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エンゼルプラン  作者: 夏多巽
第八章 三月三十日 前半
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御影慧との対決

 午後三時二十分を過ぎた頃、疲れた様子の初音さんがやって来た。


「全く……緊急とはいえ、いきなり検査を引き受けてくれなんて言われると困ります」

「すみません、手間をとらせて」

「構いませんけどね。どうぞ、これが結果です。内容は――あなたの想像通りだと言っておきましょう」


 初音さんから渡された検査結果に目を通し、望んだ内容が記載されているのを確認する。


「……やっぱりそうだったのか」

「これで裏がとれたな」


 信彦さんが死んだ経緯はこれで明らかとなった。

 後は侵入者の件を片付けるだけだ。


「もうすぐ四時か……いい頃合いか?」


 慧は夕方からなら話ができると言っていた。

 こちらとしても都合が良い、遠慮なく追及させてもらうとしよう。


「初音さん、急ぎの用があるのでこれで失礼します。我儘を聞いてくれて本当にありがとうございました」

「いえいえ、感謝の気持ちがあるなら私が今度の事件にも貢献したことを、草元さんたちに宣伝してください」


 研究所を出る前に、検査ルームへ行き彩乃と慎さんにその旨を伝える。

 彩乃はまだトリスと一緒にいたいので残ることを選んだ。彼女は慎さんが後から車で送ってくれるそうで、俺たちだけで研究所を後にする。


 屋敷へ戻った頃には既に四時を過ぎていた。

 流石に今の状況でジャーナリストの加治佐を屋敷に入れるのは不都合らしく、彼女は門前にいた警官に邸内への進入禁止を言い渡された。彼女もここで争う気はないらしく「仕方ないッスね」と素直に諦めてくれた。

 俺は登から慧が中庭にいることを教えてもらい、すぐに逢いに行く。


「おう、帰ったか。どうした、随分剣呑な顔してるぜ」

「慧、今朝言っていた通り話がしたいんだ。他にもいろいろ訊きたいことができたからな。時間はあるか?」

「……ああ、いいぜ」


 慧は屋敷の二階部分を一瞥すると、了承してくれた。

 場所を変えようということになり、五月さんに頼んで広間を使わせてもらう。


 移動する最中、先を行く慧の背中を見つめていると、雫がこっそりと声をかけてきた。


「由貴くん、慧くんの様子妙ではないか?」

「ああ、さっき二階を気にしていたし、今は外の様子を気にしている」


 慧の視線は屋敷の門側に面する窓の外に投げかけられている。

 確か今朝もそんな様子だったし、二階を気にしていたのも同様だ。

 一体何を気にかけているのだろうか?

 他にも、寧の様子を訊ねて妙な反応を示していた。


「怪しい点が多すぎるが、それはこれから問い質せばいい」

「それもそうだな」


 広間に到着した俺たちはソファに腰を下ろす。

 俺が雫と凪砂さんに挟まれる形となり、俺の真正面に慧が位置した。


「それで、何が訊きたいんだ?」

「私から言わせてもらうとしよう。単刀直入に訊ねるが、事件当日の朝訓練場に忍び込んだ人物は君ではないかと疑っている」


 凪砂さんのストレートな質問に、慧は引き攣ったような笑みを返した。


「……おいおい、冗談はよせ。俺が信彦さんを殺したとでも言う気かよ?」

「いや、お前は殺人とは無関係だと思っている」


 確信をもった俺の回答に、慧は笑みを引っ込めた。

 若干視線が泳いでいるのは、どう反応すればいいのか迷っているようにも見える。


「君が訓練場に行ったのは記録室にあった資料を回収するためじゃないか?」

「……資料って何だよ、説明してもらわねえと理解できねえだろ」

「六年前に起きた鷲陽病院の火災について調査した資料さ」

「火事の記録? どうして俺がそんな物欲しがるんだよ?」


 慧は慎重に言葉を選ぶようにゆっくりと反論する。

 そこには見当違いの説に対する怒りや呆れの色はない。こちらがどれだけ掴んでいるのか、それを確かめるような態度であった。


「確かに、普通に考えればそうだ。だが、一見関係なさそうな人が実は関係していた、なんて話をここ数日何度も聞いてばかりでな。だから――お前もそうなんじゃないかと疑っているところだ」


 この家の関係者は、当初の想定を超えて一連の事件に深く関与していた。

 今思えば、俺たちがこんな事件に巻き込まれたのも偶然ではなく必然だったのだろう。

 八年前に起きた氷見山公園の事件に、俺の両親や礼司さんたちが居合わせた時から、それぞれの運命は交錯していた。

 それを今になってようやく自覚したというだけだ。


「……話にならねえ、そんな話だけで納得させられるなんて思ってないよな?」


 慧は逡巡している様子を見せてから、そう答えた。


「侵入者は就任式の朝に行動を起こしている。この家に訪れる機会の多い人なら、こんな時に決行することはない。お前しかいないんだ、こんな形で動く理由があるのは」

「それに加えて、君は礼司さんが亡くなった後から様子がおかしかったという。恐らく資料を回収する前に、別の誰かに渡るのを恐れたんじゃないか?」

「様子がおかしかったから何だよ? 俺は叔父さんが死んだことがショックだっただけだ。殺しても死ぬような人じゃなかったのに、あんなに呆気なく死んじまったから。けど、それは事件とは無関係だ」

「じゃあ、一体どんな理由があったんだ? 答えてくれるんだろう?」

「落ち着けよ」


 俺が強気で押し込むと、慧は手で制してきた。


「とりあえずこの話を片付けようぜ。俺は叔父さんが死んだのが突然だったから動揺しただけで、別に叔父さんが隠した資料を盗もうだなんて思っちゃいない」

「……」


 俺は無言で凪砂さんと顔を見合わせる。雫も困ったような笑みを浮かべて、俺を見ている。

 やはり慧はこの手の問答になれていない。


「……慧、俺は資料を隠したのが礼司さんだなんて一言だって言ってないぞ?」

「――」


 今度は慧が無言になる番だった。

 そこに好機と見た凪砂さんが追撃をかける。


「それに私は“資料が記録室にあった”ことしか話してない。普通は記録室に保管された資料の中に混ざっていると思うはずだ。それなのに、何故隠されていた(・・・・・・)ことを知っているんだ?」


 資料は天井裏に隠されていた。棚に収納されていたわけではない。その事実をこれまでの会話から推察することはできないのだ。


「……やはり知っていたんだな、資料の存在を」


 慧はやってしまったと言わんばかりの表情を作り、顔を背けた。

 当たりだ、侵入者の正体は慧だったのだ。


「資料を回収する動機を持つのは鷲陽病院の事件を調べているか、あるいは調べられたくない人物しかいない。君はどちらだ?」


 どちらか――言い換えるなら、慧は敵か味方、いずれに属するか。


 俺は先程の推理を基に考える。

 侵入者は殺人者とは別人である。犯人の仲間なら侵入した後そのまま資料を探しているはずだ。

 ならば、侵入者は犯人とは別の勢力に属する者だ。

 さらに、慧が単独で動いているとは思えない。言ってはなんだが、慧が一人で全てを判断して動いていたなら、もっと早くにぼろが出ているはずだ。誰かの指示の下で動いていたと考える方が自然だ。

 そして、俺はその誰かにに心当たりがある。沙緒里さんが教えてくれたある可能性が。


「慧――お前紫と裏で繋がっているだろう」

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