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エンゼルプラン  作者: 夏多巽
第九章 三月三十日 後半
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風祭の神楽

 御影家の血族は皆“天候操作”の能力を有しているが、その性能は個人によって大きく異なる。

 礼司さんやその子供二人のように全体的に優れている者もいれば、特定の天候を操ることに特化した者もいる。

 特化の例としてよく挙げられるのは沙緒里さんの冷気操作だ。これは彼女の印象の強さに由来し、“天候操作”の妙技といえばこれだと誰もが口を揃える。

 しかし、あまり披露される機会がないものの圧倒的な強さを誇るといわれる技が存在する。それこそ隼雄さんの“風祭の神楽(エアロエンペラー)”だ。


 “風祭の神楽(エアロエンペラー)”は気流操作に長けた彼ならではの技といえる。

 周囲全ての大気を一度にまとめて操り、嵐でも竜巻でも自在に呼び起こす。大気の流れそのものを操作するため、風の影響を特定の範囲内に留めることも可能であり、傍から見ればある空間の内部だけ猛烈に荒れているようだという。

 それは大気に干渉するという“天候操作”の本質をふんだんに活かした構成の能力であり、技量の高さだけで見れば礼司さんすら凌駕する。


 俺が初めてこの技を目にしたのは中学一年生の夏休みだ。

 隼雄さんはある殺人事件で逮捕された男性の弁護を依頼された。それは『同盟』が捜査した事件であり、その男性の犯行を立証する証拠も証言も充分に揃っており、本人も自供していた。だが、腑に落ちない点がいくつかあり、納得のいかなかった男性の友人が隼雄さんに相談した。

 彼は捜査資料を閲覧し、独自に再調査を進め、その結果男性がある犯罪組織と関わりがあり、脅迫された上で犯行に及んだ事実が発覚した。男性は家族を人質にとられ相手に従わざるを得なかった。

 問題の組織は血統種を中心とした百名程度の規模で、地元の商工会や信用金庫との繋がりを元に中小企業を標的とした詐欺をはたらいていた。殺人の被害者は詐欺の被害者の一人であり、組織の存在に辿り着き告発しようとした矢先に消されたのだ。


 人質の存在を知った隼雄さんの行動は迅速だった。彼は人質の居場所を突き止め、その場へ急行。時間を持て余していた俺や紫も“社会見学”という名目で連れていかれた。

 場所は少し離れた海沿いの町。組織の拠点は表向きサナトリウムとして使われている建物で、俺たちが訪れた当時建物には二十名以上の構成員が詰めていた。俺たちは患者が入院している別館に人質がいることを確認すると、無関係の人間がいない本館を攻めることにした。

 俺がどう攻めるか考えていると、紫は正面から堂々と乗り込もうと提案した。珍しくやる気のある表情を見せており、この作戦に随分乗り気であるのが見て取れた。幼い子供を人質にする行為が許せなかったのだろう。だが、隼雄さんはそれを制すると、これから自分がやることをよく見ておくように指示してから能力を発動した。そして、監視役として派遣されていた組織の構成員を拠点ごと“風祭の神楽(エアロエンペラー)”で吹き飛ばしたのだ。

 それは一方的な蹂躙という言葉すら生易しいほどであった。突如建物の中央から風の柱が天高く舞い上がったかと思えば、人や建物の一部を巻き込んで徐々に拡大していく。風の音に混じって聞こえてくる構成員らの悲鳴を無視して隼雄さんは風をぐるりと建物の外周をなぞるように一周させた。

 一周した後、建物はほぼ全壊しており、しばらくしてから巻き上げられた悪党たちがふわふわと地上へ下りてきた。彼らは半数が意識を失っており、残る半数もぐったりとしていて抵抗する意思を喪失していた。

 時間にして僅か一分程度の出来事であった。俺と紫は半ば呆然としながら、ただその場に突っ立って眺めていることしかできなかった。


 人質であった男性の妻子は無事であった。彼女らは破壊された本館とは別の建物に軟禁されていたのだ。そこにいた組織の構成員は本館だった瓦礫の山と呻く仲間たちを前にして呆気なく降伏の意を示した。男性の妻は病気療養のためにで生活しており、娘は夏休みを利用して療養中の母親に逢いに来ていた。二人は人質となっている自覚すらなかった。後から隼雄さんの説明を受けて男性の妻はかなりショックを受けていたが、どうにか持ち直してくれたのは幸いだった。


 駆けつけた警察に組織の連中を引き渡した後、隼雄さんは俺たちを振り返りこう言った。


「こんな強引な解決法は凪砂ちゃんみたいで柄でもないけどね、ただ急を要するときに一発派手にぶちかませる切札があれば楽になるよ。習得するにはかなりの時間と技術が必要になるけど。君たちもいずれはこのくらいできるようになった方が良い」


 この一件は紫の方向性に大きく影響を与え、彼女はこれ以降純粋に力で勝るような技を習得することに精力を注ぐようになった。無論礼司さんから教え込まれた精密操作の技術向上も並行して学び、それから一年も経てば見違えるほど飛躍的な成長を遂げたのであった。

 一方の俺はそれほど大きな技を習得するには至らなかった。元々“同調”による仲間の補助や利便性重視の技が多くを占めていたので、然程困らなかったというのが実情だが。


 その後、隼雄さんは裁判で組織の存在を明かし、主犯格のメンバーたちは(ことごと)く殺人教唆で逮捕されることになった。被告人の男性は妻子が無事に戻ったことに安心し、己が知る事実を全て証言した。これにより組織の全貌は明らかとなり、事件は決着を迎えた。




 今、高台の下から見上げるだけでも、上の方ではかなり強い風が吹き荒れているのがわかる。隼雄さんなら風の影響が周囲に及ばないように制御することもできるはずなのに妙だ。


「……隼雄さん、能力の制御ができていないみたいだな」

「失念するほど激情に駆られているのか、それとも制御に気を配る余裕がないのか」

「余裕がないんだろうね、静江さんと晴玄さんの二人を相手しているなら短期決戦狙いで力を振るった方が合理的だから」


 敵は鋭月の元側近二人だ。寧が一緒にいてもそう簡単に倒せる相手ではない。ならば多少強引な戦い方でも選ぶだろう。

 それに周囲の気を惹けば誰かが応援に駆けつけるのも期待できる。敵はあまり人目に触れたがらないだろうし、目立つ攻撃はこの場合正解の一つといえる。


「行くぞ皆、くれぐれも油断はしないようにな」


 凪砂さんの声に俺たちは頷いた。


 階段を駆け上がり、高台へと辿り着く。

 かつて綺麗に整備されていた高台は無残な有様であった。敷き詰められたタイルは風に巻き上げられてあちこち剥がれ、露出した土の色が斑点のように目につく。端に設置されていたベンチや照明も壊れ、残骸が足の踏み場を無くすように散らばっている。高台の端から出っ張る角の部分に建てられていた四阿(あずまや)は原型を留めてなく、四本の柱だけが名残を思わせるだけであった。

 そして、高台を上がって正面には寧と隼雄さんが背中合わせで立ち、その奥には四十代くらいの眼鏡をかけた男――宮内晴玄の姿がある。

 高台の最奥に進んだ所には秋穂さんとグレーのジャケットを着た女性が見えた。小さくて顔が見えにくいが田上静江だろう。


 寧が俺たちの姿を認め、安堵したように表情を緩めた。


「由貴……!」

「おや、思ったより早く来てくれたみたいだね。おじさん流石に年だから大立ち回りは疲れたよ。こういうのは若い子にさせるのが一番だよ、本当」


 隼雄さんは溜息を吐いてどっと疲れたように肩をすくめた。

 それから宮内の方に視線を向ける。


「さて、どうやら君の仲間は彼らを止められなかったみたいだよ? そろそろ観念してもらえるとありがたいんだけどね。多勢に無勢でやつだろう? 人間何事も諦めが肝心ってね」


 宮内は現れた俺たちを順番に睨みつけ、思考するような様子を見せる。蓮の姿を目にしても僅かに表情を歪めただけでほとんど動揺していない。


「はあ……さっさと秋穂を仕留められたら良かったのに、静江が手間取るから」

「降伏する気になったか?」

「そんなはずないだろう? こっちはその気になれば逃げることだってできるんだからな」


 宮内はそう言うと指を鳴らす。それと同時に奴の姿が水に溶けるようにゆらめいて消えた。

 そして、空中に何十匹もの魚がどこからともなく現れた。それは昨日各務先生が拉致された廃工場で見た田上静江が生成した魚の群れだ。


「あれは静江さんの……でも、何故だ? 静江さんは今向こうにいてこちらに対処は――」

「あれは本物じゃないぞ。雫は宮内の能力を知らないのか?」

「いや、世衣は晴玄さんが能力を使うのを見たことは無かったはずだよ。面識もあまりなかったし」


 奴の手の内を知っていれば、あれに驚くことはない。俺も過去に蓮から聞いていなければ雫と同じ反応を見せたに違いない。

 姿が見えなくなったのも、先程まで存在しなかった物が現れたのも、全て奴の能力故の現象だ。


 “演者のいない劇場(ファントムシアター)”――存在しない幻を現に引きずり出す魔性の力。

 それが桂木鋭月の下で情報部門を統括していた宮内晴玄の強力な手札だ。

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