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エンゼルプラン  作者: 夏多巽
間章
144/173

第三の死

本日年末年始の連続更新の最終日。

18時にもう1話更新。

 中井巡査が凪砂に電話をかけてくる数分前、里見修輔が収容されている病院の駐車場に一人の男の姿があった。

 凪砂の上司たる血対一課の課長、瀬戸(せと)純平(じゅんぺい)警部だ。

 二日前の夜に訪れた時と違い、髭は綺麗に剃っている。久々に風呂に入る時間を得られた昨夜、彼は束の間の休みを存分に堪能した。そのお陰で、今の彼は瞳に生気が宿り、活力に満ち溢れている。

 ここのところ、様々な事件が立て続けに発生して捜査員にもかなり疲弊が圧し掛かっていたが、それが昨日になって若干軽くなった。

 まだ詳細な話は聞かされていないが『同盟』が何らかの手掛かりを掴んだらしく、今は向こうが主体となって捜査を進めているとのことだ。

 そのあたりの事情は気になったが、瀬戸はそれよりも英気を養うことに専念した。

 また後から大々的に動くこともある。『同盟』が先行するというのなら、こちらはありがたくそれに乗っかろう。詳しいことは後で凪砂に訊けばいい――と、破天荒であるが信頼できる部下への期待を寄せながら、彼は病院の中へ足を踏み入れる。


 病院のエントランスでは中井巡査が彼を待っていた。


「どうだい、変わりはない?」

「ええ、相変わらず黙秘を続けています」


 会話の内容は里見の現状についてだ。

 里見は捜査員の尋問に対して黙秘を貫いていた。簡単な会話には素直に応じるが、仲間の情報その他の重要事項については無言の一点張りである。

 唯一彼が口を開いたのは昨日凪砂たちが尋問した時である。その際は珍しく感情を露わにしていたのが監視カメラとマイクに記録されていた。その後も、最上由貴が単独で尋問していたらしいが、こちらの記録は何故か凪砂の指示により秘匿されており、上司である瀬戸でも閲覧できない。

 瀬戸はそれが面倒な内容だと予想した。凪砂が警察内部の親衛隊を動かすということは、それだけ深刻な案件に違いない。そして、こういったケースでは無暗に追究せず待ちの姿勢にいるべきだと彼は理解していた。少なくとも自分は一定の裁量権を認めた上で、彼女の独自行動を許しているのだから。


「他の三人の居所さえわかれば、大分楽ができるんだけどなあ」

「田上静江が逃げた先も未だ不明ですからね」


 そんなぼやきを交わしながらエレベーターに乗り、目的地の七階へと移動する。

 病室の前には深尾巡査を始めとする四名の警官の姿があった。


「今日はまだ尋問してないんだよね?」

「はい、疲れ気味だから午前はゆっくり休ませてほしいと申告がありました。横山修吾が死んだことで神経が尖っているからと」

「そんなタマには見えないけど、仲間意識は強かったのかね」

「監視は継続していますが特に不審な行動は見られません。病院内外の警備担当者からも気になる報告はされていません」

「ふうん、それなら――」


 破裂音が扉の先で響いたのはその時だった。

 扉越しで籠っていたとはいえ、それは廊下にいる六人の耳にはっきりと届いた。

 彼らの経験上それが銃声に酷似していたことも、すぐに理解した。


「今のは――」


 一番最初に状況を把握した瀬戸が、病室の扉を開けようとする。

 だが、彼がドアノブを手に持った瞬間、さらに一発の銃声が轟いた。

 何か言うこともなく瀬戸は病室へ飛び込む。


 里見修輔はこれまでと変わらずベッドの上に横たわっていた。

 ただ、彼の目は虚ろに見開かれており、口は若干開いたままだ。

 里見の右のこめかみには円形の穴が開けられ、新鮮な血が湧き出てベッドのシーツを濡らしている。患者服の胸部分にも穴が開き、服の紅い染みが徐々に広がっていた。

 瀬戸は窓に弾痕が二つあることを確認する。二つの位置は明らかに異なっていた。


「至急香住に連絡を! それから外の連中にも不審な奴を見かけたら絶対に逃がさないように言え! とにかくここの近くにいる奴は全員足止めだ!」


 深尾巡査たちは慌てて他の警官たちに連絡を入れ始める。

 その様子を見つめながら、瀬戸は己の失態を悔やんだ。

 緊張感が薄れていたのはまずかった。敵は血統種なのだ、もう少し厳重な警戒を敷くべきだった。


「ったく、横山に続いて里見もか……」


 瀬戸は頭を振ると気持ちを切り替える。

 まずは状況の確認からだ。


 里見の姿勢はいつも通りベッドに寝た状態だ。抵抗したようには見えない。


「頭と心臓に一発ずつか、昨日の奴と同一犯か?」

「外から撃ったのは間違いありませんが……狙撃できそうなポイントはありませんよ?」


 中井巡査は慎重に窓の外を観察する。彼の言う通り、病院の付近には高層建築物は存在しない。マンションも五階建てくらいがいいところで、七階の部屋を狙撃できる位置はどこにもない。


「普通ならな、血統種なら話は別だ」

「とはいえ窓は磨りガラスですよ? 内部の状況を確認するには別の能力も要るのではないですか?」

「あるいは、その両方を満たせる能力か」


 二つの弾痕は明らかに別々の位置から里見を撃ったことを意味している。

 これは単純な狙撃ではない、犯人は宙に浮いた状態で撃ったとしか考えられない。

 それはこの犯行が血統種の能力によるものである事実を示唆いていた。


 瀬戸は遺体周辺の観察を始め、中井巡査はスマホを取り出し凪砂に連絡を入れる。


 二人はこの現場を覗いている蜘蛛には気づかなかった。




「やられた!」


 丹波秀光は悪態を吐く。

 彼の正面に立つ田上静江は暗い顔に怒りを湛えていた。


 この日、彼らは“盗賊蜘蛛(イリーガルスパイダー)"でずっと里見の病室に潜んでいた。

 里見が午前中に人払いをしたのは、密かに潜り込んでいた蜘蛛を通じて密談を交わすためであり、その様子は布団に隠れて監視カメラで捉えることはできなかったのだ。

 密談の内容は今後の予定について。

 静江は浅賀の研究施設の場所に見当がついたのでそちらを優先することを伝えた。糸井夏美を確保できれば、里見は勿論のこと鋭月の奪還も夢ではないと。里見はそれを了承した。優先順位は明らかに夏美が上だ。

 その後、蜘蛛は病室に待機して経過を見守るつもりでいた。丹波が少しばかり本気を出せば里美を連れ出すくらいはできたが、警戒網を突破するには火力が不足している。今は大人しくしているのが最善だと信じて、里見は入院生活を甘んじて受け入れた。


 だが、それは悪手だった。

 強引に連れ出していれば里見は死なずに済んだかもしれない。


 それは思考の外から襲い掛かってきた不意の攻撃だった。

 銃声と共に窓が割れ、寝ていた里見の頭が揺れる。続いてもう一発の銃声が再び窓ガラスを突き破り、今度は胸を穿った。


「誰ですかやったのは? 状況からして『同盟』ではないでしょう」


 静江の低い声に宮内晴玄は背筋を震わせた。

 鋭月一派きっての過激派にしてスナイパー。そんな彼女が怒りで我を忘れたとき、殺戮が繰り広げられるのを彼はよく知っていた。


「それなんだが、実は気になる物を見つけた」

「気になる物?」

「里見が撃たれた後で窓の外に待機させていたもう一匹が見つけたんだが……」


 丹波は蜘蛛が目撃した物について静江と晴玄に説明する。

 説明を聴き終えた静江は、先程とは打って変わって満面の笑みを浮かべる。


「成程成程、そういうことですか。あいつ(・・・)ですね、里見さんを殺したのは」


 丹波が目撃した物は静江もよく知っていた。故に、彼女はそれが里見の命を奪った物であることに気づく。同時に、その物の持主――犯人の正体にもすぐに辿り着いた。


「ははあ、そうですかそうですか、そういうことだったんですね。全く調子に乗っちゃってくれましたね。私たちが網に追い込まれた魚とでも舐めていたんでしょうか? いいでしょう、その認識を改めさせてあげます。丹波さん、晴玄さん、行きますよ」

「行くってどこに?」


 晴玄の問いかけに、静江は口が裂けんばかりに笑う。

 それは彼女が“狩り”に出向く時に見せる嗜虐の笑みであった。


「無論あいつを追いかけるんですよ。丹波さんがいれば追跡は容易いですからね。さあ、どちらが獲物で、どちらが猟師なのか、あの身の程知らずに思い知らせてやりましょう」




「わかった、すぐに行く」


 都筑蓮は御影慧からの連絡にそう返すと、電話を終了した。


「何があったの?」

「寧がいなくなった、きっと犯人に呼び出されたんだ」


 御影紫は途端に険しい表情となり、辺りの空気が一瞬で冷えた。

 まるで沙緒里が怒った時のようだと思いながら、蓮は恋人の肩に手を置く。


「落ち着いて、まだ手遅れじゃない」

「……うん、落ち着く」


 その言葉と共に冷気は一瞬で霧散する。

 最近、気温のコントロールが沙緒里に及ばずともかなり上達してきていると、蓮は考えた。こんな状況下でも鍛錬は怠っていないようで、彼女のモチベーションの高さを羨ましく思う。


「ところで、どうして寧は屋敷を出られたの? 警官の目に止まるんじゃないの?」

「どうも警官に見つからないように庭から林に向かったらしいね。きっと犯人が誰にも見つからずにこっそり来いって指示したんだと思う。慧は普通に屋敷の玄関と門くらいしか見てなかったから、こんな形で抜け出すなんて想像してなかったそうだよ。これに関しては俺も甘かった」


 彼らの想定では、犯人が寧を殺すために屋敷へ戻ってくるか、あるいは寧が外出したところを狙うかの、いずれかの状況が発生するはずだった。

 だが、実際は寧自身が警備の隙間を縫って姿を消してしまった。命を狙われている当人が犯人を助ける形になるのは想定外だ。


「ごめん、寧が無謀な真似をしかねないのはわかっていたのに。もう少し気を配るべきだった」

「仕方ない、寧なら警備を掻い潜るぐらいわけないから。悪いけど行ってくれる?」

「言われるまでもなく。それに……これはある種の償いでもある」

「償い?」


 紫はこてんと首を傾げた。


「だってそうだろう? 一度あの子を殺そうとした俺が、今度はあの子を助けるために行動する。まるで目に見えない力に誘導されているみたいだよ」

「私は運命なんて信じないけど」


 きっぱりと言う様に蓮は苦笑した。


「それで行先はわかってるの?」

「多分ね、きっとあの時と同じだよ」


 蓮には見当がついていた。恐らく犯人は過去の自分と同じ行動をとるはずだ。

 一年半前の事件で、彼が寧を連れて行った場所。

 犯人は彼女をあの場所へ呼び出したに違いない。


 かつて少女が過ちを犯した場所へと。

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