くすためだ。手数を減らせば突破される可能性は皆無に等しい。


 しかし――。


「壁のエネルギーを一時的に自分の守りと攻撃に割いているってのは、今回の場合ないかな」

「何故そう思う?」


 確信に満ちた蓮の言葉に、雫は首を傾げた。


「晴玄さんの反応からだよ。晴玄さんは俺たちが来ても全くといっていいほど動揺していなかった。この説が正しいとするなら相手の人数が増えるのは困るはずだよ。だってもし頑張れば壁を壊せるかも、と俺たちが思って攻撃されたらまずいからね」

「蓮の言うように宮内の態度は不自然だ。あの男は俺たちが現れた際、蓮の登場に多少驚きはしたものの焦っている様子は微塵も無かった」

「強がっている可能性は?」

「無い」


 感応系能力の保有者として何度も他者の精神に触れてきた者として、自信をもって言える。宮内の態度に一切の偽りはない。あれは紛れもない本心からの言葉だ。


「由貴がそう言うなら信じていいだろう。では、他にどんな可能性がある?」


 そう訊ねてくる凪砂さんの瞳がすっと細まり、口元に薄っすらと笑みが浮かぶ。問いかけながらも彼女の頭は既にもう一つの可能性に思い至っているようだ。


そもそも壁の維持に(・・・・・・・・・)エネルギーを(・・・・・・)必要としない(・・・・・)


 何ということはない、あまりにシンプルな答え。

 それがあの壊せない壁のからくりだ。


「……」


 小さな壁に囲まれた宮内は俺たちの会話を黙って聴いていたが、蓮の言葉に初めて表情に変化があった。


「エネルギーが要らない? 元々燃費の良い能力ってこと」

「それはそうだが本質ではないな」


 まだこの手の能力の敵と戦った経験の少ない寧は理解が追いついていないようだ。

 一方、隼雄さんは納得したように頷いていた。


「成程ねえ……」

「え? 何、どういうことなの?」

「寧、お前あの壁を“壊せない壁”と言ったがどうしてそう思った?」

「それは……私や叔父様の攻撃でも壊せないしびくともしないから、そういう能力じゃないかって」


 寧の意見は尤もだ。血統種の能力なら“壊せない壁”を生成することは可能だろう。

 ただし、それが当てはまらないケースもある。


 俺は高台の奥に立ちはだかる壁を観察する。一見すると巨大なガラスの板が鎮座しているようだ。表面にはいくつか傷がついているが、欠けた部分は見当たらない。見た目から覚える硬質なイメージはどんな衝撃にも耐えうる印象を与える。

 だが、それが誤ったイメージだったとすれば?


「前に『同盟』の資料で見たことがある。血統種の能力には見た目で本当の性質を誤魔化すタイプのものがあると」

「性質を誤魔化す……」

「簡単に言えば生成物の外観や印象で本来の効果とは異なる効果を連想させるような能力だ。ええと、そうだな……蓮、確かお前の生成できる武器の中に槍があったよな?」

「ああ、“優しい毒蜂(フレンドリースピア)”? あれなら丁度いいかもね」


 蓮は右手に一本の槍を出現させる。長さは蓮の身長よりやや高いくらい。柄が明るい紅色で、太刀打の部分は真っ黒だ。


「何その槍? 初めて見るけど」

「この槍も昔父さんの下に出入りしていた部下の人が使っていたのを見て覚えたんだ。単純ながら強力な武器でね、しばらく握り続けてエネルギーを込めると威力が増すんだ」

「威力を上げればあの壁を壊せるとでも?」

「俺の予想が正しければね」


 そして、その予想は正しい。宮内が俺たちの会話を聴き終える前に攻撃を仕掛けてきたのが、それを証明している。


 三方向から同時に飛来してきた魚群を俺、寧、隼雄さんの三人で捌く。俺は腕の振りに合わせてエネルギーを放出し、薙ぎ払うようにして魚を焼き払う。寧は氷塊で圧し潰し、隼雄さんは魚群を空気と一緒に潰してただの鉄の塊へと変えた。


「蓮、一発かませ」

「了解」


 蓮は巨大な壁に対して真っ直ぐ立ち、槍を構える。しっかりと握りしめた柄の部分に淡い光が集中する。力が完全に溜まるまで数十秒はかかるだろう。俺たちはその間宮内が蓮を邪魔できないように、代わりに迎撃する。


「それで? どうしてあの壁を壊せると思ったの?」

「さっきお前の攻撃が壁に当たった瞬間を見たか?」

「いいえ、そんな余裕なかったから。何かあったの?」

「それじゃあ、壁の表面に浮き出た波は見ていないのか」

「波ですって?」


 俺は先程寧の攻撃が壁に当たった時のことを思い返す。あの時、寧の放った氷塊を受け止めた壁は僅かに傷を残しただけで、それ以外何ら変わりなく仁王立ちしていた。

 しかし、俺は確かに見た。氷塊が衝突した箇所からその周囲に向けて波打つようなうねりが生じたのを。それはまるで池に小石が落ちたかのような光景だった。


 そこから思い至った。あの壁は単に衝撃に強いのではなく、衝撃を吸収するのではないかと。通常は硬く軽く叩いたところで何も変化はないが、一定以上の衝撃を加えたときだけ柔らかくなる性質がある。それがあの壁の正体ではないか。

 

「あのガラスのような見た目はフェイクだ。どちらかといえばスポンジに近いのか」


 寧は大きな氷塊で、隼雄さんは圧縮した空気を放って攻撃していた。それは普段なら強烈な一撃となったはずだ。

 だが、あの壁の前では力不足だった。与えた衝撃をほとんど吸収されていたからだ。そして、完全に吸収しきれなかった分が表面に僅かな傷を残した。


「宮内が自分の周囲に張る壁だけ出し入れしているのもそれが理由だろう。吸収しきれないほど強烈な打撃を与えれば破壊できるなら、あの小さな壁なら簡単に壊せるからな。そうなればタネが割れる」

「攻撃を仕掛けてくるのもその隙を与えないためということか……」


 雫が感心したように言う。


「まあ、要するに“壁に攻撃されたくないから物量で攻める”ということだな」


 身も蓋もない結論を口にする凪砂さんだが、実際その通りだ。このような能力に限らず大抵の能力は相手に手を打たせずに力で押し切るのが一番の対処法である。相手が何もできなければ弱点があろうと関係ないからだ。


 そして、それも相手が精々一人か二人であればの話だ。


「……さて、そろそろいいかな」


 蓮が持つ槍から紅い閃光のようなものが迸る。“優しい毒蜂(フレンドリースピア)”に力を込めた時に生じる効果だ。色鮮やかなランプを手にしたように、蓮の顔が紅く照らされる。


「ああ、畜生! その槍だけは――!」


 “優しい毒蜂(フレンドリースピア)”の効果を知っているのだろう。宮内は焦りに声を荒げ、蓮の四方に大量の魚を現実化させる。先程より量が圧倒的に多い。奴もあまり体力を無駄遣いしたくないのだろうが、この槍の攻撃だけは何としても防がなければならないと知っているからこそ持てる力を総動員しているのだ。


 迫りくる銃弾の群れを打ち払いながら、俺は蓮と話す。


「由貴、着弾する瞬間に合わせて!」

「任せろ! 俺は壁を壊したらすぐに秋穂さんの下へ向かう。他に誰が来る?」

「私はここに残る。アンコロには壁を破壊できるだけの火力はないが、宮内を逃がさないくらいの仕事はできるだろう。向こうには雫さんに行ってもらう」


 凪砂さんは寧と隼雄さんを援護するために残るようだ。彼女自身の戦闘能力は低いのでそれが最良だ。


「……やはり緊張するな。相手が静江さんというのは」

「世衣なら大丈夫だよ。自信を持って」


 表情が強張っている雫に対して、蓮は穏やかに声をかける。

 俺は雫の隣に立ち、視線を合わせた。紅い瞳が不安に揺れている。


「心配はいらない。何かあっても俺がフォローする。だから、秋穂さんを助けるために力を貸してくれ」


 雫は何度か瞬きをした後、呆けたような表情を見せる。それは何か違和感を覚えたが、それをうまく言葉にできないような顔だ。

 その様子に俺はどうしたのかと心配したが、雫は目を瞑るとゆっくりと深呼吸してから再び目を開いた。


「……わかった。絶対に助けよう」


 目を開けた後の彼女は、先程と違い確かな意志と覚悟に満ちているのが見て取れた。


「それじゃあ行くよ!」


 蓮は“優しい毒蜂(フレンドリースピア)”を壁に向けて投げる。蓮の言葉に合わせて、俺と雫は駆けだした。

 槍は壁に吸い寄せられるかのように一直線に飛んでいく。その途中には俺たちの攻撃から逃れて残った魚の群れが泳いでいる。このままでは銃弾に戻った魚の群れに道を阻まれてしまい、飛ぶ勢いを失うだろう。


 それが普通の槍であれば。


 魚の群れの中に飛び込んだ槍は、そのまま直進上にいた魚の身体をすり抜けて(・・・・・)群れの中から脱出した。槍は何事もなかったかのように直進し、壁に突き刺さる。

 次の瞬間、槍の穂先が爆発したような音を立てて炸裂した。耳をつんざくような轟音に思わず目を塞いでしまいそうになるのを堪えて、俺と雫は走る。


「槍が――当たらなかった?」


 走りながら雫が驚きの声を上げる。


 “優しい毒蜂(フレンドリースピア)”の特徴は、標的に当たるまで他の物体には当たらないという効果だ。どれだけ人や物が密集している場所で使っても、他の物との接触を無かったことにして標的を突くまで止まらない。宮内の透明化を見て、この槍のことを思い出した。

 その上、力を込めれば破壊力も上昇する。この状況には打ってつけの能力だった。


 俺と雫の足元に壊れた壁の破片が散らばる。透明なため見分けがつきにくいが、断面部分は白く濁ったように目立つので、どうにか避けて走ることができた。


 俺は槍が着弾した場所から壁の向こうへと進入する。俺に続いて雫も転がる破片を飛び越えてやって来た。着地と同時によろめく雫の身体を支える。


「っと、大丈夫か?」

「平気だ。さあ、行こう!」


 俺は真正面を見据えて走る。

 視線の先には秋穂さんと田上がいた。

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